ケインズ 8回目

さてこの第3編のタイトルとなっているこの『消費性向』という言葉ですが、ケインズが使っているのは普通のこの言葉の意味とはちょっと違います。『消費性向』という言葉をネットで調べたりすると『可処分所得のうちどれ位の割合が消費に回るかという率』くらいの意味が出てきます。ケインズが言っているのは『所得と消費は関係している。どっちかが変化すればもう一方も変化する。その関係あるいは関数を、消費性向と言う』ということです。

で比率の方はというと、『限界消費性向』と言う言葉と『平均消費性向』という言葉と二つ追加的に用意して、これは比率です。所得がちょっと増減した時に消費もちょっと増減する。その両方の増減の比を限界消費性向といい、全体の所得に対する全体の消費の割合を平均消費性向と言います。

ただしケインズの所得というのは企業の利益と消費者の所得の合計のことですから、注意して読む必要があります。「普通、所得が増えれば消費も増える。だけど所得が増えた分まるまる消費が増えるのじゃなく、その一部でしかない。」というのがケインズの言っていることです。

ここで所得というのが消費者の所得のことであれば何となくそんな気もしますが、ケインズ流に所得というのは『企業の利益と消費者の所得の合計だ』となると、ほんとにそうかな?と思ってしまいます。

企業はちょっと儲かったけれど将来の見通しがまだはっきりしないので賃上げには応じないし、雇用も増やさない。消費者の所得は変わらないけれど、企業はちょっと利益が増えた。そんな時、その合計の全体の所得が増えたからといって消費者が消費を増やすだろうか、というのはごく自然な疑問です。

このようなことは我々がバブルがはじけた後の日本の状況を知っているから言えることで、ケインズが考えていたのは多分、全体の所得が増える時は企業の利益も労働者の所得も両方増える(もちろん増える比率は違っていたとしても)。全体が減る時はそれぞれも減る、という普通の状況を前提としていた、と考えれば納得できます。

で、この限界消費性向を使って『消費あるいは投資を増やした時、所得も増える』という話をします。その付録として『投資の増え分に対して所得の増え分が何倍になるか』という、いわゆる『乗数』というものを持ってきます。

この乗数については、Aさんの所得が増えるとそれが消費にまわってBさんの所得が増える。するとその一部が消費に回ってCさんの所得が増える・・・と、『風が吹けば桶屋が儲かる』式に次々と芋づる式に少しずつ利益が増え、その全体を合計すると乗数倍になる、なんて具合の説明があります。

話としては面白いのですが、ケインズの乗数はこんな話ではありません。このぐるぐる回りの説明はサミュエルソンの経済学の中で使われていて、そのため皆がこれをケインズの乗数の理論だと思いこんでしまったようですが、実はケインズが一般理論を書いたすぐ後にもこのぐるぐる回りの説明をした人がいました。

『一般理論』の中ではケインズは明確に『これとは違う』と書いているにもかかわらず、このぐるぐる回りの説明をした友人に対して『確かにそれが私の乗数と同じです』というようなことをケインズ自身言ってしまっているようです。それでその人は自信を持って『これがケインズの言っていることだ』と説明し、その後サムエルソンの経済学が大ベストセラーになってネコも杓子も知っている話になっているようです。

どうもケインズというのはこういう所ちょっといい加減な人のようで、それも『一般理論は難解だ』ということになっている一因のようです。

ケインズの乗数はこんなに回りくどいぐるぐる回りの話ではなく、単純明確です。
所得を(Y)・消費を(C)・投資を(I)と書くと
  Y=C+I
という式はいつでもどこでも常に瞬間的に成立ちます。
そこで△Y・△C・△Iをその増分とすれば
  △Y=△C+△I
もいつでもすぐに成立ちます。そこでその比をとって
  △C/△Y
を限界消費性向と言う、ということになっています。

このような重要なものは、物理や化学だったらすぐにでも共通の記号を誰かが決めるんですが、経済学では『限界消費性向』という言葉は共通に使うのに、それをあらわす記号が決まっていないようです。で、仕方なくこれをαとします。
  △C/△Y=α ですから、
  △C=α・△Y
  △I=△Y-△C=△Y-α・△Y=(1-α)・△Y
  △Y=[1/(1-α)]・△I
ですから、K=1/(1-α)とすると
  △Y=K・△I
すなわち、投資が△I増えると所得はそのK倍増える。
そのK を乗数と言う。

これがケインズの乗数(投資乗数)です。
  K=1/(1-α)ですから、逆に解けば
  α=1-1/K
となります。αでもKでも一方が決まればもう一方も自動的に決まります。
ケインズは数学が得意な人ですから、1/(1-α)倍と言えば良いのにわざわざK倍と言いたいなんてことは考えません。一応乗数という言葉を使った友人の顔を立ててこの言葉は使ったけれど、大事なのは限界消費性向の方で、乗数に言い換えることにはあまり関心がなかったように思えます。

さて、この限界消費性向のα=△C/△Y、あるいは△C=α・△Yですが、このままでは単なる割算で何の意味もありません。ケインズが言いたいのは△Yや△C、△Iが小さい時(すなわちあんまり大きな変化がないうち)はこのαがあまり変化しないということです。

単なる割算なら、α=△C/△Y、△C=(△C /△Y)・△Y というだけで何の面白いこともないのですが、αがあまり変化がないということであれば、そのあまり変化がない間についてはαが一定だと考えても良いことになります。

そうすると、
  △C=α・△Y
  △I=(1-α)・△Y
ということになります。

すなわち、皆がちょっと節約して貯金しようとして消費を△Cだけ減らすと、社会全体の所得が(1/α)・△Cだけ減ってしまう。貯蓄は(1-α)/α・△Cだけ減ってしまう。すなわち貯金しようとして消費を減らすと貯蓄も減っちゃうよというお話になります。

逆にいえば、消費や投資を増やすとそれ以上に所得を増やすことができる、ということです。
αはふつう、0と1の間の数で、1の方に近い数だ、という経験から、(1-α)は0に近い数になり、1/(1-α)は大きな数になります。すなわち、ちょっと投資を増やすとその何倍も所得が増えるよ、ということです。

この投資を増やす手段として、ケインズはいろんな例を挙げています。
ピラミッドの建設、地震、戦争を挙げた後、よく知られている紙幣を瓶に詰めて廃坑に埋め、その穴を地表まで埋めた後で採掘権を入札に掛ける、というアイデアを出します。
そして最後に、『古代エジプトは貴金属の探索とピラミッドの建設という二つの活動を持った点で二重に幸運だった。』『それが消費されることによって人間の用に供するというものではなかったため、潤沢のあまり価値を減じることがなかったからである。』『中世には大聖堂が建立され、ミサ曲がうたわれた。』『二つのピラミッド、死者のための二つのミサ曲は、一つのピラミッド、一つのミサ曲に比べれば良きこと二倍であるがロンドン-ヨーク間の二本の鉄道についてはそうはいかない』『子孫のために彼らの住む家を建てよう、そのためには彼らに余分の「財政」負担をしてもらわなければならない、そう決断すればいいものを、その前にあれこれ余計なことを考えてしまう。だから我々は失業という苦境から簡単には抜け出すことができないのである。』など、味わい深い文章がたくさんあります。
『ありがたいものだけれど何の役にも立たないもので、作るのに大金がかかって使いべりしないもの』というのは今だったらどんなものだろう、と考えてしまいます。

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