‘本を読む楽しみ’ カテゴリーのアーカイブ

『エジプトの空の下』飯山陽

2022年10月26日 水曜日

飯山さんの本、5冊目が届いたので早速借りて読みました。予想にたがわず素晴らしい本でした。

これまで読んだ4冊はどちらかというと今、世界各国で起きていることの報告やイスラム教理論の紹介だったので、著者の個人的な事々は極力切り捨てて書いたものを、この本では実体験のレポートのエッセイということで、思いきり個人的な体験や感想が盛り込まれています。

著者は2011年から4年間ダンナさんの転勤の都合でエジプトのカイロに行き、一人娘が1歳から5歳になるまでを一緒にカイロ暮らしをしています。時あたかもアラブの春で、エジプトでも革命が起きムバラク政権が倒され、その後しばらくして選挙でイスラム同胞団のモルシが大統領になって、イスラム教による政治を次々に実行し、こんなはずじゃなかったというエジプト人の不満から1年後に再革命でモルシ政権が倒され、軍政が敷かれ同胞団が倒されたというところを現地エジプトで直接体験しています。

飯山さんひとりだったら始終好奇の目・セクハラの目で見られる所、娘を露払いに立てると、周り中の目が娘に集中し、我勝ちに可愛がろうとする、娘の方はちょうど言葉を覚える時にアラビア語エジプト方言(エジプト語)と英語をシャワーのように浴びて一気にトリリンガルになってしまい、著者がさんざん苦労したエジプト語特有の特殊な発音もなんなくこなし著者を悔しがらせるとか、エジプト人の運転手の友達になり一人でお泊りに行き、一杯お土産を貰って帰ってくるとか、楽しい話もたっぷり入っています。

またエジプトで比較的新鮮な野菜と魚をどうやって手にいれるか、基本的にキロ単位でしか買えない食材をどうやって保存したり分けっこしたりするとか、駐在日本人達でソフトボール大会を開き、著者の入っていたメディア関係者チームが何年かかっても一度も勝てなかったのが、著者がエジプトを去ったらその年に念願の初勝利が実現し『ファラオの呪いだ』なんて話が出ています。

一方マスコミの仕事で、武装闘争派のイスラム教の有名な指導者のテレビインタビューを行い『お前は全身が恥部だ』、『お前はカメラマンの後ろに隠れて下を向いていろ、直接私を見てはいけない』なんて言われたりしています。

アパートの目の前の木が倒れ、それを片付けるためにチェーンソーで切ったら、別の人がその下敷きになって死んだとか、道を歩いていてミシミシ音がするので走って逃げたら、今までいた所に3階のベランダが落ちてきたとか、日本では滅多にないような体験もいくつもあります。

イスラム教では聖戦(ジハード)で死んだ人だけでなく災害で死んだ人も最後の審判を待たずに即時に天国に行けるということで、災害による死というのはそれ程深刻に受け取られないというのも初めて知りました。

著者は滅多に入れないスラムにも入って住人と仲良くなり、スラムの暮らしについても報告してくれます。人口の20%がスラム暮らしで、そこから抜け出す方法がない、というのも大変なことですね。

著者のエジプト滞在は第二革命でモルシ政権が倒れる所までですが、日本では一般に『軍事クーデター』という事になっているものが、実は国民の反政府運動で政権を倒したもので、最後に軍がその革命を完成させた、という事のようです。その意味で本当に国民による革命だったようです。

我々には『イスラム過激派のテロ』というのはヨーロッパ・アメリカで多く起きているというような印象がありますが、実はそれを遥かに上回る頻度でイスラム過激派と世俗的イスラム政府との間で、アラブ・イスラム諸国で起きているんだという事も、言われてみればすぐに納得なんですが、言われるまで気が付かないということも良く分かりました。

とまれ、こんな国に1歳児の娘とダンナさんと一緒に乗り込み、何度も生命の危険にさらされ、またケチョンケチョンに貶められるという経験をした人ですから、日本でノホホンとして暮らしていた人達(ひろゆき氏や日本のイスラム教学者の先生方)が逆立ちしたって敵うわけがありません。

ということで、今まで読んだ飯山さんの本の中で一番面白い本でした。

お勧めします。

『武玉川 とくとく清水』田辺聖子

2022年10月26日 水曜日

開架式の図書館の良い所は思いもかけない本が目に飛び込んでくることで、この本はオクさんのために軽い読み物を借りていってやろうと見ていてたまたま見つけたものです。

武玉川(ムタマガワ)というのは江戸時代、川柳の柳多留(ヤナギダル)が出版される15年ほど前に、俳諧の連句の中から、前句と切り離してその句だけで味があるものを取り出した句集です。

連句というのは五七五の発句から始まって、五七五には七七の句を、七七には五七五の句を付けていき、20句とか100句とかいろいろな数の句を並べた所で、最後のあげ句に至るという言葉遊びですが、その中から面白い句を選び出しているため、五七五の句も七七の句も入っています。

その中からさらに面白そうな句を取り出し、著者の田辺聖子がコメントをつけるというか解説をしているものです。もともとの武玉川は数百の句がずらっと並んでいるだけのものなので、一つ一つじっくり読んでいくならそれも面白いんでしょうが、この田辺聖子の本はそれをされに選りすぐり、好き勝手な感想を述べているもので、読むほうも好き勝手に面白がることができます。

川柳というのはこの俳諧の連句の練習のため、選者が七七の句をお題として出し、それに付ける五七五の句を募集し、その中から面白いものを集めたものです。

武玉川は連句の中から句を抜き取っているので、それぞれの句にはそれを付ける前句があります。もともとはその前句とそれに付ける付け句の付け方の面白さを楽しむものだったのが、付け方より付けた結果の、付け句自体の面白さを楽しむということで、武玉川の句集ができたようです。そのため本来は付け句集としてそれぞれ前句も明らかにして、この前句にこの付け句、とする所、思い切って前句を端折ってしまい、付け句だけを集めて出版したということです。

五七五の世界はそれなりに面白いのですが、さらに短い七七だけでこんな句もありか、という面白さがあります。七七の句はなかなか目にしないので楽しめました。

川柳というのはそれなりにかっしりしているのに対し、この武玉川の方は七七の句も五七五の句もどちらもゆったりと余裕のある面白さでした。

新書で気軽に読めるのでお勧めです。

『イスラームの論理と倫理』中田考・飯山陽

2022年10月20日 木曜日

前回の『イスラム教の論理』に続いて飯山さんの本をさらに3冊読みました。
2冊目は『イスラム2.0』という本、次に『イスラム教再考』、4冊目がこの『イスラームの論理と倫理』という本で、この本だけ飯山さんと中田さんの共著という形になっています。

出版の順番は4番目に読んだ『イスラームの論理と倫理』が3番目で、その後『イスラム教再考』が出版されています。

『イスラム2.0』というのは『イスラム教の論理』でも書いてあった、インターネットの世界になって誰でもコーランやハディース等の原典に直接アクセスできるようになり、またいろんなイスラム法学者の発言にも簡単にアクセスでき、信者どうしもSNSで交流することができるようになった状況をコンピュータのOSになぞらえて、『それ以前のバージョン1.0がバージョン2.0にアップグレードされたんだ』と表現し、その結果世界各地のイスラーム教国家がどのように変化しているのかという報告です。

これに引き続く『イスラームの論理と倫理』では飯山さんと日本のイスラム学界の権威とされる中田考さんの対話という形になっています。

最後の『イスラム教再考』ではこれに引き続き飯山さんが日本のイスラム学界の人々を次々にヤリ玉に上げていきます。イスラム学界の人でなくても、池上彰さんや『現代の知の巨人』の前ライフネット生命の社長・会長の出口さんまで何度も登場してヤリ玉に上がっているのもご愛敬です。

で、この『イスラームの論理と倫理』ですが、本の扉には『妥協を排した書簡による対話』となっていますが、実際のところまるで対話になっていません。

飯山さんがそれぞれのテーマについて真面目に考察し、日本として日本人としてどのように考えたら良いのか検討するのに対し、中田さんは業界の権威であるという立場から飯山さんを徹底的に見下すように自分勝手な議論を展開し、殆ど誰も知らないようなことを書き散らしていかに自分が何でも知っているかみせびらかし、飯山さんのことはあくまで『飯山さん』と言って素人扱いしています。

飯山さんはさすがに中田さんを常に『中田先生』と言ってはいますが、その代わり最後の書簡では『「往復書簡」における中田先生の文章は晦渋さと曖昧さに満ち、冗長で要を得ません』と明確に言ってのけています。念押しに『この中田さんの文章を分かったふりをする必要はありません。・・・曖昧な文章はどこまでいっても曖昧であり、それを分かることなどできないのです。』とまで言っています。

中田さんの方は最後の書簡でもその前の続きのコロナウィルスに関する話を延々と繰り返し、何とかしてそれを反日・反米に結び付けようとしています。

ということで、他に例を見ないような『対話』ですが、中田さんがいかに議論をずらし、捻じ曲げて自分を偉く見せようとしているか、イスラム世界の話をいかに反日・反米につなげるか見てみようと思う人には楽しめると思います。

飯山さんはこの本と、続く『イスラム教再考』でイスラム学界のほとんどの人をヤリ玉にあげるというとんでもない喧嘩をしている人ですから、いろんな人にからんで人気を博しているひろゆき氏がちょっとちょっかいを出したくらいじゃ相手にならないのは当たり前ですね。

あくまで論理的な飯山さんの議論と、山ほど知識はあるものの論理的な思考ができず、その知識をひけらかしながら駄弁を弄し、情緒的に反日・反米をたくらむ中田さんの対比を楽しみたい人にお勧めします。

これで飯山さんの本を4冊読み、残りは2冊。
アラブの春の下でエジプトのカイロで暮らした体験記の『エジプトの空の下』と最新刊の『中東問題再考』です。最新刊の方は順番が回ってくるのに半年以上かかりそうな塩梅ですが、『エジプトの空の下』の方はもうすぐ借りられると思います。楽しみです。

『イスラム教の論理』飯山陽

2022年10月12日 水曜日

この本の著者の飯山陽(イイヤマアカリ)さんは、ツイッターの投稿や虎ノ門ニュースでの発言を見ていてなかなか面白いなと思っていたのですが、あの2チャンネルを作ったひろゆき氏がネット上でこの飯山さんにいちゃもんをつけ話題になっていたので、この際飯山さんの書いた本を読んでみました。

図書館で在庫のあった6冊に予約を入れ、すぐに借りられた3冊のうち最も早く出版されたのがこの本で、まずはこの本から読んでみました。

読んですぐ『こんなことを書いてしまったのか』とびっくりしました。多分イスラム教を真面目に勉強したらすぐに分かることだけれど、従来、絶対に言ってはいけないとされていたことを平然とあからさまに書いてしまった、ということです。

案の定、飯山さんはイスラム教学者や中東問題の専門家たちからはコテンパンに非難・攻撃されたようです。

専門家たちに総スカンにされて平然と反論し続けてきた人ですから、聞きかじりの知識でいちゃもんをつけてきたひろゆき氏がかなうわけがありません。簡単に反撃され、目隠しにひろゆき氏はさっさと沖縄にわたって反基地運動の座り込みと称している場所に行ってネットを炎上させ、飯山さんに負けたことから見事に逃げおおせています。

で、飯山さんの言っているのは何かというと、イスラム教の前提となるのは『人はすべて神の奴隷であり、すべて神の命じるままに行動しろ』ということで、この神の命令には『人は正否の判断をすることができないので、無条件で従うのみだ』ということです。これまで一般のイスラム教徒にははっきりと示されなかったことがインターネットの発展により、イスラム教徒がコーランやその他の情報に直接アクセスできるようになり、またアラビア語で書かれ多国語に翻訳することが禁止されているコーランを、ネット上で好きなように自国語に翻訳して読むことができ、SNS等で自分の近くにいるイスラム法学者だけでなく他の人の意見も見聞きすることができるようになり、『イスラム国』などはその状況をフルに活用して様々な情報を動画で世界中にバラ撒いているということです。

この本の題名の『イスラム教の論理』に使われている『論理』という言葉も重要です。イスラム教というのは非常に論理的な宗教で、根拠となるのはコーランとムハンマド(マホメット)の言行録であるハディースのみで、あとはすべてこれから論理的に引き出してくるものです。キリスト教のカトリックでは法皇という神の代理人がいて、判断に迷ったときは正しく判断してくれる、ということになっているんですが、イスラム教ではムハンマドが最後の預言者だということになってますから、何が正しくて何が正しくないか判定してくれる人はもはやいないということです。

もちろん『イスラム国』がやっている戦争や自爆テロや女性虐待や異教徒の虐殺など一般的にとんでもないと思われていることも、論理的には正しい、ということになります。すなわち上記の前提となる考え方から論理的に引き出されてくるものだ、ということです。

これは確かに論理的に正しいのですが、感覚的に受け入れられないことを論理的に認めることができる人があまり多くない、ということかもしれません、論理の前提となる考え方が違うだけなんですが、論理だけで考える、というのはなかなか難しいのかもしれません。

例えばこの本には『働く女性は同僚男性に5口の母乳を飲ませよ』という話があります。職場でセクハラを防ぐために擬制的に自分が同僚男性の乳母であるかのようにしてしまうことにより、コーランに従ってセクハラができないようにしてしまう、という話です。こんなところまで論理的に説明してしまうのか、とあきれてしまいます。キリスト教にも『針の上で天使は何人踊れるか』という話があります。こちらは単なる絵空事の議論ですが、イスラム教のほうは現実的な議論です。

この飯山さんの本を読みながら思い出したのが、キリスト教のプロテスタントの宗教改革と新教・旧教の宗教戦争です。

西洋のルネサンスでグーテンベルグの活版印刷の技術が普及・発展し、まず大量に出版されたのが聖書で、それまで教会に独占されていて教会で神父の説教の時に断片的に読み聞かされるだけだった聖書が、ちょっとした金持ちなら自分で買って自宅で自由に読むことができるようになったということ、それによって信者が直接神と結びつくことが可能になったこと、また宗教戦争の時はアジビラを印刷して大量にバラ撒くことが可能になり、もちろんそれほど識字率は高くなかったとしても、居酒屋で字の読める者がそのアジビラを読み上げて他の人が聞くという形で情報が急速に拡散していくことが可能になったという状況、これらは上記の、ネットの発達でイスラム教の原理主義が急速に発展した事と何やら良く似ていると思います。

キリスト教の新教・旧教の戦争ではヨーロッパ中でお互いに殺し合いが何百年か続き、お互いにくたびれ果てて殺し合いは少なくなったようですが、今回のイスラム教とそれ以外の宗教あるいは無宗教との戦いも何百年か殺し合いが続くんでしょうか。やっかいな話ですね。

ということで、イスラム教に関するきちんとした説明です。とはいえ、とことん論理的な思考、というのはなかなか抵抗があるかもしれませんね。

お薦めします。

「古代ローマ人の24時間」―アルベルト・アンジェラ

2022年9月16日 金曜日

以前紹介した「古代中国の日常生活(原題は古代中国の24時間)」の続きで、図書館で検索したら古代中国の他にエジプトとローマがヒットしました。

エジプトの「古代エジプト人の24時間」は中国の「古代中国の日常生活」と同じ24時間シリーズの中の1冊で、時代は3500年前ということなので、年代的にはかなりさかのぼりますが、「古代中国の日常生活」と同様、1日24時間の1時間ごとに別々の人物を登場させ、その人が何を考え・何を悩みながらどんな仕事をしているか、紹介しています。「古代中国の日常生活」と違って、このエジプト編では前の方の話で登場した人物が後の方で主人公として登場したり、あるいは前の方の話で主人公だった人物が後の方で登場人物となったりしています。

同じ古代といってもかなり年代が違っているはずなのに、墓盗人が登場したり、墓作りが登場したり、また王妃やその使用人が登場したりして、エジプトと中国は良く似ています。

これに対してこのローマの方の話はこの24時間シリーズの本ではなく、「古代ローマの一日―その日常生活、謎、魅力」という原題の翻訳のようで、とはいえ時代設定が西暦115年ということで、24時間シリーズの中国の分とほぼ同じです。

本の内容は24時間シリーズと同様、ある1日の朝から夜までの1日を描写しているのですが、24時間シリーズでは1時間ごとに様々な仕事・立場の別々の人を主人公として、その人が何を考え・何を悩みながら仕事をしているかを書いているのですが、この「ローマ人、、、」の方はむしろローマという都市の様々な場所に注目し、その場所でその時何が行われているかを描写しています。

著者はタイムトラベラーとなって西暦115年のローマに行き、そこで丸1日街のいろんな所に行き、いろんな生活を見物します。

夜明け前ローマの街中を歩き、防火隊の夜回りを見たあと、次に金持ちの大邸宅を見て奴隷たちが働き始めるのを見、主人達家族が朝の身支度をするのを見物します。ローマ式の服の着方や女性のヘアスタイルなども説明してくれます。朝食のあと、朝の表敬訪問で多くの人々が邸宅を訪ねてくる様子を見せてくれます。ここで著者は急に上空に舞い上がり、空の上から明けていくローマを見渡します。雲の中から七つの丘が浮かび上がり、次第に光が届き始め、大きな建物が現れ、街が見えてきます。ローマという街の地理的成り立ちが説明され、その後また街に降り立ち街歩きを始めます。著者は多くのテレビ番組の制作をしていた人のようで、視点の取り方がいかにもテレビのドキュメントのようです。

大邸宅のあと、著者は理髪店を通り過ぎて集合住宅に移ります。一階は商店、二階は邸宅を構えるほどではないとしても金持ちが住んでいますが、三階以上は違法建築のような好き勝手に建て増し増築を繰り返し、また貸しにまた貸しを繰り返した、文字通りスラムになっていて、一階には汚物入れの桶が置いてあり、上の階から毎朝トイレ用の桶をそこまで運んで中身を捨てるようになっているにも関わらず、そこまで運ぶのが面倒くさくなると上の階の窓から中身を通りにブチまけるという、花の都パリと同じようなことをやっていたようです。

次に著者は市場に行き、家畜市場から奴隷市場、路上の学校・神殿・書店・裁判所・元老院、コロッセウムでの公開処刑・剣闘士の対決などなどを見た後、夜になって大邸宅の宴会に紛れ込みます。ここで皆で寝そべって飲食をするローマ流の宴会のやり方の説明があります。最後は真夜中、人通りのなくなった通りを歩きながら、人々がどこでどのように寝ているかという所で1日が終わります。公衆トイレ・公衆浴場・商店・飲食店(バール)にも立ち寄り、人々が何をしているのか説明があります。

商店の所ではローマでは両手の指で4桁の数字をすべて表すことができたということで、図入りの説明があります。いくら何でもそんな事無理だろうと思っていたのですが、図を見て納得です。左手の中指・薬指・小指で1の桁の9個の数字を表し、親指と人差し指で十の桁の9個の数字を表し、右手の中指・薬指・小指で百の桁の9個の数字を表し、親指と人差し指で千の桁の9個の数字を表す。このようにして両手の10本の指で4桁9999までの数字を表すことができるというあんばいです。

公衆トイレの構造や用を足したあとの始末の仕方(ある意味、実質的に水洗トイレになっています)、公衆浴場の構造や入り方、コロセウムでの競技の様子など、さすがにテレビに携わる人ですから非常に具体的に説明してくれます。

前のエジプトや中国の24時間シリーズの本と違うのは、ローマはやはり世界的帝国で帝国の外や周辺の多くの国・地域から人や物を集めることによって成り立っている国で、道を歩く人も人種・民族、その他多種多様で、それがローマという大して広くもない都市に集中してごった返しているという姿です。

このような姿は塩野七海さんの「ローマ人の物語」や他のローマの解説書ではなかなかお目にかかれないものです。

それほど多くはないのですが、所々にいくつもの絵も付いていて、なかなか楽しめます。

文庫本で、本文だけで540頁とちょっと大部な本ですが、興味のある人にはお勧めです。

『孔子画伝』加地伸行

2022年8月16日 火曜日

孔子が死に、司馬遷が史記を書いて孔子の伝記を記述し、それを元にその伝記の様々な場面を絵にするということが始まり、断片的な絵ではなく、孔子の生涯を通した絵による伝記、すなわち『絵伝』が作られるようになり、それが『聖蹟図』と呼ばれるようになったようです。種々様々な聖蹟図が作られたようですが、その一つに何延瑞(カテイズイ)という人の作ったものがその後マネされて流布したようです。絹の布にカラーで描かれたものですが、それを元に1500年代に薩摩の島津家久が日本の画家にカラーで描かせたものもあるようです。

これは現物は見つかっていないけれど、それの白黒写真を日本で出版した物が残っているようです。また、なくなったと思われた『何延瑞本』を元にした絹本が孔府で見つかったということです。

で、この本ではこのカラー版の何延瑞本と白黒の家久本の図像に加地さんが解説を加え、適宜その他の聖蹟図からの画像も加えています。

2ページ見開きでカラーの何延瑞本の画を写し、次の2ページで家久本の画とその他の画、そして加地さんの解説という4頁1単位の構成です。

この本は加地さんの『孔子』でも文庫版あとがきで、『この「孔子画伝」を本書と併せて読んで頂ければ幸いである。』と紹介しています。

画伝は基本的に史記の孔子伝によっていて、他に様々なものから題材を取っていて、ほとんどが今までの孔子関係の本で既に読んだものですが、初めて見るものに一つ、『丘陵の歌』というものがありました。流浪の果て、最後に魯国に帰る時に、孔子が生涯を顧みてこの歌を作ったという事ですが、孔子が作った歌というものは初めて見ました。

4字×16句(あるいは(4字+4字)×8句)といった形のもので、孔叢子(クゾウシ)という本に載っているもののようです。長年がんばってきたけれど、なかなかうまく行かなかったなあ、というようななかなか味わい深い歌です。

全体の構成は
 第1画 孔子の母親が尼山に向かって子供ができるよう祈る
 第2画 母親のところに麒麟がやってきて、生まれて来る子は王になる、と
     お告げを告げる
 第3画 誕生日には5人の神仙と2匹の龍が現れる

から始まって

 第35画 孔子の死後、弟子達は墓の近くで3年(実質2年)の喪に服し、子
      貢だけはその倍の6年(実質4年)の喪に服した。
 第36画 その後、戦国時代を経て秦が天下を統一し、始皇帝の死後、項羽と
      劉邦が秦を倒し、最終的に劉邦が勝って漢帝国をつくり、その初
      代皇帝高祖(劉邦)が旅の途中孔子の廟に立ち寄って羊・牛・豚
      を一頭ずつ捧げて盛大に祀った、
という場面で終わっています。

第2画、第3画はキリスト教の、マリアへの受胎告知・イエスの誕生日に東方から三人の博士がやって来て礼拝した、という話と何やら似た話ですね。

何延瑞本のカラーの絵と家久本と、基本的に同じ構図の絵なんですが、日本で日本の画家、等林が描いたというだけで、微妙に違っているのも見所です。この等林という画家がどのような人なのか、というも良くわかっていない人のようです。

私は基本的に絵(がたくさん入っている)本が好きで、国富論の訳を選ぶ時も挿し絵がたくさんあるものを選んだり、一遍上人の絵伝『一遍聖絵(イッペンヒジリエ)』を読んだり(見たり)しているんですが、この『孔子画伝』も面白く読めました。

絵がたくさん入っている本が好きな人にお勧めです。

『古代中国の日常生活』-荘奕傑

2022年8月15日 月曜日

一連の孔子関係の本を読んで、その頃の中国というのは、人々はどういう生活をしていたんだろう、と思っていたら、お誂え向きに図書館の『新しく入った本』コーナーにこの本が入ってました。

元の題は『24 Hours in Ancient CHINA』 という本で、このCHINAの所が、Athens, Rome, Egyptになる本と合わせて4冊のシリーズ本のようです。CHINA以外の本も翻訳されているかどうかはわかりませんが、とりあえずはCHINAだけあればOKです。(ネット調べたらローマとエジプトについては訳があるようです。と思って図書館で借りてみたら、エジプトの方はこのシリーズの本の訳ですが、ローマの方は別の本の訳が似たような題になったもののようです。)

著者は荘奕傑(ソウエキケツ)という人で、ケンブリッジ大学で考古学の博士号を取り、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンの考古学研究所で中国考古学の准教授をしている人で、中国・東南アジアの古代史の専門家のようです。

舞台にしているのは紀元17年、前漢と後漢の間にはさまれた新という、王莽(オウモウ)の時代ですから、孔子の時代よりはかなり後になりますが、まだ古代ではあります。司馬遷の時代より100年位後になります。

この年のある日の24時間に、様々な仕事をしている人々が何を考え何をしていたかを1時間単位に24人登場させて、その社会を表現しています。

登場人物は、医者・墓泥棒・産婆・馬丁・主婦・青銅器職人・運河労働者・教師・織り子・墓の彫刻師・製塩職人・祭官・烽火台長・穀物貯蔵庫の管理人・伝書使・農夫・労役刑徒・レンガ職人・料理長・后付きの女官・史官・舞人・王女付き女官・兵士と、普通なかなか歴史の本には出てこない人達です。
とはいえ山ほどの資料の中から少しずつ情報を集めれば、それなりに当時の様々な人々の日常生活を描き出すことができるようです。

これらの人々が何を心配し、何に不満を持ちながらそれぞれの役割を果たしていたかを、活き活きと書いてあります。

孔子の時代はこれより数百年前の時代ですが、それでも孔子の時代を思い浮かべるのがかなりやりやすくなります。

この時代、まだ基本的には農業の時代で殆どの人は農民だったわけですが、それでもこれだけ様々な役割の人がいたということは改めて大変なことです。

ということで、孔子や論語を読む参考資料としてお勧めします。

『孔子』-加地伸行 『孔子伝』-白川静 

2022年7月26日 火曜日

この前書いた駒田さんの本が面白かったので、更に孔子の伝記の本を2冊読んでしまいました。
加地伸行さんの『孔子』と白川静さんの『孔子伝』です。

駒田さんの本が孔子の伝記というより、法家思想との関係・老壮思想との関係・エセ君子との関係というテーマ毎に書かれているので、全体を通じた孔子の生涯を読んでみたい、と思ったわけです。

加地さんの本は加地さんが大学を出る時に書いた卒業論文に対して、恩師の吉川幸次郎から与えられた3つの宿題の一つについて答案として書かれたものだということで、孔子が死についてどう考えていたが、ということがテーマになっています。

孔子の生涯を全て把握した上で、論語の言葉をどこで、どの時、どのような状況で、誰に対して語った言葉かを一つ一つ確認し、その上で孔子の生涯を描いています。若く血気盛んだった時の言葉と年老いてもう政治の第一線に立つことはないだろうと思ってからの言葉、自分の跡を託すつもりだった人々に次々に先立たれ、自らの生の終わりもすぐそこに見えるようになって語った言葉、それぞれに味わいがあります。

白川さんというのはあの『白川漢字学』の白川さんです。その白川さんの本は、その漢字の研究を通して中国の古代社会を明確に見すえ、その社会に生きた人物としての孔子の生涯を描いています。

この本、しょっぱなに次のような文章が出てきます。
『孔子の人格はその一生によって完結したものではない。それは死後も発展する。孔子像は次第に書き改められ、やがて聖人の像にふさわしい粉飾が加えられる。司馬遷がその仕上げ者であった。』
また『司馬遷は「史記」に「孔子世家」を書いている。孔子の最も古く、また詳しい伝記であり「史記」中の最大傑作と推奨してやまない人もあるが、この一篇は「史記」のうちで最も杜撰なもので、他の世家や列伝・年表などとも、年代記的なことや事実関係で一致しない所が非常に多い。』とも書いています。

孔子の生きた中国古代社会を明確に描くことにより、孔子の行動も語った言葉もまた味わいが違ってきます。周の封建制が終末に向かい、封建各国で下剋上で家臣が君主の権力を奪い取るいわゆる春秋の時代、国の枠をこえて集団で動いた盗(これは、『盗人』のことではなく、『政治亡命者』という意味のようです。)、あるいは群不逞の徒と呼ばれる集団、その例としての儒侠とか墨侠の集団の話(孔子軍団も墨子軍団もどちらもある意味大規模な任侠団体だった、ということ)。孔子の死後孔子の教えを継いだ荘子・孟子・荀子等の話。様々な流派の学者を斉の稷(ショク)門の近くに集め議論させた『稷下の学」の話。孔子の死後どのように論語ができたか、その過程で孔子の言葉がどのように広められ追加されたか、封建各国が互いに戦い合って国を大きくし合い、ついには秦による天下統一に至るいわゆる戦国の時代、韓非子の法家を指導原理とする秦帝国が亡びて前漢の武帝が儒教を国教としたことによって儒教の権威が確立されます。

孔子が周の周公を理想として立てたのに対して、墨家がその前に禹を立て、孟子がさらにその前に堯舜を立て、さらに道家がその前に黄帝を立てる、という『加上』の説の話も面白いものです。だとすると孔子にとって周公というのはいったい何だったんだろう、というのが今後論語を読むときの一つのテーマになります。

その後、辛亥革命による中華民国成立により儒教は過去の遺物のようなことになりますが、郭末若(カクマツジャク)により再評価され、それが中国共産党のいわゆる文革により自己批判をさせられ、その後いわゆる三人組の文革派が淘汰されて復活し、さらには天安門広場での共産党権による学生・市民の虐殺まで、この本はかなり幅広い時代を取り扱っています。

本文はさすがに学者の論文(純粋の論文ではないけれど、論文のような書き方です。)という形でなかなか歯ごたえがありますが、文庫本にはついている著者による『文庫本あとがき』(7ページ)、その後に付いている加地伸行さんによる『解説』(11頁)だけでも十分読む価値があります。

私は昔から悪い癖で、本を読み終わってから買うというのがあります。最近では本はもっぱら図書館で借りて読むことにして買う事は殆どないのですが、今回の一連の孔子関係の読書で結局4冊も買う事になってしまいました。と言っても全て文庫本の古本ですから大した費用ではありませんが。駒田さんの本、今回紹介した2冊は3つ共読み終わってから買う事になりました。加地さんの論語はまだ読み終わっていないで買った本です。いずれも再度再々度じっくり読んで楽しみたいと思います。

ということで、どちらもお勧めします。

『論語』 

2022年7月12日 火曜日

前々回、孔子に関する駒田さんの本を紹介しましたが、この本を読んで、『論語』の読み方について専門の儒学者達がいかに好き勝手あるいはいい加減に論語を読んでいるか知り、これなら自分も自分勝手に読んでみようか、と思うようになりました。

『論語』については解説書や断片的な本はこれまでも色々読んでいますが、全体を読んだことはありません。で、『論語』全体を読んでみようか、と思い至りました。

となるとどの本を読むかですが、基本的に原文・読み下し文・現代語訳という3点構成になっているのは共通で、著名な中国語学者・中国文学者・中国哲学者による全訳はいくつも出ています。

この前の本の流れで、できれば駒田信二さんの本があれば良いのですが、どうもそのようなものはなさそうです。

となると次の候補は加地伸行さんの本です。
加地伸行さんというのは儒学者であり、仏教の専門家であり中国語学者であり、予備校で漢文の人気講師でもあった人で、儒教に関する解説書もいくつも書いている人です。

この人の『論語 - 全訳注』というのが講談社学術文庫から出ています。
文庫本542頁で、うち100頁弱が索引になっています。
漢字一字で検索できる『手がかり索引』26頁、良く引用される、例えば『朋(トモ)遠方より来たるあり』のような『語句索引』55頁、さらに『人名索引』5ページ。これだけ索引が付いていると有難いです。さらに本文中の注にはかなりの数の図が付いています。

で、この本を基本として読んでいこうと思うのですが、論語というのは孔子およびその弟子たちの断片的な言行録の寄せ集めですから、順番に読んでいく必要は全くありません。適当に開いてみて気にいった語句が出てきた所でその語句を紹介していこうと思います。もちろんその解釈にはいろいろ専門家の説もありますが、それはあくまで参考までということにして、自分勝手に解釈して自分勝手に気に入ったものを紹介していこうと思います。

で、その最初が『先行(まずおこなう)』という為政第二の第13節の言葉です。
節の全体は『子貢問君子。子曰、先行。其言而後従之。』で、読み下しは『子貢、君子を問う。子曰く、先ず行なう。その言や而(シカ)る後に之に従う、と。』となっています。
ここで『先行』で文を区切るのはどちらかというと少数派のようで、普通は『先行基言』で区切るようです。意味は言いたい事をまずやってみせて、その後で言葉で説明しろ、というような有言実行の主張のようですが、私の解釈は『まず動いてしまえ。説明は(言い訳は、理屈は、正当化は)後でどうにでもなる』です。こう読むことによって、聖人君子ではない行動の人、孔子の面目躍如となります。この言葉、なかなか気に入りました。

次は『無倦(うむなかれ)』です。
これは子路第十三の第1節の言葉です。節の全体は『子路問政。子曰、先之、労之。請益。曰、無倦。』で、読み下しは『子路、政を問う。子曰く、これに先んじ、これに労す、と。益さんことを請(コ)う。曰く、倦(ウ)むなかれ、と。』となります。子路が孔子に政について質問した。孔子の答は『先頭に立って行い、一生懸命やる事だ』。子路に、さらにもう一言、と言われて『あきずにやり続けろ。』と答えた、ということです。この『倦むなかれ』、なかなか味わい深い言葉です。

三つめに『父為子隠、子為父隠。(父は子のために隠し、子は父のために隠す)』という言葉で、子路第十三の第18節にあります。
葉公(ショウコウ)という殿様が孔子に向かって『自分の所には正直者がいて、父が羊を盗んだら子がそれを(父がやった、と)証言した』と自慢したのに対し、孔子は『自分の所では父が子のために隠し、子は父のために隠します。これが正直者です』と答えた、ということです。
この言葉、長い間イマイチ納得できなったのですが、最近の習近平やプーチンの行動を見ていて、ようやくなるほどそういうものか、孔子の生きていたのはそういう世界なんだ、と得心した次第です。

論語の言葉については今後とも気に入った言葉がみつかったら、随時少しずつ紹介していきたいと思います。

『太平記』

2022年6月30日 木曜日

これは、私の読んだ新潮日本古典集成で、太平記第1巻から第40巻までが、太平記(一)から太平記(五)までの5冊にまとめられています。B6版で本文だけで2,000頁、各冊ごとについている目次・凡例・解説・付録(年表・系図・地図)を併せると2,500頁を超える大作で、とにかく大変でした。

『太平記』というと普通、いわゆる皇国史観のガチガチの物語で、後醍醐天皇という聖人君子の天皇と『七度生まれて朝敵を討つ』と言った忠臣の楠正成の物語だと思われていますが、この元々の太平記はまるで違います。

後醍醐天皇というのは確かに優秀で真面目で努力家だったのですが、一方、聖人君子気取りで実は現実がまるで見えていない人で、近くにいる人の言葉に簡単に振り回され、足利尊氏、新田義貞その他武士達のお蔭で鎌倉幕府を倒し天皇親政の体制を作った(第12巻)までは良いのですが、その体制作りに貢献した武士達に対する恩賞より、自分の近くにいる公家や女官達の縁者に対する恩賞ばかり優先させて、結局武士達の不満から足利尊氏がそのような武士を代表して後醍醐天皇と戦うことになる。これが『建武の乱』という、ということです。『建武の中興』というのは学校でも習う言葉ですが、『建武の乱』というのは初めて知りました。

楠正成というのも、湊川の戦いでいよいよ明日は討ち死にだという時に『本当はこんな事を言うのは罰当たりだけれどもそれを承知で、7回生まれ変わって朝敵の北朝方を滅ぼしたい』と言って(実はそれを言ったのは正成の弟の正季で、正成はそれに完全に同意した、ということになってますが)、念願かなって死んだあと、第六天の魔王の手下となって何度も足利尊氏の弟で、足利側のリーダーだった足利直義の夢に登場し、直義をもうちょっとで殺す所まで行ったけれど、残念ながら7回生まれ変わって・・の回数が終わってしまって念願を果たすことができなかった、ということになっています。

『第六天の魔王』というのは、比叡山の焼き討ちをしたり安土城を作って生きながら自分を神様にしてお賽銭を取ったりした織田信長の呼び名という位しか知らなかったのですが、この太平記では何度も登場し、例えば天照大神が自分の子孫を天皇にして日本を治めさせようとした時も、仏教が盛んになると日本が危うくなってしまう、と言ってそれに反抗し、結局天照大神が『自分は仏法僧の三宝には近づかないから』と約束し、それならということで第六天の魔王は天照大神の子孫をこの国の主として守っていく約束をした、なんて話もでてきます。(第16巻)

いつも武士同士の戦争の話ばかりではもたないので、間に中国の故事や日本の昔話、仏教経由のインドの説話なんかもふんだんに盛り込んでいて、日本では菅原道真が天満の天神様になる経緯なんかも詳しく解説しています。また恋物語もいくつも入っています。

話が戻りますが、後醍醐天皇というのは平気で嘘をつく人で、最初足利氏に京都を追い出された時に比叡山に逃げる振りをして、身代りを立て自分は吉野に逃げ、始めは本物だと思って熱烈に支持した比叡山の僧兵達を騙し、すぐにそれがばれて僧兵達をがっかりさせた、とか、また別の時、足利方に京を追い出されて比叡山に逃げ、味方する武士達も周りに集まっているのに、形勢不利だとなったら、味方をみんな置いてきぼりにして一人でこっそり抜け出して足利方に降参したり、という人のようです。その時も足利方のリーダーの足利直義に『まず三種の神器を渡せ』と言われて、前もって用意していた偽物を渡した、ということです。

南北朝の戦さでは南朝の天皇が北朝に降参したり、北朝の天皇が南朝に降参したりしています。その時、当然三種の神器を渡せということになるのですが、後醍醐天皇というのは頭が良いだけあってあらかじめそのような事態を想定して三種の神器の偽物をいくつも作っておいて、一組は自分の息子の一人に持たせて北陸の方に逃がし、場合によっては正当な天皇として即位させようとしたり、一組は自分が北朝に捕まった時に渡すように持っていて、さらにもう一組は捕まった後で逃げてもう一度南朝を立て直す時に自分自身の正当性の根拠として使う、なんてこともしたようで、こんな事をしたらどの三種の神器が本物かなんて誰にも分からなくなってしまいますから、結局天皇が『これこそ本物だ』と言って周りがそれを信じたらそれが本物だということになってしまいます。

三種の神器の話はやはり重大な話のようで、源平の戦いで安徳天皇と共に海に沈んだ三種の神器、鏡と玉はその後みつかったけれど見つからなかった剣が、何とこの南北朝の戦いの最中に壇ノ浦からはるばる海を渡って伊勢の海岸に流れ着いたなんて話も書いてあります。これについても本物かどうかという話になり、本物だと主張する公家と偽物だと主張する公家があり、どちらとも決められずに平野神社に預かって貰ったなんて話もあります。(第25巻)
あるいは、北朝の天皇が南朝に降参して三種の神器を渡したら、南朝の方は『こんなにせもの』と言ってそこらの家来用のものにしてしまった、なんて話もあります。

そんなこんなで最初は鎌倉幕府と後醍醐天皇の官軍との戦いだったのが、次に後醍醐天皇の官軍と足利将軍の戦いとなったわけですが、楠正成が死に(第16巻)、官軍方の代表である新田義貞が死に(第20巻)、後醍醐天皇が死に(第21巻)、足利尊氏の弟の足利直義が死に(第30巻)、足利尊氏が死(第31巻)んでしまうと、それでも全国各地で戦さは続いていくんですが、それはもはや南朝対北朝の戦いということではなく、地方の武士団同士の戦いで、その時相手が南朝方だとなったらこっちは北朝方になろう、相手が北朝方だったらこっちは南朝方だといった具合になっていき、もはや何のために南北朝が戦っているのか分からなっていきます。

最後に、後醍醐天皇の次の北朝の天皇である光厳院禅定法皇(光厳天皇)が、京を離れて伏見の奥の方に隠棲していたのですが、思い立ってお伴の僧を一人だけ連れて旅をします。
楠正成によって多数の北朝方の武士が殺された金剛山から高野山、そして南朝の天皇達が逼塞(ヒッソク)していた吉野まで訪ねて行きます。南朝の天皇方と涙の再会を果たした後、京の伏見の奥に帰りますが、そこでは宮中から使者が来たり他にも訪問して来る人も多かったのでめんどくさくなって丹波の山国という田舎に引っ込み、そこで亡くなります。遺体を京まで運ぶわけにもいかないので、天皇や上皇などがその田舎まで行って簡単に葬儀を済ませます。

これで太平記の世界は終わったようなものですが、戦はなかなか完全には終わらずもうしばらく続きます。しかしそれはもう付け足しのようなものです。

そして、二代目の足利義詮将軍も死んで三代目義満の時代になります。
南北朝の話もここで終わります。

何はともあれものすごく長い物語ですが、七五調の文語の文章はなかなかリズミカルで調子に乗ればスムースに読むことができます。

この本は『天皇ご謀反』という言葉がしょっぱなから出てきます。謀反を起こす方も、起こされる方も、これが謀反だ、天皇が時の鎌倉幕府に謀反を起こすんだ、ということを認識しているようです。
この言葉はなかなか新鮮です。

また、このような太平記がいつどのように皇国史観の話になったのか、これも興味のある話なのですが、今はまだ2000ページ読み切っておなか一杯、といったところですので、これについてはいずれ別の機会に、と思っています。

この新潮社の版は『注』の付け方も素晴らしく、楽しく読み進めることができます。

興味がある方は見てみて下さい。楽しめると思います。