Archive for the ‘本を読む楽しみ’ Category

『独裁者の学校』―エンリッヒ・ケストナー

水曜日, 12月 18th, 2024

トランプ氏が撃たれたという衝撃的なニュースでびっくりしてその後のニュースをチェックしていて、その翌日に図書館に行った所、『新しく出た本』のコーナーにこの本がありました。

珍しく岩波文庫の赤帯の本で、どうして今更、岩波文庫が新しく出た本なんだろうと思い、手に取ってみました。

著者のエーリッヒ・ケストナーは、ドイツの児童文学者として有名な人です。

私が高校生の頃(ですから今から半世紀以上前のことですが) 、岩波書店が児童文学にかなり力を入れ、ドリトル先生のシリーズとかアーサー・ランサム全集とかを続々と出版していました。その中にケストナーの児童文学の全集もありました。

私の行っていた高校は中高一貫の学校で、図書室は中高共通でした。この図書室が、多分中学生向けに購入したと思われるこれらの児童文学のシリーズを高校生が横取りしてしまい、何人かの高校生の仲間で次々に回し読みしてなかなか中学生には順番が回らないようでした。私もこの中の一人としていろんな児童文学を読み、ケストナーであれば『二人のロッテ』とか『飛ぶ教室』とか読みました。その後児童文学以外の作品もあることが分かり『雪の中の三人男』とか『一杯のコーヒー』とか読んで、どちらかというと好きな作家です。

とは言え、たしかかなり前に死んだ人のはずですから、何で今更新しく出た本なんだろうと思って奥付を見てみると、2024年2月15日第一刷発行となっているので、新刊であることは確かです。

読み終わって『あと書き』を読むと、この本は日本では1959年にみすず書房から翻訳出版されており、この岩波文庫版はエーリッヒ・ケストナー没後50年を期して新訳として出版されたということです。

この作品は戯曲、すなわち舞台劇の台本です。戯曲というのはあまり読んだ事がないのですが、読んでみました。

全9場の舞台で、第1場は大統領宮殿の広間。今まさに(多分憲法改正により)大統領が終身大統領になろうとしていて、大統領本人の最後の1票を除いて全国民がすでにその終身大統領に賛成しており、宮殿前の広場、あるいはラジオを通して全国民が最後の大統領の受諾演説を待っているという所です。

実はもう最初の大統領は死んでおり、今はもう3人目位の替え玉が大統領を演じていて、それをコントロールしているのが陸軍大臣・首相・主治医・首都防衛司令官・監察官のチームで、もともとの大統領の夫人と息子は信ぴょう性を増すためそのまま生かされて、大統領を本物であるかのように見せるために使われています。

替え玉第3号は終身大統領の受諾を宣言し、広場の国民の歓呼の声にこたえる為広間からバルコニーに出ます。そこに銃弾が撃ち込まれます。大統領は顔に軽いけがをし、暗殺未遂犯はすぐに射殺され、第3号は身の安全を示すために再びバルコニーに姿を現し、終身大統領就任と暗殺未遂失敗を祝って政治犯千人を釈放すると発表します。

第2場では、大統領執務室に戻った大統領替え玉第3号、はシナリオにない政治犯千人の釈放を勝手に発表した事を責められ、主治医に感染予防だと言われて注射され、殺されてしまいます。

第3場はいよいよ表題の『独裁者の学校』で、次の替え玉になる大統領達が4号から12号まで大統領宮殿とは別の宮殿で暮らしています。そこを仕切っているのが教授と呼ばれる人、というわけです。替え玉たちは大統領の身振り手振り立居振舞い、演説の口調を本物と同じにするように訓練を受けながら自分の出番を待っています。

この替え玉のうち7号は実は反政府運動のリーダーで、政府によりロンドンでホテルから落とされて死んだことになっているけれど、実は別人が殺されその死んだ人になり替わっていつの間にか替え玉の一人になっていて、有能なので教授の助手のような立場で替え玉達を仕切っていました。

で、6号が次の大統領替え玉として連れて行かれてしばらくしてついにクーデターが起こり、政権が転覆します。

替え玉7号はクーデターのリーダーとして勝利宣言し、大統領宮殿の広間に入ってきます。そこで改めて全国民に勝利宣言しようとして、軍がクーデターを乗っ取ろうとしていることを知ります。軍が要求する軍人中心の内閣人事を拒否しようとする7号は宮殿のバルコニーに出て国民に語りかけようとしますが、そこに集まっているはずの国民は誰一人いません。スピーカーから大勢がいるような声が流されているだけです。第7号はバルコニーから身を投げ、代わって首都防衛司令官が大統領就任を宣言します。反革命のテロリストにより背後から撃たれて死んでしまった救国の英雄第7号を悼んで盛大に国葬を執り行うことを命じ、7号が途中まで演説していた勝利宣言のテープを処分することを命じて、新たに大統領となった首都防衛司令官は広間を出ていきます。

ケストナーはこの戯曲をナチスがドイツを支配し始めた1936年に構想を始め、途中ナチスの隆盛により一時中断し、ヒトラーが死んだ1945年に再開し1955年に完成したということです。

支配者の国民煽動のツールとしてはラジオ・テープレコーダー・拡声器くらいだけですが、民衆の歓喜の声をテープレコーダーから拡声器で再生して場を盛り上げたり不都合な部分を消してからラジオに流すなど、情報操作のやり方がいろいろ披露されています。今のようなテレビやネットを使った情報操作はないものの十分効果的な操作が可能です。

現在、世界各国で独裁者が国民を蹂躙して政権を維持しています。そのうち何人かは近いうちに引きずり降ろされることになりそうですが、その後また代わりの独裁者が出て来て独裁体制は続くというシナリオは十分考えられます。

ケストナーは前書きで『この本は脚本であり、二枚目も登場しなければ機知に富んだ会話なども入る余地はない。偉大さと罪深さ、苦悩と浄化といった崇高な作劇の物差しなど無視するしかない』と言っています。実際読んでみると、ただただ暗然と、救いようのなさに途方に暮れるしかありません。

しかし今のような時代だからこそ、この本を、ヒトラーの死によって完成された新しい本として読んでみる価値があると思います。

楽しい読書を期待する人にはお勧めしません。
気の弱い人にもお勧めしません。

『弱者の帝国』-ジェイソン・C・シャーマン

火曜日, 12月 17th, 2024

この本でいう『弱者』というのはヨーロッパ諸国のことです。
いわゆる軍事革命論と言うそうですが、『ヨーロッパがアメリカ・アジア・アフリカを制覇し、世界全体を支配するに至ったのは高性能の兵器、それを用いた優れた組織、それを用いて海外の敵と戦って勝ったためだ。ヨーロッパ人はヨーロッパの中で互いに戦争し、その競争を生き延びる過程で学んだ戦争の技術を持っていたため、ヨーロッパ外の国でもそれを用いて世界を制覇したんだ』というような、一般に受け入れられている議論を、これは全く誤りで、歴史的事実とも異なるということを実証している本です。

確かにヨーロッパ諸国は互いに戦争し合い、その過程で軍事技術を高度化し、大軍を使ってする戦争という方法を開発してきましたが、それはヨーロッパ外でのヨーロッパ勢の戦争あるいはその地球の征服とは全く関係がないという話を、アメリカ・アジア・アフリカ・中近東(オスマン帝国)のそれぞれについて実証的に解説してくれている本です。

ヨーロッパは戦争に強かったわけではなく、武器(大砲や機関銃)の優位もあっという間に追いつかれてしまい、ヨーロッパの外では大軍を使った戦争をしたわけでもなく、ヨーロッパ外の地域に進出できたのは、まずヨーロッパ人が現地人に臣従する形で関係を構築し(イギリスの中国進出の際、イギリスは中国皇帝に臣下の礼をとった、というのはよく知られています。)、現地勢力間の争いに乗じて勢力を強めていった、とか、現地勢力は内陸の支配に関心を持っていて、もっぱら海運・港湾等にしか関心を持たない西洋諸国には無関心だった、とか、武器も西洋諸国が大砲等を持っていてもすぐに真似されたり、現地勢力が西洋人を傭兵として使ったりして、優位性はすぐになくなってしまった、とか、そんな話ばかりで、たとえばオスマン帝国が負けたのは、クリミアでロシアに負け、また第一次大戦でドイツ側についたために英仏に負けた位の話だ、とか、一つ一つもっともな話です。

ところがこんな話は日本人やアジア人が主張してもヨーロッパ人は聞く耳を持たないでしょうから、ヨーロッパ人のちゃんとした学者が客観的に説明してようやく欧米人の耳にも入るんだろうなと思います。

アメリカの話では、疾病と現地勢力同志の争いがヨーロッパ人の優位の原因だったこと、アジアではヨーロッパ人はもっぱら香辛料貿易にしか関心がなかったこと、オランダとイギリスの東インド会社は主権国家ならぬ主権会社という存在だったとか、どちらの会社も実態は破産状態で、イギリスは仕方なく国家で東インド会社を国有化して破産を回避し、アヘン戦争でようやく収支を立て直したとか、アフリカでも現地勢力の奴隷売買を利用してヨーロッパ人がヨーロッパ・アメリカへ黒人奴隷を輸出したんだとか、具体的な話がきちんと紹介されています。

日本が太平洋戦争に負けて常勝日本の神話から脱却したように、ヨーロッパもようやく最強神話から覚めようとしているのかも知れません。

南北アメリカ・南アジア・アフリカ・中近東にわたってバランスよく何が起こっていたのか、解説してくれる本です。

ヨーロッパの中で帝国主義、『帝国だということが大国の証だ』なんて考えが広まって、小国のベルギーまでアフリカに大植民地を作ろうとしたなんて話もなかなか面白い話です。とはいえ、考えてみればイギリスも、イギリス本土だけなら大して大きな国ではないのにあの大英帝国を作った、と思えば、ベルギーが大帝国になることを夢見たとしても不思議じゃないかもしれません。

この本を読んで、ヨーロッパ各国による大植民地時代というのは本当は何だったのか、考え直してみるのもいいかもしれません。

お勧めします。

『デジタル時代の恐竜学』 河部 壮一郎

水曜日, 12月 11th, 2024

この本も図書館の『新しく入った本』コーナーにあった本で、2024年4月10日に出版されています。

皆んな大好きな恐竜の世界で、CT・スキャナー・MRI・3Dプリンター・フォトグラメトリ・コンピュータシミュレーションなどがどのように使われているかという話を、実際に恐竜の骨をCTスキャナーを使って研究する、日本でも草分けのような著者がその魅力と楽しさを教えてくれます。

著者は恐竜研究をするにあたりテーマを探していて、国立博物館の先生から『飛ぶ鳥と飛ばない鳥で脳の形は違うのだろうか』というテーマを与えられました。

これを面白いと思った著者は、そのため生物の勉強から始め、脳に関する勉強を始めます。で、ある日ダチョウの生首を手に入れた著者は、これをCTスキャンにかけて脳の形を調べたいと言って、医学部のCT装置を使わせてもらうことになります。

もちろん化石になってしまうと骨しか残っていないので脳自体は残っていないけれど、脳が入っていた骨があればそこに入っていた脳の形や大きさはわかります。でも脳は骨で囲まれてしまっているので、細かい所は骨を割って開いてみなければ分かりません。しかしCTスキャナーで断面図を作ることができれば貴重な化石を壊さないで骨で囲まれた脳のスペースを細かく調べる事ができるし、そのデータを元に3Dプリンタ―で脳を作ることができれば、さらにいろんな研究ができるということです。

さらには化石は重く、壊さないように慎重に運ばなければならないのに、CTスキャンでデジタルデータにしてしまえば実物は動かさなくても自由にどこにでも運べるし、必要であれば縮小したり拡大したりしながら3Dプリンターで立体模型も簡単に作ることができます。

武漢コロナが大流行した時、海外旅行はおろか国内旅行もなかなか思い通りにできない時代、筆者は化石のCTスキャナ画像あるいは脳のMRI画像と格闘します。CTにしろMRIにしろ普段我々が目にするのは綺麗に色付けされた立体画像ですが、元々は白黒の画像が何千枚も重なったものです。これを白黒の濃淡や他の手掛かりで一つ一つ組織を区別していき、それに色を付けていきます。すなわち気の遠くなるような塗り絵の世界です。

多分病院などで取るCTやMRIはあらかじめ人体の構造やいろんな組織の画像のサンプルがあるのでそれを作ってコンピュータでこの色付け作業をしてくれるんでしょうが、化石の世界ではあらかじめどのような骨がどのように配置されているか分からないので、基本的に全て手作業でこの塗り絵を行ったようです。

この塗り絵の作業が全て終わってそのデータをコンピュータで処理すると、ようやく綺麗に色付けされた画像を見ることができ、どの方向からどのように切った断面図でも、表にある余分なものに隠されている内部の姿も自由に見ることができる。インターネットを使ってデータを送れば世界中のどこにいる人とも同じ画像を見ながら会話することができる。あるいは砂に埋もれ、あるいは岩に押しつぶされ骨以外のものと一体となってしまっている化石から骨の部分だけデータとして取り出し、現物を壊すことなく骨の部分だけの模型を自由に作ることができる、というわけです。何十メートルもの大きさの恐竜も縮小してしまえば手の上に載せることができる模型にすることができます。

武漢コロナもこう考えると著者たちを足止めして塗り絵に専念せざるを得なくしたということで、あながち悪いことばかりでもなかったかも知れません。

いろんな最新の技術が大昔の恐竜の研究にどのように生かされているか、ワクワクするような本です。お勧めします。

『ウイルスとは何か』『進化38億年の偶然と必然』 長谷川政美

火曜日, 12月 10th, 2024

この本は武漢コロナが世界的に大流行した時に、そもそもウイルスとは何かについて解説するために書かれたものです。

この長谷川政美さんについては、前に書いた『敗者の歴史』を読んでいる時に副読本として『進化の歴史』というネット上で公開されている本のようなものを読み、そこから芋づる式に検索してこの本に出合ったものです。

この『進化の歴史』というサイトは全51話を1つづつ1つのサイトのページとして「進化」について説明しているもので、1話あたりA4縦で印刷すると大体5ページ位のものです。

全部印刷してほぼ読み終わった所で、これだけのものだから本になっているに違いないと思って調べてみると、確かに『進化38億年の偶然と必然』というタイトルで本になっていました。

さいたま市の図書館にはなかったので、他の市の図書館から借りてみたのですが、内容はネットのものと同じで、すでにネットの方で全て読み終わっていたので本の方はあまり読むこともなく、本になっていることの確認、ということになってしまいました。

ネットのサイトの方は『進化の歴史』
 https://kagakubar.com/evolution/〇〇.html
  〇〇は02~51 最初だけevolution01.html
というもので、第2話から第51話が/evolution/〇〇.html(〇〇は01~51)
第1話だけ/evolution01.html となっています。

それぞれの話には左側にそれ以前の話のサイトへのリンクが張ってあります。
最後の51話のサイトを見れば第1話から第50話のサイトへのリンクが張ってあり、目次のような役割を果たしているという具合です。

この長谷川さんという人は物理を勉強し、その後統計数理研究所という所に入り、生物学の学者は実際の生き物を研究したりせいぜい細胞や細胞内の化学反応を研究する人が殆どで、ゲノムを大量に複製してその大量のデータを統計的に処理して遺伝子を研究するなんてことをする人がまだあまりいなくて、物理の研究でやっていたデータの統計処理の手法がうまく使えて、いつのまにか生物学者の遺伝子分類学の専門家になってしまった、という事でした。

統計数理研究所というのは、高橋洋一さんも入りそこなった所で、どちらかというと人の行動とか寿命・死亡率とか経済学の方の統計の研究をする所かと思っていたので、生物学もやっているんだと初めて知りました。

で、この本ではダーウィンおよびウォレスの進化論とはどういうものかから始まって、いろんな植物の分類の話から最新の遺伝子の働きの仕組みまで、面白い話題が盛りだくさんに書かれています。

興味深かったのが『DNAは生物の設計図ではない。むしろレシピのような物だ』という言葉です。設計図のように厳密なものではなく、むしろレシピのようにかなり大まかな指図であって、細かい所はその時その時の状況によって自由に適当に決まっていけば良い、ということだと思います。

で、この本(というかネットの記事)が面白かったので、例によって芋づる式でこの著者の本を検索してみつけたのがこの『ウイルスとは何か』です。

武漢コロナの世界的なパンデミックを背景に、このコロナウイルスをはじめとしたウイルス全般について遺伝子学の立場から解説したのがこの本です。

普通、生物の進化というのは何十年もかけて生物がどのように変化するか調べるものですが、ウイルスの世界ではそれこそ時々刻々に変化するのを、たとえばこの武漢コロナについては世界中の大学や研究機関が寄ってたかって次々に遺伝子を解析し、その結果を相互に交換し合っているんですから、専門家にとっては面白くてたまらないだろうな、と思います。

この本ではウイルスには実は7種類のウイルスがあって、本体がRNAのもの、DNAのもの、それも一本鎖のもの、二本鎖のもの、そのままタンパク質合成に使えるもの、転写してから使うもの、いったん核のDNAに組み込んでから使うもの、等々の違いがあるという事。コウモリは多数が一ヵ所にまとまって暮らしていて、多くのウイルスが宿主のコウモリに悪さをしないように進化していて、そのウイルスがたまたまほかの生物に感染すると大変なことになる、など、丁寧に解説されています。

ウイルスは細胞に感染しないと生きていけないんですが、ミトコンドリアもそれだけで細胞として、ミトコンドリアに感染するウイルス、というのもあるようです。となると葉緑体に感染するウイルスもいるんでしょうね。

生物の進化がスピードだということからすると、ウイルスこそ進化の最先端ということなのかも知れません。

この2つの本、お勧めです。

『ハマス・パレスチナ・イスラエル-メディアが隠す事実』ー飯山陽

金曜日, 8月 23rd, 2024

これは飯山さんも『ハマス本』と言っているように、ハマスとそれを取り巻くパレスチナ・イスラエル、そしてイラン・アラブ諸国等々の様々な関係を明瞭に説明してくれている本です。

もちろんこれは昨年10月7日のハマスによるイスラエル大規模テロを契機として、それまで飯山さんが書いた物、その後書いたものをまとめたものです。中ではこのテロに関してとんでもない解説をしている中東研究者やジャーナリスト等も実名を挙げてコテンパンに批判しています。

このような中東研究者やジャーナリスト新聞やテレビなどを見聞きしていると殆ど理解できない話が、飯山さんの手にかかると魔法のように明瞭に理解できるというわけです。

この本で飯山さんはハマスとパレスチナを明確に区別することを求めています。飯山さん以外の連中が何とかしてハマスとパレスチナを一緒くたにして話をごまかそうとするのと正反対です。この本を読むとパレスチナ、特にガザに住むパレスチナ人がハマスの人質だということが良く分かります。イスラエルがハマスを攻撃する時、ハマスは人質のパレスチナ人を人間の盾として使い、殺されたパレスチナ人をイスラエルに殺された、残虐なイスラエルだ、と大騒ぎします。一方パレスチナ人に対してはこれで殺されれば『天国への特急指定席券を貰ったようなものでおめでたい』と言う、完全に二重基準だということが良く分かります。

このハマスとパレスチナ人の関係はイランでも同様で、イランの最高指導者をはじめとする革命政権の人達と、一般のイラン国民との関係と全く同じで、革命政権はイラン国民を人質として使っていることが良く分かります。

ここでも多くのイスラム・中東学者・ジャーナリスト・マスコミは、革命政府とイラン人の区別を全くしないで、革命政府の言うことをイラン人全体の総意だという言い方しかしないで、革命政府が恐怖政治でイラン人を支配しているという構造を隠しています。

ガザのパレスチナ人がガザに閉じ込められているということに関しても、閉じ込めているのはイスラエルによってだけでなく、エジプト側の国境ではエジプトによって閉じ込められており、さらに何よりハマスによって閉じ込められているんだという構造も学者やマスコミは全く説明しません。ハマスは国境の検問所という関所で物資を強奪し、通行料を取って大儲けをしています。

このような基本的な構造を知ってか知らずか、岸田外交はハマスと対立している西岸地域のパレスチナ自治政府に対してハマス擁護の発言をしたり、全てのバックで世界征服を目標としているイラン革命政権と仲良くしている姿を見せたりして、イスラエルには不信の念を抱かせ、アラブ諸国には疑念を抱かせ、イランからさげすまれ、アメリカや欧州各国からは疑いの目で見られているという姿を明らかにしています。

ハマスのやっているのは弱者ビジネス、ガザに住むパレスチナ人をイスラエル人にいじめられている可哀そうな人だと全世界に宣伝し、世界中から寄付金や支援金を集め、これをパレスチナ人に渡る前に横取りして、パレスチナ人に渡らないようにする、というビジネスです。横取りするのは、お金を渡してパレスチナ人が可哀そうな人でなくなっては困るからです。可哀そうな人が可哀そうな人であり続ける限り世界中からお金が集まって、それを横取りすることでハマスは贅沢な暮らしができる、というわけです。このような弱者ビジネスは『弱者は正義』のスローガンで正当化しています。

このような弱者ビジネスの仕組み、ハマスとパレスチナ人との関係、イラン人と革命政府の別を踏まえると、中東の本当の姿が見えてきます。今までに見えていたものとは全く別の世界が見えてきます。

お勧めします。

『英語ヒエラルキー』―佐々木テレサ 福島青史

火曜日, 7月 9th, 2024

この本はEMI学部(英語で授業をし留学し英語のコミュニケーションで多文化共生を実現するグローバル人材を作る学部)に入った筆者が、大学で劣等感にさいなまれ、コロナもあって就活もうまく行かず、大学院に進んで日本語科で自分と同じようにEMIに進学した学生たちをインタビューして、彼らが何を考えてEMI学部に入ったのか、学部でどのように考えどのようにしたか、卒業してから何をしているのかどう考えているかをまとめ、修士論文にしたものを新書として出版した、というものです。

高校時代周囲と比べて断トツに英語ができて、その優越感から自分はグローバル人材になるのにふさわしいと思ってEMI学部に入学したら、周りにはハーフやら帰国子女やらの英語ペラペラばかり揃っていて、英語だけの授業に付いていくこともできず、陽キャ(明るくて陽気な性格)のパリピ(Party People皆で集まってパーティーのようにわいわい騒ぐのが大好きな人達)の中で劣等感にさいなまれ、その中で留学先を決めなければならなく、イギリスやアメリカに行く自信がなく、英語は通じるけれど英語圏ではないフィンランドとかを留学先に選び、あるいはオーストラリアを留学先に選び、最初の語学学校で英語以外禁止のはずが大勢の中国人留学生たちは好き勝手に中国語で盛り上がっていて疎外感にさいなまれ、1年位暮らしてどこまで英語がスキルアップしたのか分からないまま帰国し、また残りの期間を日本にいながら英語漬けで勉強し、就活では劣等感から得意なはずの英語をアピールすることができず、うまく就職したら今度は周囲から日本語がおかしいと言われ、どこがおかしいのか聞いてもちゃんと答えて貰えず、書いた文章は勝手に直され、会社の中で何をしたら良いかも分からず、多文化共生どころか自分が生まれ育った日本文化の中にも入れない、という生徒達のナマの姿を書いています。

筆者自身自分の日本語に自信が持てず、こんな状態で本など書いて良いのだろうかと思いながら書いているためか、インタビューはもろ文字起こしのような形で

『何か私すごい、中高まではすごい、もうとんでもなくレベチ(レベル違いの人)で、英語ができる人だったんだよね、学校の中では無敵だった、英語に関しては』

という生徒が、大学に入ってみると

『まず授業、何言っているか全然分からないし、テストの点とかで(友達の)韓国や他の国の子がもうほぼ英語ネイティブで、テストの点とかでもマウント取ってきてめっちゃ嫌だった』

『エッセイ2回も出したんだけど、1回目のエッセイで私『ちゃんと書いて下さい』みたいなコメント付けられて、『Your essay is annoying』みたいな事書かれて、『ちゃんと調べてから来てください』ってこともめっちゃ書かれて心すごい折れて』

『様々なコンプレックスが生み出され、それが解消されないまま今に至っています。コンプレックスが開発された場所、大学です。』

そして、苦労して会社に入ると今度は日本語がきちんと使えなくて苦労します。

何か言おうとして日本語が出てこない、とか、敬語の使い方が不安だ、とか、他人から『何を言おうとしているのか分からない』と言われたり、また他人の書いたものについて『書いてあることが何を言おうとしているのか分からない』という事がおきます。

即ち普通の日本人として高校卒業後日本の大学に行ったり社会に出たりすればごく自然に身に付くと思われる日本語によるコミュニケーション能力が身に付いていないという現実に直面します。大学に進学しアルバイトと遊びと就活しかしないで4年を過ごした者が、知らず知らずのうちに身に付ける知識・能力が、大学でEMI学部に入り英語漬けの日々にドップリ浸かり、劣等感にさいなまれて4年間を過ごすうちに全く身に付いていないということのようです。

高校まで学んだ基礎知識をもとに大学生あるいは社会人としてようやく総合的な理解力・判断力を身につけるはずの4年間を、英語に溺れアップアップしているうちに何も身につけずに過ごしてしまうということでしょうか。そう考えると何も学ばずに遊ぶために大学に通っているようにしか見えない4年間というのもそれなりに重要な学習をしている、ということなのかも知れません。

いずれにしてもEMIのグローバル人材というのが、英語により日本人以外の人とのコミュニケーションをはかるという意味だということ、そのグローバル人材になるために英語について自信満々だった学生を劣等感のかたまりにしてしまい、母語である日本語による日本人とのコミュニケーションも阻害してしまうというのは面白いことです。

とはいえ高校で断トツに英語ができて早稲田のEMI学部に入った、という事ですから、1~2年日本の会社で暮らせば日本語のコミュニケーションも十分できるようになるんだろうと思います。

自信たっぷりだった若者が一気に劣等感のかたまりになり悩むというのは、私のような年寄りにとっては、ほほえましい見物で『ガンバレー』と言いたい気分です。

筆者も筆者がインタビューする学生たちも『多様な文化を受け入れるグローバル人材』というものを、『日本人以外の人と英語でコミュニケーションできる人』というように捉えているのはチョットどうかなと思いますが、そのうちホントに日本で英語圏でもない人々とコミュニケートする機会があれば、本当のグローバル人材になってくれるのかも知れません。

パリピとかレベチとか陽キャ、陰キャ、純ジャパなど、新しい言葉に出会えるだけでも十分読んでみる価値があると思います。

お勧めします。

『敗者の生命史 38億年』 稲垣栄祥 ーその2

水曜日, 5月 8th, 2024

(その1)の続き

地球にはようやく大陸ができ初め、気候の変化、地域による違いも大きくなってきます。また光合成廃棄物の酸素もようやく海水中の鉄の酸化を終了し、余った酸素が大気中に増え始め、生物の上陸が可能になります。

まず植物が上陸し、それを食べる動物もいないのでいくらでも際限なく広がっていきます。重力に対抗して上に伸びるためシダ植物は茎を発達させ、また茎や葉を保持して水分やミネラルを吸収するため根を発達させます。しかしシダ植物は受精のためには水が必要であったため上陸しても水の周辺を離れることができません。裸子植物はその問題を『種子』という形で解決しました。すなわち水がなくても受粉し受精し、種子となるまで成長して、水分を得て発芽できるようになるまで種子のままでいつまでも待つことができるようになったわけです。

ここで約5億年前位にまず植物が上陸し、続いて4億年前くらいに両生類が上陸を果たします。普通我々は植物と言ったら陸上植物の木や草や花を思い浮かべて、海藻や植物プランクトンは思い浮かびませんし、動物といったら哺乳類あるいは魚類以降の脊椎動物を思い浮かべます。

地球の歴史46億年といえばかなり長いようですが、動植物が上陸してからだとせいぜい5億年、2億年前には恐竜が闊歩していて、6500万年前にはその恐竜も鳥類以外は絶滅してその後哺乳類と鳥類の時代になったのですが、これ位の長さの時間であれば何とか進化の流れを追って理解できそうです。

また植物も我々の世代では海藻も植物プランクトンも植物のうち、と教えられましたが、その後の分類学の進歩により現在では上陸を果たしたコケ類以後のシダ植物・裸子植物・被子植物だけが植物だということになっているようなので、植物と言ったら木や草というのもあながち間違っているわけではなさそうです。

まずは葉緑体その他の光合成細菌が生まれ、二酸化炭素と水から炭水化物を作り、廃棄物として酸素を吐き出します。吐き出された酸素はまず海水中の鉄イオンを酸化して酸化鉄の層となって海底に沈みます。海水中の鉄イオンをほぼ酸化し尽くすと、余った酸素は海水中から空気中にもれ出し、空中の酸素を増やします。また空気中にふんだんにあった二酸化炭素も光合成により炭水化物になり減っていきます。菌類が登場するまでは、死んだ木はそれを食べたり分解したりする生物がいないため、ただ積み重なるだけで炭素を含んだまま石炭となって二酸化炭素を減らしていきます。空気中に増えた酸素は空気中の割合(分圧)が2~3%を超えた所でオゾン層を作り、宇宙からふんだんに降り注いでいた放射線を一気に防ぐことになります。これで生物上陸の条件が整ったという事になります。

エディアカラ生物群が絶滅してカンブリア大爆発で登場した動物に特徴的なのは、『目』の登場です。目を持った動物は餌をみつけたりそれを食べたりするのが得意となり、また食べられる動物の方も目を発達させて、自分を食べようとする敵をみつけて逃げるようになります。いずれにしても光合成によって生産された炭水化物を酸素呼吸することにより得られる莫大なエネルギーを使い、追いかける方も逃げる方も次第にスピードアップして弱肉強食の社会を作り上げていきます。

先口動物は外骨格と言って身体の外側を固い殻で覆い、他の動物に食べられないようにします。後口動物は身体の中心に脊索という筋を通し、そこを中心にして素早い運動を可能にし、その後それを脊椎に進化させます。脊椎動物の登場です。

はじめは外骨格の先口動物が強かったのが、内骨格の脊椎動物がスピードで勝るようになります。脊椎動物ではまず大型軟骨魚類の天下となり、小さくて弱い魚が海中から汽水域・淡水の領域に追い込まれていきます。淡水の環境に適応するため鱗・浮袋・腎臓等を発達させ、さらに、淡水で不足しがちになるミネラルを軟骨の中にためこんで骨とすることによりよりスピードアップした硬骨魚類となります。こうなるとスピードにまさる硬骨魚類は海に帰っていって、海を支配するようになります。

スピード競争に勝てなかった魚達は次第に陸に追いめられていき、両生類・爬虫類になります。陸上で生活できるようになっても、両生類までは魚類と同様水中で産卵し、それに受精し受精卵を発生させて子にするため水の環境をあまり離れることはできません。しかし爬虫類に至ってメスの体内に羊膜という環境を作り、受精卵を羊膜の中で水中と同じように発生させるというやり方により、水中でなくても子供を作ることができるようになります。もちろん羊膜だけでは心もとないので羊膜を保護する殻を付けて卵の形で陸上で産卵することが可能になります。これで動物は水辺を離れて陸上に広く拡散することができるようになります。

一方植物の方はまずコケ類が上陸を果たし、それに藻類を共生させた地衣類が上陸します。陸上の太陽の光をより活用するために陸上の重力に抵抗しながら上に伸びていこうとしてシダ植物が生まれますが、シダ植物までは受精・発生を水中で行うため水辺を離れることができません。それがたとえば被子植物になると花粉がめしべに付いた所で花粉が管を伸ばし、その管の中を精母細胞が移動し最終的に精子を作って卵子と受精するという形になり、水辺を離れることができるようになります。

その後裸子植物は被子植物に進化し、卵は子房に包まれるようになります。植物は基本的に動くことができませんが花粉を飛ばす所で1回、受精して、発生した種子を飛ばす所でもう1回の2回、移動するチャンスを手に入れることになるわけです。花粉は風で運ばれ、虫や鳥によって運ばれ、受粉し、受精して種子にまで成長したところで、種子は果実が鳥や哺乳類に食べられることによりさらに広く運ばれるようになります。このようにして植物も陸上のいろんな所に分散できるようになるわけです。

受精というと鮭のメスが産卵してそれにオスが精子をかけて受精させる所とか、ヒトのオスが射精して精子が卵子にたどり着いて受精するなんてイメージがふつうなので、受精に必要な時間はごく短いイメージなのですが、植物でも動物でも受精までに1年もかかるなんて話もあります。たとえば裸子植物などでは花粉がめしべに到着してから卵子を作り始め、卵子が成熟して初めて受精するとか、爬虫類でも卵子ができるタイミングを待って精子はメスの体内で待機させられる(その間メスの体内で栄養を貰って生き続ける)なんてのも面白い話です。ここでも被子植物は花粉が付く前にすでに卵子を子房の中に用意しているので、受粉後すぐに受精して種子を作ることができ、受精のスピードアップが世代交代のスピードアップ・進化のスピードアップに繋がる、ということになります。

世代交代のスピードアップのために植物はせっかく作った木、という形態をやめて草に進化し、木を作るエネルギーをもっぱら早く種子を作るようにしたようです。

生物の進化の大体の流れがわかってくると、その流れの細かいところもよりよく理解できるかもしれません。

おすすめします。

『敗者の生命史 38億年』 稲垣栄祥 ーその1

水曜日, 5月 8th, 2024

この本は生命の歴史を『敗者の生命史』と名付けて、各時代、競争に敗れた敗者が次の時代に一番繁栄するという形で書いていますが、もっと正確に言えば競争に勝ってその時代繁栄を極めた生き物が環境の変化その他で強者ではいられなくなり、次の時代の覇者に敗れてしまう、すなわち『盛者必衰』という風に考えた方が良さそうです。

この意味で、時代の区切りでどのような変化が生じ、強者が弱者となってしまったのか、の概略が書いてあります。敗れた、とは言え必ずしも絶滅したわけではなく、世界の片隅でどっこい生き残っている敗者もたくさんいます。

著者は基本的にイネとか雑草とかを専門とする植物学の方の人ですから、この歴史も動物だけでなく植物も、動物の中でも脊椎動物・哺乳類だけでなく昆虫についても目配りが利いていて、バランスの取れた話になっています。

137億年前、宇宙が誕生し、46億年前に地球が誕生し、38億年前に生命が誕生した所から話は始まります。

生まれた生命は『真正細菌』と呼ばれる種類と『古細菌』と呼ばれる種類に分かれ、この真正細菌の中から酸素呼吸をする、ミトコンドリアの元となる細菌(プロテオバクテリア)・光合成する、葉緑体の元となる細菌(シアノバクテリア)が生まれます。

そしてこれらの細菌が古細菌の中に、細胞内共生の形で入り込み、元々の細菌のDNAと、入ってきたミトコンドリア、葉緑体のDNAがごちゃごちゃにならないように『核』という組織を作って、元々の細菌のDNAをここに閉じ込めた。あるいはミトコンドリアを取り込んで酸素呼吸を取り込むと猛毒の酸素を細菌内に取り込むことになり、その有毒酸素から細胞のDNAを守るため核を作ってその中にDNAを保護したと言うこともできます。これが『真核生物』というもので、それ以前の核を持たないものを『原核生物』という、ということです。

この真核生物は葉緑体によるエネルギー生産(太陽エネルギーを炭水化物の形で貯える事ができる)とミトコンドリアによるエネルギー消費(炭水化物のエネルギーをATPという形で水素エネルギーに変換し、様々な活動に利用できるようにする)の二つの能力により急速に勢力を拡大し、その後の進化の主役となるというわけです。そしてそれ以外の生物は、特に酸素が至る所に充満しているこの世界には生きてゆけず、酸素の殆どない世界の片隅に逃げて暮らしているということになります。

とはいえ、たとえば私達の腸の中などは実は無酸素状態で、このような細菌類も多く生きてゆける環境ではあるのですが。考え方次第でこのような細菌類こそもっとも繁栄している生物と言うこともできそうですが。
で、まずは生命が誕生し、ミトコンドリア・葉緑体が真核生物の細胞の中で共生を始めた所から話が始まります。どうやら主題は『スピード』という事で、成長のスピード・動き回るスピード・受精卵の発生のスピード・世代交代のスピード・進化のスピードと、様々なスピードの元となるのがミトコンドリアが生み出す酸素呼吸であり、葉緑体が作る炭水化物だ、ということです。このスピードこそが生物を勝者とする鍵だ、というのがこの本の主題のようです。

38億年前に生まれた生命は単細胞生物として様々に変化し、ミトコンドリアの元となるプロテオバクテリア、葉色体の元となるシアノバクテリアもその中から始まりました。

その後22億年前頃一回目の全球凍結(スノーボールアース)の後、このミトコンドリアが他の細胞(古細菌)の中に入り込んで(あるいは取り込まれて)真核生物が生まれます。その次にその真核生物の中に葉色体が取り込まれて植物になります。これによって生物が利用できるエネルギーが一気に大きくなりました。10億年前位には有性生殖が始まり、死が始まります。

27億年前、まずは葉緑体の元となるシアノバクテリアが登場し、太陽光エネルギーを二酸化炭素と結合させて炭水化物とし、猛毒の酸素を排気ガスとして吐き出し始めます。これにより多くの微生物は絶滅に追い込まれますが、その酸素を使って呼吸するミトコンドリアの元となる生物が登場します。炭水化物を猛毒の酸素と反応させてとじこめたエネルギーを取り出して二酸化炭素を吐き出します。
このミトコンドリアの元となる生物が古細菌と細胞内共生を始めて『真核生物』が登場します。
次に22億年前に葉緑体が真核生物の中に入って細胞内共生を始め『植物』となります。ミトコンドリアと葉緑体の両方を持った真核生物は動き回らずに光合成でエネルギーを獲得できるので、植物として進化を進めます。植物は自分でエネルギーを生産することができるため動く必要がなく、動物は自分ではエネルギーを生産することができないのでエネルギー源となる餌を求めて動き回ることになるわけです。その後更には餌となる植物に密着して自分ではエネルギーを作らないけれど動き回ることもしない『菌類』というのが生まれ、動物・植物・菌類の3つが揃うということです。

地球は『全海洋蒸発』といって海が全て干上がってしまう時や、『スノーボールアース(全球凍結)』と言って地球全体が赤道地帯を含めて殆ど氷河で覆われてしまう時を何度か経験していますが、この全海洋蒸発のあたりで生命が誕生し、最初のスノーボールアースの時に真核生物が生まれ、次のスノーボールアースの時に多細胞生物が生まれたという事です。スノーボールアースで生物が何千メートルもの厚さの氷河の下の冷たい海に閉じ込められている時に、それでも生命活動を繰り返し、遺伝子の変化を繰り返してため込んだ結果を、生物が生きやすい環境になった途端に爆発的に実現したという事のようです。そのためには『有性生殖』という発明も重大な要因で、これにより遺伝子の突然変異のスピードが格段に上昇しています。

ただしその性別は必ずしもオスメス2つと決まったわけではなく、種類によっては30種もの性を持つものもある、ということです。効率的にはオスメス2種類というのがもっとも効率的なようです。このような有性生殖・オスとメスという仕組ができたのが10億年前ということです。

この有性生殖により世代交代、進化のスピードが一気に高まります。
そしてその後6~7億年前頃、2回目と3回目の全球凍結の後いよいよ多細胞生物が登場します。

で、性ができて多細胞生物が生まれ出現したのがエディアカラ生物群という何とも不思議な生物達で、7億年前。これが何が原因か分からないけれどいなくなって、代わりに登場したのがカンブリア大爆発と呼ばれる生物達です。大爆発、と言っても何かが爆発した、というわけではなく、新しい動物たちが一気に爆発的に登場してきた、ということです。

ここで現在生きている動物のプロトタイプが全て登場します。
多細胞の動物は、はじめ細胞が球状にまとまっていたのが、身体の一部をくぼませ、そこに植物その他を抱え込んで食べた後残りを吐き出すという仕組でした。そのくぼみを次第に深くし、ついには反対側にまで突き抜けると、ここに身体の真ん中に外と繋がる管ができました。初めにくぼんだ所を口とし、あとで突き抜けた所を肛門とする先口動物(前口動物・原口動物・旧口動物)と、初めのくぼんだ所を肛門とし、あとで突き抜けた所を口にする後口動物(新口動物)という2種類の動物の登場です。先口動物はイカ・タコからナメクジを経て昆虫に進化し、後口動物はウニ・ヒトデを経て魚類・両生類・爬虫類・恐竜・哺乳類と進化しました。

このカンブリア大爆発が5.5億年前。ここに至って動物は捕食という行動を始めます。即ち海の中に漂って目の前に餌が流れてくるのを待って食べるという生活から、餌となる生物を探して捉えて食べる。餌となる動物は食べられないように逃げるという行動です。このために重要なのが『目』です。この目の獲得によって生存競争は一気に激しくなっていきます。

(つづく)

『深海でサンドイッチ』 平井明日菜・上垣喜寛

金曜日, 3月 29th, 2024

私が利用している市立図書館は1月の半ばから3月の半ばまで利用が制限されていました。
本を借りたり返したりはできるのですが、図書館の閲覧室に入る事ができないで、そのため『おすすめ』コーナーや『新しく入った本』コーナーも利用できない状況でした。

これが先ほど再開したので、さっそく『おすすめ』コーナーで借りてきたのがこの本です。
深海探査船『しんかい6500』とその支援母船『よこすか』の食事を担当する司厨部(シチョーブ)を中心として、『しんかい6500』と『よこすか』の食事事情と、それを提供する司厨部員、サービスを受ける乗員の話、さらについでに『しんかい6500』と『よこすか』の仕組みについてまで分かりやすく説明してくれています。

司厨というのは、厨房という言葉がチューボーと読むように、本当はシチューと読むのかもしれませんが、こう読むと食べ物のシチューと一緒になって、常にシチューを作っているような感じになってしまうのであえてシチョーと読んでいるのかもしれません。

乗員総数60人(乗組員45人と研究者15人)に1日3食を司厨部員5人で提供しているという事です。

乗組員というのは、船を動かす仕事をする航海士と甲板員、そのための動力や機械を動かす機関士と機関部員、通信士と、あとは、食事を作る司厨部員が事務部員として残りの全ての仕事をするようで、風呂掃除やベッドに飾る歓迎の毛布の花を作ったりもするようです。

『しんかい6500』は直径2mの球体の中に大人3人が入って、直径12cmの窓が3つあって、残りの壁は操作パネルやディスプレイがびっしり配置されているなんて写真も付いています。3人の内訳は、パイロット1人・コパイロット1人・研究者1人で、パイロットが操縦し、コパイロットは船内の酸素、二酸化炭素の濃度や圧力を見張っていて高過ぎず低過ぎないように調整している。何か新しい発見があって乗員が「ワーイ」と叫んでしまうと途端に二酸化炭素が増えてしまう、なんて話もあります。

長い航海、食料をどのように管理するのか、特に野菜など鮮度を保って美味しく提供するためにどうしているのか、などが説明されます。

で、その中で人気なのが『しんかい6500』の乗員のために用意されるサンドイッチで、それが本のタイトルになっています。

『しんかい6500』は略称『6K』と言うんだということも分かりました。6Kに乗ると皆忙しくてゆっくり食事している暇はないので、片手で持っていつでも食べられるサンドイッチが人気で、サンドイッチのパンは『よこすか』で司厨部員が毎日ホームベーカリーで焼いているものだというのも面白い話です。深海底まで片道2時間かかるようですが、底につくまで待てないで途中で早弁してしまった研究者の話などもあります。

司厨部で働いている人たちも様々な船に乗った経験があり、その話も面白いです。

『しんかい6500』については、その調査の内容等について色々読んだりした事がありますが、そこに乗っている人・そのサポートをする母船に乗っている人・その母船の事等についてはあまり知ることができないので、『食べる』という視点からのレポートで『しんかい6500』『よこすか』の事や、そこに乗っている人達のことを様々に知ることができて楽しい本です。

写真もたっぷり付いていて、久しぶりに楽しい読書でした。

お勧めします。

『ユダヤ古代誌』 ヨセフス

火曜日, 2月 6th, 2024

前回書いたユダヤ戦史を読んで、またこのユダヤ古代誌を読んでみたいと思いました。
以前読んだ時は文庫本6冊を買って読んだのですが、その本はアカラックスの会社をたたんだ時に処分してしまったので、今回は図書館で借りて読みました。とはいえこんな本を読む人も殆どいないので、自分専用の本を図書館に預けてあるのと大差ありません。いつでも自由に借りられます。

この本は全20巻を日本語に訳し6冊としたもので、最初の1巻から11巻までの旧約時代編が文庫本の1冊目から3冊目まで、12巻から20巻までの新約時代編が文庫本の4冊めから6冊目までとして、キリスト教徒が聖書を読む際の副読本として広く読まれたもののようです。

たとえば文庫本1冊目は天地創造から始まってモーセが死ぬまで、2冊目はユダヤ人がカナンを征服してイスラエル王国を作り、ダビデが死んでソロモンが王となるまで。3冊目はソロモンの即位からソロモンが死んでイスラエル王国が分裂し、バビロン捕囚とその後の帰還までが書かれています。新約時代編の方は新約聖書を理解するための背景説明として読まれたようで、4冊目には旧約聖書のいわゆる70人訳の話など、5冊目はヘロデ大王の時代、6冊目はユダヤがローマに逆らって戦争なるところまでのことが書いてあります。

前に書いたフロイトの『モーセと一神教』を読んでこのユダヤ古代誌の1冊目を読むと、確かにユダヤ教というのはモーセが作った宗教で、ユダヤ人というのはモーセの作った民族なんだなと思います。またフロイトの言うように、モーセはユダヤ人に殺され、その後主殺しの恐ろしさに脅えたユダヤ人によって殺したことをなかったことにした、というのも尤もらしい話だと思います。

モーセの死について聖書には『彼は〇〇の谷に葬られた。だが今日に至るもその墓のありかを知る者はない』と書いてありますが、ヨセフスは『突然一団の雲が彼の上に下りてきたと思うとそのまま峡谷の中に姿を消した』と書いています。モーセも死なないで姿を消して、そのまま神のもとに行ったということのようです。

ユダヤ人は周辺の人々(民族なのか種族なのか人種なのか分かりませんが)と何度も殺し合いをしていますが、基本的にその戦争は皆殺しであり、勝てば相手を皆殺しにし、負ければ自分達が皆殺しにされ、例外的に殺されなかった人によってその皆殺しの戦争が記録されるというものだということも良く分かります。

またユダヤの歴史というのが①人が神の指示に対して反抗・反逆する ②神が怒って懲らしめる ③人が謝罪して悔い改める ④神が赦す というパターンの繰り返しの歴史だということが良くわかります。

イスラエルあるいはパレスチナという地域が昔からチグリス・ユーフラテス地域とエジプトに挟まれ、その両者が相手を攻めるときにその通り道になり、そこにペルシャ人・ギリシャ人が入り込み、周辺にはアラブ人が住んでいて常に戦争を繰り返している、そういう地域だということが良くわかります。

現在進行中のイスラエル・ハマス戦争を理解する上でも参考になる1冊(6冊)です。