『読み書きの日本史』―八鍬友広

この本は図書館の、新しく入った本コーナーに入っていた本で、久しぶりの日本語の本かなと思って借りたのですが、そういえば『候文』を読んでいたので、その続きみたいなことになりました。

文書を読んだり書いたりということは今では当たり前の事ですが、少し前には当たり前のことではなかったし、今後いつまで当たり前のことかも分からないということで、まずはこれまで読んだり書いたりなりがどのように発展してきたのかから話が始まります。

読み書きには当然文字を使うわけですが、文字というのは基本的によその国で使っているものを持ってきて使いやすいように改良するということで、日本語では漢字を輸入して、そこからヒラカナ・カタカナを作り日本語の文字にしていますが、これはどこの文明でも同じであり、よその国で使っているものを使わないで独自に文字を発明したのはシュメール文明だけで、それ以外は全てどこかから持ってきている、漢字ももちろんどこかから持ってきているものだという説を紹介しています。

で、日本では漢字と中国語の文法を輸入し、日本語表記するに際し中国語の語順と日本語の語順がごっちゃになり、たとえば駅で切符を買う時使うのは自動券売機、それを使うと『ただいま発券中です』というアナウンスが出てきても何の不思議も感じない、なんて話も出てきます。

で、日本では『漢文訓読法』といって漢字表現は中国語風のままにして、読む時は日本語の語順にひっくり返して読むなんてことをやっていますが、そんな国は日本しかないという話をします。

で、日本語の漢字表記に様々な文体が登場し、最終的にそれが『候文』という変態漢文の文体にまとまるわけですが、この候文、漢字だらけで書いてありながらほとんど漢語のない和文そのものだというのが面白い所です。(ちなみにこの候文、chatGPTで説明してもらったところ、とんでもない説明が返ってきました。まだまだWikipediaのほうがしんらいできるようです。)また明治以前、口語は各地で、また社会階層でたとえば元々の住民の庶民と移住してきた武士達と話がなかなか通じなかったのに、文語はこの候文の普及によりたいていの場合意思疎通ができた。たとえば能の謡いの文言も基本候文なので、武士同志の会話もこの能の謡いを基本にした、なんて話も思い出されます。

で、この候文、日常生活で自然に身に付ける口語とは別にきちんと学習しなければ身に付きません。そこで登場したのが初等教育用の教本として使われた往来物(おうらいもの)です。元々は手紙のやり取りの文例集で、その文例の所々で単語を入れ替えていけば自分の意思を伝えることができるというわけです。この手紙のやりとりを初級の教材にするというのは日本だけでなく、いろんな国に例があるようです。

で、人の往来でなく手紙の往来ということで往来物というわけですが、手紙の型だけでなくそこに使う単語集のようなものも現れ、さらには歴史や地理・天文学について説明する初等教材も登場するのですが、それらを全て往来物と言っていたようです。

もちろん文部省もなく学習指導要領もない時代ですから、初等教育を担った寺子屋(手習所とか様々の名称で呼ばれ、明治になってようやく寺子屋に統一されたようです。)でそれぞれ自由に何を教えるか決め、教材を選びあるいは作って、教えていたようです。文語の教材も単なる手紙のやりとりだけでなく、契約書とか報告書とか通知・通達・命令なんて、まあいわゆる文学以外の全ての文書にわたっていきます。中には一揆の直訴状やその他の訴状、関ヶ原の合戦の直前に上杉の家来の直江兼続が徳川家康を罵倒して挑発した直江状などというものまで含まれます。また歴史・地理の初等教科書ももはや手紙でも何でもないものまで往来物という名前で扱っています。

この本では寺子屋(実際には手習師・手習師匠・手習子取・手習指南・手習塾・手跡指南・筆道指南などの言葉でよばれていて、この寺子屋という言葉自体明治政府が採用してようやく一般的になったもののようです)についても様々な資料を紹介しています。もちろん全国網羅的なものではなく、郷土史家が発掘した地域限定で、寺子屋がどれだけあったか、生徒は何人いて何年くらい通ったのか、教科書は何を使って何を教えたのか、識字率について、自分の名前・自分の村の名を書くことができるか、日常の帳簿を付けることができるか、手紙や契約書を書いたり読んだりできるか、公用文・公布・新聞等を書いたり読んだりできるかというレベルに関する調査についても限定的に紹介しています。それにしてもこんなデータを掘り起こして研究するなんて、人文系の研究者もなかなかやるものです。

各種資料にもとづくと、江戸時代の日本は世界的に見ても識字率が飛びぬけて高かったというのはかなり過大評価だったということのようです。

著者は教育学の専門家で、そのため明治以前の教科書・教科の科目・教え方・その効果について関心があり、この本にまとめたものです。お陰で私のような一般人もこのようなテーマに関する資料を見ることができます。

明治になり、学制が全国規模で制定されてもそう簡単には新しい教育が普及するわけでなく、一方で活版印刷が普及してきて空前の往来物のブームが来て、すぐにそれは官製の教科書にとって代われてしまったとか、徴兵制が始まりようやく全国規模で統一的な識字率の調査が可能になったとか、今では漢字の学習は楷書で行い、行書・草書は基本、学校では教えられず、卒業してから普通は学校以外で学ぶのが一般的ですが、以前学制が始まった頃はまず行書を学習し次に草書に進み、最後に楷書まで行ったり行かなかったりが一般的だったなんてことも書いてあります。

『音読』という話も出てきます。今では読むというのは黙読が普通で音読なんかするのは小学生くらいになりますが、以前は読み書きの学習では音読が普通でした。そのため電車の中で新聞を音読する年寄りがいたり、また図書館で本を音読する利用者がいたりして、図書館には至る所に『音読禁止』の張り紙があったものが今ではそんなものも見なくなったという話もあります。そう言われてみると、確かに今では文章を音読することはほとんどなくなってしまったな、と思います。

明治以降、言文一致で文章も基本全て口語になってしまいましたが、本当の所口語と文語をはっきり使い分けていた時代も、場合によってはかえって便利だったのかも知れないなと思いながら読み終わりました。
明治の前、寺子屋でどんな教材を使ってどんな勉強をしていたのか以前から知りたいと思っていたので、良い本に巡り会えたなと思いました。

興味のある人にお勧めします。

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