1cm四方の富士山

2021年3月1日 09:30:45

大宮のオフィスに毎日出勤して1ヵ月経ち、驚くような発見がありました。何とオフィスの窓から富士山が見えるんです。

オフィスは大宮駅からまっすぐ西に向かった道沿いに建っていて、北向きのオフィスなんですが、西側に窓があります。その窓の出窓の部分はプリンタを置いたり電気ポットを置いたり重宝しているのですが、その窓から富士山が見える事に気が付きました。

オフィスの西側は保育園があり、2階建ての建物の屋上が園児達の遊び場になっているんですが、その床面がこちらのオフィスの3階の床面よりちょっと高くなっています。

その保育園の建物とこちらの建物は間隔が1mもない位なので、窓を開けているとモロ『園児を覗いている変なオジサン』と間違えるということで、原則として常時カーテンを閉めているようにと言われているのですが、園児達が屋上に上がって来ない時間帯は窓から外を見ることができます。

この窓は西向きですから運が良ければ富士山が見えるかも知れないと思っていたのですが、ずっと見ることができないでいました。

私の住んでいるマンションからも近くの駅からも富士山は良く見えるのですが、大宮ではなかなか見ることができません。富士山はほぼ西で、ちょっとだけ南に振れたような方角なんですが、駅からオフィスへの西向きの道は道路沿いに道路の南側に立ち並んでいる建物に邪魔されて、富士山は見えません。オフィスに入ってしまうと(オフィスは道の北側の建物ですから)西向きの窓からの眺めは、今度は道路の北側に立ち並んでいる建物に邪魔されて富士山は見えません。どうしても見たければ近くの高いビル(おあつらえ向きに、OLSという高いビルがあって、素晴らしい眺めが楽しめます)に行って見るしかないか、と諦めていたんですが、大宮のオフィスに通うになって1ヵ月経った所で富士山を発見しました。

西側の窓の眺めの真ん中近くに左側に電柱があり、その右の建物との間にほんのちょっと隙間があります。電柱からは右に何本もの電線が張られています。その電線の下に保育園の屋上の防護柵が見え、その手すりの下に柵が何本も並んでいます。その下が屋上の床面になります。その防護柵の手すりの部分と床面の間に、ちょうど富士山が入っています。

はじめに気が付いた時は隙間に左下から右上への線が見え、線の上は青く線の下は白くなっています。これは青の部分が空の青、白の部分が富士山の雪の白だと分かりました。山頂はちょうど隙間の防護柵の手すりの高さと同じ位の高さで、目の高さをちょっと高くすると手すりより高くなり、目の高さをちょっと低くすると手すりの下になります。

ただしこの富士山、保育園の屋上のこちら側の防護柵を通し、さらに向こう側の防護柵を通して見るので、柵の縦の邪魔な線がたくさん入ります。さらに良くみると窓のガラスには網入りガラスが使われています。この斜めの格子状の線を超え、二重の防護柵の縦の線を超えて、その先に富士山があります。

その大きさは・・と思って測ってみました。
私は腕を伸ばすとこぶしが胴体から50㎝の所にきます。そこで定規を握ってその定規の目盛りを測ると、隙間の大きさは縦1㎝弱・横1㎝弱の四角です。

このような小さな隙間で、縦・横・斜めの邪魔者がふんだんにある隙間ですから、その気になってしっかり見ないとなかなか気が付かないかも知れません。

それにしてもこの隙間を通して富士山を覗き見ることができるというのは、とてつもなく幸運な事だと思います。ちょっと角度がずれただけで見る事はできなかったはずですから。

この富士山も、もう少し暖かくなるともう見ることができません。冬の寒い間の晴れの日にしか見ることができませんから、ここで見つからなかったらまた次の冬になるまではみつからなかったと思います。

でも実際に見ることができなくても、この隙間のここの所に見えるんだということが分かっていれば、見えているつもりになるのはそんなに難しいことではありません。

これが見えるだけで、それまで家賃がちょっと高いかなと思っていたのが、逆に割安だと思えるようになりました。

これは神田の会社を閉めて個人の事業として大宮にオフィスを構えた事を、富士山が応援してくれているんだ、とも思えます。

とりあえず12月末の会社の解散の確定申告(期限は2か月ですから、3月1日までです)もほぼ終了しました。

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『江戸文人のスクラップブック』

2021年2月15日 11:55:05

不思議な本を紹介します。
工藤宣(くどうよろし)という人の書いた『江戸文人のスクラップブック』という本です。
この本もさいたま市立図書館で『ご自由にお持ち下さい』コーナーにあった本です。

本の内容は、江戸時代幕末の大槻磐渓(おおつきばんけい)という人の残した『積塵成山』あるいは『塵積成山』という名前のスクラップブックの紹介です。塵も積もれば山となる、と読むのか、塵を積もりて山となす、と読むのか、まあどっちでもいいんでしょうが、そんなような名前です。

このようなスクラップブック、1冊あたり50枚のA3をもう一回り二回り大きくしたようなものが十数冊あるということです。そのスクラップブックに磐渓先生が何十年もかけて様々な資料をスクラップして、それを著者が一つ一つ見ながらこの資料は何だろう、磐渓先生は何を考えて何のためにこの資料を貼りつけたんだろう、この資料はどうやって作ったんだろう、どうやって手に入れたんだろう等々と探索しています。

何しろこのスクラップブック、磐渓先生は自分のためだけを考えてスクラップしているようで、資料を貼り付けてはあるけれど、それに関する説明は一切付けていないようです。ですから資料自体を読み解くしかないのですが、これが変体仮名・くずし字がふんだんに入っている漢文体の文語が殆どで、中にはオランダ語の資料も入っているようです。

磐渓先生というのは今となっては殆ど知る人もないような人ですが(Wikipediaにはこの先生のページがありました)、幕末期の漢学者としては当代一流の学者でした。

江戸生まれ江戸育ちの仙台藩士で、父親は解体新書翻訳チームの一員の大槻玄沢(この本では盤水という名前で何度も登場します)、息子の一人は明治になって初めての国語辞典である『大言海』を作った大槻文彦といえば、こっちの名前の方が分かりやすいかも知れません。

父親が蘭学者だったのに本人が漢学者になったのは、父親の意向で、自分が読んだオランダ語をきちんとした漢文にして貰いたかったとのことで、本人は蘭学をやりたかったようですが、父の言いつけに従って漢学者になったものの蘭学にも興味を示し、また高島秋帆の西洋砲術も習って砲術師範にもなっています。

蘭学を学ぶために長崎にも行ったけれど、その直前のシーボルト事件のために蘭学を学ぶことができず、漢学者になることにしたようです。

この本を読むと、幕末の時代小説に出て来る人のオンパレードです。若いころ頼山陽と出会って(日本外史に注文を付けた、という話もあります)高く評価されたり、維新直前に何度か幕府から欧米に派遣された日本人に色々アドバイスしたり、最終的に密航に失敗した吉田松陰が黒船に乗り込む直前に磐渓先生に会って話をしていたり、この本だけで幕末の時代小説のネタがごろごろ転がっています。

最終的に参勤交代がなくなって仙台藩主が仙台に引き上げる時、磐渓先生も一緒について行き、藩主のブレインになり、戊辰戦争で奥羽越列藩同盟を作って官軍に歯向かった時、盟主格の仙台藩主の代理としていろんな文章を書いたので賊軍として捕まってしまったりもしますが、歳も歳なので自宅蟄居にして貰い、数年で許されて晩年は子や孫と穏やかに暮らしたようです。

いずれにしてもこのスクラップブックの探索作業、今ならインターネットをフルに活用して情報を集めたり仲間を募って相談したりする所ですが、それができないでかなり大変だったと思います。とは言え出版物はいろいろあって図書館もかなり充実していたので、ある程度は調べることができたんだと思います。この本が書かれたのが1989年、30年前の労作です。

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住民税

2021年2月8日 09:21:10

さて前回の投稿で、会社解散に伴う手続きは終わったと思っていたのですが、もう一つ残っていました。

2月に入って、これまでたとえば1月の給料から天引きをして2月に払い込んでいた住民税はいつまでに払い込めば良いんだろうと市役所に確認してみました。毎月払込みに使っていた納付書はそのまま手元にありますから納付書をそのまま使えば良いと思っていました。

役所に連絡して、会社が解散して住民税を払おうと思っていると説明したら「異動届は出しましたか?」という質問が返ってきます。話を聞くとこの「異動届」はこの前都税事務所に出したものとは別のもののようです。

都税事務所に出したのは、会社の法人税や法人住民税に関して会社が解散したことを連絡するための手続きのようですが、今回のものは会社が従業員の給料から天引きして会社が支払っている個人の住民税について、給与天引きをやめて個人が直接支払う形にするための手続きのようで、正式には『給与支払報告・特別徴収に係る給与所得者異動届出書』といい、まずこの届けで1年分の住民税が総額いくらで、今まで給与天引きで支払済のものがいくら、これから払う予定でまだ払っていないものがいくらということを報告すると、市の方から改めて未払分についての納付書を本人宛に送付してきてそれを払う、ということのようです。確かに特別徴収の納付書は支払者が会社になっているので、そのままでは使えないというのは考えてみれば当然の話です。

提出先がさいたま市大宮区役所の中に入っている『さいたま市財務局北部市税事務所』という所で、大宮区役所には25もあるさいたま市立図書館の中でもかなり立派な大宮図書館が入っているようなので、それを見物がてら直接届けを出しに行こうかなと思ったのですが、良くみると届けは原則郵送で、となっているのでこれは仕方ないので郵送することにしました。

これで送られてきた未払分の住民税の納付書で納付を済ませてしまえば、今度こそ本当に解散に伴う手続きは(法人税・法人住民税等の確定申告・納付を除いて)終了です。期限まで1ヵ月弱、頑張りましょう。

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引っ越し

2021年2月3日 14:44:51

神田のオフィスから大宮へのオフィスに移って2週間経ちました。
オフィスの引っ越しは12月15日と1月16日の2回に分けてやったのですが、この2週間でほぼ落ち着いたような感じです。

1回目の引っ越しでは大きなデスクとダンボール箱ばかりを運んだのですが、2回目の引っ越しでは冷蔵庫とキャビネット2つ、コピー・プリンターの複合機、ワゴンとダンボール箱を運んだので、荷物を運び入れた直後は玄関から部屋の中央に置いたデスクまでの通路を除くと、すべての床面がそれこそ足の踏み場もないという状況でした。

それを少しづつ整理して、何とか快適に仕事ができるようになりました。プリンターをLANにつないで印刷したり、書類をスキャナーでpdfにしてPCに取り込んだりの設定は、キャノンの専門家に頼みました。

会社の解散日を12月31日とし1月5日に登記したので、引っ越しの翌々日の18日には解散の記載のある登記簿も取れるようになりました。

登記の手続きは九段下の東京法務局に行かなければなりませんが、登記簿を取るのは家の近くの埼玉法務局でもOKです。これが取れるといろんな手続きを進めることができます。

まず第一に『人材紹介業の許可』なんですが、これは許可の期間の終期が近づいてくると役所の方から、更新して継続するか期間満了をもってやめるか、と意向確認の手紙が来ます。これに『やめる』という旨の返事をFaxで送ると、それで手続き終了です。お役所仕事がこんなに簡単に終わって良いのか、という思うくらいですが、そんなわけで一番最初に10月くらいに処理済みとなっていました。

次に税務署・都税事務所に『異動届』を出して、会社が解散したことを知らせるという手続きなんですが、税務署に聞いたら『これは必須ではないので、解散の確定申告をしてくれるなら異動届は出さなくても良い』という返事で、都税事務所の方は『解散の記載のある登記簿が取れるようになったらまず異動届を出し、その後確定申告して下さい』ということでした。税務署はちょっと遠いのですが都税事務所は神田駅のすぐ近くなので都税事務所でこの異動届を書きました。この届けは何枚かの複写式になっているのですが、税務署宛の分は廃棄して都税事務所宛のものを提出し、届出者分の写しを受取って、これも終わりです。

次に労働基準監督署ですが、これは問い合わせた所、既に手続きは済んでいるという事で終わりです。

職安(ハローワーク)は『雇用保険適用事業所廃止届を郵送せよ』ということで、これを郵送して終わりました。

後は年金事務所で、これまでの会社の協会健保を個人の国民健保に変える手続きです。
手続きが遅くなってしまったので、1月中は清算業務をしていたという事にして、2月から切り替えるというつもりで年金事務所に行ったのですが、『解散が12月末ならば普通は1月から切り替えることになる。清算業務をしていて報酬を支払っていたということならば、それを証明するために給与台帳その他の書類を出せ』と言われてしまいました。一度戻って書類を用意してまた来るもの大変なので、『それでは1月から切り替えということで手続きして下さい』ということにしました。

神田のオフィスにいると市ヶ谷の年金事務所はそんなに遠くは感じないのですが、大宮のオフィスからはちょっと遠いような気がしますので一度で済ませたい、という事です。

で、健康保険の『資格取得・資格喪失等確認通知書』を出してもらい、それを持って自宅近くの市役所へ行って国民健康保険の手続きをして貰いました。

新しい保険証を出してもらうのに何日かかかるんだろうと思っていたら、すぐその場で作成・交付してくれて、何という素早いお役所仕事だ、と感心しました。

その時、市の担当者から、保険証は1月1日で切り替わっているので、1月中に病院などで前の保険証で支払いをした分について、『病院などが協会健保に請求を回すと色々健保協会と国民健保の保険者である市との間で医療費の精算のためのやり取りが面倒くさくなる。普通医療費は月締めで翌月に保険者である協会あるいは市に請求されるので、その前に病院等に連絡して、請求先を変更しておいてもらえば、その手間は避けられるかも知れないので、できるだけそのように病院に連絡するように』と言われました。

とりあえず健康保険証の切り替えで、解散に伴う手続きは一応終わりです。
今後のスケジュールは、まずアカラックスの解散の確定申告です。この期限は2月末です。

次のスケジュールは個人の所得税の確定申告です。今までと違い今回は青色申告の個人事業主としての確定申告で、さらにe-taxの電子申告にチャレンジしようと思っているので、3月15日までにうまく間に合わせる必要があります。

次はアカラックスの清算結了の登記と確定申告です。それもできれば3月末までに済ませてしまいたいと考えています。

このように考えるとあまり余裕はないのですが、とりあえずまだ時間はあるので、何とか頑張ろうと思います。

2回目の引っ越し後、基本的に大宮のオフィスに通うようになって気が付いたのは、このオフィスが結構賑やかなことです。オフィスの西隣のビルには保育園が入っています。またオフィスの北側には小さな公園があり、そこで小さな子がよく遊んでいます。それが隣の保育園の園児なのか他の幼稚園・保育園の園児なのかは良く分かりませんが、同じような甲高い声でキャッキャッ、キャーキャーと、とても賑やかです。保育園が終わった後でお母さん達が子供達を連れて来て遊ばせているということもあるようです。

このような賑やかさを私は嫌いではないので、何となく得した気分です。この賑やかな声を楽しみたいと思います。

コメント / トラックバック2件

  1. 松本浩三 より:

    坂本さん
    ご無沙汰しています。
    フェイスブックから流れてきました、、とうとう、神田のアカラックス事務所も閉じるのですね、残念です。

    昨年末に連絡のはがきを頂き、なんとか連絡をしたいと思っておりましたが、大宮の住所も分からずにそのままにしておりました。

    時々お友達登録もせずに、坂本さんのフェイスブックを覗いておりましたが、今日久しぶりの覗いたところ、このブログにたどり着きました、昨年の目の手術の記事も拝見しました、、前回の手術の時はまだアカラックスに出入りをさせて頂いていた頃で懐かしく思い出していました。

    大宮に移転されても、まだお忙しいようで安心しました、、実は隠居か?と心配しておりました(笑)

    松本はまだ介護の仕事を続けております、コロナのお陰で人材不足で到底辞められそうにないのが実情なのですが、、

    大宮へ移転されても相変わらずのご活躍を、はるか西方より祈念いたしております。

    松本浩三

  2. 坂本嘉輝 より:

    松本さん、お久しぶりです。
    神田のアカラックス事務所を閉じて、大宮にアカラックス事務所を開きました。神田の方はアカラックス株式会社のオフィスですが、大宮の方は個人事業の『屋号』です。
    大宮の住所は
    〒330-0854
    埼玉県さいたま市大宮区桜木町4-929-2桜の木ヨシノ3030号室
    電話番号は048-788-4342
    ですが、むしろ、ケータイの080-1240-3841の方が確実です。
    隠居したいのはやまやまですが、まだそれはできないようです。
    介護の仕事は、このコロナの世の中でますます大変になっているのではないか、と思います。
    頑張ってください。
     

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『アメリカの大統領選』

2021年1月6日 16:13:11

さて1月6日、いよいよアメリカ大統領選、第2ラウンドの開始ですね。
日本のマスコミではほとんど報道されることなく、バイデンの次期大統領就任が既成事実のように報道されていますが、すんなりそれで決着するか、ある意味今年最大の見ものかも知れません。

とはいえ、アメリカ時間の1月6日ですから、日本時間では1月7日ということになるのかも知れませんが、明日の朝のニュースがどう言うか、楽しみですね。

すんなり行かない場合、次のステージは1月20日の大統領就任式です。

それまでどんな事が起こるんでしょうか。

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e-tax

2021年1月1日 10:06:37

令和2年の所得税の申告から、いよいよ青色申告の個人事業主として確定申告しようと準備していたのですが、12月の半ばを過ぎて、『e-taxを使うと青色申告の控除が10万円多くなる(というよりe-taxを使わないと控除額が10万円少なくなる)』と教えてもらって、それじゃあe-taxを使おうか、そのためにicカードリーダーを買おうか、と思うようになりました。
仮に税率が10%だとしても、10万円の10%で1万円、カードリーダーの代金くらいは軽く出そうです。
で、近くのヨドバシカメラに買いに行ったのですが、陳列棚には見当たりません。店員に聞いたら、レジカウンターの後ろに置いてある、ということでした。
レジカウンターで聞いたら3種類ほど出してきました。接触型が2つ、非接触型が1つです。どうせ年に1度くらいしか使わないんだから、一番安いのでいいだろう、と思ってロジック社製の接触型のカードリーダーを2,000円ちょっとで買いました。
大宮のオフィスにはMacのPCしかなく、これでwindowsは動くようになっているのですが、外部との接続はusbのc-typeしかなく、カードリーダーのa-typeのusb を接続するにはusb ハブが必要になります。で、そのusb ハブも買って、これを経由してカードリーダーを接続し、使えるかどうか試してみました。
e-taxの登録手続きは、いろいろ振り回されながらもなんとかなったのですが、マイナンバーカードを読むところでどうもうまく行きません。
その理由として考えられるのは
1.pcがmacのpcで、windowsを動かしているから
2.カードリーダーをつなげるのにusb ハブを経由しているから
3.カードリーダーが安いから
4.マイナンバーカード自体に問題があるから
と、これだけあるとなかなか決めかねますが、多分、3番目か4番目があやしい、と思いました。
しばらくいろいろいじくり回して、夕方またヨドバシカメラに行き、『マイナンバーカードをうまく読めないから』と言ってカードリーダーを別のものに替えてもらいました。
家に帰って、今度は娘のwindows のPCにカードリーダーを直付けして試してみたのですが、やはりカードが読めません。困ったな、と思ってしかたなくいろいろネットで検索していたら、『点字付きのマイナンバーカードは接触型のカードリーダーでは読めないかもしれない』という記載がありました。
私のマイナンバーカードは、ついでのことに点字付きにしているので、『これだ』と思い、もう一度ヨドバシカメラに行き、3種類のカードリーダーのうちの、一番高いソニーの非接触型のものに差額を払って替えてもらいました。差額は700円くらいのものですが、2,000円ちょっとのものが3,000円弱になるんですから比率でいうと4割くらい高くなります。
これを大宮のオフィスに持っていったら今度はすんなりマイナンバーカードを読むことができました。

ということでとりあえずは一件落着、なんですが、実はいまだにe-tax でマイナンバーカードとカードリーダーが本当に必要なのかどうか、よくわかりません。
実際に申告することになればハッキリすると思います。
あと2か月のお楽しみ、です。

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新聞もやめました

2021年1月1日 10:02:59

昨日限りで新聞をやめました。
社会人になった昭和52年4月から今まで、43年9か月間、1万5千日、毎日毎日配達される新聞を読んできたんですからたいしたものです。
4月に社会人になって、新入社員研修で『日経新聞を読め』と言われ、そんなものか、と思って販売店に行き、1日に遡って配達してもらったような気がします。
その後、いくつかの新聞を同時に購読していたときもありますが、日経新聞だけは一貫して購読していました。
社会問題、経済問題など何も知らなかった私にとって、本当に勉強になりました。特に『やさしい経済教室』という紙面はまとまった解説や専門家同士の論戦で、本当に勉強になりました。
一般の記事についても、他の新聞に比べて客観的な事実の報道が多く(たとえば日経新聞が50%くらいなのに対して朝日新聞だと10%くらい)、その分お買得、というものです。
とはいえ、この日経新聞も朝日新聞化が激しく、今ではほとんど読むような記事がありません。それを、広告とか特集とか企画記事で誤魔化してページ数の減少を誤魔化しています。
年末に会社を閉めることにして、ついでにいい機会なので新聞もやめることにしました。
正月は大量のほとんど読むところのない紙面が提供されますので、それを読まなくても済むだけでもよかったな、と思います。

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会社の解散

2021年1月1日 09:58:52

昨日、午前中に会社の臨時株主総会を開き、会社の解散を正式に決議しました。
とはいえ、取締役も株主も私一人ですから、もちろん株主総会も紙の上だけのことです。
これで1月5日には会社解散の登記をし、私が清算人として清算作業を始めます。1月8日頃には官報に公告が出ます。うまくいけば3月中には清算作業を終了し、会社の清算結了の登記をし、清算の確定申告をして会社は正式に終わります。
その間、会社の解散の確定申告をし、個人事業主として最初の所得税の青色申告をすることになりますので、当分は暇にはなりません。4月になるとコンサル先の会社の決算作業が始まるので、まあ、6月くらいまでは何かと暇になりそうもありません。
大宮オフィスが本格的に動き出すのはその後になりそうです。

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『閉店のお知らせ』

2020年9月16日 17:29:16

長年にわたりご愛顧頂きましたアカラックス株式会社ですが、今年いっぱいで閉店することになりました。

年明け早々会社解散の手続きに入り、順調に行けば3月に清算結了ということで、会社がなくなることになります。

とはいえ、今までの仕事を急にやめるわけには行かないので、今後は自宅の近くに仕事場をみつけ、個人事業として今までのお客さんにはサービスを提供する予定です。

アカラックスを始めたのが2001年ですから、今年は20年目になります。
来年早々に閉店すると足掛け21年、良くもったものだなと思います。

現在は通常の仕事をしつつ、閉店に向けての作業も始めている所です。

先回お知らせした『はじめてのお盆休み』の目の手術も、この閉店作業のための準備作業ということになります。

夏の暑さもようやく一段落したようで、これから閉店準備作業も着々と進むことになる予定です。

皆様の長年にわたるご支援、ここに深く感謝いたします。

なお閉店にともなう出血大売出し等のバーゲンセールは会社の性格上、ちょっと難しいと思いますので、ひらにご容赦お願い致します。

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『はじめてのお盆休み』

2020年9月3日 16:43:30

私の勤めるアカラックス株式会社は2001年の創業ですから、今年はちょうど20年目になります。

今年の夏は暑くて、20年で初めてお盆休みを取りました。

8月10日から14日までまるまる1週間、会社を閉じて涼しい所で過ごしました。

と言っても、GoToキャンペーンでどこかに行ったわけでもなく、会社の近くの順天堂病院に入院していました。

実は1年前くらいから目が見えにくくなり、多分白内障だろうと思っていたのですが、小さな文字がまるで見えなくなり、天眼鏡を使ったり虫メガネを使ったりしていたのですが、文字の上付き・下付きの添字がまるで分からなくなったので、手術することにしました。

駅近の眼科の診療所で診て貰ったら、やはり白内障でかなり生活に不便になっているはずなので、手術をした方が良いと言われました。

昨今はネコもシャクシも白内障手術が大はやりのようなので、それでは評判の良い病院で手術して貰いましょうか、と言った所『それはダメだ。あなたはハラダシ病という大変な病気をしているんだから、白内障の手術をきっかけにそれが再発するかも知れないので、その時に十分な対応ができる病院でないといけない』ということで、順天堂病院に紹介状を書いて貰いました。

この眼科の診療所は10年ちょっと前に私がハラダシ病をやった時、目の中を覗き込んで『網膜剥離のようだけれど、ガラス体の液が網膜の裏側に入るための穴も切れ目も網膜に見当たらないから、もしかするとハラダシ病かも知れない。すぐに順天堂病院に行ってきちんと診てもらうように』と言ってくれた病院で、その後すぐに順天堂病院に行き、月曜・火曜と2日続けて診察のあと、水曜日から緊急入院、最初10日くらいの入院と言われたのが、結局は20日弱の入院をしたきっかけとなった病院です。

20日弱の入院とは言っても、私からすれば毎日1回のステロイドの点滴をするだけで、あとは感染症予防のため病棟の外へ出るのを制限されていただけで特に手術などもなく、本を読んだりパソコンで仕事したり、あるいはお見舞いあるいは面会のお客さん対応だけでのんびり過ごした記憶しかないのですが、やはりハラダシ病というのは大変な病気だったようです。

で、入院したのが10日の月曜日、ようやく夏の暑さが本格化しテレビで「暑い」というニュ―スが満開でしたが、こちらは昼までに入院し、涼しい病室でのんびりしました。

この白内障の手術、近ごろはやりは、片目について日帰りの手術をして、手術後2週間以上あけて様子を見てその後、残った片目を同様に日帰りの手術をするというやり方のようですが、順天堂病院では1週間の入院で両目の手術をしてしまう。月曜に入院し火曜片目の手術、水曜にその結果を確認し木曜もう一方の目の手術、金曜その結果を確認して問題がなければ土曜に退院というようなスケジュールです。

で、『手術するなら入院」というのがいつのまにか『入院したら手術』ということになっているようで、『いつ入院しますか? 大部屋の方なら半年待ち、個室ならちょっとお金がかかるけどいつでも入院して手術できます』と言われ、この状態で半年は待てないので『個室で』と言ったら、あれよあれよという間に10日入院ということになってしまいました。それがたまたまお盆休みの期間になるので、20年目にしてはじめてのお盆休みとなったわけです。

手術の前はさすがにお医者さん、いろいろ脅しをかけてきます。
私の目は瞳孔の開き方がよくないようで、『普通は8割くらい開く所6割くらいしか開かない。8割と6割じゃあまり違いはないと思うかも知れないけれど、面積では8×8=64が6×6=36で半分しか開かないから、手術はかなり難しいよ』と言われたり、『水晶体の中味を超音波で分解しながら取り出して、一番外側の膜だけ残してその中にレンズを入れるんだけれど、うまく膜が綺麗に残らない場合にはレンズを目に縫い付けることになる』とか『運悪く水晶体をガラス体の中に落としてしまうこともあるけれど、その時はそのガラス体の中から水晶体の残骸を拾い上げなければならないので大手術になる』とかいろいろ脅されましたが、このようなケースに陥るようなこともなく無事に手術は済みました。

ただし瞳孔については『単に開きが悪いだけじゃなくて、手術中に瞳孔の開き方が悪くなって瞳孔がどんどん小さくなっていったので、手術中に瞳孔を開かせる薬を追加で目にかけたりして、とにかく大変難しい手術でした』と説明されました。

で、月曜日に入院して火曜日の朝右目の手術、手術があるので朝食は抜き。昼は手術が終わっているので食べることができ、夕方の診察で手術をした方の目にかけていた眼帯(といっても眼の上にガーゼを乗せ、それをテープで顔に貼り付けていたというものですが)を取ってくれて、途端に右目がはっきり見えるようになって感激でした。

水曜は1日休みですが、手術済の目の状態を確認したり次に手術する左目の手術の準備をしたりで、木曜に2回目の手術。この時は午後の手術になったので昼食抜きです。手術後の夕食は食べられました。金曜の朝の診察で、前日に手術した方の目の眼帯も取れ、両目とも良く見えるようになりました。また手術が順調にいっているので、土曜日に退院できることになりました。

白内障の手術では目の中に入れるレンズが色々あって、遠近両用だったり多焦点レンズだったり、中には片目だけで100万円を超えるようなレンズもあるようで、そのことについて先生に聞いてみたのですが、私の場合はそんな特殊なレンズを使う必要はなく、ごく普通の単焦点のレンズを入れ、あとは焦点の合わない距離については眼鏡を作ってかければ良いということでした。単焦点のレンズでどこに焦点を合わせるかについては、本や書類を読んだりパソコンの画面を見たりすることが多いのでちょっと近めのものにして下さいと言っていたのですが、手術後はそれこそ手元がはっきりくっきり見えるようになりました。

実は手術前に会社の決算の確定申告の書類を作っていたのですが(会社は6月末決算ですから、8月末までに申告が必要です)、確定申告書の項目の見出しの細かい字がまるで読めなくなっていて、前の年の申告書を見ながら、この位置にはこの数字を入れれば良いんだろう位のやり方で作っていたものを退院後見直して、見出しの小さな文字をはっきり見ながら確認することができました。

で、一週間の入院を終え土曜日に退院したのですが、その1週間酷暑が続いてそのあとは多少は涼しくなるだろうという予想が狂って、その後も酷暑が続いたというのはちょっと計算違いでしたが、入院中の一週間冷房完備の病室で手術前の時だけ除いて3食完備、入れ替わり立ち代わり美人の看護婦さんに面倒を見てもらって快適なお盆休みは終了しました。

メデタシメデタシ。

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