『確定申告』その後

2021年10月26日 10:55:22

4月19日に「『確定申告』と救急車」という記事を書きました。

http://acalax.info/app-def/S-102/wp/?p=1667

そこでは、何とか期限内に所得税の確定申告を済ませ、ヤレヤレと書いていたのですが、その後何ヵ月かして税務署から『申告書が送られていない』という連絡がありました。こちらとしては『e-Taxで申告書を送付したはずで、送信した記録もあるので、もう一度そちらで調べてくれ』と返答していたのですが、先週再度連絡があり、『やはり申告書は届いていない。先日連絡してもらった送信した記録というのも見てみたら、申告書を送付した記録ではないので、再度確認してくれ』という事でした。

もう使い方もかなりあやふやになっているe-Taxのシステムを立ち上げ、確認してみました。いろいろ調べた結果、何と申告書の送付はできていないことが分かりました。

申告書を完成させ、税額の計算が終わった所で、その後、申告書に署名し(パソコンでマイナンバーを入力する手続きです)、その後署名後の申告書を送付する手続きが必要なのですが、その署名の所で作業が止まっていました。

早速署名の手続きをし、送付の手続きを済ませて税務署に連絡した所『今度は確かに受け取った。しかし申告書の提出が期限を過ぎてしまったので、青色申告特別控除65万円の特例を使うことができないので税額が変わる。申告書を修正するように』と言われてしまいました。

今年から、青色申告特別控除はe-Taxで期限内に申告・納付していれば65万円の控除が適用できるのですが、そうでないと控除額は10万円になってしまいます。この差の55万円分、所得が増えて、税金が増えてしまうという事です。

仕方ないので申告書を修正し、修正したものをまたe-Taxで送付しその旨を連絡した所、『申告書を修正するのでなく、修正申告書を提出することが必要だ』と言われてしまいました。

確かに一度提出した申告書を修正する時は修正申告という手続きをするということは知っていたのですが、e-Taxのソフトの中で見るかぎり修正申告の手続きに関するものが見当たらなかったので、仕方なく申告書の修正をすることにしたわけで、『それではその修正申告はどうやってやるんだ』と聞き直しました。

相手の税務署の担当者もe-Taxについてはあまり慣れていないようで、とりあえず国税庁のホームぺージから修正申告書を書面で作成し、印刷して提出する場合のやり方について説明して貰い、何とか修正申告書を作ることができました。(パソコンを開いてネット上の作業を、電話を繋げっぱなしにして説明を聞きながら作業して、多分2、3時間かかったように思います)。

何とか修正申告書の作成が終わった所で、今度は国税庁のホームページの修正申告書を作成する所で、e-Tax用の修正申告書を作成するボタンもあるので、e-Taxで修正申告するのであればそちらのボタンで同様な作業をするようにという事でした。

同じ作業を2度するのも大変だし、今後また修正申告が必要になることもあまりないだろうと思い、e-Taxでの修正申告はやめて、せっかく作った修正申告書をそのまま印刷して書面で提出することにしました。税務署までは往復1時間ちょっとで出しに行けますし、ついでに不足分の税金の納付もできます(今住んでいる自宅は浦和税務署の管轄なのですが、オフィスがあるのは大宮税務署の管轄なので、オフィスの近くの郵便局にある納付書は大宮税務署用のもので浦和税務署用のものはいずれにしても取りに行かなければならないという事情もあります)。

で、修正申告書の提出と不足分の税金の納付を済ませた所、間髪を入れずに『無申告加算税』の請求書が来ました。すなわち申告書の提出が結果的に半年くらい遅れてしまったので期限内に申告しなかった、というペナルティの加算税です。これは忘れないうちにすぐに納付しました。嬉しいことに請求書はコンビニでも納付できるようになってました。あとは延滞税がどうなるかですが、請求書が来たら払うだけです。

結果的に65万円の青色申告特別控除が10万円に減って、他にも何だかんだでかなり払うことになったのですが、コロナ騒ぎで申告・納付期限が1ヵ月遅くなっていなかったらもともと到底間に合わなかっただろう事や、脳梗塞のことなど考えると大した追加負担でなくて良かったなと思います。

e-Taxでの納税についても今回の経験でかなりやり方が良く分かったし、e-Taxのシステムも今後かなり改善されるだろうことを考えると、とりあえず今回e-Taxにチャレンジしたのは正解でした。

今回は残念ながら65万円控除を逃してしまいましたが、来年以降は毎年65万円控除を使えると考えれば、そんなに悪い話でもないかも知れません。

という所でもう10月も終わりで、今年も残すところ2ヵ月です。そろそろ今年の決算の確定申告の準備も始めないといけないなと思います。

一応本格的に個人事業主となるにあたって、今まで会社でやっていたのに倣ってきちんと経理・決算作業をしようと思っていたのが、今年は会社の整理の作業や度重なる病院通いでそれが殆どできていません。

今度の日曜日はいよいよ衆議院選の投開票日です。
今週は選挙結果の最後の予想ということでマスコミもネットも賑やかでしょうが、根拠もない願望ニュースやデマ等のフェイクニュースに振り回されていても仕方ないので、少しは真面目に決算の作業を始めようかな、と思います。

コメントをどうぞ

『直立2足歩行』

2021年9月3日 10:26:44

7月9日に出勤途上で足を骨折し7月12日に入院、7月19日に手術、7月28日に退院となり、その後基本的に松葉杖生活をしていたのですが、外来で診察してもらって8月19日の診察で、順調に治りつつあるということで、『松葉杖なし』ということになりました。

私としては松葉杖が2本から1本になるとか松葉杖の代わりに普通の杖を使うとか、段階的にやっていくんだなと思っていたら、いきなり『何もなし』という事になり、何となく不安な気持ちでした。

何しろ手術から1か月間ずっと松葉杖と一緒に生活し、これさえあれば何でもできると思っていたのがいきなりなくなると、自分の事ながら大丈夫かな(?)と思ってしまいました。最初のうちはヨタヨタ歩きから始まって次にトボトボ歩き、今では長い距離でなければ普通のゆっくり歩き、まで戻ってきました。

松葉杖というのは、骨折をした方の足に全体重をかけるわけには行かないのと、骨折をしなかった方の片足だけではバランスを取るのが難しいということで、いずれにしても補助的な役割のもので、基本は骨折をしなかった方の足で立ったり歩ったりしているものだ、と思っていましたが、これが全く間違いでした。

松葉杖なしで歩き始めてすぐに感じたのは、歩く時の足の負担、背筋の負担がとんでもないということでした。

松葉杖で歩くというのは見た目は立って歩っているようですが、実は杖と足の四足歩行、四つん這いで歩っているのと同じようなもの、ということです。

この四足歩行が2足歩行になったわけですから、足腰の負担が1気に増えたのは仕方のない事です。

しかし負担は増えましたが、2足歩行の素晴らしさに改めて感激しました。松葉杖の時は何かを持って歩こうと思ったら、リュックに入れてリュックごと担ぐか、ベルトに挟むかということで、何かの乗っているお皿や飲み物の入っているコップなどは自分で運ぶことができませんでした。2足歩行であれば、余った2つの手でこんなのは簡単に持ち運べます。松葉杖では傘がさせないので、雨がふったらやむのを待つか濡れるのを覚悟で歩くしかありません。2足歩行であれば、余った手で傘をさすことができます。

直立2足歩行というのは、とんでもなく便利な発見だなと改めて思いました。

というわけで、直立2足歩行を始めて2週間、まだ10分も歩くとくたびれ果ててしまう、という塩梅ですが、あとは体力の回復を図るだけ、ということのようなので、時間の問題で元のように普通に歩けるようになると思います。

それにしても、骨折しなければ自覚することのなかった直立2足歩行のすばらしさに気づくことができてラッキーでした。

コメントをどうぞ

清算結了と骨折

2021年8月11日 08:50:26

アカラックス株式会社は2020年12月31日に解散を結議し清算の作業を進めていましたが、2021年6月25日の株主総会で清算結了を承認し、2021年6月28日に登記・確定申告を済ませ、無事消滅しました。

登記の手続きは問題がなければ7月9日までに完了するということなので、7月12日に登記簿を取って確認しようとしていた所、7月9日に骨折で動きが取れなくなってしまいました。

7月9日は雨で、朝、大宮駅からオフィスへ向かう途中でソニックシティのビルから歩道へ出る所で足を滑らし、腓骨を骨折しました。

当初は骨折だと思わず捻挫だと思っていたので、ビッコをひきながらオフィスの建物にたどり着き、3階まで階段を上りオフィスで足を冷やしていました。

夕方帰宅時にビッコをひきながら階段を下り、それ以上歩って帰るのは無理だと思ってタクシーを拾って帰宅しました。

翌日の土曜日、念のために近くのクリニックで確認してもらうと、レントゲンを撮って、いとも簡単に『骨折だ』と言われてしまいました。で、土日は家でおとなしくしていて、月曜日に紹介状を書いてもらった日赤病院の外来に行きました。色々検査された上で、そのまま即日入院となりました。しかし手術室の予約がなかなか取れないということで、手術は1週間後の7月19日になりました。

手術の翌日から早速リハビリが始まりましたが、2日やった所でオリンピック開会式の4連休に入り、リハビリもお休みです。仕方がないのでその間リハビリの自主トレをして、連休明けの月曜日に退院が決まりました。日赤病院は原則朝9時の退院なので準備の都合もあり、水曜日の7月28日に退院となりました。

退院後7月いっぱいは自宅でおとなしくしていて、8月2日からようやくオフィスに出ることにしました。朝は娘が車でオフィスの建物まで運んでくれ、帰りは流しのタクシーをつかまえて乗って帰ります。

7月12日に登記簿を取って登記を確認しようとしていたのがそのままになっていたので、退院の翌日奥さんに法務局に行って登記簿を取って貰いました。

それにより2021年6月28日に清算結了の登記をして登記簿は閉鎖されたことが確認できました。アカラックス株式会社は消滅しました。

これでアカラックス株式会社に関する作業はほとんどオシマイです。
皆様、お世話になりました。

なお骨折の方は、膝から足首までの骨のうち、主に体重を支える脛骨の方でなくその脇の腓骨の方で、これは足の向きを変えたり足を回したりするためのもので、それも途中の細い所でなく一番下の丸くなった果体を、いわゆるクルブシの外側の部分が割れたということで、その分くっつけ易い部分のようです。骨折がこれだけで済んでラッキーでした。

1年位かかって骨がしっかりした所で、足に入れたプレートとネジを取り外す手術をするようですが、それまではチョットだけですが『筋金入り』の男という事になります。

コメントをどうぞ

『ワクチン予約』

2021年6月8日 11:56:38

コロナウィルスワクチン接種の招待状が届きました。
正式には『新型コロナウィルスワクチン接種クーポン券』というようです。

で、この書類は何ともはや突っ込み満載で面白いので、チョットコメントします。

まずさいたま市では年齢別に順次このクーポン券が送られて来ているのですが、今回届いた物には赤いシールで
 さいたま市での予約開始
  70歳~74歳 6月14日(月)9:00~
  (昭和27年4月1日~昭和22年4月2日生まれ)
  65歳~69歳 6月21日(月)9:00~
  (昭和32年4月1日~昭和27年4月2日生まれ)
と書いた赤いシールが貼られています。

要するにこの年齢は2022年4月2日(1日?)での満年齢を意味しているようですが、そのことの説明はないので、年齢の方で判断するのか生年月日で判断するのか、迷うかも知れませんね。

で、次に予約方法ですが、QRコードを読み取ってWebサイトにアクセスするようになっているのですが、QRコードを読む代わりに直接URLを入力することも可能になっています。ところがこれが意味不明の18字の英数字の部分(00002G0006F587V8II)を含んで全部で65字ものURLになっています。

これを間違いなく入力するのは大変です。さらに大文字のIが入っていて、数字の1ちょっと紛らわしいですね。私の普段使っているPCはカメラが付いていないので、QRコードを読み取れないので大変でした。まぁ今時カメラの付いていないパソコンなどというのは存在が許されないのかも知れません。また、URLも少しづつ入力できるといいのですが、全部一度に入力しろ、というのはなかなか大変です。

で、問題は『予約日』です。どうもこの言葉は説明なしで2つの別々の意味で使われているようです。

その一つは『ワクチン接種の予定の日時を決めるために電話なりネットなりで連絡する日』という意味で、もう一つはそのような連絡により決めた『ワクチン接種の予定日』のことです。

この両方を『予約日』と言っているので、たとえば『予約日は○日以降ですからその日になったら予約を入れて下さい』という事になり、また『予約日にはワクチン接種しやすい服装で会場に行って下さい』ということになります。

それでもまぁ現実的にはそれほど大きな問題にはならないでしょうが。

いずれにしても書類には様々なコードが使われています。予約受付ID、というのは、このクーポン券の券番号、ということのようで、予約受付IDのパスワードは自動的に西暦の生年月日が使われていました。

やはり全国民に一律に何かをしようとすると大変だなと思います。

で、私は予定通り当分予約を入れようとは思いませんが、奥さんは(65歳以上の区分になりますが)早速かかりつけ医に電話を入れ、7月の頭に接種する予定になりました。とりあえずはオリンピックまでに1回目の接種は終わっている、ということになる予定です。

コメントをどうぞ

デシベル(dB)

2021年6月4日 11:02:27

しばらく前受けた心エコーの超音波診断装置の画像があまりにもすばらしかったので、図書館で何冊か解説書を借りて読んでいます。その感想文はまた改めて書く予定ですが、その前に、ついでに知ることができたデシベル(dB)についてコメントします。

このデシベル、良く聞く言葉のわりに何となく分かったような分からないような気がしていたのですが、この超音波診断装置の本を読み、ちょっとWikipediaなどを調べてようやく分かりました。

デシベルの元とされるのはベル(B)というもので、例の電話を発明したアレクサンダー・グラハム・ベルの名前から来ている記号です。

で、この『ベル』という記号は何らかの倍率を表すのに、その数自体でなくその常用対数(あるいは10を底とする対数)をベルという記号で表します。

ですから1ベルというのは10倍、2ベルというのは100倍、3ベルというのは1000倍、逆に-1は1/10倍、-2ベルは1/100倍、-3ベルは1/1000倍ということになります。

でもこのベルよりもう少し細かく倍率を表示するために、そのベルの1/10としてデシベルという記号を導入したということです。

そういうわけで、このデシベルの『デシ』はデシリットルと同じデシです。

で、10デシベル=1ベル=10倍、20デシベル=2ベル=100倍ということになります。

超音波診断装置では音波が何センチ進んだらその強さが何割になるか、という倍率を表すのに使われています。それで逆にどれ位の強さの音を発信すればどれだけの音が返ってくるかの計算をしたりします。

ということで、ベルとかデシベルというのが倍率の表示方法であって何かの単位ではないので、単に○○デシベル、というのでは意味をなさないのですが、騒音とか振動とか、あるいは電気関係の議論では、基準となる音の強さとか電流や電圧をあらかじめ一定に決めておいて、その基準値の何倍かという倍率だけをとって、何デシベルというように表しているということです。

ここまで来るとなーるほど、と納得できます。

私の通勤路で、今銀行の本店の新築工事をしているのですが、今まで、騒音が何デシベル、振動が何デシベル、という電光掲示板が設置してあったのが、もう工事も終わりに近づき、今朝見たらその掲示板が取り払われていました。おぼろげな記憶では、たしか騒音で80デシベルくらいだったような気がします。80デシベル、ということは、8ベル、ですから、1億倍、ということになります。騒音の場合、基準値は人間の耳にかろうじて聞こえないくらいの音だ、ということになっていますので、その1億倍くらいの音が出ていたんだな、ということがわかります。

コメントをどうぞ

『蒸気動力の歴史』

2021年5月13日 13:09:45

『蒸気動力の歴史』という本を読みました。いわゆる蒸気機関の歴史を知りたくて借りた本ですが、なかなか読み応えがありました。

最初シリンダー(円筒)の中を水蒸気で一杯にして、その水蒸気に水をかけると水蒸気が水になり、シリンダーを密閉しておけば中は真空になりそこに大気圧がかかるので、その大気圧に仕事をさせようという『大気圧機関』から始まり、それが水蒸気自体の圧力を使う『蒸気圧機関』に進化し、それらの機関ではシリンダーのピストンの往復直線運動だったものを回転運動に変換する仕組みを導入し、その後往復運動なしに直接回転運動させるようにタービンを使うようになり、発電機を作ってそのタービンの回転運動を電流に変え、電流をモーターで回転運動に変換するという具合の進化の話です。

はじめは炭鉱の湧き水汲み出しのためのポンプを動かすための物だったのが、この機関を導入することにより排水ができるようになり石炭も鉄もたくさん取れるようになり、このポンプをふいごに使う事により、より強い鉄を作ることができるようになり、その鉄を使ってもっと効率の良いポンプを作ることができ、また工作機械も精度の良いものが作れるようになり、ポンプの性能も良くなるという、総合的な進化の話です。

ここに『特許』という制度が絡み合い、時にはある発明を進展させるための資金として役立つこともあるけれど、多くの場合は特許は発明の進展を阻害するように働き、特許が切れた途端に更なる進歩が始まるとかの非常にダイナミックな話、また当初は炭鉱の水汲み用だったものが用途を広げて多種多様な工業に使われ産業革命に繋がっていく、というストーリーです。

中味があまり膨大になるのを避けるために、この本では蒸気機関といっても陸上据え付け型の物に限定しているので、蒸気機関車の話や船舶用の物は省かれています。

蒸気機関といっても必ずしも昔の話ではなく、今でも火力発電所の発電機に使われているのも蒸気機関だし、原子力発電所の発電機も沸騰水型の原発なら蒸気機関だという、言われてみればその通りで今でも第一線で活躍中なのですが、この本は日本語訳が出たのが1994年、原著は1938年の本ですから、原発の話までは入っていません。

著者はイギリス人であるため、この本の単位は重さにしろ長さにしろ体積にしろ金額にしろ全てイギリス流の単位でそれをそのまま日本語にしてあるだけなので、メートル法だとどれ位になるのかまるで分からないというのが困ったところです。
だからと言って全てメートル法に直す程の真面目さもないので、そのまま読みました。

また本の後半のタービンの所はこの本に書いてある図の説明では何とも理解不能なので、改めてきちんと調べないといけないな、と思っています。

いずれにしても理論的というよりむしろ実務的な話で、ストーリーを楽しむには良い本です。ある意味産業革命とは何だったのか、ということを工学的・技術的な方面から考えさせる良い本だと思います。

もし良かったら見てみて下さい。

コメントをどうぞ

『武漢コロナの終焉』

2021年4月21日 18:08:00

どうやら東京に3回目の緊急事態が発令されることになりそうです。
今それに向かって、感染者数が毎日のように増えています。
マスコミも関係者の数字を増やすために必死に頑張っているんでしょうね。

元々マスコミの発表する感染者数、その根拠は良く分かりません。感染者の検査を増やせば増やすだけ感染者数が増えるのはごく当たり前の話です。感染者がみつかった場合、その周辺のどのあたりまで検査をするかという規準は良く分かりませんが、今まで何度かその規準を変更しているようです。また自治体単位でその規準が統一されているかどうかも良く分かりません。

また最近では個人的に、あるいは企業で自発的にPCR検査をするサービスもかなり手頃に利用できるようになっているようです。この検査で陽性になった場合、その人は自動的に感染者数にカウントされるんでしょうか。あるいは改めてきちんと検査を受け直すんでしょうか。

こんな基本的な事も分からないまま単純に感染者数にだけ注目しても、あまり意味がないかも知れません。

感染者数だけではちょっと芸がないので、最近では『変異型』という言葉が良く使われるようになっていますが、これについても良く分かりません。

感染者だと分かった人について、その人の持っていたウィルスが特定の変異型ウィルスなのかどうかを調べているんでしょうか。それとも感染者かどうかの検査の最初から変異型かどうかの検査もしているんでしょうか。

テレビの報道によると、どうも感染者の一部について変異型の検査をして、その結果を感染者の何%が、たとえばイギリス型の変異種だと言っているようです。

感染者数が毎日のように発表されますが、変異型ウィルスの感染者数については何%という数字は出てきますが、何人という数字はテレビでは発表されていないようです。何人、という数字がはっきりわからないのか、あるいはその数字だと小さすぎてインパクトに欠ける、ということでしょうか。

で、この変異型ウィルスですが、外国の研究を基に感染力が強いとさかんに強調されていますが、日本でも本当に感染力が強いのかどうか分かりません。さらに感染力が本当に強いとしても、それが発症率にそのままつながるのか、重症化率にそのままつながるのかまるで分かりません。マスコミ報道では感染力が強ければそれだけ感染者数が増え、それに応じて患者数が増え、重症者数が増えるに違いないと思わせて、不安感をかき立てているようです。

というわけで、私はマスコミが大騒ぎしている新規感染者数というのはあまり気にしていないのですが、それはそれとして、ここに来て一般人に対するワクチン(あるいはワクチンのようなもの)の接種が始まっています。

このワクチンを打った人、仮に新規感染者の周辺にそのような人がいた場合、それは感染者の検査の対象になるんでしょうか。仮に検査をして感染者だということになった場合、それはワクチンを打ったにも関わらず感染したということになるのでしょうか、ワクチンを打ったために感染したということになるんでしょうか。どうやって区分けするんでしょうね。

もう少しワクチン接種者が増えたら、もはや新規感染者数という数字自体意味不明になってしまうかも知れませんね。

感染率が高く、そのためワクチンの接種率も高いいくつかの国ではもうマスクも外して普通の生活に戻りつつあるようです。

日本でも、次の緊急事態宣言が終わり、オリンピック・パラリンピックで大騒ぎをした後は、また新規感染者数で大騒ぎをして緊急事態宣言が繰り返されるということは最早なくなるかも知れませんね。

コメントをどうぞ

『確定申告』と救急車

2021年4月19日 11:01:35

所得税の確定申告と納付、無事期限末日に終了しました。

2月末にアカラックス株式会社の解散の確定申告が終わり、通常であればその2週間後の3月15日までに所得税の申告・納付をしなければならない所、今年はコロナのお蔭で期限が1ヵ月延びて4月15日になっていました。

半月ではちょっと間に合いそうもなかったのですが、1ヵ月半あれば何とかなるだろうと安心して作業を始めました。

個人事業について会計帳簿の体系をどうするかとか、記帳のルールをどうするかとか考えながら、会社の経理・個人事業の経理・事業に関係ない収支を区分し、個人事業については記帳をして決算しなければならないので、結構時間はかかるけれど何とかなるだろうと思っていたら、思いがけず3月末から4月初めにかけて毎日のように病院通いをせざるを得なくなり、今度こそ間に合うかなと思ったのですが、何とか間に合ってほっとしています。

65万円の青色申告控除を使うため、申告書・個人事業の決算書・医療費控除の明細書等全てe-Taxシステムで作成し、それをe-Taxシステムで送信し、また計算した所得税等を近くの郵便局で納付して、一件落着です。

給料の源泉徴収票や生命保険控除証明書も、マイナンバーを使って確認できるので、相手先の名前だけ入力すればそれらの書類の添付は必要なくなっていて、確定申告もはるかに楽になっていました。

実は期限まであと1か月を切った頃、そろそろ個人事業の決算を仮に締めてみて、それでまずはe-Taxの決算書・申告書を作ってみようかと思っていた頃、大宮のオフィスにいたのですが、そろそろ昼食の時間だけどどこに行こうかなと思っていた時、トイレに立ったあとちょっとフラフラするなと思い、何となくちょっと吐き気のようなものもあり、左手の掌が真っ白くなって冷たくなっていて、しびれのようなものもあり、これはもしかすると脳梗塞の症状かも知れないと思い、119番に電話しました。私は救急車を頼む電話をしたのは初めてで、しかも自分自身のことで、というのは何とも新鮮な体験でした。

すぐに救急車が来てくれて、オフィスの入り口のドアの所まで救急隊員の人が来てくれました。救急車の中でちょっと診断しましょう、ということで、一緒に階段を歩いて下りて救急車に乗り込みました。すぐに血圧計とか心電図とかを付けられていろいろ問診されて、とりあえず赤十字病院に運ばれました。

自分が患者になって救急病棟に入るというのも初めての体験で、看護婦さん達のテキパキとした働きはまさに瞠目ものでした。すぐに血圧を測られCTとMRIを撮られ、多分予想通り軽い脳梗塞だろうということで、血圧を下げる薬、血液をサラサラにする薬を処方されて病院を出たのが5時近くでした。いつの間にか5時間も病院にいたことになります。

CTやMRIは救急で検査ができましたが、他の検査については病院のルールに従って予約を取って検査を受けることになるようで、その翌週は毎日のように検査が入りました。

腕の神経の電導速度を測る検査・24時間心電計・首の血管のエコー検査を次々に受け、心臓のエコー検査だけはなかなか予約が取れず、5月になっています。また、この検査検査の週には、去年の白内障手術を受けて手術後の眼鏡を作ってもらうために眼鏡さんに行く予定も入って、ほぼ毎日のように病院通いでした。

これら全てこなして何とか確定申告までたどりついたんですから、何ともヤレヤレです。

確定申告では医療費控除の明細書、書式に入りきらないのでどうしようかなと思い、金額の多いほうから入力して入りきらないのは諦めようかと思ったのですが、申告期限の最後の日になって、もしかしたら2枚目に入力するということができるかも知れないと思いついて、見てみたら確かにそうなっていて2枚目を開いて全て入力することができました。

なお脳梗塞は今の所大したこともなく、左手の手のひらと指先の痺れがまだ残っていますが、それ以外は特に変わったこともなく、当面はこれで行けそうです。しびれが出ているのが右手でなく左手だ、というのもラッキーでした。

高血圧の薬と血液をサラサラにする薬はその後も飲み続けているし、お医者さんの指示で毎日血圧も測るようにしているのでので、この面でもリスクは小さくなっていると思います。

皆さんもちょっと変だなと思ったら、救急車を頼むのを躊躇しないで下さい。

コメント / トラックバック1件

  1. 勅使川原 渉 より:

    坂本さん、ご無沙汰しております。練習帳への書き込み、昔も今も楽しみに拝見させて頂いております。それにしましても大変でしたね。お身体をどうぞお大事になさって下さい。

コメントをどうぞ

武漢コロナのから騒ぎ

2021年4月1日 15:16:53

大相撲も結果的に照の富士の優勝で順当に終わり、高校野球にしてもサッカーにしても皆で楽しめるようになって良かったですね。

今日は、4月1日で、入社式の看板を持った人に何人も出合いました。去年の今頃は、入社式なし、自宅待機、ほんとに入社できるかどうか心配な新入社員が大勢いたのをまだ覚えています。

緊急事態宣言も終わり、その前から一般にはもう皆さん動き出しているようですが、マスコミでは何とかしてコロナに対する不安をあおり立てる報道を続けているようですね。

感染者数の増加でニュースにならなくなったら、今度は感染者数の減り方が少なくなったとか、1週間前と比べて新規の感染者数が減ってない日が続いているとか、あるいは変異型のウイルスは変異型でないウイルスと比べてものすごく危険なんだ、というデマを振りまいたり、次々に新しい視点をみつけて大騒ぎしています。これも全体的な状況から目隠しするためのニュースのようです。

武漢コロナが始まって1年経ったので改めて確認してみましたが、日本ではこれ程の大騒ぎをして感染者数は今まで累計で47万人、人口100人あたり0.4人です。死亡者数は今まで累計で9千人ですから1万人あたり1人にもなっていません。この数字も何とかして数字を膨らまそうとして努力に努力を重ねた結果の感染者数であり、死亡してからコロナの検査をして感染していたらコロナとは無関係の死亡でもカウントした死者数です。日本では1年間に死者数は100万人位ですから、その死者数の1%にもならない数でしかありません。

これほどまでにコロナコロナと騒ぎたてるのはよっぽどニュースがないか、あるいは大事なニュースから目をそらすためか、のどちらかかなと思います。

ひところ大騒ぎになった菅さんの息子の接待の話も、その後その会社だけでなくテレビ局全般・NHK・マスコミ全般の話になったら、途端にトーンダウンしてしまっています。

その間、予算案も順調に国会で成立し、話題に困って内閣総辞職の話を持ち出してみたら二階さんから解散総選挙は受けて立つとすごまれて、またもや尻すぼみです。

コロナ騒ぎではもう大方の日本人はあまり大騒ぎすることなく平常を取り戻しているようですから、テレビ各局は相変わらず大騒ぎをしてくれる人(一般人にしろ専門家と称する人にしろ)を探すのに苦労しているんでしょうね。御苦労なことです。

お蔭さまで、私は大宮のオフィスから満開のサクラを窓いっぱいに眺めています。

コメントをどうぞ

火野葦平『陸軍』『花と龍』

2021年3月17日 10:10:08

フェイスブックで友人の浦辺先生が『陸軍』についてコメントしていたので、読んでみました。

火野葦平というのは『麦と兵隊』その他で有名な人ですが、まだ一冊も読んだことがなかったので読んでみました。

戦争中、朝日新聞に連載された小説で、連載が終わって本として印刷してその印刷が終わるのが昭和20年8月15日ということでこの本は販売されなかったようですが、その後他の出版社から出版されている小説です。

九州・小倉と博多に生きた一家が、明治維新前、長州が外国艦隊に砲撃されて完敗する所から戊辰戦争・西南戦争・日清戦争・日露戦争・日中戦争・太平洋戦争と続く戦争に、何代にもわたって兵隊あるいは軍人として参加し続けた物語ですが、特に軍国主義的ということもなく、久しぶりに小説を読むのを楽しみました。あの、戦争礼賛でイケイケドンドンの朝日新聞で、このような小説が連載されたことに驚きます。

この本を読み終わって次に何を読もうかと思ったのですが、火野葦平が自分の父親・母親(と自分自身)の伝記として書いた小説だという話で読んだのが『花と龍』です。任侠映画として一世を風靡した作品の原作ですが、これも今までまともに映画を見ることも原作を読むこともしていませんでした。これも読売新聞に連載された新聞小説で、確かに任侠映画の原作となるだけのエピソード満載ですが、北九州の沖仲仕の家族の伝記として楽しめました。

まだいろいろ読まなければいけないものもありそうですが、とりあえずこの2冊を読み終わった段階で紹介しようと思います。

面白くて楽しめます。お勧めします。

コメントをどうぞ