Archive for 5月, 2025

『ねじとねじ回し』-ヴィトルト リプチンスキ

火曜日, 5月 27th, 2025

今はもう四半世紀も前の話ですが、その頃西暦2000年を迎えミレニアムとう名前で大騒ぎになりました。主として2000年になりコンピュータの誤作動が発生して社会が大混乱になりはしないか、ということで、いろんな組織で2000年問題対策のプロジェクトチームができたりして、私もそのチームの責任者として1999年の年末から2000年の元旦にかけ会社に泊まり込んで2000年の初日の出をオフィスの窓から眺めたなどという得難い経験をしました。

で、結局私のいた会社では2000年になっていくつかコンピュータトラブルが発生したのですが、何のことはない2000年問題でいつもと違う対策をしたことにより発生したトラブルで、何もしなければ何も起こらなかったという、何やってんだという話だったのですが、この本もこのミレニアムにちなんだ本です。

とは言えコンピュータ関係とはまるで違い、2000年を迎えるにあたりこの1000年紀、西暦1000年から1999年までの1000年間の人類最大の発明について記事を書いてくれないかという依頼をニューヨークタイムズ紙から受けた著者が、いろいろ悩んで考え、調べたりする話です。この本の副題が『この千年で最高の発明をめぐる物語』となっています。

で、著者は眼鏡なんかどうだろうと思い、発注元に相談したら発注元が期待していたのはそのような製品ではなく工具のことを期待していたという事が分かり、考え直すことになったとのことです。

著者は自宅を建てた時のことを思い出し、ノコギリとか巻き尺とか水準器とかカンナとかノミとかハンマーとか釘とか様々考えてみて、これというものがみつからず、仕方なく曲り柄錐(錐の頭の部分と先の部分の間がクランクのようになっていて、頭の部分を押しながらクランクの部分を回すことで錐の先端を何回転でも回す事ができるもの)で記事を書こうかと思っていた所に、奥さんが『ねじ回しはどうだろうか』と言い出しました。『どこに住んでいても台所の引き出しにはいつだってねじ回しが入っているわ。ねじ回しはいつだって何かに必要なのよ。』というわけです。著者は、『それがあったか』と思って、それからねじ回しとねじについての調査を開始しました。ねじ回しがあまりにも当たり前の工具なので事典を調べてもなかなか載っていなかったり、ねじ回しの言葉が変わっていたりして(普通スクリュードライバーと言っているものがターンスクリューと言われていたり)、著者が苦労しますが、様々な文献(辞典とか銅版画集とか商品カタログとか)を調べ、いろんな博物館を訪ね、ねじとねじ回しのことが西暦1000年における最大の発明だと確認の上で宿題の記事を書き上げることができたという話なんですが、この確認のためにはこのねじとねじ回しが西暦1000年より後の発明であって、しかもつい最近の発明でもないということを確かめなければならなく、これらに関連した工具についても色々調べていて、なかなか面白い調査レポートになっています。

ねじについて、頭が四角になっていてスパナのようなもので止めるもの、マイナスドライバーでしめるもの、プラスドライバーでしめるもの等々についてもきちんと発明の経緯などを調べて説明されています。

ねじと言えば日本では種子島への鉄砲伝来と、その銃身の底をふさぐためにネジが使われていて、そのネジの秘密を知るために娘を差し出した苦労の話も有名で、また明治期に日本が西洋文明の仲間入りした時『文明国では日本以外は全て右ネジが一般的だが日本だけ例外だ』とマクスウェルの電磁気学の教科書に書いてある話など、興味深い話が色々あります。

この本ではたとえば火縄銃の火縄をつける部分を銃身にネジで止め、弾丸を発射するときの振動で釘で止めていたらすぐに緩んでしまうのをネジで止めることにより緩まないようにした話とか、西洋式の鎧兜で頭にかぶる兜の部分を胸当ての部分にネジで止めている、なんてこともあったようです。

著者は昔の銅版画などもたくさん見て、どこかにネジが使われていないか確認しています。この本にはそのよ銅版画のコピーやねじ回しの商品カタログのコピーなどもいくつも載っており、それを見るだけでも楽しめます。

こんな話、面白いと思う人にお勧めです。

『江戸の風に聞け! 武州磯子村から』-伊藤章治

月曜日, 5月 26th, 2025

この本も図書館の新しく入った本コーナーで見つけたものです。

武州磯子村というのはどこだろうと思ったら、やはり横浜の磯子のことで、京浜東北線で横浜の先大船に向かって6つ目の駅の所です。京浜東北線では磯子行という電車があるので良く聞く名前ですが、『武州』というのにちょっとアレ?と思っていました。

武州、武蔵の国というのは、東京都と埼玉県になり、また一部が神奈川県になっているのですが、ほとんどが東京と埼玉ですから神奈川県の武蔵の国というのはちょっと違和感があったということです。

で、この本はこの磯子村に残されていた江戸時代の古文書を読み解きながら、江戸時代から明治にかけ、世の中が磯子村の住人からはどのように見えていたのかを考えたものです。とは言え、この時代の文書は基本的に行政文書・書簡・日記等ですから、それらを元にして物語の形に構成したものを元に説明しているので読みやすくなっています。

最初に来るのは宝永の富士山大噴火で、村が壊滅的な被害を受けてから何とか復興を遂げるまでの話。

何センチも積もった火山灰を掘り出し、その下の土の層もさらに掘り出し、そのあとの穴に掘り出した火山灰を埋め、その上から掘り出した土を重ねる『天地返し』というやり方も図入りで説明してあります。これを耕地全体で行うというのは何とも気の遠くなるような作業ですが、このようにして耕作可能な土地を作っていった、という話です。もちろんこれは畑の話で、田んぼではこの手は使えませんが。

その次は噴火もおさまってようやく復興した村の生活の話。

次に来るのが相給(アイキュウ)の村という話ですが、相給というのは一つの村に領主が、一人ではなく何人もいる状態の事です。

江戸時代、幕府は大名には領地を与え旗本には蔵米を支給するという体制と、旗本にも知行地を与えそこから年貢を取り立てさせるようにするという体制と両方あったのが、元禄10年に御蔵米地方直令という命令で蔵米取りから知行取りに変更する方針が打ち出され、蔵米取りだった多くの旗本が知行取りになった。そのため江戸近郊の村々は次々に細分されて知行地となり、中には1つの村に領主が30人もいる、なんてことにもなったとの事です。で、その領主がそれぞれの代官を置いたり別々の名主・庄屋を置いたりすることもできないので共同で名主を置くとか、土地を分割した結果そこで働く農民も分割されてしまい、1人の農民に領主・殿様が何人もいるとか、五人組も同じ領主で五人組を作ることができずにバラバラの領主で五人組を作るとか、何とも困ったことが多発し、結局の所、村の統治は名主に任せ、その名主が統一的に行政を行い、何人もの領主に報告するという体制ができ、それが地方自治の始まりとなった、ということで、その意味で大きな藩の領地であった所と天領だった所の地方自治のあり方がちょっと違うということになりそうです。

次は古着の話です。明治の文明開化で紡績業・紡織業が一気に工業化し、衣類に困ることは基本的になくなりましたが、それ以前は新しい着物というのはなかなかのぜいたく品で古着のマーケットが圧倒的に大きかったという話と、その古着のマーケットがどのように作られていたかの話です。これは磯子の話というより日本全体の古着マーケットの話です。江戸時代、酒屋と古着屋が金持ちの代表のような商売だった、というような話です。

次の第5章では江戸の下肥えビジネスについて説明されています。
下肥えの利権が長屋のおおやや差配の人たちの利権の大きな部分だったとか、下肥えを江戸市中から近郊の農村に運ぶ流通経路の運河や専用の舟についても説明されています。

次は漁業の話です。磯子の浜の漁獲・漁船等を含む漁具等がどのように魚市場に牛耳られていて、その支配権を巡って市場間で競争が行われていたか、あたりの話です。

時代が進むにつれ漁船等も整備され、魚の運搬以外にも様々に利用されるようになり、たとえば東京湾の周辺の漁港を拠点とする流通ネットワークができ、米以外の商品作物を作り始めていた農民も参加して地域間交易が次第に盛んになった。これは開国後の対外貿易の格好の準備運動になったというような話も出てきます。

一般的には明治の文明開化・産業革命がどうしても脚光を浴びてしまいますが、その前の江戸時代中期以降の日本各地での商品作物作りと、それを江戸・大阪を通さない地域間直接取引の進展をしっかり理解する必要があると思います。

次はオオカミの話。次はお伊勢参りの話です。お伊勢参りで全国から人が集まり、全国各地の事情を互いに交換することにより、各地の地域おこしが一気に進んでいきます。

それまで情報は新聞とテレビが独占していた状況にインターネットが登場し、真偽こきまぜて一気に情報が氾濫した今と同じような状況が、お伊勢参りにより生じていたのかも知れません。

第9章では黒船が登場します。武士たちが黒船との戦いを思って緊張している時に、町民百姓は黒船見物に出かけ、小船で黒船に接近する者も多かったようです。

10章では黒船と一緒に来たコレラと大地震の話です。

11章では戊辰戦争を百姓の立場から見てみます。武州世直し一揆という一揆勢と、それに対抗するために幕府によって作られた農民兵部隊との戦いの経緯について書いています。

12章ではいよいよ明治新時代、横浜製鉄所の話になります。

著者はたまたま地元の古文書を読む会に参加して江戸時代の古文書に触れ、磯子を中心に色々調べているのですが、元々中日新聞の記者をしていた人なので、磯子だけでなく日本全体あるいは世界の、江戸時代だけでなく前後の年代の歴史を通しての視点を持っている人で、そのためその幅広い視野から地元の古文書を読み取り、その意味を広い視野から解説しています。

ということで、楽しめる本です。お勧めします。

『ネトゲ戦記』-暇空 茜(ヒマソラ アカネ)

水曜日, 5月 21st, 2025

1年ほど前になりますが、東京都知事選挙がありました。結果的に小池百合子さんが再度当選してまあ予想通りという結果に終わったのですが、この選挙は非常に話題になりました。まずはこの選挙の前に衆議院東京15区の補欠選挙があり、小池さんが都知事をやめてこの選挙に出て国政復帰を果たし、自民党総裁から総理大臣を目指すのでないか、という話があり、その対抗馬としてイスラム教学者の飯山あかりさんが立候補し、アラビア語対決が行われるか、なんて話題になりましたが、結局小池さんは出馬せず、代わりに乙武さんが立候補して落選し、続いて都知事選に小池さんが出馬してすんなり再選を果たしたのですが、この選挙でも色々話題がありました。小池さんの対抗馬の蓮舫さんは惨敗、広島の安芸高田市の市長をやっていた石丸さんが市長をやめて(やめさせられて)立候補したことも話題になりましたし、この暇空茜さんの立候補も、このネット上の名前で立候補し、選挙中もこの名前のまま顔を出さずに選挙運動し、当選したら本名も出すし顔も出すけれど、それまでは顔出ししないというユニークなやり方で話題になりました。

で、この選挙ではジャーナリストの須田慎一郎さんが多くの特徴的な候補者に単独インタビューをし、その動画をネットで公表していました。この暇空茜さんも、そのインタビュー対象者の一人だったのですが、そのインタビューでは、まずこの『ネトゲ戦記』を読んでいることがインタビューの条件となっていたようで、インタビューのしょっぱなその事を確認され、須田さんは『読みました。読みましたが最初の方は特に良く分からなかった』というような話でした。

須田さんというのは博識で頭の良い人で、本や書類をきちんと読む人ですから、この人が『良く分からなかった』と言うのはどういう本だろうと興味を持ちました。

で早速図書館で借りる予約をし、9ヵ月位待ってようやく読むことができたという事です。

この本は著者である暇空茜さんの生い立ちから、ネットゲームにはまり込み、そのゲームを作る方に回り、新しい会社を作ってゲームを作り、ようやくゲームが完成した所でその会社から追い出され、その後その会社を相手に裁判し、最終的に約6億円を獲得するまでの顛末を語っている本です。

この本の特徴として、著者は自身のことを『彼』という言葉で表現しています。すなわち一般には三人称単数の『彼』という言葉を固有名詞のように使っていることです。ですからたとえばAさんの話をしていて、次の行で『彼は』という言葉で始まっている時、普通はAさんのことを指すのですが、この本ではAさんではなく著者自身のことを指すことになります。

この事で時々つまづきそうになりながら読んでいくんですが、その中味は確かに須田さんの言うように『良く分からない』というのが正しい表現だと思います。

第一部でネットゲームの天才プレーヤーとして活躍していた時の話は、それらのゲームにどっぷりつかっていた人にしか分からない言葉が次々に出てきて、ゲームをやったことがない人間には『こんなことかな』と想像をたくましくするしかありません。(もちろんかなり多数の脚注も付いているのですが、何しろアルファベットの頭文字語や3文字や4文字に省略した言葉なんかが山程出てきますので全部は分かりません。たとえば『ブラ三』というのが『ブラウザ三国志』というゲームの名前だとか、ゲーム『FF11』というのが『ファイナルファンタジー11』のことだなんてことは説明がないと私にはチンプンカンプンです。

第二部のゲーム作りの話も同様に、実際にゲーム作りをした人にしか分からない言葉がたくさん出てきます。出てくる言葉がゲームの名前なのかその登場人物なのかゲームのテクニックなのか、なかなかはっきりしません。

第三部ではいよいよ裁判の話になり、多少は分かるようになります。というのも著者の言う通り、裁判というのは『裁判官に自分の主張をいかに分からせるか』というゲームであり、裁判官はゲームの世界の経験者でも何でもないので、その裁判官に分からせるような文書を作る必要があり、その文書が多数引用されているからです。裁判のプロセス自体は私も何度か経験があるので良く分かります。

で、資本金100万円。著者はそのうち8万円だけ出資し、給料ももらわず半年間頑張って、追い出された時の会社の評価額が20億円とか70億円。そこから自分の取り分として約6億円を取り返すまでの7年の裁判記録。この部分がなかなか面白い読み物になっています。

それにしてもこの会社、裁判の途中で会社の評価額が14億円とかに下がってしまい、最終的に倒産してしまいます。倒産に先立ち会社側は会社の切り売りを企てますが、著者の側は取りっぱぐれを防ぐために切り売り阻止の訴訟を起こします。会社側は切り売り阻止の訴訟を回避するため9億円を供託してその訴訟を取り下げてもらいます。結果として著者の側は、勝訴した場合、最大9億円までの範囲内でお金の取りっぱぐれの恐れがなくなったわけです。

私も実際何度か裁判を経験し、この、裁判に勝った結果のお金をどのように取り立てるか色々考えた事があるので、この取りっぱぐれのない状況というのは信じられないような話です。(裁判というのは勝ったからと言ってそのお金を取り立てる保証をしてくれるわけではありません。)

会社の方は裁判の代理人弁護士を次々変え、次々にヘタを打っていって、著者の方は次第に勝利に近づいていくのですが、何しろ判決はゲームの事など何も知らない裁判官が下すことになりますから気が許せません。何しろ『たった8万円出資し、半年働いただけで6億円も払うなんてそんなバカな話があるか』と言われれば確かにその通りですから。とはいえ『資本金100万円の会社がたった半年で評価額70億円の会社になる』という話自体、とんでもない話ではあるんですが。

で、著者の獲得した6億円ですが、たった半年働いただけで6億円というはすごい稼ぎだな、とも思うのですが、一方普通のサラリーマンの生涯年収の合計が退職後の年金も含めて平均4億円程度という数字と比べると、この人は一生のサラリーマンとしての仕事を半年間にやってしまったんだと考えれば、それほどビックリするほどの稼ぎということもないのかも知れないなと感じます。

という事で、まずは須田さんの『良く分からなかった』という言葉が良く理解できたということ、暇空茜さんという人がとんでもない人でとんでもない人生を送ってきた人だということが良く分かった、裁判の記録も波乱万丈で面白かったと思います。
とは言え、裁判の話は暇空茜さん側からの一方的な話しかありませんから、相手の会社側からはどう見えていたのかは分かりません。

また暇空茜さんを応援して会社を作らせ、その会社の社長として暇空茜さんを無給で働かせ、ゲームができた所で金も払わずに会社から追い出し、その後暇空茜さんと裁判で戦った人について暇空さんは、一番恨んでいる人のはずなのに、最後まで「さん」づけで呼んでいるのもちょっと不思議な話です。

あとがきに、
『ネットゲームと裁判を通して思ったことは、人と人とは分かり合えないし、話し合いで解決できない、ということだ。』

『よほどゲームを愛していなければネットゲーム廃人になんかならないほうがいい、ほかにどうしてもやりたいことがあるのでなければ学校は中退しないほうがいい、よほど許せないのでなければ裁判なんてやらないほうがいい、どうしても譲れないのでなければ、信頼できる弁護士がすすめるなら和解して終わらせた方がいい。』というのも、著者がすべてそのようにしなかったことと考え合わせると、なかなか味わい深い言葉ですです。

とまれ不思議な本ですが、何とか読むことができますし、裁判の話はなかなか面白いです。
ゲームの好きな人にはまた別の読み方があるのかもしれません。

興味があったら読んでみて下さい。

『暇と退屈の倫理学』―國分功一郎

水曜日, 5月 21st, 2025

昨年のゴールデンウィーク明けの週末に、学生時代の友人3人と久しぶりに会いました。全員それなりに年をとっていて、とは言えまだまだ元気なのを確認したのですが、その際、その中の一人が紹介したのがこの本です。確か東大生協の本屋さんで一番売れている本だ、とかの話でした。

で、とりあえず図書館で予約して、約半年でようやく順番が回ってきたので借りてみました。

何となく予感していたのですが、やはりマルクスの資本論を読もうとした時、またピケティの本を読んだ時に感じた、いかがわしさを感じました。

資本論については、友人から、読む必要がない本だとアドバイスされて読むのをやめました。ピケティの本は図書館で1年待たされて借りて読んだのですが、資本論についてのアドバイスをもらった後だったので、そのつもりで読みました。今回の本のそのつもりで読みました。

で、文庫本ですが、かなり頁数がある本なのですが、読み終わった後に、そういえば暇にしても退屈にしても、私は日本語として捉えていますが、著者が引き合いに出しているのはヨーロッパの哲学者の言葉ばかりです。ヨーロッパの哲学者が私と同じ言葉で理解していたのだろうか、と思いました。本のカバーを見ると何やら英文のタイトルのようなものが見えます。良く見ると『Ethics of Leisure and boredom』 となっています。この英文は著者が用意したものか出版社が勝手につけたものか分かりませんが、とりあえず著者も了解の上の英文だと考えて、暇はLeisure、退屈はBoredomということだと考えました。

Boredomというのはいかにも飽き飽きしてやってらんない…という感じがしますが、Leisureというのが『暇』なのか、と思いました。ネットで見るとLeisureというのは日本語のレジャーとは違っていて、もともと『働いていない時間、働かなくても良い時間』というような意味のようです。

このLeisureについてパスカルが『人間の不幸は、暇な時に用もないのに部屋にじっとしていられないことが原因だ』と言っているようで、これがこの本の前半の暇についての考察に繋がっています。

パスカルという人は修道院に入るような、ある意味原理主義的なキリスト教徒ですから、もちろん人間は原罪を背負っており、苦しい思いをして働くことが運命づけられている、と考えていた人ですから、労働しないでノンビリ暇を楽しむなんて許されないことだと考えている人です。こんな人の言葉をもとにして暇について考察されても困ってしまいます。

退屈についてはこの本の後半のテーマになっていますが、この言葉の定義として、たとえば田舎の駅で列車に乗り遅れ、次の列車まで何時間も待たなければならない。仕方がないので暇つぶしに駅の近くを歩き回ってみても、時計を見ると殆ど時間が経過していない、なんて状況だと言っているのですが、この説明は何とも納得いきません。基本的にこんな状況、暇ではありますが、退屈することなくいくらでも暇つぶしのネタはありますし、いよいよとなったら日本人の得意な『居眠りをする』という手があります。

時間に余裕があればその時はのんびり暇と楽しむし、時間に余裕がない時は焦るという事はありますが、退屈するということはありません。

ということで、この退屈についても著者が引き合いに出しているヨーロッパの哲学者の言っている退屈と、私の感じている退屈は違うものなのかも知れません。

私にとっての退屈というのは、たとえばマルチチョイス式の試験問題の解答を、正解の表を見ながら採点するという作業を何百人分も手作業でやる、とか、生命保険会社の30社分のP/L・B/Sを表を見ながら全てエクセルに手入力する、なんて時で、基本結構忙しい時で、暇な時に退屈を感じることはまずありません。ヨーロッパの上流階層の暇つぶしの一つに『兎狩り』というものがありますが、この『兎狩りは、その目的は兎だ』と書いてある部分もあり、これは明らかな嘘だ、と思いました。釣りバカのハマちゃんやスーさんに『釣りは、その目的は魚だ』と言うようなもので、ここらへんいわゆる左翼の人たちの伝統的な嘘を垣間見たように思いました。

私はここまで生きてきて今更こんな嘘には騙されませんが、中学・高校と、学校と先生の言う事しか聞いていないで、自分が今後どのような生き方をし何を考えるのか分からない若者にとっては、このような本もある意味通過儀礼のようなものかも知れないなと思いました。

若い人がこのような本をさっさと卒業して、もっとちゃんとした本に早く出会えるようになることを期待します。