今はもう四半世紀も前の話ですが、その頃西暦2000年を迎えミレニアムとう名前で大騒ぎになりました。主として2000年になりコンピュータの誤作動が発生して社会が大混乱になりはしないか、ということで、いろんな組織で2000年問題対策のプロジェクトチームができたりして、私もそのチームの責任者として1999年の年末から2000年の元旦にかけ会社に泊まり込んで2000年の初日の出をオフィスの窓から眺めたなどという得難い経験をしました。
で、結局私のいた会社では2000年になっていくつかコンピュータトラブルが発生したのですが、何のことはない2000年問題でいつもと違う対策をしたことにより発生したトラブルで、何もしなければ何も起こらなかったという、何やってんだという話だったのですが、この本もこのミレニアムにちなんだ本です。
とは言えコンピュータ関係とはまるで違い、2000年を迎えるにあたりこの1000年紀、西暦1000年から1999年までの1000年間の人類最大の発明について記事を書いてくれないかという依頼をニューヨークタイムズ紙から受けた著者が、いろいろ悩んで考え、調べたりする話です。この本の副題が『この千年で最高の発明をめぐる物語』となっています。
で、著者は眼鏡なんかどうだろうと思い、発注元に相談したら発注元が期待していたのはそのような製品ではなく工具のことを期待していたという事が分かり、考え直すことになったとのことです。
著者は自宅を建てた時のことを思い出し、ノコギリとか巻き尺とか水準器とかカンナとかノミとかハンマーとか釘とか様々考えてみて、これというものがみつからず、仕方なく曲り柄錐(錐の頭の部分と先の部分の間がクランクのようになっていて、頭の部分を押しながらクランクの部分を回すことで錐の先端を何回転でも回す事ができるもの)で記事を書こうかと思っていた所に、奥さんが『ねじ回しはどうだろうか』と言い出しました。『どこに住んでいても台所の引き出しにはいつだってねじ回しが入っているわ。ねじ回しはいつだって何かに必要なのよ。』というわけです。著者は、『それがあったか』と思って、それからねじ回しとねじについての調査を開始しました。ねじ回しがあまりにも当たり前の工具なので事典を調べてもなかなか載っていなかったり、ねじ回しの言葉が変わっていたりして(普通スクリュードライバーと言っているものがターンスクリューと言われていたり)、著者が苦労しますが、様々な文献(辞典とか銅版画集とか商品カタログとか)を調べ、いろんな博物館を訪ね、ねじとねじ回しのことが西暦1000年における最大の発明だと確認の上で宿題の記事を書き上げることができたという話なんですが、この確認のためにはこのねじとねじ回しが西暦1000年より後の発明であって、しかもつい最近の発明でもないということを確かめなければならなく、これらに関連した工具についても色々調べていて、なかなか面白い調査レポートになっています。
ねじについて、頭が四角になっていてスパナのようなもので止めるもの、マイナスドライバーでしめるもの、プラスドライバーでしめるもの等々についてもきちんと発明の経緯などを調べて説明されています。
ねじと言えば日本では種子島への鉄砲伝来と、その銃身の底をふさぐためにネジが使われていて、そのネジの秘密を知るために娘を差し出した苦労の話も有名で、また明治期に日本が西洋文明の仲間入りした時『文明国では日本以外は全て右ネジが一般的だが日本だけ例外だ』とマクスウェルの電磁気学の教科書に書いてある話など、興味深い話が色々あります。
この本ではたとえば火縄銃の火縄をつける部分を銃身にネジで止め、弾丸を発射するときの振動で釘で止めていたらすぐに緩んでしまうのをネジで止めることにより緩まないようにした話とか、西洋式の鎧兜で頭にかぶる兜の部分を胸当ての部分にネジで止めている、なんてこともあったようです。
著者は昔の銅版画などもたくさん見て、どこかにネジが使われていないか確認しています。この本にはそのよ銅版画のコピーやねじ回しの商品カタログのコピーなどもいくつも載っており、それを見るだけでも楽しめます。
こんな話、面白いと思う人にお勧めです。