『錬金術の歴史』―池上英洋

私が今まで読んだいろんな本の中に『錬金術』という言葉は何度となく出てきました。

言葉だけ出てくる場合もあり、また錬金術について多少の説明やコメントが付いている場合もあります。いつかきちんとまとめて錬金術について書いた本を読んでみたいと思っていたら、この本が図書館の『新しく出た本』コーナーに入っていたので、早速借りて来ました。

『錬金術』というのは、金でない物を金に変える技術、あるいはそのための薬品のことで、この薬品は『賢者の石』と呼ばれることもあり、それを飲むことにより不老不死になることもできる、というようなものです。

古代エジプトやメソポタミアの神話から始まり、ギリシア・ローマの神話の世界とプラトン・アリストテレスの哲学の世界を一神教のキリスト教の世界と統合しようという企てですから、とてつもない話です。

そのため錬金術の本に書かれていることは、隠喩、寓意、たとえ話、等々が盛りだくさんで、それを読み解くために特殊な知識と工夫が必要です。文章だけじゃ分かりにくい所を絵で説明することもあるのですが、この絵自体が何とも訳のわからないもので、この太陽と月は何を意味にしていて、この鳥はこんな意味で、この雨はこんな意味だなんて、いちいち絵解きをする必要があります。

王様と王妃が一緒になり、殺され、焼かれ、復活し、また一緒になって、殺され、焼かれ、復活し、というプロセスを何度も繰り返すことにより次第に純粋な完全に存在になっていく、という話が絵になっています。

とは言えその絵解きの文章が訳の分からない物ですから、分からない人にはいくら読んでもわかりっこありません。それでも基本的な知識をもって何度も繰り返し読み、また実験を繰り返せばわかってくることもある、という事のようです。

ギリシャの四大元素、すなわち『土・火・水・空気』の組合せで全ての物質を説明する考え方に、『熱・冷』、『乾・湿』の2つの性質を組合せ、それらの組合せを完全にバランスのとれたものにする事により、金でない物を完全に金にすることができ、あるいは人間であれば完全なほとんど神と同様の不老不死の生き物になれる、ということのようです。

『熱・乾』の要素として硫黄、『冷・湿』の要素として水銀を用い、様々な物質に硫黄と水銀を加え、交ぜ合わせたり熱したり冷やしたり蒸留したり煮詰めたり、これを何度も繰り返して少しずつバランスを完全なものに近づけていくプロセスが、不思議な絵と文で説明されていきます。

面白いことに、キリスト教では最後の審判によって死んだ人も生き返って天国に行くことになっているのに、キリスト教の高位聖職者であってもそれを待たずに『賢者の石』を服用して不老不死になろうとした人もたくさんいた、という話もあります。

ローマ教皇も、代替わりの都度、何度も錬金術を推奨・支援したり、代が変われば異端として禁止してみたり、を繰り返していたようです。

『錬金術』というのは古代エジプト・メソポタミアにもあり、あるいは古代中国にもあったものですが、この本で取り上げているのは古代ギリシャの錬金術が、ローマ帝国の滅亡によりイスラム世界に伝えられ、それが十字軍によりヨーロッパに伝えられ、ルネサンスでギリシャ神話の世界、プラトン・アリストテレスの哲学とキリスト教神学を統一する、という考え方の一部として独特に発展させられたものです。

この本の中ではルネサンスを代表してレオナルドダヴィンチも登場し、また宗教改革による新教徒・旧教徒の殺し合いでルネサンスが終了した後の世界の最後の錬金術師としてニュートンも登場します。ニュートンの書斎が飼い犬の起こした火事のために多くの書類を焼いてしまった後、残された書類がニュートンの死後長く封印されていたものを200年後に子孫がオークションにかけ、その多くを競り落とした経済学者のケインズが数年かけて解読し、ニュートンを『最後の魔術師』と呼んだ、という話もあります。

またフリーメーソンというのが元々石工・建築家のギルドであり、その中で職人から親方への昇進の儀式についても詳しく説明してあります。即ち一旦親方衆によって殺され、その後、親方の一人として復活する、ということを模倣する儀式だ、ということです。

本文360ページで、1つの絵で1頁まるまるを占める部分が50頁もあり、それを含めて全部で150を超える図が入っています。その図の説明は何とも訳の分からないものですが、それなりに楽しめます。

西洋の錬金術というのがどういうものか、その中に隠れている、キリスト教の中では異端として否定されているグノーシスという考え方がどういうものか、うまく整理して説明してくれています。

理解するのはほぼ不可能だと思いますが『こんなものだ』と読むだけなら楽しめるかも知れません。

興味があったら読んでみて下さい。

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