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MathJaxのtest

2017年9月18日 月曜日

ブラウザで $\LaTeX$ の出力と同様な出力ができる、MathJaxというものがあることが分かったので、そのテストです。

これで、記事の投稿も、コメントも、数式を使ってもきれいに出力できます。

test
\[I=0.001\times P\times 365=0.365\cdot P\]
\[\frac{1}{3}\]

test

\begin{align}
a=b \cdot P \\
c=d^e
% a = b \cdot P \\
% c = d^e^f \cdot P
\end{align}

\[I=0.001\times P\times 365=0.365\cdot P\]
\[\frac{1}{3}\]

\begin{align}
\overline{x} &= \frac{x_1 + x_2 + \cdots + x_n}{n} \\
&= \frac{1}{n} \sum_{k = 1}^n x_k \\
% a = b \cdot P \\
% c = d^e^f \cdot P
\end{align}

原 秀男 『二・二六事件軍法会議』

2016年12月12日 月曜日

この本の著者は、昭和11年の2.26事件の時受験勉強で上野の図書館にいて、あとから来た受験生仲間に事件のことを聞かされ、その後昭和15年に今で言えば司法試験に相当する高等文官試験司法科試験に合格し、大学をやめて陸軍の法務官になったという人です。

最初に実習生(今でいう司法修習生)として配属された近衛師団軍法会議・第一師団軍法会議で、以前から興味があった2.26事件関係の資料を見つけ、できるだけ時間を取ってそれを見て、次に本格的に配属された京都の法務部では東京で見ることができなかった、事件の概要と法律の適用をまとめた資料を見せてもらい、見せてくれた法務部長に『判決を非公開にしているのは憲法違反ではないか』と質問し、『フフッ』と笑われて返事をしてもらえなかった、とのことです。

2.26事件の軍法会議は特別の軍法会議として非公開、一審のみ弁護士なし、しかも軍人以外も事件の関係者を一緒に裁判するということで、特別の法律により行われたのですが、そこには判決を非公開にするという規定はなく、これを非公開にするのは帝国憲法に違反するのではないか、といういかにも法律の専門家らしい質問です。これに対して、京都の師団の法務部長(この人も法律の専門家の法務官です)は、憲法違反が分かっていながら軍の意向で何ともできないことを『フフッ』で示したものだと思われます。

その後著者は中国から南方に転戦し、復員後弁護士活動をしながらもずっと2.26事件の軍法会議について考えていたということです。

2.26事件の資料については、空襲で焼かれたとか終戦時に陸軍省が焼き捨てたとかGHQが持って行ったとか様々の噂があったものを、最終的に、一旦GHQに押収されたものがその後返却され、東京地検に渡されたという所まで確認し、以後東京地検の幹部に会うたびに地検にあるはずだから探して公表するように言ってきたということです。

昭和の終り頃ようやく資料が地検にあることが確認され、平成5年にようやく公開され、著者もようやく見ることができたとのことです。

著者は現役の陸軍法務官でしたから、軍の裁判・軍法会議が実際どのように行われるか、良く分かっています。

軍法会議の対象になるのは軍の刑事事件ですから、その手続きは刑事訴訟法に準じたやり方になっており、戦前のことですから戦前の刑事訴訟法の手続きに似たやり方のようです。

この刑事訴訟法、戦前と戦後では大きく変わっており、戦後の裁判については映画やテレビドラマ等で何となくわかったような気になっていますが、戦前の裁判の手続きはこれとはまるで違っていたようです。

たとえば今の刑事裁判では、検察側と弁護側で交互に被告や証人に対し尋問し反対尋問し、というのを延々と繰り返し、裁判官はそれをずっと聞いているというイメージがありますが、戦前の刑事裁判では被告や証人に対する尋問は裁判長が行ない、検察官や弁護士は裁判官の許可がなければ発言することも尋問することもできなかった、なんてことが書いてあります。このことを踏まえるか踏まえないかで、2.26事件の裁判記録に読み方も変わってくるように思います。

この裁判で事件の黒幕と言われた真崎大将と反乱側の磯部浅一の『対決』という話があり、真崎大将の側も磯部浅一の側もそれぞれまるで異なった記録を残していますが、著者によるとどちらも戦前の刑事訴訟法に準じた軍法会議ではあり得ないような話だ、ということで、それが新たに公表された記録により実際どのように裁判が行われたのかが明確になり、真崎大将も磯部浅一もどちらもとんでもない嘘を言っていたことが明らかになりました。

また2.26事件の時戒厳令が出されたと一般に解説され、普通はそんなものかと思っていますが、さすがに著者は専門家ですからそこの所もきちんと解説しています。

帝国憲法には第14条に『天皇は戒厳を宣告す』となっているのですが、それについては『戒厳の要件及び効力は法律を持ってこれを定む』となっていて、じゃぁその法律があるのかと思うと、その法律はないということです。帝国憲法ができてから2.26事件の時まで、誰もその法律を作ろうとしなかったということです。

で、そうなると帝国憲法ができる前の太政官布告の戒厳令が有効になるので、それを使ったのかと思うとそうでもなく、2.26事件の時は2.26事件のためだけに緊急勅令の形で特別の戒厳令を作り(帝国憲法では緊急時には天皇が勅令の形で法律を作り、事後的に国会で承認する手続きが定められています)、これを適用させたんだということです(2.26事件の特別の軍法会議もこれと同様、2.26事件のために特別に作られたものです)。

戒厳令というと、これが出ると戒厳司令官は何でもできる『斬り捨て御免』のようなイメージがあり、軍人達の多くはそう思っていたようですが、実はそうではなく、たとえばこの2.26事件の時の戒厳令は、一定の地域について

    • 地方行政事務と司法事務のうち、軍事に関係のあるものについて戒厳司令官が指揮できる。
      憲法で保障されている居住移転の自由、住居の不可侵、住居の秘密、所有権の不可侵、言論・著作・集合・結社の自由の諸権制を戒厳司令官が停止できる。
  • というだけのことです。

    これ以外のことについては当然憲法や他の法律が適用されるということです。当然『斬り捨てご免』なんてことになったら殺人罪が適用されます。
    2.26事件では、26日の朝、未明に事件が発生し、26日の夜にはこのあたり全てをきちんと整理して緊急勅令を出して、戒厳司令官を任命しているんですから、このあたりの法務官僚の働きは素晴らしいものです。

    香椎(かしい)浩平中将というのは、2.26事件の当時、東京警備司令部の司令官で(ですから東京で軍の反乱が起きたらまず最初に鎮圧に動き出さなければならない立場の人です)、戒厳令の発令と同時に戒厳司令官になった人ですが、この時、他の大将達が宮中と陸軍大臣官邸の間を行ったり来たりウロウロしている中、ただ一人反乱軍の青年将校達のために自分の立場を利用して最大限の支援をした人です。この人に対して、反乱軍を支援した、ということで強制捜査をすることに関して、「すべきだ」という結論の報告書と「すべきでない」という結論の報告書の両方を匂坂(さきさか)法務官が作成したということは、澤地久枝さんの『雪は汚れていた』という本に書かれていたのですが、新たに公開された2.26事件資料ではそのどちらも使われず、最後のページが破り取られた所に朱書きで『証拠不十分で不起訴』という意味の結論が書かれていたという、びっくりするような話も報告されています。

    匂坂さんはこの香椎中将の捜査を通して、真崎大将がこの事件の黒幕だったことを証明しようとしたのですが、香椎中将は強制捜査の対象とされず、事態が終息した所で軍から放り出されて終わったのですが、真崎大将の方は軍法会議に拘留され、取り調べを受け裁判を受けることになりました。この裁判の最後の判決文を書く所で、法務官として裁判官の一人だった小川関冶郎さんは有罪を主張し、これ以外の二人の軍人の裁判官は無罪を主張し、最後には裁判長である軍人が、病気を理由に裁判官を降りることによってこの真崎大将の裁判自体をなかったものにしよう、という所まで来たため、結局小川法務官が折れて『真崎大将は反乱軍を有利にするための行動をいろいろしたのは確かだけれど、反乱軍を有利にしようとしてそうしたとは言えないから無罪』という何とも不思議な判決文を書いた、などという話も詳しく説明しています。

    小川法務官の真崎大将関係の資料は、みすず書房の『現代史資料』の23巻『国家主義運動3』の中に、永田鉄山惨殺の相沢事件関係資料と一緒に入っています。
    この中には小川法務官の『2.26事件秘史』というメモも入っており2.26事件の全体像を理解するのに最高のまとめだと思います。

    いずれにしてもこの原秀男さんという人は、中国からフィリピン、オーストラリアの北部まで行って、戦争が終わり収容所に入ってからも軍法会議を続けたというなかなか骨のある本物の法律家です。

    法務官という特殊な立場にいた人の解説は他ではなかなか得られない貴重なものです。

    お勧めします。

    日本国憲法とそのGHQの原案

    2016年4月19日 火曜日

    憲法改正がいよいよ現実的なテーマとなっています。
    国会の質疑でも、まだ改正案が国会に提出されたわけでもないのに、野党はまともな質問もできないため、自民党の憲法改正案をもとに何だかんだ質問しています。

    このような状況で、安倍さんもいよいよ選挙が終わったら本格的に憲法改正に動き出そうとしているようです。

    今の憲法には不磨の大典として一語一句変えてはいけないという意見と、敗戦のドサクサに占領軍に押し付けられた憲法は一日も早く国民の手で作り直さなければならない、という意見とがあります。

    となると、まずは今の憲法が本当に押し付けられたものなのか、あるいはスタートは押し付けられたものであってもその後1年近くかけて国会で議論し手を入れてできたものなのか、確かめておいた方が良さそうです。

    ということで、今の憲法とGHQの原案を見比べてみることにしました。原案の方は国会図書館のサイトにあったものですから、多分間違いはないと思います。

    で、これを見比べてみると、基本的に今の憲法はGHQの原案と大筋同じようなものになっているのは確かですが、と同時に変更したり削除したり追加したりした部分も色々あり、その違いの原因・理由を考えるとなかなか興味深いものがあります。
    もし興味があったら私の作った対比表

    日本国憲法(GHQ原案との対比)

    を見てみて下さい。今の憲法の条文の対応する所にGHQの原案の条文を置いてあります。

    で、まずは憲法前文ですが、この部分は原案の直訳になっているようです。原案は格調高い(すなわち分かりにくい、古風な)英文で、これを直訳しているので憲法前文はなおさら分かりにくい悪文になってしまっています。分かりにくい所は原案の方読めばまだ分かりやすいかも知れません。

    次に『第一章 天皇』の所です。ここは今の憲法と原案がほぼ同じなのですが、一カ所だけ、今の憲法第6条・原案では第5条の所、今の憲法では内閣総理大臣と最高裁判所長官について、『天皇が任命する』となっているんですが、原案では内閣総理大臣の規定だけで、最高裁判所長官についての規定はありません。これは原案の方が書き洩らしたということなのか、原案は司法より行政を上位に置いたのか、それとも何か他の理由があったのか、興味があります。

    次は『戦争放棄』の9条(原案は8条)の規定です。
    ここはなかなか面白いです。
    まず第一項の
    『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』
    ですが、最初の
    『日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、』の能書きの部分、原案にはありません。そして
    『国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。』
    という部分、原案では戦争については「abolished」と言い、武力による威嚇と武力の行使の所は「renounced」という言葉を使っています。英語というのは同じ言葉を使うより言葉を変える方がカッコイイという感覚があるのでそれだけのことなのかも知れませんが、そうでないかも知れません。ちなみにabolishというのは廃止というくらいの意味で、renounceというのは放棄という位の意味です。

    さらに『国際紛争を解決する手段としては』の部分、憲法では『戦争と武力による威嚇・武力の行使』の全てにかかるのに対し、原案では『武力による威嚇、武力の行使』の部分にだけかかっています。すなわち原案では、戦争放棄(あるいは戦争廃止)の部分にはこの『国際紛争を解決する手段としては』の部分がかかっていないで、無制限での戦争放棄(あるいは廃止)となっています。

    第二項の
    『前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。』の方は、最初の『前項の目的を達するため、』の部分、原案にはありません。そして『陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない』の所は(not)authorizedという言葉、『国の交戦権はこれを認めない』の部分は(not)conferredという言葉になっています。conferの方は権利を与えるという意味ですから、(not)conferredというのは権利を認めない、ということと同じです。authorizeの方は公認するとか正当化するということですから、(not)authorizedを『保有しない』というのはちょっと違いそうです。(not)authorizeだと、公認しなければ、日本の軍隊だと言わなければ、非公式の、非公認の軍隊であれば持っても良いと解釈できそうです。この辺自衛隊は軍隊ではないと言い続けて、正式に軍隊だ、と認めなかった自衛隊の存在を何か暗示しているようで、興味深いですね。原案ができたのは第二次大戦が終わったばかりの時で、その戦争では義勇軍など非正規の軍隊がいろいろあったということを反映しているのかもしれませんし、武器の保有は基本的人権の一つだ、というアメリカ流の考え方の反映なのかも知れませんが。
    ちなみにアメリカの合衆国憲法修正第2条は
    『規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保有し、また携帯する権利は、これを侵してはならない。』
    となっています。この民兵のような、正式の(あるいは公式の)軍隊でない軍隊のことを考えていたのかもしれません。

    次の第三章が『国民の権利及び義務』の章です。
    ここのところ、『国民の権利』ではなく『国民の権利及び義務』となっているのは要注意です。この標題を見るだけで、そこらの憲法学者が『憲法は国を規制するためのものだから、国民は憲法を守らなくてもいい』などというのがまるっきり嘘っぱちだ、ということがよくわかります。

    ここでは原案にある条文を全く削除している部分がいくつもあり、その理由を考えるととても面白いです。

    憲法10条の『日本国民たる要件は、法律でこれを定める。』は原案にはありません。まあこれはあってもなくても同じようなもので、大日本帝国憲法にもあるのであえて削除しなくても、ということでしょうか。

    次の11条は原案の9条と10条とを合わせたものです。この原案の10条は、能書きの部分を除いた部分が憲法の11条に書かれ、と同時に能書きの部分を含んだその全体が憲法の97条になっています。その意味で憲法11条と97条は重複した規定になっています。

    自民党の憲法改正案で、この97条にあたる部分を削除したと言って野党(の一部)が大騒ぎをしていますが、もともと原案の10条を憲法11条に入れながら、それを憲法97条にも重複して規定したのを元に戻すだけのことですから、問題にする方がおかしい、ということが良く分かります。

    憲法の12条は『この憲法が国民に保障する自由および権利は…』となっていますが、原案では『・・・自由、権利および機会は…』となっています。この『機会』が何を意味しているのか良く分かりませんが、考えてみると面白そうです。

    また第二のパラグラフの
    『国民はこれ(憲法が国民に保障する自由および権利)を濫用してはならないのであって』の部分、原案は『国民はこれを濫用させないようにする義務を負う。』あるいは『国民はこれを濫用させてはならない。』となっていて、大分意味が違います。

    次の憲法13条ですが、対応する原案12条には、最初に『日本の封建制は終了する。』という文がありますが、これは憲法では削除されています。

    また、『生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』の部分、原案では『生命、自由及び公共の福祉に反しない範囲の幸福追求に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。』となっています。
    これを同じ意味だ、と考える人もいるかもしれませんが、私はかなり意味が違うと思います。

    憲法15条と対応する原案14条では、原案の最初にある
    『政府と天皇を決める最終的な権威者は国民である。』
    という部分が削除され、代わりに第3項の
    『公務員の選挙については成人者による普通選挙を保障する。』が追加されています。

    原案16条には『外国人は法律により(国民と)同様の保護を受ける。』とありますが、これは憲法では全部削除されています。

    一方憲法17条の『何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。』というのは、対応する原案なしに追加されています。

    憲法24条・原案23条は、婚姻に関する例の『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し・・・』という規定ですが、原案ではその前に
    『家族は人間社会の基盤であり、その伝統は良かれ悪しかれ国民の全体に行き渡っている。』という前置きがあります。また『(親の強制でなく)両性の合意のみに基づいて成立し』
    『(男性が支配するのでなく)相互の協力により維持されなければならない。』
    という具合に、原案にある(  )の部分を憲法では削除しています。
    原案を作った人は、ここまで具体的に書く必要がある、と思っていたんでしようか。

    何となく家族制度重視は日本的な考えのような気がしますが、実はアメリカ流の原案の方が家族重視だったのかも知れません。

    少し飛んで原案28条と29条の最初の部分は、憲法には入っていません。
    原案28条は
    『土地と自然資源の最終的な所有権は国民の代表としての国にある。土地と自然資源は、それを保全し、開発し、利用し、コントロールするために国は、正当な補償の下にこれを取得する権利がある。』
    となっています

    これは日本では大昔の公地公民を思わせますが、それはもう千年も前に日本ではなくなってしまい、全ての土地は誰かの所有物になっているので、この規定は削除されたのかも知れません。アメリカではちょっと郊外に行けば広大な誰の物でもない土地が広がっている、という開拓時代のアメリカの考え方が原案に反映されているのかも知れません。

    原案29条には
     『財産の所有には義務が伴う。所有する財産は公共の利益のために使わなければならない。』
    と最初に書いてありますが、これも憲法には入っていません。

    原案37条には憲法にはない
     『何人も正当な裁判所以外の所で有罪を宣告されることはない。』
    という文があります。これも住民裁判や人民裁判など、昔のアメリカの西部劇ドラマや黒人差別撤廃の公民権運動などを思い出すと、アメリカというのはこういう国なのかなと思います。

    『第四章 国会』の規定では、原案が一院制だったのが憲法は大日本帝国憲法と同様、二院制を採用しているため、その違いによる規定の変更がいろいろあります。

    『第五章 内閣』の規定では原案では55条の後半に
    『国会は国務大臣のうちの何人かを任命する。』とあり、
    56条の最初には
    『総理大臣は国会の助言と同意にもとづき国務大臣を任命する。』
    とあります。これらに対応する憲法の規定は、68条の
     『内閣総理大臣は国務大臣を任命する。ただしその過半数は国会議員の中から選ばれなければならない。』
    となっています。総理大臣は国会に制約されることなく自由に国務大臣を任命することができるわけです。三権のうちの立法と行政の力関係が微妙に異なっているようです。

    次は『第六章 司法』です。原案ではこの章の最初の68条の頭に
    『強力で独立した司法は国民の権利の防波堤であり、・・・』
    という能書きが、対応する憲法76条の『すべての司法権は、最高裁判所及び法律の定める所により設置する下級裁判所に属する』という文章の前についています。

    また原案69条 憲法77条の規定中、検察官について、原案では
    『検察官は裁判所の役人でありその規則に従わなければならない。』
    となっている所が、憲法では
    『検察官は最高裁判所の定める規則に従はなければならない。』
    となっており、実際現状、検察官は行政府(検察庁)の役人であり、司法府(裁判所)の役人ではありません。

    司法に関して一番大事な違憲審査権について、憲法は81条で
    『最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。』
    となっていますが、原案(73条)はかなり違っています。
    すなわち、『最高裁判所が、法律等が憲法に適合するかどうかの終審裁判所であるのは、憲法第3条の人権の部分についてだけだ』、と限定しています。そして『憲法のそれ以外の部分に関する合憲・違憲の最高裁判所の判断は、国会による再審査に付される。』となっています。

    『最高裁判所の違憲判決を国会の再審査で無効にするには、国会議員の3分の2以上の賛成が必要だ』というかなり厳しい条件も付いていますが、いずれにしても最高裁判所の判決が必ずしも最終ではない、さらにその先に国会があるということになっていたとは驚きです。

    このようになっていると司法が立法より下にあるかのようにも思えますが、逆に最終判断は国民の代表者が集まる国会でやって貰える、というわけですから裁判所が違憲判決を出すのはかえってやりやすくなるのかも知れません。

    以上、ざっと目についた所をピックアップしてみました。
    GHQの原案と最終的な日本国憲法、いろいろ違いもありますが、全体としては殆ど同じ、と言っても良さそうです。

    これを押し付けだからと解釈することもできそうですし、日本人がきちんと議論したからだ、と考えることもできそうです。

    むしろ大事なのは、この違いの所についてこの当時の人達がどのように考えて削除したり追加したり修正したのか、そして現時点から見てその差異の部分はどうするのが望ましいか、考えることだと思います。

    とまれ、上にピックアップした差異の所、じっくりと吟味すると面白いと思います。
    参考までに私の作った対比表をネットに上げておきます。

    日本国憲法(GHQ原案との対比)

    興味があったら自分で確かめてみて下さい。

    画面印刷

    2012年10月15日 月曜日

    昔パソコンには「画面印刷」というキーがあり、そこを押すと画面がそのままプリンターから出てきました。

    このキーは今でもあるのですが(「画面印刷」というより「PrintScreen」の方が普通かもしれません)、今ではそのままではプリンターから何も出てきません。画面のイメージ画像がクリップボードに貼り付けられるだけなので、これをプリンターから出すためにはワードとかエクセルとかパワーポイントとかのファイルにそれを貼り付けて印刷する、ということになります。

    今の若い人はいろいろ紙になんか出さないで、画面で見て全ての処理ができるんでしょうが、私はとにかく紙に出さないとじっくり読めないので、何でもかんでも印刷してしまいます。

    たいていのものは印刷できるんですが、時として印刷できない画面のレイアウトとか、わざわざ印刷できないように設定してあるpdfファイルなどにぶつかると、メンドクサイナーと思いながらこの作業を繰り返しています。

    一応エクセルでは、クリップボードに貼り付けたイメージをエクセルに貼り付けて、印刷して、貼り付けたイメージを削除するという作業まではキー一発でできるようにマクロを組んでいるのですが、それでも印刷したい画面を出すソフトとエクセルの間を行ったり来たりするので、結構手間がかかります。

    近頃仕事でかなり大量の画面を印刷する必要があり、何とか我慢して何時間かかけてその手順を実行したのですが、同様の作業をあと何回か繰り返すことになりそうなので、これを何とかすることにしました。

    以前も何か良い手がないかな・・と思っていろいろ探したのですが、良いツールがみつからず、なければ自分で作ろう!と画面を印刷するソフトを作ろうとしてみたのですがなかなかうまく行かず、トライしては失敗するというのを何回か経験しています。

    今回はいよいよどうにもならないので、改めてゼロスタートでプログラム作りをしてみたところ、結構簡単にうまく行きました。多分以前失敗したものよりスリムなプログラムになっていると思います。
    これで画面の印刷はできるようになったわけですが、これにWindowsの「ショートカットの作成」と「ショートカットキーの設定」を組合わせると、それこそ昔「画面印刷」のキーを使っていたのと同じように、何かのプログラムを動かしている最中にいつでも好きな時にキーを押すだけで画面印刷ができるようになりました(とはいえキー一つではなく、Ctrl+Alt+文字とキーを3つ一緒に押すんですが)。

    実際はそのプログラムと画面印刷のプログラムが交互に動いているのですが、使い勝手からすると単に「画面印刷」のキーを押しているのと同じような感じです。

    まあ理屈の上ではできて当然の話が、うまく行かなかったのは私のプログラミング力の不足ということではあるのですが、私にとっては数年来の宿題が思ったより簡単にうまく解決したと嬉しくなって、この記事を書いています。

    私のように何が何でも紙に出さなきゃという人は今ではあまり多くないでしょうが、そのような人で、もしまだうまい解決策が見つかっていない人がいたら、そしてもしご希望だったらプログラムをお送りしますから、お知らせ下さい。
    「ショートカットの作成」と「ショートカットキーの設定」のやり方も一緒にお知らせします。

    私はWindows XPで作成し、使っているのですが、多分他のWindows OSでもうまく動くんじゃないかと思います。

    もしソースを見てみたいという方がいたら、私のソースはdelphiなんですが、ソースもお送りします。C系の言語やVBやjavaのプログラムがわかる方だったら、delphiのソースは簡単に読めると思います。開発の途中のいろんなウゾウムゾウも残ったままですけど。

    厚労省のレポート

    2012年7月11日 水曜日

    7月9日に厚労省から「公的年金加入者等の所得に関する実態調査結果の概要について」というレポートが発表されています。

    これについてマスコミ各社はいろいろ報道しているのですが、目につくところでNHKのサイトでは
    ①「国民年金 半数超年収100万円下回る」
    というタイトルで
    ②「国民年金の加入者をみますと、年収がない人と年収50万円以下が合わせて38%と最も多く、50万円以上100万円以下も17%いて、全体の55%が年収100万円を下回っていることが分かりました。」
    ③「厚生労働省は「国民年金の加入者に所得の低い人が増えているのは推測していたが、今回の調査で、具体的な実態が初めて裏付けられた。将来、低い額の年金しか受け取れない人が増えるとみられ、調査結果を今後の年金制度についての議論に生かしてほしい」と話しています。」
    等のコメントをしています。

    日経では
    ④「国民年金加入者、平均年収159万円 受給者下回る」というタイトルで
    ⑤「自営業者やフリーターなどが入る国民年金の加入者の平均年収が159万円にとどまり、公的年金の受給者の平均年収(189万円)を下回った。」
    ⑥「国民年金の加入者のうち、54.7%が年収100万円以下の層だった。」
    ⑦「年金受給者でも年収100万円以下が全体の4割を占めたほか、基礎年金の満額である約80万円を受けとれていない「50万円以下の受給者」も16.5%にのぼった。満足な年金の受給を受けている人は多くない。」
    ⑧「一方、年収が500万円を超える受給者は5%近くに達した。」
    などのコメントをしています。

    全体的な印象として、「年金があぶない、頼りにならない」という雰囲気をかもし出す報道になっています。

    まず第一にこの調査は全国から6万3千世帯を選び出して、そのうち5万8千世帯の12万4千人のうち7万2千人についての集計だ、ということで、まあ、ざっと言って1,000人に1人くらいの抽出率のサンプリング調査です。

    で、NHKは「国民年金の加入者の半分が年収100万円未満だ」ということに注目しているようです(①・②)。ここで『国民年金の加入者』と言っているのは1号被保険者のことを意味しているようです。

    国民年金法では1号も2号も3号も皆被保険者なのですが(そのためこの1号・2号・3号というのは国民年金法で定義されています)、世間一般ではこの1号被保険者のみを国民年金の加入者と言っているようです。

    もちろん厚労省のレポート自体はそんないい加減な言い方はしないで、きちんと「1号被保険者」と言っていますが、マスコミではNHKも日経も1号被保険者だけが「国民年金加入者」です。

    で、この部分の人の半分が年収100万円以下ということですが、これは別にそんなに驚くような話でもありません。

    一般に「3号被保険者」いわゆる「サラリーマンの妻」といわれている被保険者ですが、この人達は3号被保険者として1号には入っていないのですが、それ以外のたとえば「自営業者の妻」になる人は3号ではなく1号被保険者です。また同様な言い方で「サラリーマンの息子・娘」すなわち学生や学校を卒業してもサラリーマンになっていないような人も1号被保険者になります。もちろん「自営業者の息子・娘」も同じです。
    リストラ等でサラリーマンでなくなってしまった人も再就職できなければ1号被保険者になります。

    このように基本的に「サラリーマンの妻」以外の収入がない人、あるいは収入のかなり少ない人は皆1号被保険者になるわけですから、1号被保険者の過半の人の収入が100万円以下であっても不思議なことではありません。

    ③の厚労省の話というのも本当かどうかわからない、おかしな話です。
    国民年金(というより基礎年金)は、収入が多くても少なくても、一定の掛金で一定の年金が給付される仕組になっていて、収入が少ないと年金も少なくなる、というわけではありませんから、今回の調査の結果から「将来、低い額の年金しか受取れない人が増える」なんてことは言えません。

    一方日経新聞の方はNHKと違って、「国民年金加入者の収入が老齢年金受給者の年収を下回った」ということに関心があるようです(④・⑤)。これも何を比較したいのか、これを比較して何が言いたいのかわかりません。
    老齢年金受給者の年収というのは老齢年金収入ということではないし、ましてや老齢基礎年金の額ということでもありません。

    ⑥のコメントは①・②と同じことですが、⑦のコメントもおかしなもので「老齢年金受給者の年収」と「年金受給額」が混同されているようですし、「満額」というのは40年間掛金を納めた人だけですから、大学を出てから年金に入った人はそれから40年以上掛金を払わないといけないので、60歳で定年退職しちゃったような人はそのままでは基礎年金を満額貰えないことになっちゃいます。また、かなりお年寄りで最初から満額の基礎年金をもらえない人もいます。

    ⑧のコメントもちょっとおかしなコメントです。
    NHKの記事の方には書いてあって日経新聞の記事には書いてないのですが、実はこのレポートで「被保険者になっている」とか「老齢年金受給者になっている」というのは、平成22年11月末現在での状況で判定しているのに対し、年収は平成21年の収入を使っています。
    すなわち平成21年のときにはまだサラリーマンで高給取りだった人が1年後の平成22年11月には老齢年金受給者になっていれば、その(サラリーマン時代の)高い年収が老齢年金受給者の年収ということになります(そのようにこのレポートでは計算しています)。
    そうだとすれば、年収が500万円を超える人が5%近くいたと言うのはそれほど驚くような話でもないように思います。

    ということで、NHKの記事も日経の記事もかなり問題含みな内容なのですが、それより面白いデータがこのレポートにはあります。

    それは(レポートの)9頁目の表5-2で、ここに1号被保険者の就業形態別の構成割合が計算されています。

    一般に1号被保険者を『自営業者』で代表させるのですが、実は1号被保険者のうち『自営業者』は14%(7分の1)しかいないということがこの表でわかります。
    ではどんな人が1号被保険者なのかというと、『会社員・公務員』が25%、『臨時・不定期(収入)』というのが23%、『非就業者』が28%で、どれも『自営業者』の倍くらいいる、ということです(これらのほかは『家族従事者』という人で、10%ほどいます)。

    これを見るとNHKの『自営業者などの国民年金』とか日経の『自営業者やフリーターなどが入る国民年金』という言い方自体が大間違いということになります。

    でもこの言い方、あまりにも定着し過ぎていて、訂正するのは骨が折れそうですね。
    困ったものです。

    ニ一天作の五(にいちてんさくのご)

    2011年10月21日 金曜日

    この「ニ一天作の五(にいちてんさくのご)」というのは、時代小説などを読んでいると時々出てくる台詞です。

    昔、ソロバンの計算では、掛け算の九九ともう一つ、割算の九九というのがあって、このニ一天作の五がその最初の言葉です。その意味で、掛け算の場合のニニが四(にんがし)と同じような意味で、ソロバンの割算を示す言葉です。

    で、このソロバンの割算の九九ですが、九九というと掛け算の九九になってしまうので、九九の代わりに割り声(わりごえ)とか八算(はっさん)とかいう呼ばれ方をしていたようです。

    この九九を使う割算は、1桁の数で割る割り算(たとえば123,456,789÷7など)で使うのですが、割る数の方が2桁以上になると、この「ニ一天作の五」のほかに「見一無頭作九一(けんいちむとうさくきゅうのいち)」等という呪文がもう一組必要になります。

    これは「見一」から「見九」まで、割る数の頭の数字ごとに9種類あるんですが。

    で、これらの割り算は時代小説では時々みかけることはあるものの、私が学校や会社で習ったソロバンの割算は筆算(紙の上に手書きでやる普通の計算)と同じやり方の割算で、掛け算九九は使いますが、割算九九は使いません。

    それでこの「ニ一天作」方式の割算は江戸時代までのもので、明治になって西洋式の数学が入ってきた段階で変わってしまったものかと思っていたのですが、何と昭和30年・31年にソロバンの割り算のやり方が今の方式に統一されることになり、それまでは「ニ一天作」方式が標準的だったということがわかりました。

    で、この「ニ一天作」方式をやってみたのですが、これがまた素晴らしく良くできています。通常筆算で割算する時は商(割り算の答)を一桁ずつ決めていくんですが、これが大き過ぎたり小さ過ぎたりでなかなか決めるのが厄介です。ところがこの「ニ一天作」「見一無頭」方式だと、ほとんど頭を使わずに自動的に決まっていきます。これは私にとって新鮮な感激でした。

    こんな素晴らしい計算方式を昭和30年代に捨ててしまったのは、本当に勿体ないと思います。

    「ニ一天作」を使う、割る数1桁の方はいろいろ解説があって、すぐにわかったのですが、「見一無頭」の方はネットで調べてもいろいろ書いてはあるもののきちんとした説明がなく、結局江戸時代のベストセラーの数学の教科書の「塵劫記(じんこうき)」まで行ってしまったのですが、そこまで行って計算例を確かめてみて、十分納得がいきました。

    基本的にはソロバンを使う計算ですが、筆算に置き換えることもできます。
    いまやケータイにも電卓がセットされていて、筆算で割算するというのも滅多にないかも知れませんが、興味があったら試してみて下さい。十分楽しめると思います。

    必要だったら、いくらでも説明します。

    コップの中の水の話

    2011年3月4日 金曜日

    世の中生々しい話ばかりで騒然としていますので、たまにはまるで生々しくない話など一つ。

    目の前にコップがあります。コップ1杯の水の量は、だいたい180cc。昔の1合です。これは缶コーヒーの1本分もだいたいその位です。
    この水を太平洋に流して、太平洋の水をぐるぐるかき混ぜてよく混ぜ合わせた所で、その中から同じ180ccの海水をコップに戻したとします。
    このコップの中には最初のコップの中にあった水の分子が何個くらいあるでしょうか。

    これはコップの中の水180ccの分子の数と太平洋の全体の海水の量がわかれば、簡単な比例計算で計算できます。
    計算を省略して答だけを言うと、元と同じ水の分子は約1,500個ということになります。ちょっと大きめのグラスで200ccの水で計算すると、1,900個になります。

    これはたまたまある本を読んでいてこの計算が書いてあったのでナルホドと感心したんですが、言われるまでこんなことは考えてもいませんでした。
    この問題は、コップの水を海に流して海を掻き混ぜてから汲み直すと考えなくても、たとえば水を飲んでしまってその後十分な時間をかけてから海水を汲む。海水を汲まなくても、それが蒸発して雨になって水道水になったものと考えても同じことです。海水をかき混ぜない分、元と同じ水の分子の数は多くなると思います。

    このように考えると、たとえば織田信長が本能寺で殺される前の晩に飲んだ1合のお酒の中に入っていた水の分子の1,500個分が、今私が飲んでいる180ccのコップの水の中に入っているとか、クレオパトラがシーザーを誘惑しようとして飲んだ1合(エジプトでは何て言うんでしょうね)のお酒の中に入っていた水の分子1,500個分が、私が缶コーヒーを飲むたび私の中に入ってくると考えることができます。

    人間は大体1回に2リットルの水分をとることになっているので、それから考えると、ある日ナポレオンが飲んだ水の分子少なくとも15,000個分が缶コーヒー1個の中に入っているという計算になります。

    人が一生の間に飲む水の量は、2リットルの365倍の50から100倍くらいと考えると、今目の前にあるコップの中に秦の始皇帝が飲んだのと同じ水の分子が何千万個、坂本龍馬が飲んだのと同じ分子が何千万個、お釈迦様が飲んだのと同じ分子が何千万個、イエスキリストが飲んだのと同じ分子が何千万個入っているんだということになります。

    そう考えると、「皆が皆同じ水の分子を飲み合っている」んだ、とちょっと嬉しくなりませんか?