この「芦部さんの憲法」の2回目に、KENさんが「そもそも憲法は国家権力の暴走から国民を守る唯一の法律ですから・・・」というコメントを入れてくれました。今回はこれについてちょっと書いてみます。
日本国憲法の三本柱は、国民主権・平和主義、そして基本的人権の尊重ということになっています。基本的人権の尊重なんていうと、私なんかには基本的人権というのは大切なものなので、お互いにお互いの人権を大切にして仲良く暮しましょうなんてことかなと思うのですが、法律家の考えているのは、これとはまるで違うようです。
法律家が考えているのは、国家は国民の基本的人権を侵害し兼ねないから、そのような国家から国民の基本的人権を守らなければならないということのようです。
ここで「国家」というのはまずは政府ですが、それだけじゃなく三権分立の国会や裁判所も「国家」になります。また政府の手先である地方公共団体・政府や地方公共団体の手下である国家公務員・地方公務員等も全て国家のうち、ということになります。
この国家による基本的人権の侵害を防ぐことが憲法の役目ということになりますから、国家あるいはその手先・手下以外の者による基本的人権の侵害は、原則として憲法の守備範囲外ということになるようです。すなわち、誰か個人による他の誰か個人の基本的人権の侵害・大会社による個人の基本的人権の侵害・上司による部下の基本的人権の侵害、これらは憲法の対象ではない、ということのようです。
とはいえ、これを放置して国民が誰かに人権侵害されっぱなしというわけには行かないので、その部分については憲法ではなく法律で対応するというのが法律家の考え方のようです。
それでは法律でどう書いてあるかというと、たとえば民法90条(公序良俗)という所に
「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とする。」
と書いてありますので、要は誰かの基本的人権を侵害することは公序良俗に反するから、してはならないということのようです。基本的人権の尊重が公序良俗でくくられてしまうというのも何だかなあという感じです。
民法がこうなっているんであれば刑法の方はどうなんだろうと思って調べたところ(これは芦部さんの本に書いてなかったので、自分で調べたので、もしかすると法律家の解釈とは違うかも知れません)、刑法ではいくつかの条で「生命・身体・自由・名誉又は財産に害を加える」という表現がありますので、基本的人権の侵害はこの「生命・身体・自由・名誉又は財産に害を加える」行為として刑法の対象としている、ということのようです。もちろん民法にも刑法にも「基本的人権」などという言葉は一度も登場しません。
(余談ですが、コンピュータというのは偉大ですね。この「一度も登場しません」なんていうのを目で確かめようと思ったらとんでもないことですが、民法なり刑法なりのテキストをパソコンで開いて検索をかければ、一発で「一度も使われていない」ことがわかってしまうんですから、こんな楽なことはありません。)
基本的人権の尊重と言いますが、憲法では基本的人権についてはいろいろ書いてあるので何となくわかるのですが、「尊重」というのがどういう意味なのか、イマイチ良くわかりません。
今の憲法の中には、残念ながら「基本的人権の尊重」という言葉は出てこないんです(これも検索のお陰です)。仕方がないから「尊重」という言葉で検索すると、13条と99条で使われています。
99条は
「天皇または摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員はこの憲法を尊重し擁護する義務を負う。」ということですから、要するに、国は基本的人権を侵害してはならないということになりますね。天皇以下ここに列挙されている人達が具体的に「国」の構成員ですから。
もう一つの13条は
「すべて国民は、個人として尊重される。生命・自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」
ということですから、法律を作ったり行政をしたりする所で人権を尊重するということで、やはりお互い同士の人権尊重は書いてなさそうですね。
以前にも書きましたが、最初に憲法の本を読んだのが伊藤真さんの本で、その中で「国は憲法に従わなきゃならないけれど、国民は憲法に従う必要なんかないんだ」というような言葉に出会ってビックリしたんですが、要するに芦部さんの憲法も同じで、憲法に従わなければいけないのは国であって、国民は憲法に従わなくても良いということなんですね。ということは、自分の人権を侵害されるのは許せないけれど他人の人権なんぞ知ったこっちゃない、というのが法律家の考える憲法の考え方のようです。
でも私はやはり「皆で憲法を守って、お互いの人権を尊重して仲良く」という方が良さそうに思うのですが。
芦部さんなんかが考える憲法というのは、国民から国に対する指令書みたいな性格のものなんですが、自民党の憲法改正案は、どちらかといえば国民同士の約束のような性格のものになっています。その中では明確に「国民は基本的人権を尊重する」とか「全て国民はこの憲法を尊重しなければならない」と書いてあります。
一方的に国だけが責任を負わされる法律家の憲法と、国民全員が責任を負って一緒に国を作っていこうとする自民党の憲法改正案、「憲法」の意味がまるで違います。法律家にとって9条の改正より、96条の改正より、この「憲法」の意味の改正(変更)の方が認めることのできない、許すことのできない暴挙ということなんでしょうね。
今の憲法の前の「大日本帝国憲法」には、第3条に「天皇は神聖にして侵すべからず」という文言がありました。その条文は現行の日本国憲法にはなくなっていますが、法律の専門家は一般人には見えない「憲法は神聖にして侵すべからず」という条文をはっきり見ているようです。