Archive for 1月, 2015

ピケティ 『21世紀の資本』

火曜日, 1月 13th, 2015

この本が話題になっているようです。
マスコミでは大騒ぎですが、私としては特に急いで読もうとも思わないので、しばらくしてほとぼりが冷めた頃読めば良いかなと思っています。

でもあまりにもこの本が話題になるので、試しに図書館に予約を入れてみました。さいたま市の市立図書館では蔵書が1冊に対して私の予約の順番は325番、単純計算すると順番が回ってくるのにだいたい15年位かかりそうです。そうすると80歳くらいになった時『15年前の予約の順番が回ってきました』ということになりそうで、それも面白いかなと思いました。

もちろんこれだけの予約が入っているので、多分蔵書の冊数も増えるでしょうから、こんなに待たないでも借りることができそうです。

で、予約してみたら今度はこの本を見てみたくなりました。読むわけじゃなく、本をパラパラと見てみるということです。

家の近くの書店に行って教えてもらうと、この本が数冊揃えてありました。プラスチックのフィルムで封がされていて、うち1冊だけ見本として中を見ることができます。700頁ちょっとの本ですが、後ろの100頁ほどは索引と注ですから、本文は600頁ほど。これに対して値段が6,000円ですから、まあほどほどの値段ではあります。とはいえベストセラーになるのであれば、もっと安くしても良いなと思います。こんな高い本をベストセラーにするというのは、本屋さんがうまいんでしょうね。

この本はかなり長期にわたる膨大なデータにもとづいて書かれているという話だったので、数字ビッシリの表がたくさん入っているのか、と思ったのですが、そのようなものはありません。表というよりはグラフが多少多目に入っています。これも普通の本よりは多目ということで、膨大なデータにもとづいて、というほどたくさんのグラフがあるわけでもありません。グラフは普通我々がエクセルで作るグラフをそのまま貼り付けてあるようなもので、ちょっと安っぽい感じですが、もちろんそれでグラフの値打ちが変わるわけでもありません。

グラフが入っているとはいえ、本文600頁を読みこなすのはなかなか大変そうだな、本を買った人の何人が読み通すことになるのかな、などと考えながら本屋を後にしました。

私としてはピケティを読む前に、まずはケインズの『一般理論』です。

『昭和戦争史の証言 - 日本陸軍終焉の真実』

火曜日, 1月 13th, 2015

この本の著者の西浦進という人は、陸軍幼年学校・陸軍士官学校(恩賜の銀時計組)・陸軍大学(主席で卒業)という、まさに軍人としてはエリート中のエリートといった人です。普通こういう人は参謀本部に入るんですが、この人は陸軍大学を出てすぐに昭和6年に30歳で陸軍省の軍務局軍事課という所に配属され、終戦までのほとんどの期間その軍事課にいたという珍しいキャリアの軍人です。

普通第二次大戦の本というと、戦争の現場の話か、あるいは参謀本部の作戦の話が多いのですが、この本は著者が属していた陸軍省軍事課の視点から戦争の実態について書いてあり、非常に面白い本です。

この軍事課というのは陸軍の予算を所轄する部門なので、大蔵省と予算折衝をする話も出てきます。また陸軍の編成・装備に関することも所轄しているので、兵隊の持つ銃をどのように調達するか、軍馬をどのように調達するか等々、他の本では読めないことが書いてあります。
もちろん際限もなく金を使いたがる軍の司令部との交渉、予算に関係なく作戦を立てようとする参謀本部とのやり取りも具体的に書いてあります。

著者はほぼ一貫して軍事課で仕事しているのですが、その間昭和9年から12年に中国・フランスに駐在し、スペイン内戦の時にはフランスからスペインに乗り込んでフランコ陣営を直接見てきた人です。また東條英機が陸軍大臣から総理大臣になった時(陸軍大臣も兼任)、陸軍大臣秘書官にもなって(半年間)、太平洋戦争の開戦に立ち会い、また終戦直前東條英機が外された後、東條の一派とみられてシナ派遣軍の参謀に異動して、結果、終戦後中国にいた日本軍の復員の交渉にも当たったという人です。

陸軍省というのは政府の一部ですから、統帥権の独立を言い立てて政府の言うことを聞かない参謀本部とは立場が違います。大本営ができた時、一部の人達はこれで政府に制約されることなく好き勝手できると期待したんだけれど、別に何も変わらなかったという話なんかも面白いです。統帥権独立というのは、陸軍の全体が言っていたというのとはちょっと違うようです。

満州軍を交代制にするか常駐制にするかとか、満州軍の将校の家族を一緒に住まわせるようにするかとか、シナ事変後急激に軍事物資の調達が増加し、予算担当としては何とかして値上がりを抑えようとしたのに、海軍がいくらでも金を払うというスタンスだったのでどんどん高くなって困ったとか、陸軍の中の経理官とか医官とか獣医とか、普通、軍の話の中心にならない人々の処遇の話も面白いですし、陸軍の人事が非適材非適所でむちゃくちゃで、特に航空隊を作った時の人事はシッチャカメッチャカだ、なんて話も面白いです。

太平洋戦争が始まった時、テレビのドラマなんかから国民全体が朝のラジオの「本日未明戦闘状態に入れり」というのを真剣な顔で聞いていたように感じますが、その朝ある新聞記者が著者に東条内閣の弱腰をなじるような電話をかけてきて、著者から「今朝は寝坊してラジオのニュースを聞いてないな」と言われて慌てて電話を切った、とかいう話も面白いです。

また日米開戦と同時に、それまでソ連を攻めていたドイツがソ連を攻めるのをやめたのに気がついた、というようなことがサラッと書いてあります。今までそんな視点で見たことがなかったので、改めてヨーロッパの第二次大戦と太平洋戦争をその相互関連の視点から見直して見ようと思います。

この本には山ほどの軍人が出てくるのですが、ほとんどが陸軍士官学校の卒業生で、そのいちいちに(第○期)と付いているというのもすごいな、と思いました。伝統的な日本の会社で入社年次が重要視され、「誰それは○年入社」というのがいつまでも付いてまわるのと同じで面白いです。

話がすべて具体的で、満州事変から終戦まで陸軍の行政部門は、何を考え何をしていたのか良くわかる面白い本です。

お勧めします。

『ケインズの「一般理論」再読』 その1

火曜日, 1月 6th, 2015

さて、いよいよケインズ『一般理論』の再読(と言ってももうすでにこの前の『一般理論』の感想文を書くのに、ほとんどの部分は多分3回以上、所によっては5-6回以上読んではいるんですが)を始めるにあたって、いくつか方針を立てました。

まず『一般理論』でケインズが攻撃の対象としているいわゆる古典派の経済学ですが、宇沢さん(先ごろ亡くなった宇沢弘文さん)によると、今だに正統派の主流の経済学の立場を保っていて、また最新の経済学もこの古典派の経済であり続けているようです。

で、最新の主流の経済学を『古典派』と呼ぶというのもおかしな話なんですが、ケインズが古典派と呼び、宇沢さんも古典派と呼んでいる以上他の呼び方をするわけにもいかず、私も古典派と呼ぶことにします。で、これが現在もまだ主流の正統派の経済学だということであれば、『一般理論』を読みながらついでにその古典派の経済学についても勉強してしまおうというのが方針のその1です。

『一般理論』は古典派の経済学者に向けて書かれているので、想定している読者は古典派の経済学をちゃんとわかっている、という前提で書かれています。ですから私のように古典派の経済学を知らない読者は、誰かにガイドしてもらう必要がありそうです。

で、もちろん宇沢さんの『ケインズ「一般理論」を読む』がそのガイドの一冊目になるのですが、もう一冊、宮崎義一・伊東光晴さんの『コンメンタール ケインズ 一般理論』というのをもう一冊のガイドとして、この二冊を参考にしながら『一般理論』を読もうと思います。これが方針その2です。

前回『一般理論』を読んだ時は、その全体像を把握しようとして読んだのですが、今回はできるだけ個々の部分をしっかり理解しながら読もうというのが方針その3です。

ただし『一般理論』というのは、古典派経済学とは別の『ケインズ経済学』というものができ上がっていて、その上でその全体像を説明しながら古典派経済学を批判する、という具合にはなっていません。まだ全体像が出来上がっていない状況で、古典派の経済学の枠組の中で(それを使って)古典派の経済学を批判しているというのが『一般理論』の立場ではないかと思えます。そのためその場所その場所で古典派の経済学の別の部分を批判するために使っている理屈は、必ずしも整合性のとれているものとはなっていないかも知れません。そのような前提の下で一つ一つ整合性を検証するのでなく、全体として『一般理論』の立場を考えてみようと思います。これが方針その4です。

というわけで、今回は『一般理論』だけでなくガイドブックも二冊同時に読みながら、必要に応じて他の参考書も見ながら読み進めたいと思います。

うまく行くかどうか分かりませんが、とりあえずスタートです。

『理研の調査委員会報告書』

火曜日, 1月 6th, 2015

昨年12月26日に発表された、例のSTAP細胞に関する論文についての理研の「研究論文に関する調査委員会」の報告書と、それに関する説明用のスライドを読みました。

この報告書の目的はSTAP細胞に関する(Natureに載った)三つの論文について、研究不正があるかどうか、もしあるならその責任を負うべき物は誰かを明らかにすることで、調査の対象となるのはSTAP細胞を作った(ことになっている)小保方さんと小保方さんの作ったSTAP細胞からSTAP幹細胞を作った(ことになっている)若山さんと、研究チームのリーダーであった丹羽さんの三人です。

で、結論としては、論文の中の図についていくつかデータの捏造がみつかり、小保方さんの責任だと認定しており、若山さんと丹羽さんについては研究不正は見つからなかったということです。

しかしこの報告書の中味は、むしろ小保方さんが作ったSTAP細胞から若山さんが作ったSTAP幹細胞といわれるものが、遺伝子を調べてみると全て(STAP細胞とは別の実験で)若山さんの研究チームが作ったES細胞と同じものだということが分かったということのようです。

本来小保方さんの作ったSTAP細胞が残っていればそれを調べるのが一番良いんでしょうが、STAP細胞というのはほとんど増殖しないので、あまり長くはもちません。で、今はもう残っていません。しかしそのSTAP細胞をSTAP幹細胞にすれば増殖するようになり、ずっと残すことができるということのようです。

で、残っているSTAP幹細胞が全て別の実験で作られたES細胞と同じものだと分かったわけですが、それはSTAP細胞ができたと言った段階でES細胞だったということなのか、STAP細胞からSTAP幹細胞を作った、と言った段階でES細胞になったということなのかは分かりません。もちろんSTAP細胞を作る作業のどこで元となったマウスの細胞がES細胞になったのか、あるいはSTAP細胞からSTAP幹細胞を作る作業のどこでES細胞にすり替わったのかについては分からないままです。

この調査は理研の中の調査ですから、分からないことは分からないと報告すれば終わりです。犯罪の捜査であれば、容疑者を取調べたりということになるのでしょうが、そこまでのことはできるはずもなく、しようともしないということです。

で、この報告書なんですが、読み始めた途端、あきれはててしまいました。調査の対象となる幹細胞に名前をつけて説明しているんですが(全部で12個の幹細胞が対象となっています)、たとえば報告書の一覧表ではFLS1~8となっているのが、スライドの方ではFLS3となり、報告書の本文ではFLSとなっているとか、報告書の一覧表では129B6F1ES1となっているのがスライドでは129B6F1となり、さらに129B6F1 GFP ES6となっているというような具合です。それが同じものを指しているのか違うものなのか、はっきりしません。だいたい分かるから良いじゃないか、ということなのかも知れませんが、そんないい加減なことで良いんだろうかと思います。

細胞生物学あるいは遺伝子生物学というのはそんなにいい加減なものなんだろうか。あるいはこの報告書は論文でなく単なる報告書だからこんなもんで良いんだということなんだろうか、あるいは理研の中の関係者が分かれば良いんで、外部の人間が報告書を読んで分かりにくくても良いんだということなのか分かりませんが、ちょっとがっかりです。

しかし報告書の中味については、この種のマウスの常染色体19対と性染色体1対の全てのゲノムをチェックして、どれとどれがどれほど似ているか・違いがどれほどあるかを調べ上げ、ここまで同じということは一方が他方から作られたものと考えるしかない、という結論を出す所は、遺伝子生物学の技術というのはとてつもなく進歩してしまっているんだなとホトホト感心しました。

で、STAP幹細胞3種類とF1幹細胞1種類が7種類のES細胞のうちの4種類のどれかと実質的に同じものだという結論が出て、結局これまでSTAP幹細胞だと言われていたものは実はES細胞であり、STAP幹細胞の証拠とされていたものはES細胞だから、ということになってしまったということです。

こうなると一番の疑問は、若山さんが行ったとされるSTAP細胞からSTAP幹細胞を作った作業というのは一体何だったんだろうということです。単にES細胞からES細胞を作ったということなんでしょうか。またその作業の過程で幹細胞でないもの(STAP細胞)から幹細胞(STAP幹細胞)を作るという作業と、既に幹細胞になっているもの(ES細胞)から幹細胞(ES細胞)を作るという作業の違いに気が付かないものなんだろうか、などという疑問がわいてきます。

STAP細胞ができたというニュースは、小保方さんの成果として大騒ぎされましたが、STAP細胞だけでは増殖もしないし、ほとんど何の役にも立ちません。これがSTAP幹細胞になることでES細胞やiPS細胞に匹敵する有用性が得られることになるので、今回のSTAP細胞に関する論文がその通りだったとしたら、小保方さんよりむしろ若山さんの方が脚光を浴びてもおかしくない話です。それだけ重要な仕事をした若山さんが論文を書くにあたり、基本的な確認作業をしなかったというのは、驚くばかりです。

また論文の全体について構成や文章作成について主に担当した笹井さんが、小保方さんの実験についてほとんど具体的に確認しないで、小保方さんの話を聞くだけで小保方さんに追加資料を作らせたり論文を書いたりしているようだ、というのも驚いてしまいます。

で、報告書の30ページにある
 【STAP細胞論文の研究の中心的な部分が行われた時に、小保方氏が所属した研究室の長であった若山氏と、最終的にSTAP論文をまとめるのに主たる役割を果たした笹井氏の責任は特に大きいと考える。】
は正にその通りだと思います。
この文章に続く
 【たまたま小保方氏と共同研究する立場にはなかった大部分の研究者も、もし自分が共同研究をしていたらどうなったかと考えると、身につまされることが多いだろう。】
という文とそれに続く文章は、論文に関する調査報告書の全体の結論として、今後このような問題が生じないようにするために自然科学者全員がどのようにすべきか、というメッセージになっています。

マスコミではともすると犯人捜しに注目が集まり、調査が中途半端だなどと批判されているようですが、もっと本質的なところにきちんと注目して冷静な分析と提言ができるというのは、やはりこの調査委員会、なかなかやるな、と思いました。

上で引用した報告書の30ページの部分以降、全体で1ページほどですが、なかなか読みごたえのある文章です。是非ネットで調べて読んでみて下さい。

報告書は、http://www3.riken.jp/stap/j/c13document5.pdfにあります。