Archive for 9月, 2014

GDP速報値

水曜日, 9月 17th, 2014

GDPの速報値の公表がマスコミで大きく取り上げられています。

まずは8月13日に1回目の速報が発表され、4-6月期の対前期(1-3月期)のGDPの落ち込みが年度換算で-6.8%となっていることを捉えて、『アベノミクスはこれまでだ』『消費税引き上げは失敗だ』『来年のさらなる消費税引き上げはできっこない』というような記事がたくさん出ました。

これに対してinswatchという保険業界向けメールマガジンにコメントを載せました(これは以下に『1回目の速報に対するコメント』として付けてあります)。

この後今度は9月8日に2回目の速報が発表され、ここでは1回目の速報で-6.8%だった成長率が-7.1%に下方修正されたのを受け、さらに『アベノミクスはもう駄目だ』という大騒ぎの記事がマスコミから出されています。

いちいち反応してみても仕様がないのですが、念のためにこの2回目の速報値を1回目のものと比べて見た所、マスコミの報道とはまるで違う姿が見えてきたので、改めてそれを『2回目の速報に対するコメント』として最後に付けてあります。

ちょっと長くなりますが、良かったら読んでみて下さい。

『1回目の速報に対するコメント』
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GDP速報値

2014年4-6月期のGNP速報値が発表され(8月13日)、景気の動向に関する議論が大にぎわいです。四半期の実質GDPの前期比の伸びが、1-3月期の+1.5%(年率換算6.1%)から4-6月期は-1.7%(年率換算-6.8%)となってしまったことで、『景気回復ももう終わり、アベノミクスもここまでだ』というような論調です。

で、本当だろうかと思ってよく見てみると、私にはまるで違って見えます。4月からの消費税の引き上げにもかかわらず、景気は順調に回復中だ、という姿が見えます。このあたりについて、書いてみます。

まず、この4-6月期の、-1.7%(年率換算-6.8%)というのは、四半期の季節調整済みの実質GDPの、対前期(1-3月期)増減比が-1.7%だということを意味しています。実質でなく名目ベースでは、-0.1%(年率換算-0.4%)ということも、発表資料には書いてあり、記事によってはこれについて触れているものもいくつかあります。実質ベースの名目ベースというのはインフレ率の調整をしているかどうか、という違いです。この実質ベースのGDPも名目ベースのGDPもどちらも季節調整済みの数字です。季節調整する前の数字については発表資料には書いてありませんから、その元となったデータを見なければなりません。
その、元データには、季節調整前の名目ベースのGDPもちゃんと計算されています。その季節調整前の名目ベースのGDPの対前期伸び率は+0.1%(年率換算+0.5%)です。すなわち、ほんのちょっとですが、前の期より増えている、ということです。

もともとGDPというのは山ほどの統計資料から作り上げるものです。季節調整前のGDPの元となる数値ができたところでインフレ率の調整をした、実質ベースのGDPの計算のための数値を計算します。それを積み上げて季節調整前の名目GDP、実質GDPを計算するのですが、さらに、その元となる数値に対して季節調整をした数値をそれぞれ計算し、それを積み上げたものが季節調整済みの名目GDP、実質GDPとなります。
すなわち、一口にGDPと言っても季節調整前の名目GDP、実質GDP、季節調整済みの名目GDP、実質GDP、と、4種類ある、ということです。
どういうわけか普通はこのうち、季節調整済みの実質GDPが最も重要な意味のあるGDPだ、ということになっているんですが、私はむしろ季節調整前の名目GDPが一番信頼できるデータだと思っています。給料が上がったとか下がったとか、企業の売り上げや利益が上がったとか下がったとか、実質ベースとか季節調整済みとかで考えることはありません。すべて季節調整なしの名目ベースで考えています。であれば、GDPも同様に考えるのが最も自然なやり方です。
季節調整済みの実質GDPと季節調整前の名目GDPの違いは、インフレ率の調整をしているかどうか、ということと、季節調整をしているかどうか、ということです。どちらの調整もしていない季節調整前の名目GDPの方が、両方の調整をしている季節調整済みの実質GDPよりも、調整によるゆがみがない分、信頼できる統計データだと思います。
特に今回のGDPの議論は、4月からの消費税の引き上げによって景気がどうなったか、をどう見るか、ということですから、これを見るには季節調整前の名目GDPを見るしかありません。
1-3月期と4-6月期は状況が大いに異なります。消費税の引き上げにより、1-3月期、あるいはもっと前の2013年の7-9月期、10-12月期には消費税引き上げ前の駆け込みの消費があり、その分4-6月期は消費が減っているはずです。また、Windows XPのサービス終了に伴うパソコン購入も1-3月期以前の消費を押し上げています。
これらの要因のため、3月以前には駆け込みで消費が増え、4月以降は消費が減ることを見越して消費材の値段も3月まではちょっと高め(でも売れるから構わない)、4月以降はちょっと低め(にして、消費税の引き上げの影響を少なくして少しでも売り上げを増やす)、というようになっています。
このような消費の時期のシフト、それに伴う価格の変動がいつ、どの程度起こっていたのかをきちんと分析するにはかなり時間がかかります。
ですから、GDPの実質値への調整、季節調整はどちらも当面は過去の実績に基づいた調整をするしかない、ということになります。それが、実質GDPあるいは季節調整済みのGDPのゆがみになってしまいます。
このGDPの元の数字の系列は見ているととても面白いのですが、一つだけ紹介しましよう。
四半期GDPの実数は、最近では大体120兆円です。2013年の10-12月期は125兆円、2013年の1-9月の3四半期はどの四半期も117-118兆円です。これが、2014年の1-3月期、4-6月期はどちらも120兆円です(4-6月期は1-3月期より0.1兆円多くなっています)。で、面白いことに2013年7-9月期から2014年4-6月期まで、毎期、前年同期と比べて2兆円増加しています(2013年10-12月期は3兆円の増加です)。
このように、前年に比べてGDPは明らかに増加しており、消費税の引き上げ直後で消費が落ち込むと思われていた4-6月期も2兆円の増となっています。
ほかにも在庫の増減など、7月以降の四半期についてもGDPが順調に伸びていきそうな数字がいろいろ見つかります。
期待して見ていきたいと思います。
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『2回目の速報に対するコメント』
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4-6月期の四半期GDPについての2回目の速報で、対前期比伸び率が年率換算で-7.1%になった(1回目では-6.8%だった)ということで、大騒ぎですね。

本当かいなと思ってみてみたら、なかなか面白いことが分かったので報告します。

結論から言うと、1回目の速報に対するコメントと同様、日本経済は順調に回復しているということが言えます。

4-6月期のGDPの季節調整前の名目値は1回目の速報で120兆6,142億円、2回目の速報では120兆6,125億円、17億円だけ減っています。率で言えば、-0.0014%です。

これが同じ期の季節調整後の実質値になると(季節調整後の数字は年率換算するので、四半期の数字の約4倍になります)、1回目の速報が525兆8,017億円、2回目の速報が525兆2,506億円と、5,511億円減少、率で言うと-0.1048%です。

すなわち-0.0014%が-0.1048%に約80倍に膨らんでしまう、あるいは-17億円が-5,511億円に約300倍になってしまう(そのうち、約4倍が四半期ベースから年換算にした影響ですから、残りは70倍程度で、80倍と大体あっています)。これが季節調整と実質化の効果です。

なお季節調整後の実質GDPが季節調整前の名目GDPの4倍より大きくなっているのは、GDPデフレーターによって実質値が水増しされているからです(GDPデフレーターでは未だにデフレの状態が続いています)。

で、この2回目の速報に関するマスコミの記事では、下方修正の主要な要因として、民間企業の設備投資が大幅に減っていることが指摘されています。ところが実はその減った分以上に民間在庫品増加が大幅に増えていることはほとんど報道されていません(これは元数字を見ればすぐわかるのですが、政府の発表資料にはここの所に数字が入っていないので、発表資料だけにもとづいて記事を書くマスコミにはわからないかもしれません)。

1回目と2回目で大きく違うのは、この民間企業の設備投資と民間在庫品増加ですから、これを実数で見てみましょう。季節調整前の名目値では民間企業設備投資が16兆81億円から15兆5,115億円に4,966億円減少、民間在庫品増加が7,839億円から1兆4,456億円に6,617億円増加。合わせて1,651億円増加しているんですが、季節調整後の実質値では民間企業設備投資が72兆7,846億円から70兆7,488億円に2兆358億円の減少、民間在庫品増加がマイナス1兆4,573億円から5,377億円に1兆9,950億円増加、合わせて408億円の減少になっています。

企業の設備投資というのは、ちょっと長期的な消費の見通しにもとづくもので、在庫品増加は短期的な消費の見通しにもとづくものです。1回目と2回目の速報値を比べると、設備投資の方は3.1%とちょっとだけ減って、在庫投資の方は84.4%増と、倍近くに増えています。

これは企業の方は7月以降の景気の動向について、かなり楽観的な見方をしているということを示しています。

結論は同じなのですが、今回の作業を通じて、またもや季節調整や実質値化は経済の実態をわかりにくくする危険な指標だなと実感しました。
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『雪はよごれていた』

水曜日, 9月 10th, 2014

昨日からニュースサイトは軒並み『昭和天皇実録』の話題で賑わっています。
これについてもいずれ、ところどころ読みたいな、と思いますが、多分数年後のことになりそうです。

たまたまなのですが、先週末に図書館に行き、リサイクルコーナー(『図書館では廃棄処分にするのでご自由にお持ち下さい』というコーナー)で、澤地久枝さんの『雪はよごれていた』をみつけて貰ってきました。

これは2.26事件について、検察官をやった匂坂(サキサカ)春平氏が内緒で保存していた裁判資料が昭和62年に出てきて、澤地さんがNHKの協力のもとその資料を読み解いた記録です。

匂坂氏が裁判のために集め、また自ら作成した多数の資料と、その資料に小さな字で付けた厖大な書き込みを一つ一つ読み解いて、2.26事件の本質に迫るというものです。

これを読むと2.26事件が何だったのかが良くわかります。
何人かの青年将校が部下の兵隊を使って、政府の要人を殺したクーデターのようなものですが、青年将校の方には要人を殺した後どうするかという具体的な考えがなく、悪者がいなくなれば世の中が良くなるだろう位の考えしかなく、そこで軍の上層部がクーデターの乗っ取りを謀り、実際に軍の上層部主導のクーデターに仕上げようとしたのを昭和天皇が頑強に抵抗したためにそれができず、軍の上層部はクーデターをあきらめ、一度は手を結ぼうとした青年将校たちを裏切って反逆罪(反乱罪)で処刑してしまい、その際自分達のクーデター乗っ取り計画をごまかすために北一輝等を事件の黒幕に仕立て上げた、という話です。

陸軍の法務官サイドは軍の上層部の裁判まで考えていたのに、青年将校と北一輝等の処刑で裁判は終わってしまい、軍の上層部は生き延び、クーデターは失敗に終わったけれど、その後軍の暴走を止めることはできなくなってしまったという話です。

2.26の直後、昭和天皇の弟で軍にいた秩父宮が任地の弘前から夜行列車で急遽上京するのですが、軍人たちがその秩父宮に決起を促す『進言』という文書も匂坂資料の中から見つかっています。

これも合わせて、第二大戦が終り日本軍が消滅するまでの昭和天皇の孤独と不安は大変なものだったんだろうな、と改めて思いました。

戦前の日本で、軍の暴走が誰にも止められないようになってしまう重大な事件を理解するために重要な一冊です。250頁ほどの本ですが、読みごたえあります。お勧めします。

『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』

水曜日, 9月 3rd, 2014

塩野七生さんの『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を読みました。去年の12月に出ている本ですから、図書館で予約して7~8ヵ月待った上下合わせて550頁の本を一週間で読んでしまったのはちょっと勿体な
かったかなと思っています。

この本は本の頭の部分の『読者に』によると、塩野さんが処女作を出した頃からいずれは書こうと思っていたもので、45年もたってようやく順番が回ってきた、ということです。

塩野さんは最初イタリアを中心にルネサンスの話をいくつか書き、その後『ローマ人の物語』を15年にわたって毎年1冊ずつ書き続け、それが終わった所で古代ローマが亡びてからルネサンスまでの千年が残っているということで、この千年を埋めるためにまず『ローマ亡き後の地中海世界』を書き、次いで『十字軍物語』を書き、完結編としてこの『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を書き、ルネサンスにたどり着いた(実際のルネサンスはまだ200年くらい先だけれど、このフリードリッヒ二世(と同時代に生きたアシジのフランシスコ)によってルネサンスは始まったんだ)ということです。

塩野さんは小説家でも歴史家でもなく、『物語り語り(物語を語る人)』という立場でローマ人の物語以後(実はもっと前から)一貫して本を書いています。この本もその物語として素晴らしい作品になっています。

物語である以上、その主人公に惚れるというのが作品を面白くする大きな要素ですが、その意味で『ローマ人の物語』の中でこれだけ2巻にわたって書かれたユリウス・カエサルと、同じくこの2巻にわたる本で書かれたフリードリッヒ二世が塩野さんの惚れた素晴らしい男性だということのようです。

皇帝の息子に生まれてすぐに孤児になり、ある意味放っておかれて大きくなったフリードリッヒ二世が神聖ローマ帝国の皇帝になり、法王から破門になった身でありながら十字軍に行き、戦争もしないでエルサレムを取り返し、十字軍に行っている留守を狙って領地を侵略していた法王の軍を、十字軍から帰ってあっと言う間に取り返すのですが、十字軍については『十字軍物語』に書いてあるので、簡単に書いてあります。

むしろその後シチリア王国の国王としてメルフィ憲章を作り、シチリア王国を法にもとづく立憲君主制の法治国家にしようとした時、対立する法王が異端裁判所を作り、神の法による政治をしようとしたのとの対比が見事です。

皇帝の憲法は現実に合わせて常に改正を繰り返すのに対して、法王の方は神の法は変えてはいけない。皇帝の方は聖書でイエス・キリストの言う『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に、』に従って政教分離で行くのに対し、法王の方は『法王は太陽で皇帝は月』で、『皇帝も王も法王が勝手に任命したり首にしたりできる』と考え、神権政治をしようとする。皇帝の方は裁判は有罪が確定するまでは無罪で、有罪を立証することが求められたのに、法王の方は告訴された段階で原則有罪で、被告が無罪を証明する必要があり、それができなければ無条件で有罪、というものです。

この異端裁判所(異端審問所)はその後『教理聖庁』と名前を変えて何と今まで生き残っているという話もびっくりしてしまいます。とはいえ今はこの裁判(審問)の対象となっているのはカトリック教会の聖職者だけということになっているようなので、まあいいか、というものですが。

この憲法や裁判に関する塩野さんの書きぶりを読んで、今の日本の、憲法改正に反対するいわゆる立憲主義の法律家達のことを思い出しました。もしかすると塩野さんもこの立憲主義の法律家達を法王の側の聖職者たちと同じように見ているのかなと思います。もちろん塩野さんはそんなことをあからさまにしてロクでもない議論に巻き込まれるようなスキは見せませんが。

フリードリッヒ二世は法王との長い闘いの中で50歳ちょっとで死んでしまうのですが、その後執念深い法王達(直接対決した法王はフリードリッヒ二世が死んですぐに死んでしまうのですが、その後の法王たちも前の法王にならってフリードリッヒ二世の後継者潰しに全力を上げます)によってフリードリッヒ二世の王国は滅ぼされ、子孫も滅ぼされてしまいます。

その過程で軍隊を持たない法王はフランス王に応援を求め、その結果フランス王の力が強大になり、法王が70年以上もフランス王に拉致・監禁される『アヴィニオンの捕囚』という話につながります。

フリードリッヒ二世はやろうと思えばできたんでしょうが、『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に、』の言葉に忠実に、自分の領分については法王の介入を排除しても、法王の領分には手出しをしなかったので、それで生き残った法王にやられてしまったという構図のようです。

この本の最後、塩野さんがフリードリッヒ二世の終焉の地の廃墟を訪れる所は、いつものように感動的な締めくくりになっています。ここは直接読んでもらいたいので、楽しみにしておいてください。

この本で、古代ローマ帝国が滅んでからルネサンスに至る空白の千年が埋まってしまったわけで、さて次は塩野さんは何を書くんだろうと思っています。塩野さんももう80歳近くなり、引退してもおかしくない歳になっています。この本の中でも初めのところに所々『アレッ』と思うような文章の乱れもちょっとありましたが、読み終わってみるとまだまだしっかりした感動的な本になっています。またこの手の人は基本的には『引退』などということを考えない人のはずです。

私としてはルネサンスを超え、絶対王制のあとに再度ローマの再生を目指したナポレオンを書いてくれると嬉しいなと思うのですが、今まで塩野さんの書き物ではこの人はほとんど登場していないので、さてどうなりますか。

とにかく2巻合わせて550頁の大作ですが、面白くて一気に読めます。
興味があったら読んでみて下さい。