『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』

塩野七生さんの『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を読みました。去年の12月に出ている本ですから、図書館で予約して7~8ヵ月待った上下合わせて550頁の本を一週間で読んでしまったのはちょっと勿体な
かったかなと思っています。

この本は本の頭の部分の『読者に』によると、塩野さんが処女作を出した頃からいずれは書こうと思っていたもので、45年もたってようやく順番が回ってきた、ということです。

塩野さんは最初イタリアを中心にルネサンスの話をいくつか書き、その後『ローマ人の物語』を15年にわたって毎年1冊ずつ書き続け、それが終わった所で古代ローマが亡びてからルネサンスまでの千年が残っているということで、この千年を埋めるためにまず『ローマ亡き後の地中海世界』を書き、次いで『十字軍物語』を書き、完結編としてこの『皇帝フリードリッヒ二世の生涯』を書き、ルネサンスにたどり着いた(実際のルネサンスはまだ200年くらい先だけれど、このフリードリッヒ二世(と同時代に生きたアシジのフランシスコ)によってルネサンスは始まったんだ)ということです。

塩野さんは小説家でも歴史家でもなく、『物語り語り(物語を語る人)』という立場でローマ人の物語以後(実はもっと前から)一貫して本を書いています。この本もその物語として素晴らしい作品になっています。

物語である以上、その主人公に惚れるというのが作品を面白くする大きな要素ですが、その意味で『ローマ人の物語』の中でこれだけ2巻にわたって書かれたユリウス・カエサルと、同じくこの2巻にわたる本で書かれたフリードリッヒ二世が塩野さんの惚れた素晴らしい男性だということのようです。

皇帝の息子に生まれてすぐに孤児になり、ある意味放っておかれて大きくなったフリードリッヒ二世が神聖ローマ帝国の皇帝になり、法王から破門になった身でありながら十字軍に行き、戦争もしないでエルサレムを取り返し、十字軍に行っている留守を狙って領地を侵略していた法王の軍を、十字軍から帰ってあっと言う間に取り返すのですが、十字軍については『十字軍物語』に書いてあるので、簡単に書いてあります。

むしろその後シチリア王国の国王としてメルフィ憲章を作り、シチリア王国を法にもとづく立憲君主制の法治国家にしようとした時、対立する法王が異端裁判所を作り、神の法による政治をしようとしたのとの対比が見事です。

皇帝の憲法は現実に合わせて常に改正を繰り返すのに対して、法王の方は神の法は変えてはいけない。皇帝の方は聖書でイエス・キリストの言う『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に、』に従って政教分離で行くのに対し、法王の方は『法王は太陽で皇帝は月』で、『皇帝も王も法王が勝手に任命したり首にしたりできる』と考え、神権政治をしようとする。皇帝の方は裁判は有罪が確定するまでは無罪で、有罪を立証することが求められたのに、法王の方は告訴された段階で原則有罪で、被告が無罪を証明する必要があり、それができなければ無条件で有罪、というものです。

この異端裁判所(異端審問所)はその後『教理聖庁』と名前を変えて何と今まで生き残っているという話もびっくりしてしまいます。とはいえ今はこの裁判(審問)の対象となっているのはカトリック教会の聖職者だけということになっているようなので、まあいいか、というものですが。

この憲法や裁判に関する塩野さんの書きぶりを読んで、今の日本の、憲法改正に反対するいわゆる立憲主義の法律家達のことを思い出しました。もしかすると塩野さんもこの立憲主義の法律家達を法王の側の聖職者たちと同じように見ているのかなと思います。もちろん塩野さんはそんなことをあからさまにしてロクでもない議論に巻き込まれるようなスキは見せませんが。

フリードリッヒ二世は法王との長い闘いの中で50歳ちょっとで死んでしまうのですが、その後執念深い法王達(直接対決した法王はフリードリッヒ二世が死んですぐに死んでしまうのですが、その後の法王たちも前の法王にならってフリードリッヒ二世の後継者潰しに全力を上げます)によってフリードリッヒ二世の王国は滅ぼされ、子孫も滅ぼされてしまいます。

その過程で軍隊を持たない法王はフランス王に応援を求め、その結果フランス王の力が強大になり、法王が70年以上もフランス王に拉致・監禁される『アヴィニオンの捕囚』という話につながります。

フリードリッヒ二世はやろうと思えばできたんでしょうが、『皇帝のものは皇帝に、神のものは神に、』の言葉に忠実に、自分の領分については法王の介入を排除しても、法王の領分には手出しをしなかったので、それで生き残った法王にやられてしまったという構図のようです。

この本の最後、塩野さんがフリードリッヒ二世の終焉の地の廃墟を訪れる所は、いつものように感動的な締めくくりになっています。ここは直接読んでもらいたいので、楽しみにしておいてください。

この本で、古代ローマ帝国が滅んでからルネサンスに至る空白の千年が埋まってしまったわけで、さて次は塩野さんは何を書くんだろうと思っています。塩野さんももう80歳近くなり、引退してもおかしくない歳になっています。この本の中でも初めのところに所々『アレッ』と思うような文章の乱れもちょっとありましたが、読み終わってみるとまだまだしっかりした感動的な本になっています。またこの手の人は基本的には『引退』などということを考えない人のはずです。

私としてはルネサンスを超え、絶対王制のあとに再度ローマの再生を目指したナポレオンを書いてくれると嬉しいなと思うのですが、今まで塩野さんの書き物ではこの人はほとんど登場していないので、さてどうなりますか。

とにかく2巻合わせて550頁の大作ですが、面白くて一気に読めます。
興味があったら読んでみて下さい。

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