Archive for 1月, 2023

『雑草はなぜそこに生えているのか』ー稲垣栄洋

火曜日, 1月 31st, 2023

稲垣さんのちくまプライマリー新書の2冊目はこの雑草の本です。
この本を読んで、なるほど雑草こそ植物の進化の頂点にある存在だな、と納得しました。

著者の稲垣さんは専攻を『雑草生態学』というくらいあって『へー』と驚く話が満載です。しかもこの雑草というのがとんでもない融通無碍の生物で、普通の植物の常識を平気で覆しているという話がいくつも紹介されています。

まず雑草は大量の種子をバラ撒くことが特徴で、イギリスのコムギ畑の調査で、1平方メートルあたりの土の中に雑草の種子が75,000粒あったということで、この種子が一斉に開花するのであれば駆除するのも簡単なのですが、これがてんでんばらばらに好き勝手のタイミングで開花するので、『取っても取っても生えてくる』ということになります。

またゴルフ場に生える『スズメノカタビラ』という雑草では、ゴルフ場の芝の刈り揃える高さに応じ、その高さよりちょっと低い高さで穂を出す、という話があります。それぞれの場所で種子を取り、それを育ててみると、まわりに芝がないにも関わらず、あった芝の高さよりちょっと低い所まで育つようになっている。即ちそのように遺伝的に変異しているということです。

かと思えば、同じ植物が環境に応じて高さ数センチになったり数メートルになったり自由自在に生育する、それどころか開花時期も春のはずのものが秋に咲いたり、越年生の草が平気で一年生の草になったりしているようです。

『雑草とは何か』という定義の所で
不良環境下でも種子を残し、好適環境下では種子を多産する
というのがあるそうで、また
雑草は未だにその価値を見出されていない植物である。
というのも、イネやムギ等も、もともと雑草だったものが人の手で選択・改良されていったものだという事から良く分かります。

よく『雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる』なんて言葉が言われたりしますが、これは間違いで、実際は雑草はそんな無駄なことはしない。立ち上がるなんて余計なことはしないで『雑草は踏まれても踏まれても必ず花を咲かせ、種子を残す』ということだという事で、納得です。

最後に著者自身による略歴が付いています。専攻は雑草生態学となっているけれど、大学を卒業するときに雑草学の研究室ができたので、せっかく決まっていた留学の話をドタキャンして大学院に進学し、大学院を出てから農林水産省・静岡県農林技術研究所等で働いて、雑草そのものの研究はしてこなかったけれど、それがすべて雑草研究に役立っているというのは面白い話です。

中高生向きに書かれていて、読みやすい本です。
お勧めします。

『朝日新聞』

水曜日, 1月 18th, 2023

昨年の年末に自宅の固定電話に電話がかかってきました。たまたま私が出た所、朝日新聞からの電話でした。

何だろう、と思いつつどうせ暇なので話を聞いてみたら新聞の勧誘です。とはいえ普通の勧誘とはちょっと違って、何日か無料で配達するのでそれを見て、もし良かったら購読して下さいということでした。

紙の新聞も読むことはなくなっているし、特に朝日新聞は何年も見ていないので、とりあえずタダなら良いやと思ってこの話に乗ることにしたら、正月の3日から7日までの5日間、朝日新聞の朝刊が自宅に配達されました。さすがに大部の元旦号は配達はしないようです。

私は昔、親と同居していた時は父親は典型的な朝日・岩波・NHKだったので、新聞は朝日と決まっていました。とは言え、特に社会問題に興味はなかったので、見るのは4コマ漫画・新聞小説・囲碁将棋欄、そしてテレビ・ラジオ欄をちょっと見るだけでした。学生の時名古屋住まいをしていた時には地元なので仕方なく中日新聞を取っていました。

名古屋から戻って社会人になり、新入社員研修で講師をした先輩社員から『日経新聞を読め』と言われて早速4月1日に遡って配達してもらい、それ以来40年くらいは毎日読んでいました。

結婚して奥さんに『近所の情報が必要だから折り込み広告が入る一般の新聞を取ってくれ』と言われて、朝日・読売等を取ったこともあり、また日経も本紙だけでなく、日経金融新聞や日経産業新聞も併せて購読していたこともありました。

その後日経新聞本紙のみになり、それも会社をたたむ時にやめました。

保険会社にいた時は会社で一般紙も取っていて、時々は見る機会もあったので、それを見て、特に朝日新聞の社説があまりにも非論理的なので、『受験生の息子には朝日新聞の社説を読ませている』という社長に対し、『朝日の社説を読むと頭がバカになるからやめた方が良い』とアドバイスしていました。

その頃でも日経新聞の記事が事実の報道が3割~5割位なのに対し、朝日新聞の記事は事実の報道が1割位だと思っていたのが、日経新聞がどんどん朝日新聞のようになっていくので、もう新聞は読む価値がないな、と思ってやめました。

その後朝日新聞がどうなっているか、という興味もあったので無料の配達をしてもらいました。

で、3日に配達された新聞を見て、あまりにスカスカなので呆れ果てました。まぁ正月なので、紙面を作るのも手抜きをした、ということかも知れませんが、読む所はまるでありません。特に3日と4日は1面のトップにストーリーテリングというんでしょうか、誰誰さんがどうしたこうしたという、実名だか仮名だか匿名だか分からない名前で特定の個人の物語を延々と書いたあと、それに対するコメントの形でウンチクをたれる・・という記事が出ていました。

別に一刻を争うような記事でもなく、いつ出しても良いような記事をあらかじめ書き溜めておいて、これを載せれば記者さんはゆっくり正月休みを楽しめるということでしょうか。

4日の一面に載ったのは飯山あかりさんもYouTubeでこきおろしていましたが、新興宗教にはまった両親のために苦労した娘が、今度はイスラム教徒と知り合ってイスラム教徒になってしまって、心の平安がもたらされてヨカッタヨカッタ、という記事です。

このような物語が一面のほぼ全体を占めている、というのは、もう新聞は報道機関である、という建前まで捨ててしまったかのようです。

このストーリーテリングの手法、私にとっては作り物の物語で何の価値もないとしか思えないのですが、朝日新聞の情報の記者さんたちはセンチメンタルな物語を作ってカッコイイと思っているんでしょうね。

3日・4日は、2日・3日に行われた箱根駅伝の話でかなり紙面が潰せます。7日の土曜日は毎日のテレビ・ラジオ欄で使う2頁のほか、週刊テレビ欄ということで丸々3頁使っています。

正月の名残で他の全面広告もかなりたくさん入っていて、大体毎日30頁くらいの紙面の3分の1は全面広告です。呆れ果てえるばかりのテイタラクです。

7日の夕方また電話がかってきて、『無料配達した新聞は見てもらいましたか、取ってみようという気になりましたか』と聞かれ、『思った通り価値がない事がわかった。5日間有難う。』と答えて一件落着です。