‘時事雑感’ カテゴリーのアーカイブ

『新聞の嘘を見抜く』 徳山喜雄 -(3)

2018年5月18日 金曜日

この本を読みコメントを始めた時は、もう少しのんびり・じっくりコメントしようと思っていたのですが、その後事態の進展は想定以上のスピードで、もはやこれ以上のコメントは不要と思われるので、今回のコメントで終了とします。

その間新聞のファイクニュースはどんどん多くなり、また質的にもかなりひどくなり、従来のようにファイクニュースかどうか見分ける必要もなくなり、あからさまなファイクニュースあるいは願望ニュースを何の工夫もなく書き上げ、あとはそれをできるだけ広範囲にばらまくという戦略をメディアが採用することになったため、メディアのニュースは原則ファイクニュースだと考える所からスタートした方が手っ取り早いということになってしまいました。

もはやどのようにフェイクニュースをフェイクじゃなく見せるかなどという努力や工夫は消え去ってしまい、単に『大声で広範囲にばらまいて数の力で勝負』ということでは何の面白みもありません。

皮肉なことにこの本の最後の章のタイトルが『新聞はもう終わったメディアなのか』となっているんですが、たった半年で『なのか』が消え、『新聞はもう終わったメディア』になってしまったようです。

さてこのように終わってしまったメディアですが、いつの日かまた復活する日は来るのでしょうか。

ゆっくり気長に、その日の来るのを待ちたいと思います。

『事大主義の復活』

2018年3月29日 木曜日

金正恩の中国訪問、ようやく映像その他が出てきましたね。

映像を見る限り、北朝鮮は中国に全面降伏して中国を宗主国とする従属国になったようです。これでとりあえず身の安全だけは中国に保証して貰ったという所でしょうか。

事大主義というのは朝鮮の何千年の歴史を貫く政治思想です。事大(じだい)というのは大(だい)に事(つかえ)る、と読みます。力のある強国に無条件に従って忠実な属国として生き残りをはかるという考え方です。

朝鮮は明治30年に大韓国(後に大韓帝国)として独立するまでずっとこのような中国を宗主国とする従属国だったという歴史がありますから、ここでまた昔に戻るということでしょうね。

それにしても、属国になるにしてもその相手としてアメリカもロシアもあると思うのですが、よりにもよって中国を宗主国とするというのは、これも歴史と伝統のなせる業なんでしょうか。なにしろ今まで宗主国となるのはずっと中国だったわけですから。

もっともアメリカもロシアも民主主義国なので命の保証をしてもらえないかも知れないけれど、中国は民主主義国ではないから、習近平に頼めば命の保証だけはして貰える、と思ったのかも知れませんね。ただしその保証料がどれだけ高いものになるかはこれからのお楽しみでしょうけど。
韓国ドラマを見れば、属国だった朝鮮が宗主国の中国にいかにひどい目にあったか、という設定だらけです。

韓国では、この前文在寅大統領が訪中した時の冷遇に比べて今回の金正恩の厚遇が甚だしすぎるなんて話も出ているようですが、北朝鮮は属国、韓国は属国にならずに独立国であるかのようにえらそうにふるまっている、となったら、扱いの違いは当然のことかも知れません。

文在寅さんはもともと北朝鮮寄りの人ですから、今回の北朝鮮の行動を見て韓国も同じように中国の属国になろうとして動き始めるんでしょうね。

当初のアメリカの軍事力によって北朝鮮問題を解決するというのとはやり方が違ってしまいますが、これはこれで一つの解決かも知れません。北朝鮮が中国に従属するとなった以上、核兵器は全て北朝鮮から中国に運び出されてしまうでしょうし、核開発関係の施設は全て中国の管理下に移されるでしょうから、暴発の危険がかなり低くなりますね。

ミサイルは残るかも知れませんが、金正恩がいつまでも我慢できるとは思えないので、それはいずれ日本やアメリカを狙うのでなく、中国を狙うようになるんでしょうね。

中国の属国になるというのはかなり大変なことだとはいえ、北朝鮮の国民にとっては今よりはかなり状況が改善されるんでしょう。

韓国については属国が宗主国より豊かな生活をしているなんてことは許されないでしょうから、ちょっと辛い思いをすることになるかも知れませんね。

中国と北朝鮮・韓国の関係は興味深く見ていきたいですね。

『新聞の嘘を見抜く』 徳山 喜雄 -(2)

2018年2月21日 水曜日

さて前回は『プロローグ』の所のコメントで終わってしまいましたが、今回はいよいよ本文に入ります。
第一章は『「ポスト真実」時代の新聞』というタイトルです。まずはpost-truthという言葉の説明から入ります。

2016年のオックスフォード大学の出版局によるWord of the Yearになったこの言葉の意味を
 『世論形成において客観的事実の説明よりも、感情に訴える力が影響する状況』(15頁)とか、
『世界は客観的な事実や真実が重視されない時代、換言すれば「自ら望んでいるストーリー」だけを読みたいという時代に踏み込んだかのようである。』(16ページ)と説明しています。

このような意味づけは確かに良く見かけるものですが、これもどちらかと言えばマスコミやジャーナリズムの世界で使われている説明だと思います。

私の考えではこの言葉は、『もはや新聞が報道する「真実」も専門家と称する人達が主張する「真実」も殆ど信用されなくなり、本当の「真実」を求めて他のメディア、他の人達の言うことに耳を傾ける人が多い』ということだろうと思います。

新聞人からすると『自分達が報道しているのが真実だ』というスタンスを変えるわけにはいかないので、新聞の報道する真実が信頼されなくなっていることを、読者が真実を求めなくなっている、とすり替えて説明しているもののようです。
まぁ長期間マスコミにいると、自らの存在を否定するような話を簡単には受け入れられないんでしょうが。

で、この言葉を軸に、イギリスのEU離脱の国民投票と、アメリカ大統領選のトランプ氏当選の報道についてコメントしています。

EU離脱の国民投票では、多分離脱反対の結果になるだろうと(欧米のメディアを含めて)誰でもが思っていたことも『「日本のメディア」に流れる空気はEU残留派の勝利であった』(17頁)などと、わざわざ「日本のメディア」と限定し、日本のメディアだけがダメだったかのように書いてあります。

そして結果として離脱賛成派の勝利について、『EU離脱報道には欠陥があり、世論をミスリードした』(18頁)と書いています。ここで著者お得意の新聞各紙読み比べをやっているんですが、『毎日新聞が「離脱だ」と言い切っているのは間違いだ。読売新聞が「英国の脱退方針が決まった」と書いてあるのは冷静で正確だ』(18頁)と書いてあるのにはあきれ果てますね。法的拘束力のない国民投票でもちろん離脱が決まったわけでもないですが、脱退方針が決まったわけでもないんですから、毎日新聞も読売新聞も同じようなものです。やはり朝日新聞に長くいたため論理的思考能力が欠けているんでしょうね。

次はアメリカ大統領選のトランプ勝利ですが、『当初は泡沫候補扱いでまともに相手にされていなかった不動産王のトランプ氏が共和党の大統領候補になり、その果てに大統領になってしまった。殆どの既存メディアはこれを予測できず、産経が言うようにまさに「敗北」した。換言すれば、嘘を報じてきたのである、ひどい誤報である。』(21頁)

『嘘』と言いながらすぐに『誤報』と言い換えて、嘘の印象をやわらげる、というのも一つのテクニックかも知れません。
で、トランプさんの選挙運動中のマスコミとのやりとりについて、『メキシコ不法移民を「麻薬密売人」「強姦犯」と決めつけ、国境に壁を築き、この建設費はメキシコに払わせるとするトランプ氏をメディアは厳しく批判したにも関わらず、その効果はなく、酷評した相手に逆手に取られ逆襲されることになった。批判した相手を結果として応援するような報道ならしない方が良いということになる。』(23頁)

この最後の文章、ここではからずも本音が出てしまいましたね。ネットの世界で良く言われる『報道しない自由』というものです。安倍さんに都合の良いこと、自民党にとって都合の良いことは無視して報道しない。安倍さんに不利なこと、自民党にとって不利なことは針小棒大に膨らませて大きな記事にする。日本では憲法で言論の自由が保証されていて、その中には嘘をつく自由も含まれると解釈されていますから、この『報道しない自由』も憲法で保証されているんでしょうか。これをこのようにあからさまにしてしまっては、報道の自殺のようなものです。新聞の報道は新聞社にとって都合のいいことのみの報道だ、と言っているようなものですから。
まさかこんなことを、これほど明確に書いてしまうとは、何ともはやビックリです。

ここでなぜか清沢洌が登場し、そのジャーナリズム批判が紹介されています。ここで著者が書いてあるのも何となくおかしな話なのですが、コメントは実際に清沢洌の書いたものを読んでからにしたいと思います。

いろんな人を引き合いに出して、自分の言いたいことはこんな人もこんな人も言っている、という言い方をするのは良くあるやり方ですが、ここでキッシンジャーが登場して、読売新聞のインタビューに答えて『(インターネットによって情報を記憶する必要がなくなった。)記憶しなければ人は考えなくなる。その結果知識を受容する能力が著しく損なわれ、何もかも感情に左右されるようになり、物事を近視眼的にしか見られなくなってしまった』(30頁)なんて文章が引用されていたりします。これは電子メディアと民主主義の関係を語ったという注がついていますが、著者がITやインターネットが嫌いだ、というだけのことのようです。

このキッシンジャーの言葉については、それじゃぁ紙や字がない方が良かった(紙や文字がない時代には、口承で覚えるしかなかったんですから)ということなのか、新聞などない方が良いと言いたいのか、とツッコミを入れたくなります。どうもこの本の著者は、気が付かないまま自己否定するのが好きなようです。

ということで、今回はこのへんまで。

『新聞の嘘を見抜く』 徳山 喜雄

2018年2月19日 月曜日

この本は新聞がフェイクニュースを量産し、新聞が信用されないようになっており、インターネットがマスコミに代わって様々なニュースを提供するようになっている状況を踏まえ、インターネットには新聞以上にフェイクニュースが溢れており、やはり新聞の方が信頼できるメディアだ、ただし新聞のニュースも正しく理解するためにはそれなりの新聞の読み方があるので、その新聞の読み方を説明し、インターネットに溢れる嘘に惑わされる事なく、また新聞にも登場するフェイクニュースもきちんと見極めることができるようにする為にはどうしたら良いか、というようなことを宣伝文句にする本です。

著者は長く朝日新聞に所属し、AERAにも所属していた人という人ですから、最初からこんな本を読むつもりはなかったのですが、先日かなり久しぶりにたまたま本を買うために本屋さんに行った所この本を見つけ、パラパラめくってみた所、この本の著者の意図とは全く違う視点で読んでみると面白いかも知れないなと思いました。

朝日新聞の記事など紙面で読むことは殆どありませんし、ネットで読むような時も日々様々なニュース記事に紛れて一過性の読み飛ばしになってしまいますが、このように印刷されて本になっているとじっくり読むことができますし、本に赤字で書き込みしてツッコミを入れることもできます。この本を材料に、朝日新聞流のフェイクニュースの作り方を分析してみようと思いました。

もちろんこんな読み方は著者の意図とはまるで違った話になってしまうんですが、本が印刷されて販売されてしまった以上、その本を買ってどう料理するかというのはこっちの勝手です。

ということで、買うつもりのなかったこの本を買って読んでみることにしました。

で、まずは『プロローグ』から順番に読んでいくんですが、その2ページ目(本の8ページ)に
『日本において現代の新聞の原型ができたのは明治初めで、150年ほどにわたってほぼ同様のビジネスモデルで貫かれてきた。この過程で出来上がった報道スタイルは作為あるいは不作為の嘘をつき、社会や読者を翻弄してきたという歴史もある。』

なんと、日本の新聞の歴史は嘘・フェイクニュースの歴史だ、と真正面から言っています。これには本当にびっくりしたんですが、この部分についてコメントしている記事は見たことがありません。本の前書きの部分なので、ちゃんと読んでいる人はあまりいないのかも知れません。

もしこの本の主張がこの通りだとすると、私の意図とは違ってしまうので困ったな、と思ったのですが、やはり本文に入ると、その内容は私の想定した通りのもので、インターネットにはファイクニュース・嘘が満ち溢れている、新聞の記事にも時として間違いやミス・誤報はあるけれど嘘をついているわけではない、インターネットの嘘に騙されずに本当の事を知りたければ新聞を読むしかない、という事が書いてあります。

これからじっくりとコメントしていきたいと思いますが、その前にこのプロローグの終りの所に、新聞の読み方に関して『私は複数の新聞を読み比べ、切り口の違い、使っているデータ(事実)の違い、解釈の違いなどを丹念にみていくことを薦めている』(本の10ページ)と言っています。

これはまぁある意味その通りだとは思うのですが、どうしてその対象を新聞に限定してしまうのか、複数の新聞だけでなく他のインターネットの記事も同様に読み比べる方がさらに良いのではないか、と思うのですが、著者は『インターネット=嘘』という前提に立っているので『インターネットの記事も』なんてことは思いもしないんでしょうね。その代わり、新聞の方では朝日・毎日・東京新聞もちゃんとした新聞として取り扱っているようです。

という所で、次からはいよいよ本文に入ります。

まともな本だと思って読むと何の意味もない本ですが、私のように読むつもりになるとかなり面白い本だと思います。そのような人におススメです。

TeXLive, SageMath, MathJax

2017年9月19日 火曜日

今年11年ぶりに名古屋大学の保険数学の集中講義の講師をしました。

11年前に作ったテキストを見直し、内容的には大して変更する所もなかったのですが、作り方を大幅に変えてみました。

11年前のテキストは、パワーポイントで作成し、数式の部分はLATEXで書いてpdfファイルになったものをイメージとして切り貼りし、図の部分はパワーポイントの描画ソフトを使い、またExcelの表をパワーポイントに埋め込むやり方で作りました。

今ではWordの数式エディターもLATEXとほぼ同様のものになっているので、それを使おうかとも思ったのですが、私のPCに入っているwindows8.1とセットされていたOffice2013では、Wordの数式エディターは何とか使い物になりそうだけど、パワーポイントでは使いものにならないような感じでした。

で、色々迷ううちにLATEXが今ではTeXLiveという開発環境に進化しており、その中にパワーポイントのようなプレゼンテーション資料を作るBeamerという環境が一般的になっていることが分かりました。

これであればLATEXのソースを編集してそれをプレゼンテーション資料の形でpdfファイルとして出力する所まで、一貫した作業ができます。

描画については、この中にTikZというソフトが組込まれていて、精確な図を描くことができます。
Excelの表についてはExcelのファイルをEPSという形式でベクトルデータとして印刷し、それをイメージファイルとして取り込むことで簡単に組込むことができます。

いずれにしてもビットマップイメージを使わないため、拡大しても縮小してもイメージが汚くならず、またファイルサイズも大幅に縮小できました。

まだ十分使いこなす所までは行ってませんが、数式や図、グラフ等を作る分には十分使えます。

で、そのテキストを使って名古屋に講義に行き、名古屋大学にいた頃の友人で今も名古屋で大学の先生をしている人と会って話をしている時に、今度はsageというソフトのことを教わりました。sageというのは、『賢人』という意味です。このソフトは今は正式にはSageMathというようです。

たとえば分数の通分や約分をしたり、整数の素因数分解をしたり、多項式の因数分解をしたり式を解いたり、円周率を何十桁も計算したり・・・ということもできるんですが、むしろ数学の群論・数論・代数幾何学等にも使える優れものだ、ということでした。

これもフリーソフトで詳しくは良く分かりませんが、何か大したもののようです。
グラフを描かせたり多項式を解かせてみたり、いじくってみました。

そうこうするうちに、今度はLatexの数式をブラウザで表示するMathJaxというものがあることが分かりました。htmlのHEADERの所に何行か挿入することにより、htmlの本文の中にLATEXの式を書いておけば、それがそのまま数式となってブラウザに表示されるというもので、今までの、一旦LATEXでpdfファイルを作って、それを切り貼りするなんていう手間がなくなります。

このブログはWordpressを使って作っているのですが、早速そのMathJaxを使ってみようと思いました。普通はWordpressにプラグインの形でMathJaxを入れるのですが、それをしようとすると現在私の使っているWordpressはバージョンが古すぎるのか、うまくプラグインがはまってくれません。本来的にはバージョンを上げるのが筋なのですが、それにはちょっと面倒な作業が色々ありそうなので、たかだか数行のテキストをHEADERに突っ込むだけなら直接HEADERに突っ込んでしまおう、と思ってやってみたらうまく行ったようです。

このブログの投稿でもそれに対するコメントでも、LATEXの算式がそのまま使えるようになりました。

こんな式も、
\[i=\lim_{m \to \infty}\left(1+\frac{i^{(m)}}{m}\right)^m-1=e^{i^{(\infty)}}-1\]

\begin{align}
&\int d(log{S_t})=\int \delta \cdot dt=\delta \cdot \Delta t \\
\\
&S_{t+\Delta t}=S_t \cdot e^{\delta \cdot \Delta t}
\end{align}
です。

ここまでの優れたソフトが全てタダで使えるというのも、何ともすごい世の中になったものです。

『リベラルのことはキライでもリベラリズムは嫌いにならないで下さい-井上達夫の法哲学入門』

2017年6月27日 火曜日

『リベラルのことはキライでもリベラリズムは嫌いにならないで下さい-井上達夫の法哲学入門』

プライムニュースの憲法問題の回に時々出てきて、憲法学者をけちょんけちょんにやっつける面白い人がいて、その人は自分は憲法学者じゃない、法哲学者だ、と言いながら憲法改正の話になると9条全部削除などという過激なことを言っているので、ちょっと読んでみようかと思って借りてみました。

この本の続編の『憲法の涙-リベラルのことは嫌いでもリベラリズムは嫌いにならないでください 2』という本も一緒に借りました。

最初の法哲学入門の方は、安保の話や憲法改正の話もありますが、中心となるのはこの井上さんの専門の法哲学の解説になっています。井上さん本人に書かせると時間がかかってとても読みにくい本になるということで、編集者が井上さんに質問をして、その答えを本にするという形式のものになっています。

この本を読んでびっくりしたのが、今どき本気になって『正義』などということを考えている人がいるんだということです。
井上さんによるとリベラリズムの本質は『正義』ということだ、ということです。すなわち、リベラリズムというのは啓蒙思想と寛容の精神がもとになっていて、その根っこにあるのが『正義』だ、ということで、正式に『正義論』という議論があるようです。
寛容、というのは、日本語の漢字を見ると、度量が大きい、とか何でも受け入れる、とかいうようなそんな意味になりますが、元々の意味は、宗教戦争で殺し合いをするのはやめよう、ということのようです。
ヨーロッパでは宗教改革でプロテスタントができて以降、宗教戦争でカトリックとプロテスタントが互いに殺しあう戦争が続き、大量の死人を出しているわけですが、宗教が違っても殺し合いはしないでお互いの宗教を容認しよう、というのが寛容、ということのようです。で、その殺し合いをしないための理論的枠組みが『正義』ということになるようです。

例の白熱教室のサンデル教授というのも井上さんと同じような領域を専門とする人のようで、だから『正義の話をしよう』なんてタイトルにもなるようです。井上さんはサンデルの白熱教室のやり方にはかなり批判的で、それでもアメリカでのやり方はサンデルとの議論の前に学生に十分な準備学習をさせるんですが、それを真似て日本でやっているのは準備もなしにいきなり議論を始めるようなもので、何の意味もない・・・というような話もあります。

で、続編の『憲法の涙』の方は、むしろ最近の安保法制の話や憲法改正の話が中心となっているので、面白く読めます。

この人の改憲論は憲法9条改正なとどいういい加減な話ではなく、憲法9条を全部削除して、日本が軍隊を持つかどうか、自衛隊はどこまでの範囲で認めるのか等は、憲法ではなく普通の法律のレベルで議論する方が良いという主張です。

この人の憲法学者批判は『護憲派の憲法学者が一番ひどいうそつきだ』というもので、タイトルの『憲法の涙』というのも、『護憲派の憲法学者の裏切りで憲法は泣いているぞ』という位の意味です。

法哲学というくらいで哲学的な精緻な(しちめんどくさい)議論を得意としている分、論理的思考力のない憲法学者が束になってかかっても太刀打ちできないのは明らかです。不覚にも相手になってしまった憲法学者は蛇に睨まれた蛙のようなもので、可哀想になる位です。

ということで、正議論に興味がある人は最初の『法哲学入門』の方を、安保や憲法改正に興味のある人は2冊目の『憲法の涙』の方を読んでみてはいかがでしょう。

ただし、『法哲学入門』の方は、著作でなく聞き書き、という形式にしたとはいえ、かなり読みにくい、歯ごたえのある本です。

前川さんの記者会見

2017年6月26日 月曜日

先週の金曜日(6月23日)、元アナウンサーの小林麻央さんの訃報で大騒ぎの中、たまたま前川さんの記者会見がインターネット中継されると知り、見ていました。

特に新しい情報はないけれど、ということで、前川さんに関する(あるいは加計学園に関する)いろんな事情説明をしていました。

聞き取りやすい声でゆっくり丁寧に優しい言葉で話しているので、説得力があります。近頃では自分の主張にしても相手からの主張に対する反論にしても、大きな声で話をするのを聞くことが多いので、このような大きな声を出さずに冷静に落ち着いて話をするのを聞くのは新鮮な感がしました。

自分にとって不利なことでも声を荒げることなく、落ち着いて平然と嘘をつくことができるというのは、やはり事務次官をやった人だけのことはあり、見事なものです。

多少の不利なことは平然と認めて、そのかわり肝心なことは議論を変えたり嘘をついたり、あるいは答えられないと言ったり、そのよどみなさは見事です。

ウカウカと聞いていたら、これだけ堂々として言うんだからこの人の言っている事が正しい、この人は正直な人だと思い込んでしまいそうです。

でも、その場ではそう感じても時間が経てば『待てよ、でも』という具合に疑問が出てくるので、適当なタイミングで疑問を解消するために登場するのはいい戦略かも知れません。

しかしこれも聞く側が次第に慣れてくるとそう簡単には騙されなくなりますから、新しい情報がないのであれば、今後はあまり表に出てこない方が賢明かも知れませんね。

先日NHKのクローズアップ現代で取り上げられた文部科学省の課長補佐が作ったという『萩生田さんの発言の概要』の文書についても、「この課長補佐は優秀な人で信頼できるから、この文書の中味は本当だ、萩生田さんの発言となっているものには萩生田さんの発言ではなく他の人の発言も交じっているようだが、誰かがそのように言っていたことは確かなので、この文書の中味は正しい」などと、まるで支離滅裂なことを平然と言っていました。

『誰が何を言ったか』が大事なのに、誰が言ったか分からないことを萩生田さんの言ったことにして文書にして、それが信頼できる、内容が正しいなど言えるわけはないと思うのですが。これに対して特に質問等なかったので、聞いている人は何となく納得してしまったのかも知れません。それ位見事な前川さんの話しぶりです。

記者会見の冒頭に進行係が『できるだけ多くの皆さんに質問の機会を提供したいので、質問は一人一つだけに制限する』と言っていたので、誰のどんな質問に対してもとりあえず適当に曖昧な回答を言語明瞭にしておきさえすれば、それ以上の追求はないんですから、こんなに楽なことはありません。

この人も役人をやめて、目立ちたがりの人のようですが、いつまで顔を出すのか楽しみですね。

ライフネット生命の113条繰延資産の一括償却

2017年4月24日 月曜日

4月19日にライフネット生命は、113条繰延資産の償却を、従来からの毎年一定額の償却をする方式を変更して、2017年3月期に一括して償却する(とはいっても2年分だけですが)、と発表しました。

この発表のニュースリリースによると、状況は次の通りのようです。

ライフネット生命は113条繰延資産の償却費負担のため、経常損益がなかなか黒字にならないので、『113条繰延資産償却費考慮前の経常損益』という独自の指標を使って決算の損益を評価しています。この評価によると2016年3月期は584百万円の黒字(実績)、2017年3月期は88百万円の黒字(見込)、2018年3月期は赤字(見込)。これから113条繰延資産償却費を控除すると、本来的な経常損益は2016年3月期は475百万円の赤字(実績)、2017年3月期は972百万円の赤字(見込)、2018年3月期は10億円超の赤字(見込)ということになります。

今回の『113条繰延資産の一括償却』により、経常損益は2016年3月期475百万円の赤字(実績)、2017年3月期は2,031百万円の赤字(見込)、2018年3月期も若干の赤字(見込)ということになります。

いずれにしてもライフネット生命は2019年3月期の経常損益の黒字、というのは、何としても実現したい目標のようです。そのためには2017年3月期、2018年3月期の経常損益は中途半端な黒字になるよりむしろ赤字にしておいて、その分2019年3月期の黒字を確実にした方が望ましいということでしょう。

『113条繰延資産の一括償却』をしない場合、経常損益は2016年3月期に5億円の赤字(実績)と、もうちょっとで黒字になる所まで来たのが2017年3月期に10億円の赤字(見込)、さらに2018年3月期にさらに赤字幅を広げて(見込)から、うまく行けば2019年3月期に黒字になります。当分赤字が続く、ということです。

『113条繰延資産の一括償却』をした場合、経常損益は2016年3月期の5億円の赤字(実績)のあと、2017年3月期に20億円の大幅赤字(見込)となって底を打ち、、2018年3月期には赤字(見込)ではあっても大幅に改善され、2019年3月期には黒字(見込)になる、という話になります。

この6月には出口さんが会長を辞めます。2017年3月期の大幅赤字を出口さんの置き土産にして、岩瀬体制になったら急激に業績が改善し、2年目には確実に黒字転換する、というストーリーはなかなか魅力的な話かもしれません。

ライフネット生命も株式を公開している会社ですから、株主に対して業績をお化粧したい気持は分かりますが、保険会社の会計について十分な知識のない一般の株主を惑わすようなやり方はいかがなものか、と思います。

死亡率の改定

2017年3月27日 月曜日

アクチュアリー会では、生命保険の保険料や責任準備金の計算の基礎となる標準生命表を改定することになったようです。
現行の標準生命表2007を改定し、標準生命表2018(仮称)として2018年度(平成30年度)から使用する予定だ、とのことです。
改訂するのは死亡保険用の分と、(医療保険などに使用する)第三分野用の分で、年金保険に使用する年金開始後の分については改訂しないで現行の2007の生命表をそのまま使うようです。

アクチュアリー会では、この生命表の改定を一般に公表するに先立ち、まずはアクチュアリー会の会員に公表し、意見公募(パブリックコメント)の手続きに入っています。

死亡率の改定の方向は、死亡保険用の分も第三分野用の分でもおおむね、死亡率の低下の方向ですから、死亡保険は保険料が安くなり、医療保険は保険料が高くなる方向で影響が出ることが見込まれます。

一般宛ての公表はこの意見公募の手続きが終わってから、ということになるんでしょうから、もうしばらく先の話になると思います。

生命保険会社のアクチュアリーさんたちは、保険料がどう変わるか、会社の収益がどう変わるだろうか、とかなり大変な大量の試算をさせられることになりそうです。

Google Apps

2017年3月17日 金曜日

GoogleがGoogle driveというクラウドのサービスをしています(G-mailやGoogle+なんかもその一部です)が、その中でspreadsheetという表計算ソフトが使えるようになっています。

Excelと同じようなものなのですが、このspreadsheetではシートの中のデータを使ってクエリを実行するという機能が付いています。

もちろん本格的なデータベースではないので、いくつものテーブルを組み合わせて複雑なクエリを実行させる、というわけにはいきませんが、1つのシートの中の四角の領域を一つのテーブルとみなして、そのテーブルに対してSQL文を書くと、その結果を指定した領域に出力してくれるというものです。

私のやる計算では、データベースのいくつものテーブルを組み合わせた結果をCSV fileで受け取り、それにSQL文を適用すれば結果が得られる、なんて作業がかなりありますので、このGoogle AppsのSpreadsheetはもしかするととても便利なツールになるかも知れません。

作業はGoogle driveのクラウド上で行われるため、PCの負荷もなしで結果だけブラウザあるいはメールで受け取れるようになっています。

もし興味があったらGoogle Appsを検索してみて下さい。なかなか楽しめると思います。

企業用の有料のサービスもあるようですが、15GBまで無料のサービスがあるので、とりあえずはその方で十分楽しめます。