『江戸かな古文書入門』『寺子屋式古文書手習い』―吉田豊

さて『庭訓往来』を読むことにしたのですが、寺子屋の教材にしていたものとそれを活字にして印刷したものを比べながら読んでいけば良いのですが、もう少し何か良い方法があるんじゃないかと思ってみつけたのがこの2冊です。

この著者はいわゆる『変体かな』という言葉が嫌いで、その代わりに『江戸かな』という呼び名を使い、江戸時代の様々な出版物を読むためにはまずこの『江戸かな』を読めるようになることが必要ということで、『江戸かな古文書入門』ではまず往来物の中で比較的読みやすい『東海道名所往来』を取り上げ、漢字があまり崩されていないのでこれを読みながらふりかなの文を読む練習します。江戸時代の出版物が読みにくいのは、漢字が崩されている事、漢字やかなが続けて書かれているので一つ一つ区別するのが難しいこと、使われているかなが今私達が学習しているかなではなく『変体かな』=『江戸かな』で、これは今のかなが一音一字なのに対して一音多字(同じ読みのかながいくつもある)だということです。すなわちどこからどこまでが一字なのか、崩し字が今我々が知っている楷書体のどの字になるか、変体かなが今のどのかなにあたるのか、という所が問題となります。そのため基本的にかなだけで書かれていて一字一字が分かれている都都逸(どどいつ)の歌詞集の印刷物を読んでいます。次いでかなの勉強のために百人一首を読みます。

この百人一首ですが、これは『ひゃくにんいっしゅ』と読むのではなく『ひゃくにんしゅ』と、『一』は書いてあっても読まないことになっているという注釈がついていて、これは国語辞典の大元のような大言海にもそのように解説されているとのことで、そんなこととは全く知りませんでした。

で、この本では多く出版されている百人一首の本の中から5つの本を取り出して、一つ一つの歌に対してこの5つの本の該当のページの絵と文字を見開き2面に並べて比較するという形にしています。もちろん百首すべてこのようにするわけにはいかないので、13首だけ取り出してこのように5つの本の該当するページを比較しています。

面白いことに、どの部分を漢字にしてどの部分をかなにするかもバラバラなら、どのかなを使うかもバラバラで、ひどい時はその歌の作者の名前の読み方すらバラバラだということがわかります。

で、これらの本はある意味、書道のお手本ともなるものなので、滅多に使われない変体かなもたくさん出てきます。

この本では全ての手書きの文字について、漢字もかなも含めてそれを楷書の活字で示してくれるので、これはこの字を崩したものか、これはこの字をかなにしたものか、ということがわかるようになっています。

最後にかなを習い終わった所で、草双子の一つを読んでみます。変体かなは全部で300位あるようですが、全部覚えなくても30位覚えればたいていのものは読め、かなが読めれば全文かな付きの本も読めるだろう、あるいは全文ほとんどかなの読み物は読めるだろうということのようです。

もう一つの『寺子屋式古文書手習い』はこれもまたユニークで、最初に明治21年の三井呉服店の宣伝ビラを読む所から始まります。漢字はほぼ楷書に近い行書で、全文振りがな付きですから、多少変体かなが入っているものの殆ど読めます。

次は明治15年の小学校の教科書です。漢字はほぼ楷書で振りかなはなく、変体かなを使っている文語の文章ですが、漢字がわかるので何となく全て読めるというあんばいです。

次に草双子を一つ読むんですが、これがほとんどかなばかりで書いてあるので変体かなに慣れてくれば何とか読めます。

朝鮮・韓国のハングルの文書は要はかなばかりで書いているようなものだから読むのが大変だろう、と思っていましたが、日本でもこの頃の大衆文学はかなばかりだったんだなと思います。

続いて候文の練習として草双子の中に入っている広告の文、草双子の一部、続いて昭和22年の株主総会開催通知・昭和21年まで使われていた紙幣・明治21年の登記所の領収書・明治41年の約束手形などの中で使われていた候文を読みます。そして候文は実は今でも生きていて、候文で書かれている明治時代の法律で、今でもそのまま生き続けているものの例が示されます。

この後は年貢請取状・離縁状(いわゆる三下り半)・傷害事件関係者調書・治安の為鉄砲拝借願・組頭跡役議定證文・日光御参詣御用下役請書が、これらはさすがに活字にしたもので読んで、候文に慣れます。

最後はまた寺子屋の教材に戻って、借用金証文・奉公人請書・年頭披露状・祝言之書状・源義経の腰越状をかな付手書きで読みます。

最後に解読実習として少年の手紙・借用金証文・奉公人請状・御鷹場関連願書・五人組帳前書を手書きかな無しで読みます。

離縁状では確かにこれが明確に『再婚許可証』になっていることが確認できます。これがないと、離縁された女性が再婚しようとすると重婚罪になってしまいます。

いずれにしても江戸時代、初等教育でこんなレベルまで勉強していたのかと思うとあきれ果ててしまいます。

さてここまでやると当初の寺子屋の教材はもうすでに経験してしまったわけですが、せっかくですから『庭訓往来』、トライしてみようと思います。

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