『敗者の生命史 38億年』 稲垣栄祥 ーその1

この本は生命の歴史を『敗者の生命史』と名付けて、各時代、競争に敗れた敗者が次の時代に一番繁栄するという形で書いていますが、もっと正確に言えば競争に勝ってその時代繁栄を極めた生き物が環境の変化その他で強者ではいられなくなり、次の時代の覇者に敗れてしまう、すなわち『盛者必衰』という風に考えた方が良さそうです。

この意味で、時代の区切りでどのような変化が生じ、強者が弱者となってしまったのか、の概略が書いてあります。敗れた、とは言え必ずしも絶滅したわけではなく、世界の片隅でどっこい生き残っている敗者もたくさんいます。

著者は基本的にイネとか雑草とかを専門とする植物学の方の人ですから、この歴史も動物だけでなく植物も、動物の中でも脊椎動物・哺乳類だけでなく昆虫についても目配りが利いていて、バランスの取れた話になっています。

137億年前、宇宙が誕生し、46億年前に地球が誕生し、38億年前に生命が誕生した所から話は始まります。

生まれた生命は『真正細菌』と呼ばれる種類と『古細菌』と呼ばれる種類に分かれ、この真正細菌の中から酸素呼吸をする、ミトコンドリアの元となる細菌(プロテオバクテリア)・光合成する、葉緑体の元となる細菌(シアノバクテリア)が生まれます。

そしてこれらの細菌が古細菌の中に、細胞内共生の形で入り込み、元々の細菌のDNAと、入ってきたミトコンドリア、葉緑体のDNAがごちゃごちゃにならないように『核』という組織を作って、元々の細菌のDNAをここに閉じ込めた。あるいはミトコンドリアを取り込んで酸素呼吸を取り込むと猛毒の酸素を細菌内に取り込むことになり、その有毒酸素から細胞のDNAを守るため核を作ってその中にDNAを保護したと言うこともできます。これが『真核生物』というもので、それ以前の核を持たないものを『原核生物』という、ということです。

この真核生物は葉緑体によるエネルギー生産(太陽エネルギーを炭水化物の形で貯える事ができる)とミトコンドリアによるエネルギー消費(炭水化物のエネルギーをATPという形で水素エネルギーに変換し、様々な活動に利用できるようにする)の二つの能力により急速に勢力を拡大し、その後の進化の主役となるというわけです。そしてそれ以外の生物は、特に酸素が至る所に充満しているこの世界には生きてゆけず、酸素の殆どない世界の片隅に逃げて暮らしているということになります。

とはいえ、たとえば私達の腸の中などは実は無酸素状態で、このような細菌類も多く生きてゆける環境ではあるのですが。考え方次第でこのような細菌類こそもっとも繁栄している生物と言うこともできそうですが。
で、まずは生命が誕生し、ミトコンドリア・葉緑体が真核生物の細胞の中で共生を始めた所から話が始まります。どうやら主題は『スピード』という事で、成長のスピード・動き回るスピード・受精卵の発生のスピード・世代交代のスピード・進化のスピードと、様々なスピードの元となるのがミトコンドリアが生み出す酸素呼吸であり、葉緑体が作る炭水化物だ、ということです。このスピードこそが生物を勝者とする鍵だ、というのがこの本の主題のようです。

38億年前に生まれた生命は単細胞生物として様々に変化し、ミトコンドリアの元となるプロテオバクテリア、葉色体の元となるシアノバクテリアもその中から始まりました。

その後22億年前頃一回目の全球凍結(スノーボールアース)の後、このミトコンドリアが他の細胞(古細菌)の中に入り込んで(あるいは取り込まれて)真核生物が生まれます。その次にその真核生物の中に葉色体が取り込まれて植物になります。これによって生物が利用できるエネルギーが一気に大きくなりました。10億年前位には有性生殖が始まり、死が始まります。

27億年前、まずは葉緑体の元となるシアノバクテリアが登場し、太陽光エネルギーを二酸化炭素と結合させて炭水化物とし、猛毒の酸素を排気ガスとして吐き出し始めます。これにより多くの微生物は絶滅に追い込まれますが、その酸素を使って呼吸するミトコンドリアの元となる生物が登場します。炭水化物を猛毒の酸素と反応させてとじこめたエネルギーを取り出して二酸化炭素を吐き出します。
このミトコンドリアの元となる生物が古細菌と細胞内共生を始めて『真核生物』が登場します。
次に22億年前に葉緑体が真核生物の中に入って細胞内共生を始め『植物』となります。ミトコンドリアと葉緑体の両方を持った真核生物は動き回らずに光合成でエネルギーを獲得できるので、植物として進化を進めます。植物は自分でエネルギーを生産することができるため動く必要がなく、動物は自分ではエネルギーを生産することができないのでエネルギー源となる餌を求めて動き回ることになるわけです。その後更には餌となる植物に密着して自分ではエネルギーを作らないけれど動き回ることもしない『菌類』というのが生まれ、動物・植物・菌類の3つが揃うということです。

地球は『全海洋蒸発』といって海が全て干上がってしまう時や、『スノーボールアース(全球凍結)』と言って地球全体が赤道地帯を含めて殆ど氷河で覆われてしまう時を何度か経験していますが、この全海洋蒸発のあたりで生命が誕生し、最初のスノーボールアースの時に真核生物が生まれ、次のスノーボールアースの時に多細胞生物が生まれたという事です。スノーボールアースで生物が何千メートルもの厚さの氷河の下の冷たい海に閉じ込められている時に、それでも生命活動を繰り返し、遺伝子の変化を繰り返してため込んだ結果を、生物が生きやすい環境になった途端に爆発的に実現したという事のようです。そのためには『有性生殖』という発明も重大な要因で、これにより遺伝子の突然変異のスピードが格段に上昇しています。

ただしその性別は必ずしもオスメス2つと決まったわけではなく、種類によっては30種もの性を持つものもある、ということです。効率的にはオスメス2種類というのがもっとも効率的なようです。このような有性生殖・オスとメスという仕組ができたのが10億年前ということです。

この有性生殖により世代交代、進化のスピードが一気に高まります。
そしてその後6~7億年前頃、2回目と3回目の全球凍結の後いよいよ多細胞生物が登場します。

で、性ができて多細胞生物が生まれ出現したのがエディアカラ生物群という何とも不思議な生物達で、7億年前。これが何が原因か分からないけれどいなくなって、代わりに登場したのがカンブリア大爆発と呼ばれる生物達です。大爆発、と言っても何かが爆発した、というわけではなく、新しい動物たちが一気に爆発的に登場してきた、ということです。

ここで現在生きている動物のプロトタイプが全て登場します。
多細胞の動物は、はじめ細胞が球状にまとまっていたのが、身体の一部をくぼませ、そこに植物その他を抱え込んで食べた後残りを吐き出すという仕組でした。そのくぼみを次第に深くし、ついには反対側にまで突き抜けると、ここに身体の真ん中に外と繋がる管ができました。初めにくぼんだ所を口とし、あとで突き抜けた所を肛門とする先口動物(前口動物・原口動物・旧口動物)と、初めのくぼんだ所を肛門とし、あとで突き抜けた所を口にする後口動物(新口動物)という2種類の動物の登場です。先口動物はイカ・タコからナメクジを経て昆虫に進化し、後口動物はウニ・ヒトデを経て魚類・両生類・爬虫類・恐竜・哺乳類と進化しました。

このカンブリア大爆発が5.5億年前。ここに至って動物は捕食という行動を始めます。即ち海の中に漂って目の前に餌が流れてくるのを待って食べるという生活から、餌となる生物を探して捉えて食べる。餌となる動物は食べられないように逃げるという行動です。このために重要なのが『目』です。この目の獲得によって生存競争は一気に激しくなっていきます。

(つづく)

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