Archive for 6月, 2016

『近代イスラームの挑戦』 山内昌之著

火曜日, 6月 21st, 2016

これは中央公論社の『世界の歴史』の20巻目です。
ここに辿り着くまで、最初はプライムニュースの番組で元外務省の佐藤優さんとイスラーム研究者というか歴史学者というかの山内昌之さんが登場した回を見たことから始まります。

この回の話は非常に面白く、その番組の中でこの二人がその少し前に対談して本を出した、と言っていました。その本を探して読んだのが『第三次世界大戦の罠』という本です。

この本は読み応えタップリの本で、イスラーム世界の全体構造をIS(イスラム国)が活躍するイラク・シリア、それを取り巻くイスラム世界の基本構造としてのイランとサウジアラビアの対立、その周辺のトルコとエジプト、サウジアラビアの周辺のアラブ諸国、さらにそれを取り巻くロシア・中国・ギリシャ・ヨーロッパ諸国が歴史的・地勢学的にどのような立場でどのように考えているか・・・ということが見事に描かれています。

しかし対談というのはあまり詳しい説明は期待できず、対談している二人が共通して良く知っているようなことは当り前のこととしてちょっと触れるだけで終わってしまいます。もう少しじっくり知りたいと思って次に読んだのが『民族と国家-イスラム史の視点から』という山内さんの書いた、岩波新書です。

この本も素晴らしい本でしたが、やはり新書ということでちょっと物足りない気がして、3冊目に読んだのがこの本です。

この本は『世界の歴史』の中の1冊ということで、イスラム世界全体の歴史、というより秀吉の頃から第一次大戦が終わるまでの時代のイスラム世界をオスマン帝国を中心に、日本との関係、すなわち日本がイスラム世界をどのように知ったのか、また明治時代以降は日本をイスラム世界がどのように見ていたかを中心に解説してあります。

秀吉は天下人となった直後、朝鮮を攻める前にまずはフィリピンのルソンに書簡を送って臣従を求めたけれど、その少し前フィリピンはスペインに占領され植民地になってしまっていた、という話から始まります。

もし秀吉がフィリピンを臣従させていたとしたら、多くの原住民は素直に従っただろうけれど、一部イスラム教徒の住民だけは最後まで抵抗したかも知れない、という話です。

その後江戸時代になると、長崎の出島のオランダ商館長が新しい情報が入るたびに幕府に『オランダ風説書』という報告書を提出します。それによって日本人はヨーロッパを中心とする世界の情勢を知ることになるのですが、イスラム世界の動きもその中に記載されています。

で、この本はその『オランダ風説書』のイスラム世界の動きについての記述が狂言回しとなって、オスマン帝国とその周辺の出来事について解説されていきます。

幕末から明治になると、日本から多数の使節・調査団・留学生がヨーロッパを訪れます。彼らはエジプトのスエズを経由するので、その途中でエジプト見物をしたりあるいはオスマン帝国の各地訪ねたりして、その見聞録だったり日誌だったりが、次に狂言回しの役割を果たします。

日清・日露の戦争のあたりになると、今度はこの日本が、中国に勝った、ロシアに勝った、ということをイスラム世界がどのように感じ、どのように報じたかということがもう一つのテーマになります。中国はともかくロシアにはイスラム世界はひどい目に遭ってきた相手であり、またイギリス・フランスを含めた白人諸国全体としてもイスラム世界はひどい目にあってきて、そのロシアを極東の非白人の日本がやっつけた、ということで熱狂的な騒ぎになったあたりがきちんと解説されています。

この本では江戸時代のちょっと前から第一次大戦の終わるあたりまでの時代を扱っています。私は、現在の中東のイラク・シリア・レバノン・ヨルダン・イスラエル・サウジアラビアなどの国がどのようにできたかきちんと知りたいと以前から思っていたのですが、残念ながらその直前で本が終わってしまいました。(この部分については図書館で見つくろって、今度は講談社の世界の歴史の第22巻『アラブの覚醒』というのを読みました。この本ではドンピシャリ、これらの中東の国々がどのようにできたか、が詳しく書いてあります)。

『近代イスラームの挑戦』の方は、オスマン帝国の本体である、トルコの部分とオスマン帝国の一部であり、独立して国になろうとしたエジプトがある意味主人公のようになっていますが、中国とトルコ、日本とエジプトを対比して何が同じで何が違うのかという視点からも書かれています。この視点からこの本を読むと考える所がたくさんあります。

地勢学というのがこれらの本のベースとなっている見方なんですが、つくづく日本というのは地勢学的にラッキーな国だな、と思います。トルコやエジプトの地勢学的な不利は、まず第一に、野蛮で凶暴なヨーロッパのすぐ隣に位置して、その影響を直接うけ、避けることができない、ということだと思います。その点、中国も日本もヨーロッパからかなり遠いのでラッキーだなと思います。

次にオスマン帝国が弱体化してヨーロッパのイギリスやフランス、そしてロシアが軍事的に優位に立ったとき、イギリスやフランスはすでにアジアに植民地ができており、ヨーロッパからアジアにアフリカ周りの航路は既に確立されていたものの、エジプトのスエズから紅海経由、あるいはシリア・イラクからペルシャ湾経由の方が経済的にはるかに有利であり、そのルートを使うためにはエジプトあるいはトルコをヨーロッパの思うように扱う必要があった、ということです。中国も日本もそのような通せんぼの位置にはなく、邪魔者になることはなかったので、その意味でヨーロッパ各国の攻撃対象にならないで済んだ、ということだと思います。

さらに日本は中国のすぐ近くにあり、中国に比べるとはるかに小さい国だったので、ヨーロッパからの侵略者達の目は中国に向かって、日本は放っておかれた、というのも地勢学的に有利な点だと思います。

以上、一連の本を通してイスラム世界・中東各国について、かなり見通しが良くなったように思います。

もし興味がある方がいたら、お勧めします。

『昭和維新-日本改造を目指した“草莽”たちの軌跡』

火曜日, 6月 14th, 2016

この本は、昭和初期から第二次大戦の前後までの期間、明治維新に続く(あるいはその完成を目指した)昭和維新という名の一連のテロリズム事件についてまとめて書かれているものです。本部500ページ強のちょっと大部な本です。

著者は“維新の志士”という言葉を使っていることからも分かるように、心情的にはどちらかと言うとこのテロリスト達の側に立っていますが、このテロリスト達に対する思い入れが強過ぎるということではなく、またテロの対象となった人達についても『悪者だ』と決めつける書き方でもなく、淡々と事件の経緯を記述しているので、テロリスト達に共感しない人にもあまり困難なく読めると思います。

この一覧のテロリズムのピークとなるのは、5・15事件、そして2・26事件であったりするのですが、その前後の未遂に終わったテロ計画等についても書いてあり、また登場人物も同じ人物が入れ替わり立ち代わり現れたりして全体像をつかむのに便利な本です。

例えば2・26事件について言えば、真崎教育総監更迭問題・永田鉄山斬殺事件・その犯人の相澤中佐の公判闘争、そして2・26事件そのもの、そのあとの東條英機暗殺計画と、7章にわたって書かれています。

個々の事件の内容についてはそれほど突っ込んで詳細に書かれているわけではありませんが、例えば相澤中佐の裁判と2・26事件がどのように密接に関連していたのかなどが良くわかるようになっています。

期間的には昭和5年から20年位、今から85年前から70年前位の間の出来事です。日本でもこのようにちょっと前までテロリズムが日常的だった時代がある、ということを思い起こすのにも良いと思います。
お勧めします。

今ではたとえば『アベシネ』とか『日本死ね』とかでも、デモで叫んだりネットで言い散らしたりすることはあっても現実にテロを企てて人殺しするようなことはほとんどなくなっています。日本も本当に豊かで良い国になったなと思います。

リーマンペーパー

水曜日, 6月 8th, 2016

伊勢志摩サミットで安倍さんが資料を配り、『今、世界経済はリーマンショックと同じ位の大きなリスクに直面している』と言ったということで、大騒ぎになっています。

この大騒ぎの、特に経済評論家や民進党の先生方やマスコミのコメントがあまりにもひどいので、ちょっとコメントします。

その前に、このリーマンペーパーとよばれるA4 4ページの資料、テレビでは何人もの人が手に持ってヒラヒラさせているのを見るのですが、これの出所が良くわかりません。ネットでいろいろ探してみたのですが、みつかりません。サミットの資料なので外務省の所管になるのですが、外務省に電話で問い合わせた所、資料は一般には非公開だということで断られてしまいました。

その後もうしばらくネットを探したら、ようやくIWJというサイトで画像イメージをpdfファイルの形で公開されているのを見つけました。
http://iwj.co.jp/wj/open/wp-content/uploads/2016/05/20160530165328.pdf

そういうわけで必ずしもこれが本物だ、という確証はないのですが、ここで偽物を公開してみてもあまり意味はなさそうなので、とりあえずこれを本物だと考えて読んでみました。なかなか面白い資料で、いろいろ考えることができます。

で、今話題になっているのは、この資料を誰が作ったのかということで大騒ぎになっているのですが、私はそんなことはあまり重要な話ではなく、重要なのはこの資料のデータは本当なのか、本当だとしてこの資料から安倍さんの言うリーマンショックなみのリスクに直面しているというのが本当なのか、ということです。

この『安倍さんの言った』というのがはっきりしません。『リーマンショックの直前に似ている』と言ったとか、『リーマンショックの前後に似ている』と言ったとか、安倍さんはそんなことを言っていないとか、いろんな話が飛び交っています。

で、資料を見る限り『直前に似てる』と言ったというのは間違いのようです。リーマンショックによっていくつかの経済指標が急落しているんですが、それと同様の急落が現在起こっているということが資料になっていますから『直前』というよりむしろ『直後』に似ているという資料です。

リーマンショックの後の経済変調がまた起きるかも知れないということ示す資料のようです。

で、これに対してサミットに参加した各国首脳が安倍さんの言うことに同意しなかったということですが、これは当然の話です。もし皆が安倍さんの言うことに『そうだ そうだ』なんて言ってしまったらそれこそそれが第2のリーマンショックの引き金を引いてしまうことになり兼ねませんから、特にドイツのメルケル首相はドイツ銀行が第2のリーマンになるかも知れないという状況で『そうだ』とは言えないでしょうし、イギリスのキャメロン首相も世界の国際金融の中心地ロンドンを抱えて、またイギリスのEU脱退という大きなリスクを抱えていて、そんなことを言えるわけがありません。

で、このような状況でマスコミやネットに出てくる話、まずは『今、世界経済はそんな危機的な状況にはない』というものです。もちろん安倍さんが言っている(と思われる)ことは、『今が経済危機だ』ということではありません。『経済危機になるかも知れない』ということです。この二つはまるで違います。たとえばバブルの最後の時経済は最高潮で、バブル崩壊は目前です。今景気が良いということと危機直前というのは別に矛盾する話でも何でもありません。

次に言われるのは、先進各国の成長率を並べておいて、日本だけ0%とかマイナスとかなのに他の国は2%とか3%とかなので、リスクがあるのは日本だけだ、という理屈です。これもおかしな話です。日本の方が成長率が低いんですからリスクもそんなに高くなく、成長率の高い他の国の方がリスクは大きいと言うべきです。

次に言われるのは、今までにそんなケースはないとか、経済学的にあり得ないとかの一見もっともらしいコメントです。これも経済学というのが基本的に後付(あとづけ)の理屈でしかない、という事実を十分認識していません。

リーマンショックがどのように起き、どのように世界経済に影響したのかは、それが起き、経済に大きなダメージを与えた後で色々分析して分かることです。

今までどんなケースがあったかとか、経済学の理論とかで事前に分かっていた話ではありません。もし事前に分かるものであれば、リーマンショックも事前に防ぐことができているはずです。

あともう一つ、危機はいつでもあるんだなどというコメントもあります。危機がいつでもある、というのは確かにその通りなんですが、それと危機のリスクが高いか高くないかは別の話です。これは地震はいつでもどこでもありうるんですが、それでも地震が起きやすいか起きなさそうかという判断は重要です。これを一緒くたにしてしまうと、それこそ地震はいつでもどこでも起こりうるんだから地震対策なんかやるだけ無駄だということになってしまいます。このような簡単なことも分からなくなってしまう経済評論家というのは困ったものです。

別に危機が起きてほしいわけではありませんが、仮に本当に危機が起きてしまったら、安倍さんはとてつもない先見性のあるリーダーだ、ともてはやされるんでしょうか。多分その時には自分にはわかっていた、とか、自分の言っていた通りになった、なんて言い出す経済評論家が山ほど出てくるんでしょうね。

とまれ、危機のネタはいたるところで大きくなっているような気がします。