Archive for 10月, 2023

『鞭と鎖の帝国-ホメイニ師のイラン』ー高山正之

金曜日, 10月 27th, 2023

この本は前に紹介した『騙されないための中東入門』の一方の著者の高山正之さんの話が面白かったので、その主著であるこの本を借りて読みました。

著者が産経新聞に入社し、テヘランに特派員として赴任して、何度も殺されそうになる危機を乗り越えながら、ホメイニ革命直後からイラン・イラク戦争の期間を通じてイランのホメイニ革命の実態を自ら実体験したレポートです(ホメイニ革命は1979年、私が社会人になって3年目、仕事を覚えるのとアクチュアリーの試験に合格することが最優先でした。この本が出版されたのが1988年、私は1986年にナショナルライフ保険、今のエヌエヌ生命に転職し、この会社はいつ、どのように潰れるんだろうと思いながら会社のスタートアップの仕事をしていた頃のことです)。

ホメイニ革命が起こった当時は私はあまり政治には関心がなかったので、きちんと理解しないままで来たのですが、その後の中東問題・イスラム原理主義過激派問題を知るにつけ、その根っこにはこのホメイニ革命とそれによって生まれたホメイニ独裁のイランという国があり、ここの所をきちんと理解することが必要に違いないと思うようになり、この本を読んだ所、まさにドンピシャリ、私の知りたい所がきちんと解説されていることが分かりました。

ホメイニイラン帝国はシーア派の原理主義イスラム教だということになっていますが、ホメイニは必ずしも『イスラム教絶対』ということではなく、自らの独裁体制の為にはイスラム教にはこだわらない、柔軟性のある人(あるいはイスラム教徒からするととんでもない背教者)だということも良く分かります。

基本的に多くの革命体制は革命の乗っ取りによって成立していることは、ロシア革命でもナチス政権でもいくつもの例があります。

体制に不満を持つあるいは反対する勢力が一つ一つは小さい勢力でも、集まって反体制運動をして体制を崩壊させる。その後はその弱小勢力どうしの潰し合い・殺し合いで、最後まで残った勢力が実権を握るという過程を取りますが、もともと弱小勢力でしかなかったものですから、生き残りのために恐怖政治・暴力体制を作ります。もともと体制側にあった軍をどのように支配下に治めるか、あるいは弱体化させてそれに代わる軍事組織をどうやって作るか、国民の間の様々な組織(行政とか企業とか学校とか)にそれを支配する組織を忍び込ませ支配下に置くか等々、ホメイニはロシア革命とソ連の体制、ナチスの支配体制をよくよく研究しているようで、このあたり具体的に説明してくれているので非常に分かりやすい本です。

以前、中村逸郎さんの本で、ロシアの共産党の末端の委員会がどのような組織か読みましたが、イラクではホメイニ革命の前にすでに反体制の若者たちが『アンジョマネ』という、共産党のいわゆる『細胞』のような組織を作っていろんな組織を支配しており、ホメイニはそれを乗っ取って国民を支配する体制を作ったということも良く分かります。

著者はマキャベリの君主論の中から
『君主はどこまでも誠実で信義に厚く、裏表がなく人情にあふれ宗教心に厚い人物と思われるように心を配らなければならない。このうち最後の気質が身に備わっていると思われることほど大切なことはない。』
『君主は愛されるより恐れられる方が安全だ』
『(ローマを攻めるために象の部隊を引き連れてアルプス超えをしたハンニバルが、無数の人種の混ざりあった軍団を見事に統率したのは)非人道的なまでの残酷さのお陰だった』
というような言葉を引用し、ホメイニ体制の見事さを明確に説明しています。

またホメイニ革命のあと起こったアメリカ大使館占領事件・イランイラク戦争についても明確に説明し、これがシーア派対スンニ派の戦いではないし、実は実際の国対国の戦争でもない(戦闘ではあるものの)というあたりも明瞭に示してくれます。

国を統制するために国外に敵を作る必要があり、アメリカ大使館の占領が飽きられてくるとイラクと戦争を始める、あるいはイスラムの大義を掲げてイスラエルと戦い始めるといった具合です。

その一方、著者はイランで禁止されているドブロク作りやワイン作りを体験したこと、テヘランでどうやったら酒を飲むことができるか、毎日のような空襲警報下、安眠するためにはヨーグルトを大量に食べるといい、という事、などについても話しています。
イランで行われている残虐な処罰、処刑についても詳しく解説しています。

ホメイニというのはイスラム法学者としてはそれ程大した人ではなかったようですが、独裁者としてはヒトラーやスターリンを遥かに超えるほどの人だったということが良く分かります。

ホメイニ革命・イランイラク戦争の頃の本ですから今ではちょっと古い本ですが、中東問題・イスラム原理主義過激派の問題をホメイニ革命までさかのぼってきちんと理解するために絶好の本です。

お勧めします。

『図解 内臓の進化』―岩堀修明

月曜日, 10月 23rd, 2023

この本はブルーバックスの1冊ですが、前に紹介した『新・ヒトの解剖』の続きとして読みました。

この本では脊椎動物というか、その少し前を含んだ脊索動物という範囲で、内臓の進化を解説しているもので、そのため動物の進化に伴い内臓がどのように進化したか、あるいは個体発生に伴い内臓がどのように変化するか、というあたりを解説している本です。説明のためにこの本でもたっぷり図が付いていて、本文273ページに図が188あり、楽しめます。

まず最初は内臓とは何かという定義で『現在は』呼吸器系・消化器系・泌尿器系・生殖器系・内分泌系の5つが内臓だとされています。すなわち脳神経系・心臓血管の循環器系は内臓ではない、という事です。この『現在は』というのがミソで、今はそうだけど以前は違ったということのようです。確かに神経系や循環器系を入れてしまったら、全身が内臓ということになってしまいそうですね。
内分泌系が内臓だというのも、へーそうなんだ、と思います。
確かに膵臓や副腎、卵巣や精巣などは内臓と言っても良いかなと思いますが、甲状腺とか脳の松果体や下垂体も内臓だと言われると、そんなものかな?と思います。

以下この5つの内臓それぞれについて、脊索動物の中での進化の過程を説明してくれています。

まず受精卵が次々に分裂して細胞のかたまりになると、その細胞はテニスボールのように表側に集まります。そこに指を突っ込むとその部分が凹んで穴が開き、それをさらに突っ込んで反対側まで突き抜けると、テニスボールの真ん中に穴が開いたようになります。その穴が消化器で、口から食道・胃・腸・肛門という具合になります。
最初に凹んだ部分が口になり穴が突き抜けた所が肛門になるのを『前口動物』といい、昆虫などがこの部類です。逆に最初に凹んだ所が肛門になり、穴が突き抜けた所が口になるのを『後口動物』といい、脊椎動物などはこちらの部類です。
いずれにしても口から食べ物を取り込み、最後に肛門から出すというので、身体の真ん中を通る穴が消化管となり、消化器系の様々な臓器が作られます。

その消化管の最初の方に溝ができ、外に向かって穴があいて、そこにエラが出来、このエラは食べ物をこし取ったり、そこに口を通して呼吸したりということで、呼吸器系が発達します。その後エラの他に消化管の周りに浮袋ができたり、肺ができたりします。肺を持つのは魚類では『肺魚』という種類とシーラカンスなどの真鰭類(しんきるい)とよばれる魚類です。シーラカンスなどは肺を持ち、もう少しで陸上に上がることができた所でうまく行かず、その後生存競争のために深海に押し込められてしまい、せっかくの肺は脂肪の入れ物となって比重の調整に使われているということです。

肺は両生類・爬虫類・鳥類・哺乳類で本格的に呼吸器として使われますが、両生類は相変わらず皮膚呼吸をし続け、種によってはせっかくの肺がなくなってしまっているとのことです。

次に来るのが泌尿器系と生殖器系です。どちらも体内のものを体外に出す仕組みで、泌尿器系の尿を体外に出す管を生殖器系の精子や卵子を出す管に流用してみたり、新たな管を作ってみたり、様々な工夫が凝らされています。

泌尿器系ではとりあえず血液の血球以外のほとんどのものを一旦全部外に出してから、その中から必要なものを吸収し直すという仕組みは良く考えたものですね。この泌尿器系と生殖器系も動物の種類によって様々に工夫されており、よくもまあこんなにいろんな仕組みがあるものだと驚くと同時に、良くもまあこんな所まできちんと調べて記録している人がいるものだと、動物学者達の努力にあきれるばかりです。

最後に内分泌系ですが、体内でホルモンを作り、それを外に出さないで体内に分泌するということですが、消化腺で作られる消化液や泌尿器で作られる尿などは体外(消化管も体外です)に出すわけで、体内に分泌するというのは、そのまま細胞のすき間に分泌し、それが毛細血管から血液に入る、あるいはリンパ管から静脈に入って最終的にホルモンの受容体まで流れていくということです。

ここで5つの内臓の説明全て終わった所で、最後にこの内臓の進化の形は一番進化した優れたものなのか検討するため、脊椎動物とはまるで別の進化を遂げてきて、ある意味進化の頂点に立つ昆虫との比較をします。昆虫で脊椎動物の内臓と同じような機能を果たす器官と脊椎動物の内臓の器官を比較すると、呼吸器系以外は非常によく似ており、全く別系統の進化をとげながら進化の行きつく先は同じようになっているという説明があります。

脊椎動物の呼吸はエラないし肺で酸素を取り込んで、それを血液に取り込んで全身の細胞の届けるという形ですが、昆虫では気管を全身くまなく張り巡らして全ての細胞が直接気管から酸素を取り入れるというとんでもない仕組みになっていて、循環器系・血液は呼吸には使われない、というはビックリです。

また内分泌系については、昆虫には神経分泌細胞というのがあって、ニューロンのような軸策を持ち、その軸索を通じてホルモンを直接標的とする器官に届けるという仕組みになっているようで、脊椎動物がホルモンを作って細胞の間に流し込んで、あとは血液が運んでくれるのに任せる、というのとはまるで違うという話も面白い話です。

説明のために図がたっぷりついていますから、それを一つ一つじっくり眺めるのも楽しめます。

動物の仕組みについて興味がある人には是非ともお勧めします。

『騙されないための中東入門』―高山正之 飯山陽

火曜日, 10月 3rd, 2023

この本は飯山さんの本の最新刊として予約してあったのがようやく届いたので読んでみました。とはいえその後飯山さんは『愚か者』という本を出版しているので、もはや最新刊ではなくなってしまいましたが。

かなり待たされたような気がしましたが、発行が今年の2月ということですから、約半年しか待っていません。

もう一人の著者の高山さんという人は産経新聞の人で、イランのホメイニ革命の直後にテヘランに特派員として行き、またそれ以外にもイスラム諸国に何度も取材に行って何度も殺されかけている人です。

で、この本は飯山さんと高山さんの二人による対話形式の本になっています。
2人の著者の冷静で論理的、客観的な視点から、中東・イスラム諸国、ついでにロシア・中国等について話が展開されています。

トルコはオスマン帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
イランはペルシャ帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
ロシアはロシア帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
中国は中国4,000年の歴史の栄光をいつの日にか復活したい。
というような、それぞれ本音の部分であまり人には言いたくないような話をあけすけに暴露しています。

ロシアはヨーロッパからすると長く奴隷の輸入元であり、キリスト教を輸入して独立国家になったと思ったらモンゴル人に隷属させられ、それを跳ね除けピョートル大帝等の努力により産業革命も始まりヨーロッパの一流国になったかならないか、という所で日ロ戦争に負けてしまい、その後の革命を共産党により乗っ取られてしまい、それが崩壊して共産党支配も終わった所で、今度はプーチンによる独裁政治の時代になっているという話です。

日ロ戦争では中東やアジアの国では『日本は良くやった』という声しか聞きませんが、ロシア人にとってはようやく白人社会の一流国になったと思ったら、有色人種の日本に負けやがって白人の恥さらしだと言われるようになって、日本には恨み骨髄ということです。私も『よくやった』というのは知っていましたが、『恨み骨髄』のほうは意識していなかったので、なるほど、と思いました。

中国は4,000年とは言っているものの、歴代の王朝は殆ど異民族の中華支配であって、中華民族の王朝は漢と明の2代しかない、それを『4,000年の歴史』と言って、いかにもずっと中華民族が中国を支配してきたかのような幻想を振りまいている。中国人は異民族により支配されることに慣れ切っているので、現在も多くの中国人は誰かが早く中国共産党(中共)を倒して新しい中国の支配者になってくれないかな、と願っている、なんて事も書いてあります。

中ロにとっては二度の元寇・日清戦争・日ロ戦争と何度も日本を占領しようとして負けており、第二次大戦でも日本占領をねらっていたスターリンをはねつけてしまった。習近平としては、ここで日本に勝てばフビライも西太后もニコライ二世もスターリンもなし得なかった偉業を達成することになるというので、台湾そして日本占領を望んでいるという話です。

この本は中東の本ですから、いわゆる『アラブの春』についても書いてあります。『アラブの春』は中東諸国で民衆が立ち上がって強権的な独裁者を倒したということで一時もてはやさされましたが、その実態は独裁者が倒された革命をイスラム過激派原理主義者が乗っとって独裁を始めた、その結果民衆の生活はかえって苦しくなっている、ということで、一部の国ではそのイスラム原理主義政権を倒すために再革命が起こっているというような話です。

イスラム教のシーア派とスンニ派についても普通イスラム教には2つの流派があって、、、と説明されるけれどそれは違っていて、シーア派もスンニ派も自分達だけが正しいイスラム教徒であって相手の方は異端であって存在を認められない者達だと、キリスト教の宗教戦争時の、カトリックとプロテスタントのような話です。ヨーロッパではこの新教と旧教の争いで人口の何分の1かを失う戦争が起こり、一段落するまで数百年かかっています。このシーア派とスンニ派の争いも、直接相手を殺しあう、ということではなく、自分の都合によりシーア派がスンニ派を利用したりスンニ派がシーア派を利用したりすることも平気ですから、ちょっとわかりにくくなっています。

キリスト教には『神のものは神に、カエサルのものはカエサルに』というような考え方がありますが、イスラム教にはそのような区別がないので、この問題の解決は遥かに難しいかも知れません。

ロシアは日本に負けて白人世界の恥さらしと書きましたが、実はナチスドイツがあのような軍事大国になったのは、第一次大戦後最初にソ連がナチスドイツの軍備拡張に協力したからだ、ドイツは第一次大戦の戦犯として様々な制約を受けていたのに、あっという間にあれだけの軍事大国になったのはロシア(ソ連)の協力あってのことだ、ということはロシアでは一切触れず、ひたすらナチスドイツを倒したのはロシア(ソ連)だと言い続けているのは、その事を表に出したくない、ということなんでしょうね。

最後の後書きにアンネ・フランクのことが書いてあります。
アンネの一家はドイツからオランダに逃げてきて、その時点で無国籍者になっています。それをオランダ国籍を与えようという話が起こって、それに対してオランダの法務大臣が『アンネはオランダのアンネではなく世界のアンネなんだ』なんて訳の分からない事を言って反対したという事があって、朝日新聞の天声人語では『国籍は大事か』なんて記事を書いているんだけれど、これはトンチンカンな記事であって、アンネを捕まえて収容所送りにしたのは実はオランダ警察であって、その事を蒸し返してオランダがナチスに協力したなんて話を思いだしてもらいたくない法務大臣が訳の分からない事を言って反対した。朝日の記者はこのあたり何も分かっていないというような事が書いてあります。

フランスもドイツに占領されていた時、大量のユダヤ人を収容所送りにしたことを極力蒸し返されたくないので、その過去については一切触れず、フランスは最後までナチスドイツに抵抗してドイツを負かしたという話にしたがっているのと同じことです。

国にはそれぞれ歴史があり、栄光の時代・屈辱の時代があります。もう一度栄光の時代を取り戻したい、屈辱の時代はできれば忘れてしまいたい、誰にも思い出してもらいたくない、というのはごく自然な感情ですが、人は常にこの感情に動かされているものだという事を忘れないようにしないといけないですね。

とまれ中東・イスラム諸国・中国・ロシア、その他の様々な問題について、高山さんと飯山さんが楽しそうに話しているので楽しんで読めます。
お勧めします。

『新 ヒトの解剖』―井尻正二 後藤仁敏

火曜日, 10月 3rd, 2023

錬金術のわけの分からない話を読んでいると、もっと具体的な現実的な本を読みたくなり、普段は図書館に行っても本を借りたり返却したりするカウンターと、そのすぐ近くにある『お勧め』コーナー、『新しく入った本』コーナーくらいしか行かないのですが、久しぶりに書架に行って眺めてみました。

この本は人体の解剖の話ですから、ある意味これほど具体的・現実的な本もありません。後書きを見るとこの本は1969年に出版された『ヒトの解剖』の改訂版であり、さらにそれは1967年にブルーバックスの一冊として出版された『人体名所案内-進化のあとをたずねて』を改版したものだということです。今から計算すると、もともとは50年以上前の本ですが、人体が50年かそこらでそう変わっていることもないだろうと思って借りてみました。

この本は大学の医学部などで学生さんが勉強している解剖実習を紙の上でなぞって示してくれるという体裁の本になっています。実際に自分で解剖実習に立ち会うというのは大変そうですが、本でなぞっていくだけなら何とかなりそうです。

で、この本は人体解剖の歴史や解剖実習の対象となる献体の話から始まります。解剖実習で使われる道具類も写真で紹介してくれます。とは言え、実際はピンセット1本あれば殆どOKだということです。

実際の解剖が始まり、まずは皮を剥ぐ所から始まります。
皮を剥いだら内臓や筋肉が現れる、というわけではなく、まずは皮下脂肪が現れ、解剖実習では神経や血管を傷つけずに皮下脂肪を取り除く所から始まります。皮下脂肪を取り除いたら筋肉が現れます。この筋肉を取り除けば胴体であれば内臓が現れ、手足であれば骨が現れ、頭であれば頭骨が現れるということになります。山程の筋肉を一つ一つ確認しながら外していくということになります。胴体と頭以外(手足の部分)の所は筋肉を取り除くとあとは骨だけということになりますが、この骨というのは解剖実習とは別に『骨学実習』というもので学習するもののようです。

さて胴体の方は筋肉を取りきると、そこに現れるのが肋骨。これをハサミで一本一本切っていくと、そこに現れるのが内臓、ということにはなりません。その前に腹膜・胸膜という膜が何重にもカーテンのようになって内臓を覆い隠しており、それを取り除くことによりようやく内臓が見えてきます。ここの所が確認できたのがこの本を読んだ何よりの収穫です。テレビドラマのようなわけにはいかない事が分かります。

私は以前、鼠径部ヘルニアの手術をしたことがあり、その時、方々で癒着してしまった腹膜を力ずくで剥がすという作業をされ、えらく痛い思いをした事があるので、この腹膜には何となく思い入れがあります。また、私の父親もこの腹膜のいたるところにがんが転移して死亡した、ということもあり、何となく気になるものです。

で、この腹膜・胸膜を取り除いたあとの個々の内臓の話は今まで何度か読んだことがあります。この本では正面、お腹の側からひとつひとつ内臓を取り出していって内臓がお腹の中にどういう位置関係で収まっているか(押し込まれているか)、すなわち何を取り除いたらその奥に何が現れるか、も図解してあるので、それを眺めるだけでも面白いです。

あとは脳ですが、これは解剖実習の最初の方で頭蓋骨(普通はズガイコツと読みますが、解剖学ではトウガイコツと読む、とのことです)を一部切り離し、脳の部分だけ取り出してホルマリン漬けしておいて、あとで解剖実習するということです。

ここでも頭蓋骨を切り離してパカッと開けると、そこに脳があるというわけではなく、硬膜という丈夫な膜が脳をすっぽり包んでいて、それを切り離してやっとクモ膜・軟膜という柔らかくて薄い透明な膜に包まれた脳を見ることができるということです。

脳を取り出すにはまず左右の大脳半球のあいだの硬膜を取り、次に大脳と小脳の間の硬膜を切り、脳から出ている神経や血管を一つ一つメスで切って、最後に延髄と脊髄の境界を切断すると、ようやく脳を頭蓋骨から取り出すことができる。取り出したばかりの脳を両手で持つとホルマリンの浸透が悪い時は豆腐のような柔らかさで、表面がプリンプリンしている、それをホルマリン液に漬けると焼き豆腐ほどの固さになる、という具合に非常に具体的に書いてあります。

顔と頭の解剖では、まず頭と胴体を切り離す。
食道・気管・筋肉・神経・血管を切り離し、頭蓋の後頭部を縦にノコギリで切って、次に頭蓋と第一頸椎の間の筋肉とじん帯を水平に切れば、後頭部の骨と首の骨を胴体につけて、頭と首の前の部分を胴体から切り離すことができる。これを『首切り』でなく『首おとし』と呼ぶということです。
落とした首は筋肉・口・鼻・目・耳・歯と順番に見ていき、ついでにこれらの部分がどのように進化してきたかの説明がついています。

この本にはこのほか『男のからだ女のからだ』という章と、『労働力としての人体』なんて章があり、著者のちょっと左翼的な考え方がみられ、ちょっと毛色の変わった解剖学の本になっています。

医学部の学生さん達は皆1年がかりでこんな大変な作業をしているんだ、と思うと医学部に行かなくて良かったと思います。

人の身体に興味はあるけれどお医者さんになるのは大変そうだな、と思う人にお勧めです。