Archive for 10月 3rd, 2023

『騙されないための中東入門』―高山正之 飯山陽

火曜日, 10月 3rd, 2023

この本は飯山さんの本の最新刊として予約してあったのがようやく届いたので読んでみました。とはいえその後飯山さんは『愚か者』という本を出版しているので、もはや最新刊ではなくなってしまいましたが。

かなり待たされたような気がしましたが、発行が今年の2月ということですから、約半年しか待っていません。

もう一人の著者の高山さんという人は産経新聞の人で、イランのホメイニ革命の直後にテヘランに特派員として行き、またそれ以外にもイスラム諸国に何度も取材に行って何度も殺されかけている人です。

で、この本は飯山さんと高山さんの二人による対話形式の本になっています。
2人の著者の冷静で論理的、客観的な視点から、中東・イスラム諸国、ついでにロシア・中国等について話が展開されています。

トルコはオスマン帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
イランはペルシャ帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
ロシアはロシア帝国の栄光をいつの日にか復活したい。
中国は中国4,000年の歴史の栄光をいつの日にか復活したい。
というような、それぞれ本音の部分であまり人には言いたくないような話をあけすけに暴露しています。

ロシアはヨーロッパからすると長く奴隷の輸入元であり、キリスト教を輸入して独立国家になったと思ったらモンゴル人に隷属させられ、それを跳ね除けピョートル大帝等の努力により産業革命も始まりヨーロッパの一流国になったかならないか、という所で日ロ戦争に負けてしまい、その後の革命を共産党により乗っ取られてしまい、それが崩壊して共産党支配も終わった所で、今度はプーチンによる独裁政治の時代になっているという話です。

日ロ戦争では中東やアジアの国では『日本は良くやった』という声しか聞きませんが、ロシア人にとってはようやく白人社会の一流国になったと思ったら、有色人種の日本に負けやがって白人の恥さらしだと言われるようになって、日本には恨み骨髄ということです。私も『よくやった』というのは知っていましたが、『恨み骨髄』のほうは意識していなかったので、なるほど、と思いました。

中国は4,000年とは言っているものの、歴代の王朝は殆ど異民族の中華支配であって、中華民族の王朝は漢と明の2代しかない、それを『4,000年の歴史』と言って、いかにもずっと中華民族が中国を支配してきたかのような幻想を振りまいている。中国人は異民族により支配されることに慣れ切っているので、現在も多くの中国人は誰かが早く中国共産党(中共)を倒して新しい中国の支配者になってくれないかな、と願っている、なんて事も書いてあります。

中ロにとっては二度の元寇・日清戦争・日ロ戦争と何度も日本を占領しようとして負けており、第二次大戦でも日本占領をねらっていたスターリンをはねつけてしまった。習近平としては、ここで日本に勝てばフビライも西太后もニコライ二世もスターリンもなし得なかった偉業を達成することになるというので、台湾そして日本占領を望んでいるという話です。

この本は中東の本ですから、いわゆる『アラブの春』についても書いてあります。『アラブの春』は中東諸国で民衆が立ち上がって強権的な独裁者を倒したということで一時もてはやさされましたが、その実態は独裁者が倒された革命をイスラム過激派原理主義者が乗っとって独裁を始めた、その結果民衆の生活はかえって苦しくなっている、ということで、一部の国ではそのイスラム原理主義政権を倒すために再革命が起こっているというような話です。

イスラム教のシーア派とスンニ派についても普通イスラム教には2つの流派があって、、、と説明されるけれどそれは違っていて、シーア派もスンニ派も自分達だけが正しいイスラム教徒であって相手の方は異端であって存在を認められない者達だと、キリスト教の宗教戦争時の、カトリックとプロテスタントのような話です。ヨーロッパではこの新教と旧教の争いで人口の何分の1かを失う戦争が起こり、一段落するまで数百年かかっています。このシーア派とスンニ派の争いも、直接相手を殺しあう、ということではなく、自分の都合によりシーア派がスンニ派を利用したりスンニ派がシーア派を利用したりすることも平気ですから、ちょっとわかりにくくなっています。

キリスト教には『神のものは神に、カエサルのものはカエサルに』というような考え方がありますが、イスラム教にはそのような区別がないので、この問題の解決は遥かに難しいかも知れません。

ロシアは日本に負けて白人世界の恥さらしと書きましたが、実はナチスドイツがあのような軍事大国になったのは、第一次大戦後最初にソ連がナチスドイツの軍備拡張に協力したからだ、ドイツは第一次大戦の戦犯として様々な制約を受けていたのに、あっという間にあれだけの軍事大国になったのはロシア(ソ連)の協力あってのことだ、ということはロシアでは一切触れず、ひたすらナチスドイツを倒したのはロシア(ソ連)だと言い続けているのは、その事を表に出したくない、ということなんでしょうね。

最後の後書きにアンネ・フランクのことが書いてあります。
アンネの一家はドイツからオランダに逃げてきて、その時点で無国籍者になっています。それをオランダ国籍を与えようという話が起こって、それに対してオランダの法務大臣が『アンネはオランダのアンネではなく世界のアンネなんだ』なんて訳の分からない事を言って反対したという事があって、朝日新聞の天声人語では『国籍は大事か』なんて記事を書いているんだけれど、これはトンチンカンな記事であって、アンネを捕まえて収容所送りにしたのは実はオランダ警察であって、その事を蒸し返してオランダがナチスに協力したなんて話を思いだしてもらいたくない法務大臣が訳の分からない事を言って反対した。朝日の記者はこのあたり何も分かっていないというような事が書いてあります。

フランスもドイツに占領されていた時、大量のユダヤ人を収容所送りにしたことを極力蒸し返されたくないので、その過去については一切触れず、フランスは最後までナチスドイツに抵抗してドイツを負かしたという話にしたがっているのと同じことです。

国にはそれぞれ歴史があり、栄光の時代・屈辱の時代があります。もう一度栄光の時代を取り戻したい、屈辱の時代はできれば忘れてしまいたい、誰にも思い出してもらいたくない、というのはごく自然な感情ですが、人は常にこの感情に動かされているものだという事を忘れないようにしないといけないですね。

とまれ中東・イスラム諸国・中国・ロシア、その他の様々な問題について、高山さんと飯山さんが楽しそうに話しているので楽しんで読めます。
お勧めします。

『新 ヒトの解剖』―井尻正二 後藤仁敏

火曜日, 10月 3rd, 2023

錬金術のわけの分からない話を読んでいると、もっと具体的な現実的な本を読みたくなり、普段は図書館に行っても本を借りたり返却したりするカウンターと、そのすぐ近くにある『お勧め』コーナー、『新しく入った本』コーナーくらいしか行かないのですが、久しぶりに書架に行って眺めてみました。

この本は人体の解剖の話ですから、ある意味これほど具体的・現実的な本もありません。後書きを見るとこの本は1969年に出版された『ヒトの解剖』の改訂版であり、さらにそれは1967年にブルーバックスの一冊として出版された『人体名所案内-進化のあとをたずねて』を改版したものだということです。今から計算すると、もともとは50年以上前の本ですが、人体が50年かそこらでそう変わっていることもないだろうと思って借りてみました。

この本は大学の医学部などで学生さんが勉強している解剖実習を紙の上でなぞって示してくれるという体裁の本になっています。実際に自分で解剖実習に立ち会うというのは大変そうですが、本でなぞっていくだけなら何とかなりそうです。

で、この本は人体解剖の歴史や解剖実習の対象となる献体の話から始まります。解剖実習で使われる道具類も写真で紹介してくれます。とは言え、実際はピンセット1本あれば殆どOKだということです。

実際の解剖が始まり、まずは皮を剥ぐ所から始まります。
皮を剥いだら内臓や筋肉が現れる、というわけではなく、まずは皮下脂肪が現れ、解剖実習では神経や血管を傷つけずに皮下脂肪を取り除く所から始まります。皮下脂肪を取り除いたら筋肉が現れます。この筋肉を取り除けば胴体であれば内臓が現れ、手足であれば骨が現れ、頭であれば頭骨が現れるということになります。山程の筋肉を一つ一つ確認しながら外していくということになります。胴体と頭以外(手足の部分)の所は筋肉を取り除くとあとは骨だけということになりますが、この骨というのは解剖実習とは別に『骨学実習』というもので学習するもののようです。

さて胴体の方は筋肉を取りきると、そこに現れるのが肋骨。これをハサミで一本一本切っていくと、そこに現れるのが内臓、ということにはなりません。その前に腹膜・胸膜という膜が何重にもカーテンのようになって内臓を覆い隠しており、それを取り除くことによりようやく内臓が見えてきます。ここの所が確認できたのがこの本を読んだ何よりの収穫です。テレビドラマのようなわけにはいかない事が分かります。

私は以前、鼠径部ヘルニアの手術をしたことがあり、その時、方々で癒着してしまった腹膜を力ずくで剥がすという作業をされ、えらく痛い思いをした事があるので、この腹膜には何となく思い入れがあります。また、私の父親もこの腹膜のいたるところにがんが転移して死亡した、ということもあり、何となく気になるものです。

で、この腹膜・胸膜を取り除いたあとの個々の内臓の話は今まで何度か読んだことがあります。この本では正面、お腹の側からひとつひとつ内臓を取り出していって内臓がお腹の中にどういう位置関係で収まっているか(押し込まれているか)、すなわち何を取り除いたらその奥に何が現れるか、も図解してあるので、それを眺めるだけでも面白いです。

あとは脳ですが、これは解剖実習の最初の方で頭蓋骨(普通はズガイコツと読みますが、解剖学ではトウガイコツと読む、とのことです)を一部切り離し、脳の部分だけ取り出してホルマリン漬けしておいて、あとで解剖実習するということです。

ここでも頭蓋骨を切り離してパカッと開けると、そこに脳があるというわけではなく、硬膜という丈夫な膜が脳をすっぽり包んでいて、それを切り離してやっとクモ膜・軟膜という柔らかくて薄い透明な膜に包まれた脳を見ることができるということです。

脳を取り出すにはまず左右の大脳半球のあいだの硬膜を取り、次に大脳と小脳の間の硬膜を切り、脳から出ている神経や血管を一つ一つメスで切って、最後に延髄と脊髄の境界を切断すると、ようやく脳を頭蓋骨から取り出すことができる。取り出したばかりの脳を両手で持つとホルマリンの浸透が悪い時は豆腐のような柔らかさで、表面がプリンプリンしている、それをホルマリン液に漬けると焼き豆腐ほどの固さになる、という具合に非常に具体的に書いてあります。

顔と頭の解剖では、まず頭と胴体を切り離す。
食道・気管・筋肉・神経・血管を切り離し、頭蓋の後頭部を縦にノコギリで切って、次に頭蓋と第一頸椎の間の筋肉とじん帯を水平に切れば、後頭部の骨と首の骨を胴体につけて、頭と首の前の部分を胴体から切り離すことができる。これを『首切り』でなく『首おとし』と呼ぶということです。
落とした首は筋肉・口・鼻・目・耳・歯と順番に見ていき、ついでにこれらの部分がどのように進化してきたかの説明がついています。

この本にはこのほか『男のからだ女のからだ』という章と、『労働力としての人体』なんて章があり、著者のちょっと左翼的な考え方がみられ、ちょっと毛色の変わった解剖学の本になっています。

医学部の学生さん達は皆1年がかりでこんな大変な作業をしているんだ、と思うと医学部に行かなくて良かったと思います。

人の身体に興味はあるけれどお医者さんになるのは大変そうだな、と思う人にお勧めです。