Archive for 10月, 2015

杉山茂丸『俗戦国策』

水曜日, 10月 21st, 2015

以前紹介した『百魔』と並んで、杉山茂丸の代表作です。
『百魔』が杉山茂丸の知人のそれぞれが主人公となる物語なのに対して、この『俗戦国策』は多数の知人が登場するんですが、杉山茂丸自身が主人公となっての話です。

市の図書館には在庫がなかったので県立図書館から借りてもらいましたが、昭和4年大日本雄弁会講談社から定価2円50銭で出ているものを読みました。この『大日本雄弁会講談社』というのは今の講談社の元々の名前です。講談社の名の通り、講談本のように、目次と見出しを除いて本文は全ての漢字に振り仮名が付いています。昭和4年の本ですから仮名使いは昔のものですが、内容が面白いので全く気になりません。結構やっかいな漢字も振り仮名付きなので安心して読めます。

明治10年、著者が14歳の頃の話から始まって昭和4年、この本が出版される頃までの話が677頁にわたって書いてあります。とはいえ、所々に挿絵が入っていて、それを見るのも楽しみで、あまり苦労しないで読むことができます。

登場人物は多岐に渡りますが、主として日本の政治・経済の話が多いので、伊藤博文・山県有朋・大隈重信・板垣退助・後藤新平・児玉源太郎などの人が良く出てきます。

この杉山茂丸という人は政・財界の裏で活躍した人なので、この本にしか出てこない話もたくさんあり、私の知らなかった話も多く、面白く読めました。とは言、この茂丸という人は別名『ホラ丸』とも呼ばれていた人なので、話の真偽のほどは分かりませんが。

日露戦争の時伊藤博文を人身御供にして日英同盟ができたとか、イギリスは実はフランス経由でロシアに金や武器を提供していたとか、戦後日英同盟は更新されたけど、最初の日本に優しい同盟が更新後は日本に冷たい同盟になっていた、などという話も書いてあります。

明治憲法ができた時の喜びもしっかり書いてあります。この杉山茂丸の勤王思想というのは、ちょっと独特なものですから、読んでみる価値があります。その立派な憲法を、藩閥政府も民権派の政府も一度も実施しようとしない、と言って、怒ってもいます。

あの天皇機関説事件についてもできればこの杉山茂丸の意見を聞きたい所ですが、昭和10年、ちょうど天皇機関説事件の真っ最中に杉山茂丸は亡くなってしまいますので、これは叶いません。

杉山茂丸の経済論も非常にユニークで現実的なもので、この本の中でも折に触れて出てきます。これも熟読玩味する価値があります。これが西洋流の経済学のどれに該当するものなのかも考えてみようと思います。

『戦国策』というのは大昔の中国の戦国時代に関する本ですが、この本は明治維新後の日本政界の戦国時代について杉山茂丸が知っていること、杉山茂丸だけが知っていることを講談あるいは漫談調で書いています。古い本なのでなかなか手に入らないかも知れませんが、是非読んでもらいたい本です。お勧めです。

ピケティ 『21世紀の資本』(その3)

火曜日, 10月 20th, 2015

1年前にはあれほど騒がれていたこの本、最近は殆ど耳にしません。

1年前に図書館に予約を入れて、当初15年待ち、くらいの計算だったのが、多分来月か再来月には借りることができそうです。

とはいえ、いまだに予約者が600人もいるので、借りても2週間で返さなければなりません。600頁の本を2週間で読むのはそれなりに大変です。

しかし1年近く待っている間にいろいろ考えて、この本を読む戦略を立てました。

この本の中味は一言でいうと、r>g、すなわちr(資本の収益力)>g(経済成長率)という式と、その結果格差が広がるということのようです。

で、私としては

  1. r(資本の収益率)やg(経済成長率)がこの本の中で『きちんと定義されているか』どうか。
  2. このrやgを、数百年前、あるいは2千年前から計算してグラフにしているようですが、『その計算方法がきちんと説明されているか』どうか。
  3. この『r>gとなるということが本当に説明されているのか』どうか。
  4. r>gから格差が拡大するという結論が『どのようにして導かれるか、ちゃんと説明されているか』どうか。

の4点を確認しながら読もうと思っています。読む前から結論を推測するのは良くないんですが、多分4つ共、きちんと定義されたり説明されたりしていないのではないか、と思っています。

1~4がきちんと定義されたり説明されたりしていないのであれば、この本には何の中味もない、ということになってしまいそうですが、もしそうであれば次の確認ポイントとして、それにもかかわらずこの本がこれほど評判になり、これほどたくさん売れたのは何故なんだろうか、ということになります。

このように具体的にチェックポイントを設定しながら読むのであれば、600頁の本もかなり効果的に読むことができそうです。

読み終わり、上記の確認が終わったら、また報告します。

日経新聞の記事『(お金の言葉)大数の法則』

月曜日, 10月 5th, 2015

9月23日の日経新聞朝刊に出た記事なので、見た人もいるかも知れません。

『(お金の言葉)大数の法則
サイコロを何回も振れば1の目が出る確率は6分の1に近づく。何度も繰り返すと、ある出来事が発生する確率は一定の値に近づくことを大数の法則という。保険料の計算でもこの原理を使う。どの家が火事になったり、だれが病気になったりするかは予測できないが、多くのデータを調べれば火事や病気の発生する傾向は分かるからだ。

もちろん例外もある。例えば地震。数百年に1度といった大地震では大数の法則は成り立ちにくいため、多くの保険は地震を免責としている。また保険会社はそれぞれの経費や運用の見通しなどを考慮して保険料を決める。ほぼ同じ補償でも保険料が違う商品があるのはこのためだ。』

何となく読み飛ばしても何とも思わないような記事ですが、確率にしても大数の法則にしても、まるでトンデモないことを書いているので、ちょっとコメントします。

『サイコロを何回も振れば1の目が出る確率は6分の1に近づく。』
確率が6分の1に近づくわけではありません。まっとうなサイコロなら1の目が出る確率は6分の1で、振る回数を増やしていけば、振った回数とそのうち1の目が出た回数の比が6分の1に近づく、ということです。

確率が6分の1なら、実際に試した時の比率が6分の1に近づくということです。
もちろん最初まっとうなサイコロだったとしても、使っているうちにすり減ってきたり角が欠けたりしてしまうこともあります。そうなったらもはや1の目の出る確率が6分の1なんてことも言えなくなってしまいますから、大数の法則など成り立たなくなってしまいます。

『何度も繰り返すと、ある出来事が発生する確率は一定の値に近づくことを大数の法則という。』
これも同じです。大数の法則というのは、「ある一定の確率で起こる事を何度も繰り返すと、全体の繰り返した回数とそのうちその出来事が発生した回数の比率が元々の確率に近づく」ということを言うものです。確率が一定として、比率がそれに近づくんです。確率が変化するわけじゃありません。記事では確率と出来事のおこる比率とがごちゃ混ぜになってしまっています。

『保険料の計算でもこの原理を使う。』
確かに保険料の計算には大数の法則を使っていますが、それはこの記事で言っているような大数の法則ではなく、上で説明した大数の法則です。

『どの家が火事になったり、だれが病気になったりするかは予測できないが、多くのデータを調べれば火事や病気の発生する傾向は分かるからだ。』
もちろんどの家が火事になるか、誰が病気になるかは予測できません。保険でいう大数の法則というのは、たとえばたくさんの家を集めてみると、その全体の家の数とそのうち一定期間(たとえば1年)のうちに火事になる家の数の比率は大体同じようなものだということ、あるいはたくさんの人を集めてみると、その全体の人数と、そのうち一定期間(たとえば1年)のうちに病気になる人の数の比率はだいたい同じようなものだ、ということです。

もちろん病気がちの人と健康な人とでは病気になる比率も違うし、若い人と年寄りでも、男の人と女の人でもその比率は違ってきます。そこで、対象となる範囲を限定(たとえば『40歳の健康な男性』などのように)しておいて、その範囲内の人であれば病気になる人の比率は毎年それほど変動しないだろうということを確かめた上で、その範囲の人が1年のうちに病気になる確率をその比率に等しいものと仮定して、その上でその範囲の人をある程度以上の人数集めたら、そのうち1年のうちに病気になる人の数は全体の人数掛けるその確率として計算しても大きくははずれないだろう。これが保険で使っている大数の法則です。

『もちろん例外もある。例えば地震。数百年に1度といった大地震では大数の法則は成り立ちにくいため、多くの保険は地震を免責としている。』
ここの部分、文章の意味が良くわかりません。地震がどのようなことの例外になるんでしょうか。単に地震は保険の対象になりにくいということを言っているんでしょうか。

数百年に一度といった大地震といいますが、大地震は数百年に一度ではありません。東日本大震災・神戸震災・関東大震災も全て、今から100年以内に起きています。また多くの保険で免責となっているのは大地震だけでなく、地震の全てです(免責となっていても保険金を支払うこともあります)。多くの保険で地震が免責となるのは、大数の法則とは別の話です。

地震はその発生のメカニズムもまだ良く分かっていませんし、一定の確率で発生するなんてこともありません。一定の確率で発生するものではないんですから、大数の法則などが成り立つわけがありません。

地震の場合、せいぜい言えるのはその発生の頻度です。今までこれ位の頻度で地震が起こったんだからそろそろ起こっても不思議じゃない、という程度の話です。ですから地震は保険の対象にはなかなかなりませんし、保険の対象にする場合でもその原理は大数の法則とは別のものです。

『また保険会社はそれぞれの経費や運用の見通しなどを考慮して保険料を決める。ほぼ同じ補償でも保険料が違う商品があるのはこのためだ。』
ここの部分、大数の法則がテーマだったはずなのに、いつのまにか保険料の話になってしまっていますね。大数の法則がテーマだとすると、この部分は蛇足ということになりますね。