Archive for 6月, 2011

マルクスの『資本論』と『経済学批判』-その4

水曜日, 6月 29th, 2011

いよいよ「経済学批判」が終わって、「資本論」に戻ってきました。また始めから読み直しです。

「経済学批判」も本文が終わった所でそのあと山程の付録があるのですが、とりあえずそれは無視です。

目次を見ると「資本論」の文庫本1冊目は「経済学批判」とほぼ同じ内容になっています。「経済学批判」のあと、マルクスが大英博物館の図書室にこもって勉強した成果が「資本論」にどのように反映されているかも楽しみです。

ここでは「経済学批判」の最後の方の部分について、コメントします。

前回のコメントから、内容はマルクスの貨幣論になっているんですが、貨幣論については未だに「これだ!」という納得できる理論が見当たりませんから、マルクスの貨幣論にそれほど期待しているわけではありません。
むしろこの難問に対して、マルクスがどのように四苦八苦しているか見てみたいというのが興味の対象です。

読んでいて、途中で「支払手段」という言葉が出てきました。その前に出てきている「流通手段」という言葉に対して使われているようです。その内容は商品を買うのにお金と引き換えに買うような場合、そのお金のことを商品を流通させる手段だということで、「流通手段」と言っているようです。

商売が発達してくると、商品の売買は必ずしも商品とお金の交換ということではなく、商品の引渡しと代金の支払いが別々になっていきます。この段階で、商品の引渡しとは独立した「代金の支払いのために使われるお金」のことを「支払手段」と言っているようです。

代金を「前払いしたり後払いにしたり」というのはごく当たり前の話なので、わざわざ区別しないでもと思うのですが、理論的(あるいは哲学的)には、このように区別した方が扱やすいんでしょうね。

アダムスミスの「国富論」は、どちらかと言うとイギリスを中心とした経済が発展している国の、実際の経済活動を考察しているという内容なんですが、マルクスは経済活動がまだ発展していないドイツの人で、なかなか実際の経済活動を見ることができないので、その代りたくさんの経済学の本を読んで、その本の内容を哲学的に分析し、批判するというのがこの「経済学批判」ということなんだろうなと思います。その対象となる本はイギリス、フランスだけじゃなく、ギリシャ・ローマ時代の本まで入っていますので、大変です。私には哲学的な議論より実際の経済活動の方が面白いので、「国富論」の方が好きです。

この「経済学批判」もそうですが、「資本論」も最後に山ほどの索引が出ています。それも「事項索引」「人名索引」「文献索引」に分れていて、「資本論」の文庫本9冊目はその半分が索引になっています。

大英博物館にこもって本を読みまくった効果か、「経済学批判」に比べて「資本論」の方の文献の数は本当に膨大なものです。
仮に引用するために引用している部分だけを読むとしても、とてつもない時間がかかるだろうなと思わせるような文献の数です。

で、その引用文献の著者の中に、『マルティン・ルター博士』という人が出てきました。あれっ?と思ったのですが、年代その他から、これはやはりあの宗教改革のルターのようです。普通日本ではルターと呼び捨てで、博士なんてタイトルをつけることがないので、なおさらちょっと不思議な気がします。同じドイツの人ということなのでしょうが、私は今までマルクスとルターという組合せについては全く知らなかったので、新しい発見です。

ルターは「経済学批判」では何ヵ所か登場するだけですが、「資本論」の方ではかなりの回数登場してるのが、索引を見るとわかります。

「世界貨幣」という部分で、各国の貨幣は国境を超えては通用しないので、貨幣は金または銀の地金に変えて通用させなければならない。金や銀だけが世界貨幣なんだ・・・なんてことが書いてあります。
今のように、ドル・ユーロ・ポンド・円・元など世界各国のペーパーマネーがそのままで各国で通用する時代を見たら、マルクスは何て言うんでしょうね。

本文の最後の(注)に、

『貨幣の資本への転化は、第3章すなわちこの第1篇の終わりをなす章で考察されるであろう。』

となっているんですが、この本にはその第3章がありません。その代り「資本論」の方にはこの「貨幣の資本への転化」が第2篇となって、文庫本の1冊目にはちょうどそこまでが入っています。

まずは「資本論」文庫本1冊目、「経済学批判」と読み比べてみましょう。楽しみですね。

斑目さんの『人災』発言

水曜日, 6月 29th, 2011

原子力安全委員会の斑目さんが今回の原発事故について、「人災だ」と言っていることが取上げられています。
これもいかにも学者らしい発言ですね。

斑目さんは事故が起きてからの現場の対応を「人災」と言っているわけではなく、事故が起きる前のルール作りとか事前準備とかについて「人災」と言っているようです。だとすると自分が委員長をしている原子力安全委員会も人災のうちです。

ビジネスの世界では責任を認めた途端「金を払え、職を辞せ」となるのは当然の話なのですが、斑目さんは自分の全財産を差し出して身を引くなんてことを考えているわけでもなさそうですし、この「人災」発言を聞いている議員さんもマスコミもそのことを要求しようともしていないようです。

仮に誰かがこの「人災」発言を受けて、斑目さんに「それじゃあ全財産を賠償のために差し出せ」と言ったとすれば、斑目さんが「全財産差し出します。」と発言したとしても「自分個人の財産は差し出しません」と答えたとしてもニュースになって当然だと思うのですが、そのあたりについて何のニュースにもなっていないことからすると、そんな問いかけをする議員さんもマスコミもいないということでしょうか。

斑目さんは学者ですから、自分の財産を投げ出すなんてことは考えてなくて、単に今までのやり方を反省し、これからもっと厳しいルール作りを自ら率先してやりたいと考えているんでしょう。

このように自分の発言の重さについて無感覚だというのは学者には良くある話ですが、マスコミもだらしがないですね。

このように無邪気にいろいろ反省する人の発言がマスコミで取上げられるのを見ると、がっかりですね。

小林秀雄が敗戦後、戦時中に文化人として戦争に協力したことについて「頭の良い人はたんと反省するがいい。僕は馬鹿だから反省しない」と啖呵を切ったのが懐かしいですね。

東電の株主総会

水曜日, 6月 29th, 2011

東京電力の株主総会があったようですね。

テレビやネットのニュースでは、大混乱とか怒号だとか脱原発が否決されたとか新役員がそのまま選任されたとかの話ばかりですが、私が知りたいのは一つだけ。
今回の事故に関して、東電が賠償責任を何故認めるのかという質問があったかどうか。あったとしたら、東電はどう答えたのかということです。

もしかするとこんな質問はないかもしれないし、あってもマスコミは無視して報道しないで、しばらく後の週刊誌でもみなきゃならないかなと思っていたんですが、さすが新聞にはちゃんと載ってました。

私は日経新聞しか見ないので、他の新聞にも報道されたかどうかはわかりませんが、今朝の日経新聞では3ページの記事の終わりの方にちゃんと出てました。

「原子力損害賠償法に基づき、免責を訴えても良いのではないか」という質問が出たが、勝俣会長が「免責の結論を得るには時間がかかる。被災者を救済できない上に当社も資金不足に陥る」と、法的な可能性を探るより現実問題への対処を優先する現状を説明した。

確かに現在の集団ヒステリーのような東電いじめの状況では、東電が「賠償責任はない」と主張したら東電に金を貸してくれる人はいなくなってしまうでしょう。
仮に賠償責任が免責となったとしても、原発事故自体の後始末の費用は東電が負担しなくてはなりませんから、外部からのお金がストップしたら東電は立ち往生せざるを得ないでしょう。
電力料金を上げようとしても、賠償責任はないと主張する東電の料金引き上げを認める勇気のあるお役人も政治家もいないでしょう。
いずれにしてもその間、被災者に対する賠償は進まないでしょう。

だとすると法的正義の主張より企業存続と被災者救済、サービスの継続の方を優先する東電経営陣の判断は納得できます。なかなか見事なものですね。

誠ジーさんからのコメント-その2

火曜日, 6月 28th, 2011

誠ジーさんから大量のコメントが入りましたが、一応一段落の様子です。
話の内容は非常に面白いのですが、誠ジーさんの大量のコメントを全部読むのも大変でしょうから、かいつまんで説明します。

誠ジーさんは昭和52年に明治生命の営業員をしている知り合いに勧められて生命保険に入りました。5年間保険料を支払って昭和57年に医療の特約を追加しました。
その直後その営業員は明治生命をやめ、別の営業員が担当することになりました。

その後新しい営業員に勧められて、保険料の払込みを口座振替にする手続きを取ろうとしましたが、印鑑相違で口座引落しができませんでした。営業員は「保険料の振替貸付ができるので、そのままで大丈夫ですよ。」と言い、「それができなくなったら集金に行きますから」と言ったので、そのままにしてありました。

しばらくして、いつまでたっても集金に来ないので不思議に思って問合せてみると、契約はいつの間にか失効していました。

何の連絡もなく契約を失効にするのは認められないので、失効を取消すように申し込んだ所、保険料未払いの期間の保険料の払込みを求められました。「保障も受けてないのに、そんな保険料を払うことはできない」として、保険会社と争いになりました。それで契約の内容を調べてみたところ、契約は昭和57年に締結されていました。

昭和52年に入ったはずの契約はどこにもなく、昭和57年の契約も昭和52年の契約を転換したものでなく、新規の契約となっていました。

昭和52年の契約は、誠ジーさんは毎月保険料は払っていましたが、保険証券は見たこともありません。
昭和57年の契約も、医療の保障を追加するだけのつもりで医師の診査は受けましたが、契約の申込をした覚えはありません。

また保険料を口座振替にする際も、銀行に提出する口座振替依頼書に記入・押印した覚えはあるものの、保険料払込方法変更の書類に記入した覚えはありません。
口座振替に変更しようとして印鑑相違により口座振替できないという通知は受取りましたが、営業員の「保険料振替貸付にするから大丈夫」という言葉でそのままにしていました。

その後1回目の振替貸付の連絡の葉書は、誠ジーさんは受取っています。2回目の振替貸付の連絡葉書は、転居先不明で保険会社に戻されました。後日、この転居先不明については郵便局の間違いであることが判明しました。

転居先不明の葉書を受取り、保険会社は営業員に住所確認をさせましたが住所が確認できず、保険会社として契約者は行方不明となりました。この間、誠ジーさんは転居せず、同じ所に住んでいました。

2回目の振替貸付のあと、3回目の振替貸付はできず、保険料の入金がないまま契約は失効しました。

このような状況で誠ジーさんは明治生命を相手に裁判を起こし、地裁・高裁・最高裁といずれも敗訴しました。

それでも誠ジーさんはあきらめきれず再審請求をした所、それが認められて裁判が始まり、その中で和解することになりました。

誠ジーさんの契約は定期付養老保険で死亡保険金1,500万円のものなので、当初誠ジーさんはこの額を払うように要求しましたが、途中でその半額の750万円まで譲歩して要求を下げました。そして正式な和解条件として300万円の支払いで和解することとし、差額の450万円を裁判所の和解とは別に明治生命が払うということになりました。

正式に和解が成立した後、450万円の方は、その支払を約束したはずの明治生命の社員が「そんな話はしていない」と否定し、支払われませんでした。

なお死亡保険金1,500万円というのは、誠ジーさんを被保険者とするもので、誠ジーさんはまだ生存しています。

誠ジーさんは昭和52年から昭和57年まで保険料を56万円位払っていて、昭和57年以降ではさらに57万円位払っています。つまり総額として113万円位の保険料を払ったということです。

誠ジーさんの契約は定期付養老保険で、定期特約の部分はもう保険期間が終了しているので、仮に契約が失効せずにそのまま続いていたとしたら、死亡保険金は100万円です。

以上、113万円の保険料を払って300万円の和解金を受取っているので、誠ジーさんにとっては非常に有利な決着となっているんですが、誠ジーさんにとっては承服し兼ねるようです。

その理由は保険会社が

  1. 昭和52年の契約の存在を隠していること。
  2. 昭和57年の契約を勝手に成立させたこと(誠ジーさんの記憶では、これは昭和52年の契約に医療保障を追加しただけのものです)。
  3. 口座振替依頼書が印鑑相違だったにもかかわらず、そのまま勝手に保険料の払込み方法を口座振替扱いにし、保険料を集金しなかったこと。
  4. 住所が変わっていないのに、勝手に転居先不明にしたこと。
  5. その後勝手に契約を失効させ、元に戻さなかったこと。
  6. 和解した時、和解条件の300万円とは別枠で450万円の支払を約束したにも係わらず、払わなかったこと。

ということになります。

また誠ジーさんの考えでは、契約を不当に消滅させたペナルティーとして、保険会社は本来的に死亡保険金と同額の1,500万円を支払わなければならないということです。

以上興味があれば、

->「誠ジーさんからのコメント」

というページに全部載ってます。
殆ど全て、コメントの形でのやり取りなので、何とコメントが79個にもなっています。このブログではコメントが50個を超えると2ページに分かれるということも、初めて経験しました。

マルクスの『資本論』と『経済学批判』-その3

月曜日, 6月 27th, 2011

「経済学批判」、その後何とか読み進んでいます。

とりあえず【第1章 商品】を読み終えました。第1章の終わりに「A 商品分析のための史的考察」という部分があり、いろんな人の説を紹介し、批判しています。
その最後にリカアドを引き合いに出して、経済学の主要なテーマをまとめています。そしてそれらのテーマについて「賃労働の理論」「資本の考察」「競争の理論」「地代の理論」で解決されると言っています。
これはマルクスがこの「経済学批判」をこのようなテーマにまで拡大発展させる予定だったということでしょうか。それは「経済学批判」の中には入っていませんが、「資本論」にはどの程度入っているのか楽しみです。

で、次の第2章は「貨幣または単純流通」という章で、貨幣論が展開されています。
それなりに面白いのですが、とにかく哲学的なクドクドシイ議論が延々と続くので、ちょっと辟易です。

ヨーロッパでは当たり前のことでしょうが、金あるいは銀をそのまま、あるいは金貨あるいは銀貨にして貨幣にしているのというのが当然のことだという書きぶりで、所々ヨーロッパ諸国で行なわれていることが、理論的にそれしかないという調子で書かれています。

日本では江戸時代、金貨・銀貨・銭貨(銅貨)の同時並行の三通貨、変動相場制というとてつもない制度を経験しており、武士も商人もそれを平然とこなしていたという歴史があります。
その目で見るとマルクスの記述は何とも視野が狭いなという気もしますが、マルクスがこの本を書いたのは幕末、明治維新の直前です。日本の貨幣制度はヨーロッパには知られていなかったでしょうから、どんなに頭の中でいろいろ考えても、知らないことについては手も足も出ないんだなと思います。
マルクスが江戸時代のことを知っていたら、どんなように思っただろう(あるいは理解できただろうか)とも思います。それほど江戸時代の商業は高度に発展した体制だったといえます。

文庫本 84頁に

『仮に金の価値が1000%下落したとしても、12オンスの金は従来通り1オンスより12倍大きい価値を持つことであろう。』

という文章があります。この【1000%下落】というのは、一体何なんでしょうね。英訳でも同様に1000%下落となっています。1000%下落するとマイナスになってしまいますから、数学的にはおかしな表現ですが、もしかするとマルクスは数学は苦手だったのかも知れません。あるいは【1000%下落】には何か特別な意味があるのでしょうか。知ってる人がいたら教えて下さい。

「商品の流通」という言葉に対して、「貨幣の通流」という言葉が登場します(文庫本123頁以下)。
「流通」というのは良く見る言葉ですが、「通流」というのは見たことがないなと思って英訳を見ると、流通も通流も「circulation」という言葉が使われています。
少なくとも英語では同じ「circulation」という言葉を商品の場合「流通」と日本語訳し、貨幣の方は商品の流れとは逆向きの流れになるので順番を逆に「通流」とした、訳者の工夫なのでしょうか。
こういう人工的な言葉を使うというのも、マルクスが神格化されて「わけがわかないけれど何となく有難い」という印象を与える効果につながっているのかも知れません。

で、「貨幣の通流」という言葉が出てきてしばらくすると、いきなり「流通手段」という言葉が出てきます(文庫本133頁)。これは何だろうと見てみると、何のことはない「貨幣」という言葉の言い換えでしかありません。

『流通する商品の総額が騰貴しても、その騰貴の割合が貨幣通流の速度の増大よりも小さければ、流通手段の総量は減少するであろう。』

とあります。英訳ではこの「流通手段の総量」の部分は「volume of money in circulation」です。「流通しているお金の量」と書いてあるわけです。
こんなのをいきなり断りもなく「流通手段」なんて言われちゃあ困ったもんだなと思います。

というわけで「経済学批判」あともう少しで終ります。今の所、何とか続いています。

永久国債

日曜日, 6月 26th, 2011

菅さんの粘り腰で国会の延長は決まりましたが、さて、肝心の国債の発行の方はいつごろ決まるんでしょうか。

何をするにもお金が必要で、その為には国債発行と増税のセットが必要だ、ということは皆わかっているのに、菅さんを引きづり下ろす道具としてこの国債発行の議論を使っていると、いつまでたっても被災地にお金がいきわたりませんので、困ってしまいます。

で、いずれにしても国債を発行しなければならないんですから、この際、永久債を発行する、というアイデアはどうだろう、と考えています。

通常の国債は、利付国債で、毎年、元本に対する利息を支払い、満期償還の時に利息に加えて元本を返済する、という仕組みの債券です。
永久債、というのは、満期償還がなく、永久に利息の支払いを続ける、という債券です。

あまりなじみがない債券ですが、イギリスではこのような国債をその昔発行していて、初めてこれを知った時は「そんなものがあるんだ!」と感動したことを覚えています。

元本の返済は永久にしなくてもいい、ということで、発行する方にとって有利なようにも見えますが、その代わりに永久に利払いをし続けなければならない、ということで発行する方にとって必ずしも有利なだけでもありません。でも、お金のない今の政府にとっては、元本の返済をしなくてもいい、というのは魅力的かもしれません。

先月金融庁が発表した「経済価値ベースの保険負債評価」の試算のレポートでも、保険会社(特に生命保険会社)にとって、負債の期間が長期なのに対してそれに見合う長期の資産が存在しないのでALMがうまくいかない、というコメントがありました。その点、満期償還付きの債券に比べて満期償還のない永久債は非常に長期の資産になります。特に今のように金利が低いときはとてつもなく長期の資産になります。これを使うことができれば、ALMもかなりやりやすくなるはずです。

大雑把にいって、債券の期間、というのは、割引債の場合、その満期償還までの期間となり、利付国債なんかの場合は利払いがある分、満期償還までの期間より短くなります。それに対して永久債の期間は利回りの逆数になりますので、利回りが1.5%とすると70年くらい、利回りが1.0%とすると期間は100年くらいになります。

いま日本で発行されている国債は、20年とか30年とかのものもありますが、たいていは長くても10年のものですから、それを組み合わせたんでは、平均期間はせいぜい10年とか20年とかにしかなりません。生命保険の保険期間が何十年にもなる、その負債の期間と比べるとまるで短すぎる、ということになります。でも、これに期間が70年とか100年とかの国債が登場して、これを組み合わせて使うことができれば、この期間の問題は一気に解決します。

国債というのは国の借金です。借金は余裕があるうちにさっさと返してしまった方がいい、ということで、日本でもアメリカでもその昔、好景気で税収が順調に伸びていたとき、あと何年で国債は全部償還が終わってしまって、国は無借金になるけれど、国債がなくなってしまうと資産運用で国債を買うことができなくなってしまう、などと本気で心配していた時期がありました。今から思えば夢のような話で、信じてもらえないかもしれませんが、ほんとのことです。

しかし、国債というのは借金、というだけではなく、国の信用をバックにしたリスクフリーレート(一番信用できる資産運用をした場合の、資産運用リスクを取らない場合の金利)を示す指標をになうもの、という機能も併せ持っています。国が国債を発行して、その国債がマーケットでいくらで取引されるかで、金利水準が今どれくらいにあるか、ということがわかるようになる、ということです。

金融機関が巨額の資産運用をするようになった時、その運用の指標の一つであるリスクフリーレートというのは重要なインフラストラクチャーであり、そのようなリスクフリーレートをになう国債を発行するのは国の重要な金融インフラストラクチャー整備のサービスの一つです。そのためには、国がいくら財政的に豊かで、借金の必要がなくてもある程度の量の国債を発行し続けて、マーケットで取引できるようにしておく、というのは必要なことです。それも、できれば短期・長期・超長期のリスクフリーレートをバランスよく提供してくれると金融機関はとても助かります。

ましてや今は大震災の復旧・復興資金のために、原発事故の賠償資金のために、国債発行が避けられないことはだれもが認めることです。

日本では永久債、というのはあまりなじみがないので、それが登場してきたところで、いくらで売買したらいいか、という理論を改めて構築する必要もあるでしょうが、そのような理論やそれに伴う実務を作る、というのも金融機関にとっては興味のあるテーマではないかな、と思います。

投資家にとっても、永久債の方が普通の利付国債より値動きが大きくなるので、新しい儲けのネタ(と同時に損するネタ)になって、うれしいかもしれません。

この際、これをチャンスに日本でも永久債の国債の発行を始めないかな、と思うんですが、、、、多分こんなことを考えている人はほとんどいないでしょうね。

マルクスの『資本論』と『経済学批判』-その2

水曜日, 6月 22nd, 2011

前回「止揚」と言う言葉が出てきた話をしましたが、そのちょっと前に(文庫本「経済的批判」42頁)

『商品は、小麦、リンネル、ダイヤモンド、機械、等々の使用価値であるが、それと同時に、商品としては、それは使用価値ではない。』

という文章があります。
これだけでは理解不能な文章ですが、これは日本語訳の問題ではなく、英訳でもこれと同じように書かれています。

一見すると禅問答みたいな訳の分らない内容ですが、これは単にマルクスが論理的な文章を書くことができなかった、というだけのことで、マルクスが禅問答をしているわけではありません。

この文章の中味をきちんと書くと

商品には小麦、リンネル、ダイヤモンド、機械、等々のようにそれぞれに使用価値がありますが、と同時に(商品を売買するという視点から見ると)それは(使用価値のために売買されるのではなく交換価値のために売買されるのですから)使用価値(だけ)ではない(ということになります)。

ということになります。()は私が追加した部分です。

我々はごく普通に日本語を使いこなしているので、言葉を論理的に使うのはごく当たり前のことだと思いがちですが、実は日本語というのは世界でも珍しく論理的な使い方のできる言葉のようです。

日本語には「和語」と「漢語」という区別があり、言葉の使い分けができます。明治維新のとき、西洋文明を一気に輸入するため、大量の言葉を漢字の熟語として発明しました。中国語にはない言葉を漢字の組合せにより新しい言葉として発明し、日本語で表現できる範囲を一気に広げることができたわけです。そしてその際、和語と漢語の使い分けにより具体性の高い表現と抽象性の高い表現を使い分けることに成功したということです。

おなじようなことは英語でもあって、元となるゲルマン語にフランス語やラテン語の単語を導入し、元のゲルマン語の部分を具体性の高い言葉とし、フランス語やラテン語由来の言葉を抽象性の高い言葉として使い分けることにより、英語の表現力を拡大したということのようです。

もちろん輸入された中国語・フランス語・ラテン語が抽象性が高いということではなく、それぞれの国語では具体性の高い言葉なのが、輸入される過程で、抽象性の高い言葉に変化させられたということです。

ラテン語でもローマが発展する時にすでに先に進んでいたギリシャ語を輸入する過程で、同じような言葉の使い分けに成功して、論理的な表現ができる言葉になったようです。

その点英語に比べてドイツ語はよその言葉の輸入があまりうまく行かなかったのか、論理的表現が難しいのかもしれません。

私は大学で数学を専攻しました。数学というのは世間では論理的な学問だと誤解されていますが、実はそれ自体はそれほど論理的、というわけでもありません。ただし数学というのは「論理的な表現」にはトコトンこだわる学問です。数学の教科書や論文が論理的に書かれてないと、それだけで最初から問題にされない、というものです。
研究の途中経過では必ずしも論理的、というわけでもありませんが、出来上がったものを発表するときは論理的に表現しなければならない、ということです。
ですから論理的な表現にはそれなりにこだわりがありますので、論理的な表現に直すなんてことも苦手ではありません。

でもいきなりこんな「商品は・・・使用価値であるが・・・使用価値ではない。」などという文章を見せられると意味がわからなくて、その「わからない所がありがたい」という信仰の対象にするか「何を寝言言ってるんだ」と放りだしてしまうか、どちらかですよね。

このように、わけのわからないこんな文章も、マルクスが言おうとして言えなかった部分を補いながら読んでいます。

「論理的な表現」といった所で、別に特別なものではありません。重要なのは同じ言葉を違う意味で使わないようにすることと、同じことを違う言葉で表さないようにすることです。同じことを違う言葉で表さないという方は、それに反しても単にめんどくさくなるだけでそれほど害はありませんが、同じ言葉を違う意味で使う方は、これをやるとあっという間にわけがわからない文章が出来上がります。

とはいえ現実には辞書を見れば一つの言葉が①,②,③・・・といろんな意味を持っているわけですから、実際には一つの言葉の意味を一つだけ、とするのは難しいことです。だからと言って、その都度①、②、③・・・を付けて「商品(意味その①)は・・・であって、商品(意味その②)は・・・でない」なんて書くわけにはいかないので、現実的な対応策としては、ある言葉を使う時それがどの意味で使われているのかはっきりわかるように書く、ということです。
上の私流の書き直しはそれをもう少しわかりやすく書きなおしたものです。

この本では矛盾と言う言葉もどうも我々が「矛盾」という言葉で思っている意味だけで使われているわけではないようです。多分せいぜい「二面性」くらいの意味で使われているようです。

我々は「矛盾」というのは「二律背反」というように理解しています。「二面性」は普通、「矛盾」とは言いません。で、英訳はどうかな?と思うと、これは「contradiction」となっているようです。
英語の「contradiction」が日本語の「矛盾」という意味なのか、それとも「二面性」という意味もあるのか調べてみる必要があるかも知れません。
多分、英語の「contradiction」は本来的に「矛盾」という意味なのだけれど、マルクスの原文がこの「contradiction」と同じ意味のドイツ語の言葉を使っているので、英訳する場合も「contradiction」とせざるを得なくなって、結果としてこの英訳の文章でだけ「contradiction」が「二面性」という意味に使われることになってしまったのかなと思います。

もうひとつ、この本では「対立」という言葉も良く出てきます。この言葉も我々が普段使っているのとは違った意味で使われているようです。英訳の方で見てみると、「対比してみてみる」というのも「対立」となっていますし、さらに「差異」あるいは「違い」という言葉もたとえば「AとBの違いについて・・・」が「AとBの対立について・・・」となっています。

これもわかってしまえばそれなりにそのように読めば良いだけのことですが、知らないと何が何だかわからなくなくってしまいます。
いろんな言葉を普通に我々が使うのと違う意味で使っています。これも、そのように説明してくれればいいのですが、基本的に言葉の意味の説明、というのはありませんから、その言葉の出てきた前後を読んで、どんな意味なのか推測する、ということになります。
たいていそれではわからないので、英訳を見てその言葉がどんな英語の言葉で訳されているか調べます。英語の言葉がわかれば、その日本語の言葉がどんな意味で使われているか、大体わかります。

そういえば何十年か前、学生運動華やかなりし頃、真面目な学生さん達は何かというと教授会と対立したり大学当局と対立したり、社会全般と対立したりしていましたが、もしかするとそれもこんな日本語に振り回されていたのかも知れないな、とちょっと懐かしい思い出です。
私は対立が好きじゃないので、根性なしのノンポリで通していたのですが。

マルクスの『資本論』と『経済学批判』

火曜日, 6月 21st, 2011

アダムスミスの「国富論」がとても面白かったので、その続きとしてマルクスの「資本論」を読んでみようかと思いました。

ちょっと見てみたのですが、今度は「国富論」の時のように、絵がたくさん入った本がみつかりません。そして翻訳はいろいろあるけれど、基本的にどの訳も岩波から出てる向坂逸郎(サキサカイツロウ)さんの訳を参考にしているとのことです。
であれば、その向坂訳を読んでみようと思いました。岩波文庫版で全部で9冊になります。

国富論のときは一冊目をちょっと読んだだけで、残りの2冊目・3冊目を買ってしまったのですが、今度は9冊読める自信がないので1冊だけ買いました。で、読んでみたのですが、まるで読めません。

序文がとにかく50ページもあるのですが、これはまず後回しにしておいて本文に行くと、こんな調子です(文庫本67頁)。

『資本主義的生産様式の支配的である社会の富は、「巨大なる商品集積」として現われ、個々の商品はこの富の成素形態として現われる。したがってわれわれの研究は商品の分析をもって始まる。』

これ位であれば「成素形態」などという意味不明な言葉を除けば、何とか読むことはできます。しかし読み進むと次第にわけがわからなくなります。
「わけがわからない日本語を無理して読むことはない」と言ってしまえばそれまでなんですが、せっかく読み始めたのにと思っていたら、インターネットの記事で「英訳はわかりやすいよ」という記事がありました。

さすがにインターネットの時代、ネット上に英訳がいくつも公開されています。適当にみつくろって読んでみました。さっきの初めの所、その英訳を私が訳すと

【資本主義的な生産が広く行き渡っている社会では、富は「商品の巨大な集積」として表れます。その構成要素が一つ一つの商品です。そのため我々の検討は商品の分析から始めなければなりません。】

という具合になります。
これならわかりやすいので、日本語がわからなくなったら英訳を見ながら読んでみようと思いました。私もそれほど英語に強くはないので、最初から全部英語で読む覚悟はありません。

そうしていたら10ページほど進んだところで(文庫本78頁)、

『商品に含まれている労働の二面的な性質は、私がはじめて批判的に証明したのである。』

といって、「経済学批判」の中でその証明がなされた、と(注)に書いてあります。

この証明の所、英訳では

【この、商品に含まれる労働の二面性を最初に指摘し、批判的に検討したのは私です。】

となっています。「証明した」というのと「指摘した」というのは大分意味が違うような気もします。ともかく、そうであれば、ちゃんと理解するには「経済学批判」の方をまず読まなくちゃなりません。
そういえばチラッと眺めた「資本論」の最初の序文にも(なにしろこの本には6個もの序文があります)、

『この著作は、1859年に公けにした私の著書「経済学批判」の続きであって・・・。右の旧著の内容は、この第1巻の第1章に要約されている。・・・』

とあります。であれば、そんな要約ではなく元々のものを読んでみようと思って、「経済学批判」のほうも買いました。これも岩波文庫から出ていて、これは1冊だけですから、これくらいは何とか読めそうです。

この本は面白いことに第1部・第1編・第1章と第2章だけで、あとは付録です。第2編もなければ第2部もないのに、第1編とか第1部となっているという不思議なものです。
実は、「資本論」という本、正式なタイトルは、「資本論:経済学批判」というものですから、実は、「経済学批判」はもともとは「資本論」の内容が全部入るはずだったのかもしれません。それで、第2部、第3部、あるいは第2編、第3編が追加されるはずだったのが、途中でストップしたのかもしれません。

この本もやはり日本語はかなり理解不能なので、これもインターネットで英訳をみつけて、それを参考に読んでいます。

昔、英語の勉強のために原文を読む時に日本語訳を参考にしながら読んだという経験がありますが、日本語を理解するのに英訳を参考にするというのは面白いことです。でも先日書いたように、漢文や古文の参考書でも日本語の説明をするのに英語を使っているんですから、これも特に不思議なことでもないのかも知れません。

で、この「経済学批判」の書き出しですが(文庫本21頁)

『一見するところブルジョア的富は、ひとつの巨大は商品集積としてあらわれ、個々の商品はこの富の原基的定在としてあらわれる。しかもおのおのの商品は、使用価値と交換価値という二重の視点のもとに自己をあらわしている。』

となっています。「資本論」の書き出しに似ています。ここでも『原基的定在』とか『自己を現している』とか、良くわかりませんが、私が使った英訳によると、

【ブルジョア社会の富は、一見したところ、商品の巨大な集積として姿を現します。その集積の構成要素は個々の商品です。それぞれの商品にはしかしながら使用価値と交換価値という二つの側面があります。】

となっています。これなら何の問題もなく、良くわかります。

で、20ページほど行った所で、こんな文章が出てきました(文庫本43頁の終わりの部分)。

『それゆえ、商品が使用価値になることによってうける唯一の形態転換は、その所有者にとっては非使用価値で、非所有者にとっては使用価値であったというその形態上の定在の止揚である。』

この『定在』という言葉、この訳者は好きなようで良く使われるのですが、イマイチ意味は良くわかりません。それよりこの『止揚(しよう)』という言葉、懐かしい言葉です。ドイツ語の「アウフヘーベン」という言葉の訳で、哲学的な呪文のようなものです。その昔、高校や大学でマルクスかぶれの連中が「止揚だ」「アウフヘーベンだ」とうわ言のようなことを言っていたのを思い出します。

その言葉の意味は何度聞いてもちっともわからなかったのですが、今度こそ分るかもしれないと思って、英訳の方を見てみます。この部分、英訳では

【それゆえ商品が使用価値になる過程で経験する唯一の変形は、それがそれまでその所有者だった者にとっては使用価値でなかった、として所有者でないなかった者にとっては使用価値であった、という形式的な存在の仕方が、そうでなくなるというだけのものです。】

となっています。
すなわちここでは使用価値でなかったものが使用価値になる、使用価値だったものが使用価値でなくなる、という、「でなくなる」が止揚という言葉の意味のようです。

なあんだ、てなもんです。

そんなわけで、とてものんびり読み進んでいます。まずは「経済的批判」。それが終わってまた「資本論」に戻るつもりです。9冊目にたどりつけるのはいつになることやら。

でも学生時代にこの本を教科書として読むことにならなくて本当に良かったと思います。「定在」だ「止揚」だなどという言葉に振り回されないですむんですから。

辞めない菅さん

火曜日, 6月 14th, 2011

菅さん、ヤメロヤメロの大合唱の中、がんばってますね。

でもこんだけ大合唱だとちょっと心配になりましたが、先週毎日新聞の菅さんの奥さんの伸子さんのインタビュー記事を見て、これなら大丈夫そうだなと思いました。
=>http://mainichi.jp/select/seiji/news/20110609ddm013010005000c.html 

この中に塩野七生さんの言葉が引用してあります。
<私があなたに求めることはただ一つ、刀折れ矢尽き、満身創痍(そうい)になるまで責務を果たしつづけ、その後で初めて、今はまだ若造でしかない次の次の世代にバトンタッチして、政治家としての命を終えてくださることなのです>

これは「日本人へ リーダー篇」(文春新書)の中で<拝啓 小泉純一郎様>という書き出しで書かれているとのことですが、塩野さんはその後小沢一郎宛でも同じようなことを言っていると思います。

小泉さんはさっさと格好良くやめちゃったし、小沢さんは何とか格好つけようとして四苦八苦している。そんな中、菅さんはまさにこのようにしてバカ正直に格好悪くがんばっています。がんばればがんばるだけヤメロヤメロの大合唱の声は大きくなるばかり。やはり日本のマスコミや国会議員の先生方は、格好良く潔い生き方が好きなんですね。

この塩野さんの言葉、菅さんも、最強の同志の伸子さんも気に入っているようですから、まあ大丈夫かなと思いました。

これと同じような言葉に「志士は溝壑(こうがく)にあるを忘れず」という言葉があります。これも昔、小泉さんが演説で使った言葉ですが、「孟子」にある孔子の言葉だそうで、日本では吉田松陰が流行らせた言葉ですから、長州好きの菅さんも当然知っている言葉です。

漢語で読むと何となく格好いい言葉ですが、その意味は感じとして、何か事を起こそうとしても全くうまく行かず、空腹でお金もなく切羽詰って食い逃げをしようとしたら店員や客に捕まってボコボコにされ、どぶに放り込まれて顔を上げる力もなくそのまま溺れ死ぬ、というような、何ともみっともない格好悪い死に方をする。志士になるにはそんな覚悟が必要だ、という位の意味だと思います。
「潔く良く身を引く」などという甘っちょろい話ではありません。
国会議員の先生方、幕末維新の志士が好きな人も多いのですが、自分も他人もこんなみっともない生き方をするのは嫌なようですね。

自分の信念を貫き通し、国民からは人非人・非国民・売国奴・アホ・バカ・マヌケ・オタンコナスと言われ、石を投げつけられるようになってもあくまで身を引くなどと言わず、地位にしがみついてやるべき事をやるという何とも悲惨な生き方です。

インタビュー記事にはもう一つ、お坊さんの玄侑宗久さんの「成り行きを決然と生きる」という言葉も紹介されていました。「現在、菅家の座右の銘」だそうです。これもなかなか良い言葉ですね。マスコミでは場当たり的で、その場しのぎで、と悪口を言われますけど。

で、菅さん、やめないでがんばり続けてくれるかなと、少し安心です。

『霊園から見た近代日本』

木曜日, 6月 9th, 2011

友人が二冊目の本を出しました。浦辺登著「霊園から見た近代日本」という本で、弦書房という所から出ています。

多分震災の直後に出たはずですが、その後バタバタしていてようやく読み上げました。

「霊園」というのは「青山霊園」とか「谷中霊園(墓地)」、泉岳寺その他のお寺のお墓のことで、お墓めぐりをしながら近代日本の歴史に登場する人々に思いを馳せるという構成の本です。登場人物は主に明治維新の生き残りの人々から始まって、太平洋戦争に入るまでの人々です。

歴史小説などではフィクションの合間のスケッチとして描かれるような話を、著者の思い入れで書かれていますが、もちろんフィクションではありません。その登場人物のお墓が東京周辺の霊園にあるのをお参りしながら、その人の生涯に思いを馳せるという内容の本です。

著者は福岡の出身なので、福岡藩のことや福岡発の玄洋社のことなどもかなり思い入れたっぷりで書いてあります。

本のスタートは朝鮮の独立運動のために日本の応援を求め、結局中国と朝鮮に騙されて殺された金玉均から始まります。
明治維新から太平洋戦争までの歴史を復習するのに格好な読み物です。

福岡人だけあってアジアへの視点もしっかりしていて、孫文その他中国建国運動、朝鮮独立のために伊藤博文を暗殺した安重根、その他インドやフィリピンの独立運動の戦士達も登場します。

この著者の前著は「太宰府天満宮の定遠館」という本で、こちらは大宰府という場所を固定した上で、万葉集の時代から日清戦争のあとまでの様々なトピックスを綴っています。

どちらも小説ではないので、フィクションはありません。とはいえ、学問的な専門書ではありませんから、気楽に読むことができます。
歴史や歴史小説が好きな人にはお勧めです。

この記事を投稿するため、新たに「本を読む楽しみ」というカテゴリーを新設しました。もしよかったら、このカテゴリーの他の記事もみてみて下さい。