無条件降伏

はじまりは、昔からの知り合いの弁護士さん(弁護士になったのはそんなに昔の話じゃないんですが)と参院選の9党党首の討論会での改憲問題に関する議論について、電話で話したことでした。

話の中で「伊藤さん」という名前が出てきて、これが伊藤真さんという、司法試験受験のカリスマ講師だということは知っていたのですが、それと同時にかなり以前から憲法問題で発言していた人(自民党の改憲案に反対している人)のようです。で、早速読みやすそうな
 「中高生のための憲法教室」(岩波ジュニア新書)
 「憲法が教えてくれたこと-その女子高生の日々が輝きだした理由」(幻冬舎ルネッサンス)
の2冊を図書館で借りて読んでみました。

この「女子高生の・・・」というのは感動的なお話ではありますが、その中の憲法に関するコメントというか、解説の部分はどうもなぁという感じでした。

そのことを先の弁護士さんに話した所、そんな伊藤さんの本なんぞを読まないで芦部先生とか樋口先生とか、ちゃんとした本を読むように、と言われてしまいました。この先生方の本は私の読んだ伊藤さんの軽い読み物とは違って格調高い憲法の教科書のようなので、何となく気が進まないなあと思っていたら、この弁護士さん、芦部先生の本『憲法-第五版(岩波書店)』をわざわざ買ってきてくれて、読むように、と言われてしまいました。

で、読んでみると、これが確かに格調高い教科書ではあるものの、なかなか読みやすく非常に面白いということがわかりました。

「読みやすい」というのは、この本がもともと芦部先生が放送大学で憲法の講義をした時のテキストが土台となっているからかも知れません。「面白い」というのは、この場合「ツッコミどころ満載」というくらいの意味です。

とはいえこの本は司法試験や公務員試験などの憲法の標準的な教科書のようで、ということは弁護士さんや裁判官などはほとんどがこの本で勉強して、この本の理論を自分のものとして司法試験に合格しているようですから、下手にツッコムとそういった弁護士さんや裁判官の殆どを向こうに回すことにもなり兼ねないので、ちょっと厄介だなと思っています。

いずれにしてもこの芦部さんの本を読み終わったら改めてまたコメントしようと思いますが、今回のコメントはこれとは別の話です。

この芦部さんの本を読んでいて、日本国憲法ができた時の話を読んでいたら、ポツダム宣言の話が出てきました。

「ポツダム宣言」というのは何となく知っているような気がしますが、そういえばまだきちんと読んだことはなかったなと思い、この機会にちゃんと読んでみようと思いました。たまたま週末で図書館に行ったので、このポツダム宣言の載っている本を探してみました。

最初法律の棚の憲法のあたりを見ていて見つけたのが、「日本国憲法資料」という三省堂から出ている本です。これが何とも内容豊富で、A5版の本を縦書き3段組にして小さな字でびっしり書いてあるので、読むのも大変です。残念ながらポツダム宣言自体は入っていないで、それを【条件付で受入れる】という日本からの申入れに対して、【そんな条件を付けないで受入れよ】という連合国側からの回答だけが載っていました。

この文書自体、「subject to」という言葉の訳を巡って軍部と外務省が大喧嘩をした(外務省はこれを「制限の下に置かれる」と訳し、軍はこれを「隷属する」と訳したようです。普通に訳すなら、「従う」というくらいの訳になりますから、どちらもかなり政治的な訳になっています。)興味深いものなのですが、欲しいのはポツダム宣言そのものですから、とりあえずこの本も借りることにして、次に日本史の棚の戦中から戦後にかけてのあたりを見に行きました。ここで見つけたのが「終戦の詔書」という文芸春秋からでている本です。確かに薄い本ですが、いくらなんでも「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」だけで本1冊にはならないだろうと思って中を見てみると
 「終戦の詔書」(「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」が入っているもの)の他に
 「開戦の詔書」(米英に対して宣戦布告した時の詔書)
 「年頭の詔書」(昭和21年元旦の年頭のお言葉で、いわゆる天皇の人間宣言と言われているもの)
 「ポツダム宣言」英文と日本語訳
の4つが入っていました。

さすがに3つの詔書は普段使われてない漢文の熟語がありますのでその熟語の意味を簡単に脚注に付けていますが、それ以外は余計なコメントも解説もありません。ただし漢字とカタカナ書きで、漢字は全てふりがな付きです。

で、どの文書も短いものだしせっかくだから全部読みました。そして最後にポツダム宣言ですが、全13項の最後の第13項の所で大変な発見をしてしまいました。といっても誰も知らない何か新しいことを発見したというのではなく、私がいままで間違って理解していたことを発見した、ということですが。

このポツダム宣言の第13項は日本軍の無条件降伏を求めているのですが、ということは、日本国の無条件降伏を求めているものではない、ということになります。ポツダム宣言を受け入れて日本が降伏したのは無条件降伏した、ということではなく、単に日本軍を無条件降伏させる、という条件を受け入れて降伏した、ということです。実際このポツダム宣言自体、日本が降伏する場合の条件を列挙してあるものですから、当然無条件ではありません。

にもかかわらず今まで私が、太平洋戦争に負けて日本は無条件降伏した、と思っていたのは一体何だったんでしょうか。

多分私はこの太平洋戦争終結のあたりを書いた本は何十冊も読んでいますから、無条件降伏についても百回以上は読んでいるはずです。にもかかわらず『日本軍の』無条件降伏と思わず、『日本の』無条件降伏と思っていたのは何故なんでしょうか。

実際は『日本軍の無条件降伏』と書いてある所を無意識的に『日本の無条件降伏』と間違って読んでいた、ということでしょうか。それとも私の読んだ本に『日本が無条件降伏した』と書いてあったのでしょうか。

これがわかったとして、もちろんそれによって歴史的事実が変るわけではありませんが、その事実に対する私の理解が違ってきます。日本にいろいろな指示をした進駐軍の将校は日本が無条件降伏したと思っていたのか、その指示を受けた日本の政治家や役人は日本が無条件降伏したと思っていたのか、それを報道したマスコミ・それを読んだ国民は日本が無条件降伏したと思っていたのか、それとも単に日本軍が無条件降伏したのであって日本は無条件降伏していない、と思っていたのか。

この、日本が無条件降伏したのかしていないのか、というのはもちろん既にいろいろ議論されていることのようですが、私は今まで知りませんでした。もしかすると同じように知らない人がいるかもしれません。で、自分の無知をさらけ出すようですが、コメントしてみました。

ちょっと時間はかかりそうですが、改めてこの視点から以前読んだ本を読み直す必要がありそうです。
また、本を読む楽しみが増えてしまいました。

5 Responses to “無条件降伏”

  1. 小野瑛子 より:

    無条件降伏を求めたのは日本「軍」に対してであって、
    日本という「国」に対してではない・・・
    私も知りませんでした。ショック!!

    坂本さんの今後の読書結果を楽しみにしています。

    坂本さんとは読書傾向もアプローチも違いますが、
    本を読む楽しみは同じ。
    私も、かたときも活字から離れられません。
    (最近はKindleで読むことが多いけど)

    戦争末期の各国の思惑や日本軍部の動きなどは、
    佐々木譲の「ストックホルムの密使」が興味深かったです。
    小説ですが、かなり史実を調べて書かれています。

  2. 坂本嘉輝 より:

    小野さん、

    日本の降伏後、アメリカの政府、マスコミ、日本の政府、マスコミともこぞって『日本が無条件降伏した』と大合唱しているようです。

    この話は結構厄介かもしれません。

  3. 白根 毅之介 より:

    なるほど・・・卓見ですな。
    終戦の詔書(玉音放送)に『・・・朕は帝国政府をして米英支蘇(ソ連)四国の共同宣言(ポツダム宣言)を受諾する旨通告せしめたり・・・」とありますが、軍の統帥権は陸海軍の大元帥たる天皇にあったわけですから、帝国政府としてではなく「・・・朕は陸海軍を統べる大元帥として米英支蘇四国の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり・・・」とした方がポツダム宣言の受諾声明としては適切だったんでしょうね。

  4. 坂本嘉輝 より:

    白根さん、

    ここがまためんどくさいことなんですが、ポツダム宣言は日本国政府に対して、日本軍を無条件降伏させろ、と言っているんです。
    ところが日本では統帥権の問題で日本国政府は軍に対して何も言えないようになっています。
    そこで、政府と軍の全体を統率する天皇が出てこざるを得なくなるのですが、単に大元帥として軍に命令するのではポツダム宣言の条件を満たしたことにならないので、わざわざ日本政府を登場させ、連合軍から見たら日本政府が命じた、ということにして、日本軍に対しては大元帥である天皇陛下が命じた、ということにする必要があったんだろうな、と思います。

  5. [...] この前の前の『無条件降伏』という記事で書いたように、ひょんなことから憲法の教科書を読むことになってしまいました。 [...]

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