ケインズ・・・19回目(最終回)

さて、前回まででケインズ一般理論の本文は終わりです。でも私が読んだ岩波文庫の間宮さんの訳には、間宮さんの先生にあたる宇沢弘文さんという高名な経済学者による「解題」と、訳者自身による「『一般理論』に関する若干の覚書 - 「あとがき」に代えて』というものがあります。またついでに買って途中まで読んだ、講談社学術文庫の山形さんの訳にはさらに
 ・ 日本版への序
 ・ ドイツ語版への序
 ・ フランス語版への序
というケインズ自身の書いたものと、特別付録として
 ・ ヒックスの書いた「ケインズ氏と古典派たち : 解釈の一示唆」
というものと、
 ・ クルーグマンの書いた「イントロダクション」
さらに訳者自身による
 ・ 「ケインズ 一般理論 訳者解説」
が付いています。

とりあえず「一般理論」が一段落した所で、これからいろいろな解説書(日本では版権の関係で翻訳がなかなかできなかった分、多くの解説書が出ているようです)を読んで、経済学者の先生方の理解と私の理解がどれくらい違っていてどれ位同じか確かめてみようと思っているのですが、とりあえずはまず小手調べとしてこれらの付録を読みました。

ケインズ自身による序はごく簡単な概要になっていて、特にフランス語版の序はフランス人向けにモンテスキューについてかなり好意的に書いて、「一般理論に近い」というようなことを言っています。

宇沢さんというのは見るからに大学者ですが、この解題はちょっとアレッ?という所があります。この先生は別に岩波文庫で一般理論の解説をしていますので、これも読んでみようと思います。

ヒックスというのはケインズの一般理論を「IS-LM分析」という形に整理した人で、それがサムエルソンの教科書に取り入れられたりして、「一般理論=IS-LM分析」ということになっています。この山形さんの訳に付いていた論文は、このIS-LM分析を書いたものです。

山形さんの一般理論の訳は途中まで読んだのですが、あまりにも訳が乱暴なので(訳した文章が乱暴だということではなく、訳し方が乱暴だということです)、だいたい1/5位の所までしか読んでません。で、ケインズの序は特に違和感もないのですが、このヒックスの論文の訳もちょっと乱暴なので、分量もそれほど多くないので、結局全部原文の英語で読み直しました。

で、どう読んでみてもこれが一般理論とはとても思えません。せいぜい一般理論の大雑把な応用問題の一つという位のものだと思いますが、一般にはこれが一般理論そのものだと思われていて、大抵の大学の経済学の教科書には一般理論そのものでなくこのIS-LM分析が紹介されていて、次にコメントするクルーグマンの「イントロダクション」によると、
 【そのために多くの経済学者が一般理論を攻撃したけれど、その人達はヒックスの論文は読んだとしても一般理論自体は読んでないに違いない】
ということになります。

このヒックスの論文だけなら文庫版で20ページ位、式や図もちゃんと入っていて、しかも数式の扱い方もかなりいい加減ですから、経済学者の先生方にはわかりやすいかも知れません。後日これを書いたヒックス自身、「ケインズの一般理論をIS-LM分析と同じだと言ったのは間違いだった」と言うようになっているんですが、その後このIS-LM分析でヒックスがノーベル経済学賞を取った、などという皮肉な話もあります。

最後のクルーグマンのイントロダクションは理論的な話ではなく、一般理論を巡るお話といったものですから、山形さんの訳でも殆ど抵抗なく読めました。ケインズの一般理論は素晴らしいけれど、多くの経済学者は読んでいない。クルーグマン自身、学生の時に読んだきりで、次に読んだのは数十年後だった、なんてことを書いています。

一般理論の面白さがわかるのは、そんなに難しいんでしょうか。専門の経済学者は新しい本や論文を読んで自分も論文を書かなきゃならないので昔の本を読んでる暇はない、なんてことも書いてあります。「最も高い評価を与えられる経済学の業績は、アダムスミスの国富論とケインズの一般理論だけだ」と言っている所は同感です。

ケインズは一般理論の最後に「25ないし30を超えた人で新しい理論の影響を受ける人はそれ程いない」と書いています。ケインズは経済学と政治哲学についてこう言っているのですが、同様なことは相対性理論でも素粒子論でも言われたことがあります。もちろん言ったのは超一流の物理学者です。新しい考え方は、若い頃その新しい考え方に触れた人にだけ受け入れられて、その後、若い頃古い考え方に触れてしまったために新しい考え方を受け入れることができなかった古い考え方の人が死に絶えると、ようやく新しい考え方が主流になる、ということです。

私がケインズの一般理論に感激したのは、25ないし30までに経済学をちゃんと勉強しなかったからなのかなと思うと、若い頃あまり勉強しない、というのも悪いことじゃないかも知れません。

ここまででちょっと回数は切りが悪いですが、半年にわたったケインズのシリーズは終りです。
機会があったらまたしばらくして、いろんな一般理論の解説書を読んだ後にその結果を報告するかも知れません。

長々とお付き合い頂き、有難うございました。

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