『経済学の考え方』

別稿で経済学者の小島さんと宇沢さんの話を書きましたが、その宇沢さんの本の話です。

図書館で検索してみると何冊も書いていますが、まずは読みやすそうな新書をいくつか借りてみました。

その中でまず読んだのが、『経済学の考え方』岩波新書 です。この本は
 アダム・スミス
 リカードからマルクス
 ワルラスの一般均衡理論
 ヴェブレンの新古典派批判
 ケインズ
 戦後(第二次大戦後)の経済学
 ジョーン・ロビンソン
 反ケインズ経済学
 現代経済学の展開
という具合に、経済学の歴史に沿ってそれぞれの考え方を説明しています。

特にヴェブレンの新古典派批判の所(その前のワルラスの一般均衡理論の所も同じですが)は、非常に面白いものです。
ケインズの『一般理論』は新古典派の議論を批判して新しい考え方を提案しているものですが、この『一般理論』を読むだけでは新古典派がどんな議論をしているのかが良く分かりません。それがこのヴェブレンの所を見ると良く分かります。

宇沢さんによるとケインズの前に既にこのヴェブレンが新古典派を徹底的に批判しているということですが、歴史的にはケインズの一般理論を受けてヴェブレンが見直され、再発見されたということのようです。

で、宇沢さんによるヴェブレンの新古典派の説明は見事なものです。

普通議論をする時は、言葉の定義を明確にしたりあらかじめ議論の前提条件を明確にしたりしないで議論してしまいます。そこで議論をしながら『なぜ、どうして』なんて質問をするとあまり喜ばれません。『なぜ、どうして』を三回くらい連続でやると、たいていの場合相手は怒って議論をやめるか、あるいは喧嘩になってしまったりします。

しかし数学の世界では言葉の定義は明確にしておかなければならないし、前提条件も明確にしておく必要があります。その上で『なぜ、どうして』と聞かれた時は何度でもきちんと説明しなければならないことになっています。

とはいえ、数学者も時には『そんなの当り前だろう』と言ったりすることもあるんですが、それでも必要となったらいつでも『当たり前だ』ということを証明する必要があります。『当たり前だろう』と言ったことが、実は当り前じゃなかったなんて場合は、大変なことになります。

で、宇沢さんは、ヴェブレンの議論では、まず新古典派の議論の前提条件を明確にした、と言っています。すなわち、新古典派がこのような議論をしているその議論が論理的に正しく展開されているということは、その議論のバックにこのような前提条件がなくてはならないということで、前提条件を一つ一つ明らかにしていったわけです。これはとてつもなくしんどい作業ですが、それをヴェブレンがやったということです。

宇沢さんももともと数学専攻から経済学の方に行った人のようで、ヴェブレンという人も最初は数学をやった人のようですから、そんな思考パターンに慣れているのかも知れません。あるいはそうしないと気持ちが悪いということでしょうか。その気持ちは良く分かります。

で、この整理された前提条件を見ると、確かに新古典派の主張する議論はそれらの前提から論理的に証明できそうな気がします。と同時に、その前提条件は現実とはまるで乖離してしまっている絵空事、というのも良く分かります。

このように説明してもらうと『一般理論』もさらに分かりやすいんでしょうね。宇沢さんには『一般理論』の解説書もありますから、これを読むのが楽しみになりました。

で、後ろの方に『反ケインズ経済学』というのが出てきます。それは、『合理主義の経済学、マネタリズム、合理的期待形成仮説、サプライサイド経済学など多様な形態をとっているが、その共通の特徴として、理論的前提条件の非現実性、政策的偏向性、結論の反社会性を持ち、いずれも市場機構の果たす役割に対する宗教的帰信感を持つものである』と、一刀両断にバッサリやってしまうコメントにはびっくりしました。ここまで言い切ってしまう人はなかなかいません。特に経済学者では。

権丈先生は、右側の経済学、左側の経済学、という言い方をするのですが、この右側の経済学のことを反ケインズ経済学、というんですね。初めて知りました。

最後に『現代経済学の展望』として、反ケインズ経済学が淘汰されて未来に向けて明るい希望を持ち、その中で日本の若年の経済学者たちについても大いに期待しています。この本が1988年に書かれているのでもう四半世紀も前の話で、その後今までについても書いてもらいたかったなと思います。淘汰されたと思った反ケインズ経済学は今も大威張りで生き続けているようですから。しかしそれはまた別の本で読むことにして、宇沢さんの他の本を読むのが楽しみです。

アダム・スミス以降の経済学の流れを(宇沢さん流にではありますが)全体として理解するのにとても良い本だと思います。

お勧めします。

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