この本は副題として『禁書「国体の本義」を読み解く』となっていて、昭和12年に文部省が発行した『国体の本義』という本の解説になっています。
以前、天皇機関説事件についていくつか本を読んだ時、この天皇機関説事件は昭和10年に起こり、その延長線上に永田鉄山斬殺事件があり、昭和11年の2.26事件があり、そして昭和12年の『国体の本義』があるということで、読んでみたいと思っていました。
この本に『禁書』と表現されているように、戦後はGHQによりこの『国体の本義』が禁書扱いされていたようで、いろいろ本を検索してみてもまるで見つかりません。その中でみつけたのがこの佐藤優さんの本です。この本の中で佐藤さんは『国体の本義』を全文引用し、それにコメントを付けるということをやっています。
佐藤さんの解説・コメントはかなりインパクトの強いものなので、それを読んでいると『国体の本義』の方がちょっと霞んでしまい勝ちなのですが、何とか両方読むことができます。
改めてネットで検索すると、『国体の本義』の全文がA4で43ページになっているものがpdfファイルの形で手に入りますので、この本を読んだあと『国体の本義』だけ読み直すと良いかも知れません。もちろんこの本に引用されている部分だけを通して読んでも良いのでしょうが、ついつい余計な佐藤さんのコメントに目が行ってしまい勝ちです。
で、以前にも書きましたが、天皇機関説事件というのは、美濃部達吉さんの天皇機関説が日本の国体にもとる重大な間違いだから、美濃部さんの本を発禁にしろ、美濃部さんを大学から追い出せ、この天皇機関説が間違いだということを政府がきちんと発表しろ、と軍や右翼の運動家、政治家などの一部が大騒ぎした、というものでした。
その中で、そもそも日本の国体についてきちんとした説明がないからこんな事が起こるんであり、政府はきちんとした日本の国体の説明書を作り、国民に教えなければならない、という議論が出てきたわけです。
さんざん国体を振り回して大騒ぎをしたあげく、国体がきちんと定義されていないじゃないか、と言いがかりをつけるというのは、何ともおかしな言い分なのですが、時の勢いというのはどうにもならないで、政府もこれを約束することになってしまいました。
そんな経緯で作られた本ですから、この『国体の本義』というのはいかにもおどろおどろしい、神がかり的な、べったり右翼の国粋主義の本かと思ったら、何とまるでそんなものとは違います。
エイヤッとまとめてしまうと、日本の国体というのは神話の時代から大家族主義で天皇家を始めとする日本人全体が一つの家族のようなもので、大昔からの天皇をはじめとする先祖の教えに従って天皇は国民のために国を守り国民を守る、国民はその天皇を助けて天皇を守り国を守る。これが大昔からの言い伝えで、それが日本の国家的信念であって国体である、ということです。
これに対して特に欧米を中心とする諸外国の思想は基本的に個人主義であり、その上に民主主義とか自由民権思想とか、実利主義・功利主義あるいは社会主義・無政府主義・共産主義・ファシズムなどがある。そのためそのような思想をそのまま日本に持ち込んでも日本の団体とうまく折り合いがつかないで混乱が起きるばかりだ。以前、仏教や儒教を取り入れた時のように、時間をかけ、十分咀嚼し消化してから吸収すれば日本にとっても大いに役に立つことになるんだが、という位のごく真っ当な話です。
これを説明するために、古事記・日本書紀から始まって、神皇正統記その他たくさんの書物を引用し、天皇やいろんな人の和歌を引いてこれを証明しようとしています。
で、結局この『国体の本義』は、天皇機関説事件の時に大騒ぎをしていた人達が意図したものとはまるで違ったものになったんだと思いますが、これでまた大騒ぎが起こった、というような話は聞きません。
もうすでに2.26事件も終わり、日本が軍主導の国になってしまっており、シナ事変も起こる直前で戦時体制に入ってしまっていたため、今更『国体』なんて話を持ち出しても誰の興味も引かなかったということでしょうか。学校の先生たちは読んだんでしょうが、一般の国民にはすでに軍や政治家やマスコミが散々振り回している国体で十分だったのかもしれません。
なお、この『日本国家の神髄』という本ですが、何ヵ所か間違いがあります。
前書きの最後の所、『国体の本義』の公刊が昭和12年なのに、昭和7年となっています。昭和7年だと天皇機関説事件よりも2.26事件よりも前になってしまうので、まるで話が違ってしまいます。
また前書きと後書きの前後にそれを書いた年月が入れてあり、年の方は皇紀・平成・西暦の3本建てで表示してるのですが、この皇紀の年数が間違っています。国体に関する本だから、普通は入れない皇紀の年数をわざわざ入れているのに、それが間違っているんではどうにもなりません。
このあたり校正ミスというか、今はやりの言葉を使えば校閲ミスということになるかと思います。
また本文の方では、『国体の本義』のテキストを引用している部分以外の部分は『国体の本義』を単純に今の言葉に言い換えている部分、それについて説明している部分、佐藤さんが意見を言っている部分等、いくつかの部分に分かれます。
本の初めの方ではこのあたりが明確に区別できるように書いてあるのですが、後半の方ではそのあたりの区分がはっきりしなくなり、『国体の本義』を現代語に直してある部分が佐藤さんの意見ででもあるかのような表現になってしまっています。
これは言うなれば編集者の手抜き、ということになるのでしょうか。
これら校閲の問題と編集の問題を除けば、非常に面白く読めます。
普段使わない言葉も丁寧に説明してあり、わかりやすくなっています。
日本の『国体』に関心のある人にはお勧めです。