『毛』稲葉一男

この本は光文社新書で、去年の11月に出たばかりの本です。
例によって図書館の新しく出た本のコーナーで見つけて、借りて読みました。

『毛』といっても動物の体に生えている毛のことではなく、もっと小さい、細胞に生えている毛のことで、鞭毛(べんもう)とか繊毛(せんもう)とか呼ばれる『毛』のことです。

これが細胞の膜から飛び出していろいろな働きをするのですが、それ自体周辺に9本、中心に2本の小さな管からできていて、その毛を動かすためのモーターのような仕組みもあるということで、小さな世界の話です。

この毛は精子の尻尾として卵子まで泳いでいくのに使われるというイメージが強いのですが、その他にもその小さな毛が身体のいろんな所にあって、気管で異物を排出する毛とか、耳の中で平衡感覚や音の高低を感じる働きをしたり、目で光の明るさや色を感じとる働きをするだけでなく、脳の中でも脳脊髄液を循環させる流れを作る働きをしているという具合で、かなり幅広く働いているようです。

昔は一本のものを鞭毛、たくさん生えているのを繊毛と区別していたけれど、仕組みは同じなので、最近は両方とも繊毛という言葉を使うようになっているという事です。

この繊毛の働きがうまく行かないと内臓の左右が逆になったり、様々な病気を引き起こし『繊毛病』と呼ばれるなんて話もありました。
この繊毛の、周辺に9本、中央に2本の管の構造を『9+2』(日本語では通常「きゅープラスに」と読むようです)と言いますが、これがいろいろな生物のいろいろな所に登場し様々な働きをしていること、その様々な働きをする仕組みについて丁寧に解説しています。

普通細胞の中のいろいろな器官(細胞小器官)やその働きについては読むことがありますが、細胞の膜から突き出している毛について詳しく説明しているものはあまりないかも知れません。

このような小さな話だけでなく、生物の進化の話、地球の環境の保全にこの毛が果たしている大きな役割など大きな話も説明されています。

細かい仕組みの所では付いて行くのがちょっと難しいですが、著者や仲間の研究者は楽しいんだろうな、と思います。この毛に関連するタンパク質は数百種類だという事ですが、これは数が多いというより、この程度の数なら全て細かく理解し尽くすことができるかも知れない、ということのようです。

生命が誕生し、単細胞生物が生まれ、ミトコンドリアや葉緑体の元となる細胞が生まれ、その細胞同士が融合して真核生物が生まれ、それがまとまって多細胞生物が生まれ、脊椎動物である魚類が生まれ・・・という生命進化のあらすじがうまく整理されて説明されています。

地球の誕生 46億年前
海の誕生 40億年前
生命の誕生 38億年前
シアノバクテリヤの誕生 30億年前
真核生物の誕生 21億年前
多細胞生物の誕生 10億年前
魚類の誕生 5億年前

という具合です。

また繊毛が運動に使われる時の『毛』の波打つ仕組みについても、丁寧に説明されています。

環境問題に関する章ではワンオーシャン(海は基本的に一つにつながっていて、それは南極を中心とする地図で良く分かります)の海流の流れ(表面の流れと深層海流のそれぞれ)について説明があり、また生物の運動が細胞の毛によるものから筋肉によるものになった経緯についても説明があります。

2枚貝を濁った水の中に入れておくとアッと言いう間に綺麗な水になってしまうけれど、これもエラに生えている繊毛の働きだ、という説明もあります。

というわけでとりとめのない話になってしまいましたが、とにかく面白い本です。何より著者が一番楽しんで研究していることが伝わってくる本です。

様々な人にお勧めです。

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