『エジプトの空の下』飯山陽

飯山さんの本、5冊目が届いたので早速借りて読みました。予想にたがわず素晴らしい本でした。

これまで読んだ4冊はどちらかというと今、世界各国で起きていることの報告やイスラム教理論の紹介だったので、著者の個人的な事々は極力切り捨てて書いたものを、この本では実体験のレポートのエッセイということで、思いきり個人的な体験や感想が盛り込まれています。

著者は2011年から4年間ダンナさんの転勤の都合でエジプトのカイロに行き、一人娘が1歳から5歳になるまでを一緒にカイロ暮らしをしています。時あたかもアラブの春で、エジプトでも革命が起きムバラク政権が倒され、その後しばらくして選挙でイスラム同胞団のモルシが大統領になって、イスラム教による政治を次々に実行し、こんなはずじゃなかったというエジプト人の不満から1年後に再革命でモルシ政権が倒され、軍政が敷かれ同胞団が倒されたというところを現地エジプトで直接体験しています。

飯山さんひとりだったら始終好奇の目・セクハラの目で見られる所、娘を露払いに立てると、周り中の目が娘に集中し、我勝ちに可愛がろうとする、娘の方はちょうど言葉を覚える時にアラビア語エジプト方言(エジプト語)と英語をシャワーのように浴びて一気にトリリンガルになってしまい、著者がさんざん苦労したエジプト語特有の特殊な発音もなんなくこなし著者を悔しがらせるとか、エジプト人の運転手の友達になり一人でお泊りに行き、一杯お土産を貰って帰ってくるとか、楽しい話もたっぷり入っています。

またエジプトで比較的新鮮な野菜と魚をどうやって手にいれるか、基本的にキロ単位でしか買えない食材をどうやって保存したり分けっこしたりするとか、駐在日本人達でソフトボール大会を開き、著者の入っていたメディア関係者チームが何年かかっても一度も勝てなかったのが、著者がエジプトを去ったらその年に念願の初勝利が実現し『ファラオの呪いだ』なんて話が出ています。

一方マスコミの仕事で、武装闘争派のイスラム教の有名な指導者のテレビインタビューを行い『お前は全身が恥部だ』、『お前はカメラマンの後ろに隠れて下を向いていろ、直接私を見てはいけない』なんて言われたりしています。

アパートの目の前の木が倒れ、それを片付けるためにチェーンソーで切ったら、別の人がその下敷きになって死んだとか、道を歩いていてミシミシ音がするので走って逃げたら、今までいた所に3階のベランダが落ちてきたとか、日本では滅多にないような体験もいくつもあります。

イスラム教では聖戦(ジハード)で死んだ人だけでなく災害で死んだ人も最後の審判を待たずに即時に天国に行けるということで、災害による死というのはそれ程深刻に受け取られないというのも初めて知りました。

著者は滅多に入れないスラムにも入って住人と仲良くなり、スラムの暮らしについても報告してくれます。人口の20%がスラム暮らしで、そこから抜け出す方法がない、というのも大変なことですね。

著者のエジプト滞在は第二革命でモルシ政権が倒れる所までですが、日本では一般に『軍事クーデター』という事になっているものが、実は国民の反政府運動で政権を倒したもので、最後に軍がその革命を完成させた、という事のようです。その意味で本当に国民による革命だったようです。

我々には『イスラム過激派のテロ』というのはヨーロッパ・アメリカで多く起きているというような印象がありますが、実はそれを遥かに上回る頻度でイスラム過激派と世俗的イスラム政府との間で、アラブ・イスラム諸国で起きているんだという事も、言われてみればすぐに納得なんですが、言われるまで気が付かないということも良く分かりました。

とまれ、こんな国に1歳児の娘とダンナさんと一緒に乗り込み、何度も生命の危険にさらされ、またケチョンケチョンに貶められるという経験をした人ですから、日本でノホホンとして暮らしていた人達(ひろゆき氏や日本のイスラム教学者の先生方)が逆立ちしたって敵うわけがありません。

ということで、今まで読んだ飯山さんの本の中で一番面白い本でした。

お勧めします。

Leave a Reply