ケインズ・・・13回目

さて、前回「流動性選好」ということが出てきましたが、要するに投資に回すことができるお金があるとして、投資に回すことができるお金が全部投資に回るわけではなく、その一部は投資に回さないでいつでも使える現金で持っていようというのが流動性選好で、このためお金があれば投資が増えるということには必ずしもならないよということです。そして投資に回るお金がたくさんあればそれだけ金利が低くなって、その分その金利を上回る期待利回りの投資が多くなって投資が増えるということです。

お金の量を自由に増やすことができるんなら、現金で持っていようという額を上回ってどんどんお金を増やしていけば、投資に回るお金が増えるんじゃないかと単純に考えてしまいそうですが、ケインズはそう甘くはありません。お金を増やせば増やすほど、現金を持っていようという額も同じだけ増えて、投資の方にはちっとも回らないかも知れないよ、ということを、すでにこの一般理論で言っています。

特に金利がある程度以下に下がってしまうと、そのお金を投資のために貸し付けたとしても大して儲かりません。かえって貸し付けたお金が返ってこなかったり、債券の値段が下がって損してしまったりするリスクが高くなります。そうするとちっぽけな利息を稼ぐより余計なことをしないで現金で持っていた方が良いかな、ということになるかも知れません。こうなると
 【流動性選好が事実上無制限になる可能性がある。
 このような事態に陥ると通貨当局は利子率を有効に制御する手立てを失ったも同然である】
と、日本の姿を見てきたかのようなことを書いています。

ケインズはこのようになってしまう金利の下限を2%から2.5%くらいと書いていますから、今の日本(EUも日本にならってそうなりそうですが)の0%とか0.5%とかの金利を見たらビックリするんでしょうか。IMFもこれからEUのゼロ金利を実際に経験すれば、今まで自分達がいかに多くの間違いをしてきたかようやく反省するんでしょうか、それともしないんでしょうか。

【もっともこの極限的な場合は、将来ならいざ知らず―将来には現実にも重要になるかも知れない―これまでのところはそのような例を聞いたことがない】と言うんですから、日本の経験は本当に未知の領域のことで、ケインズは経験もしないでよくこんなことが考えられたなと思ってしまいます。

【実際、たいていの通貨当局は長期債権の売買になかなか踏みきれないから、この極限の場合を実地に検証する機会はあまりなかった】ということで、日銀の黒田さんの『中長期の国債を買ってマネーを増やすんだ』という異次元の対応がいかに前例のない異常な手段かが良くわかります。

で、ケインズは今の日本のような事態は見ていないのですが、その代り同じように異常な事態を目のあたりにしていると書いてあります。
 【第一次大戦後、ロシアと中央ヨーロッパでは通貨危機すなわち通貨からの逃避が起こり、人々は貨幣や債権を金輪際持とうとしなくなった】というのと、【一方合衆国では1932年のある時期、これとは逆の種類の危機―金融危機すなわち清算の危機が起こり、いくら好条件が提示されても保有している現金を手離そうとする者はほとんどいないという有様であった。】

このように異常な事態を目のあたりにして考えているんですから、ケインズはヘリコプターマネーのような単純な思いつきに飛びつくようなことにはなりません。またせっかく目のあたりにした異常な事態をじっくり検証すればもっといろんなことがわかるんだろうにと思ってしまいますが、多分そう簡単にはいかないということなんでしょうね。

いずれにしてもこの流動性選好で、経済分析のための新たな要素として貨幣というものが登場し、貨幣の量はある程度増やしたり減らしたりコントロールできるものとして、それが金利をどのように変化させることができるのかできないのか、その結果として投資をどうやって増やすことができるのか。投資が増えれば雇用が増え所得が増えて、最終的に消費も増える。『消費を増やす』という最終の目標に向かっての検討が始まります。「一般理論」の正式名称「雇用・利子および貨幣の一般理論」に登場する役者がようやく揃った、ということになります。ここから改めて「貨幣とは何か」「雇用を変化させる要因は何か」という検討が始まります。

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