『孔子』-加地伸行 『孔子伝』-白川静 

この前書いた駒田さんの本が面白かったので、更に孔子の伝記の本を2冊読んでしまいました。
加地伸行さんの『孔子』と白川静さんの『孔子伝』です。

駒田さんの本が孔子の伝記というより、法家思想との関係・老壮思想との関係・エセ君子との関係というテーマ毎に書かれているので、全体を通じた孔子の生涯を読んでみたい、と思ったわけです。

加地さんの本は加地さんが大学を出る時に書いた卒業論文に対して、恩師の吉川幸次郎から与えられた3つの宿題の一つについて答案として書かれたものだということで、孔子が死についてどう考えていたが、ということがテーマになっています。

孔子の生涯を全て把握した上で、論語の言葉をどこで、どの時、どのような状況で、誰に対して語った言葉かを一つ一つ確認し、その上で孔子の生涯を描いています。若く血気盛んだった時の言葉と年老いてもう政治の第一線に立つことはないだろうと思ってからの言葉、自分の跡を託すつもりだった人々に次々に先立たれ、自らの生の終わりもすぐそこに見えるようになって語った言葉、それぞれに味わいがあります。

白川さんというのはあの『白川漢字学』の白川さんです。その白川さんの本は、その漢字の研究を通して中国の古代社会を明確に見すえ、その社会に生きた人物としての孔子の生涯を描いています。

この本、しょっぱなに次のような文章が出てきます。
『孔子の人格はその一生によって完結したものではない。それは死後も発展する。孔子像は次第に書き改められ、やがて聖人の像にふさわしい粉飾が加えられる。司馬遷がその仕上げ者であった。』
また『司馬遷は「史記」に「孔子世家」を書いている。孔子の最も古く、また詳しい伝記であり「史記」中の最大傑作と推奨してやまない人もあるが、この一篇は「史記」のうちで最も杜撰なもので、他の世家や列伝・年表などとも、年代記的なことや事実関係で一致しない所が非常に多い。』とも書いています。

孔子の生きた中国古代社会を明確に描くことにより、孔子の行動も語った言葉もまた味わいが違ってきます。周の封建制が終末に向かい、封建各国で下剋上で家臣が君主の権力を奪い取るいわゆる春秋の時代、国の枠をこえて集団で動いた盗(これは、『盗人』のことではなく、『政治亡命者』という意味のようです。)、あるいは群不逞の徒と呼ばれる集団、その例としての儒侠とか墨侠の集団の話(孔子軍団も墨子軍団もどちらもある意味大規模な任侠団体だった、ということ)。孔子の死後孔子の教えを継いだ荘子・孟子・荀子等の話。様々な流派の学者を斉の稷(ショク)門の近くに集め議論させた『稷下の学」の話。孔子の死後どのように論語ができたか、その過程で孔子の言葉がどのように広められ追加されたか、封建各国が互いに戦い合って国を大きくし合い、ついには秦による天下統一に至るいわゆる戦国の時代、韓非子の法家を指導原理とする秦帝国が亡びて前漢の武帝が儒教を国教としたことによって儒教の権威が確立されます。

孔子が周の周公を理想として立てたのに対して、墨家がその前に禹を立て、孟子がさらにその前に堯舜を立て、さらに道家がその前に黄帝を立てる、という『加上』の説の話も面白いものです。だとすると孔子にとって周公というのはいったい何だったんだろう、というのが今後論語を読むときの一つのテーマになります。

その後、辛亥革命による中華民国成立により儒教は過去の遺物のようなことになりますが、郭末若(カクマツジャク)により再評価され、それが中国共産党のいわゆる文革により自己批判をさせられ、その後いわゆる三人組の文革派が淘汰されて復活し、さらには天安門広場での共産党権による学生・市民の虐殺まで、この本はかなり幅広い時代を取り扱っています。

本文はさすがに学者の論文(純粋の論文ではないけれど、論文のような書き方です。)という形でなかなか歯ごたえがありますが、文庫本にはついている著者による『文庫本あとがき』(7ページ)、その後に付いている加地伸行さんによる『解説』(11頁)だけでも十分読む価値があります。

私は昔から悪い癖で、本を読み終わってから買うというのがあります。最近では本はもっぱら図書館で借りて読むことにして買う事は殆どないのですが、今回の一連の孔子関係の読書で結局4冊も買う事になってしまいました。と言っても全て文庫本の古本ですから大した費用ではありませんが。駒田さんの本、今回紹介した2冊は3つ共読み終わってから買う事になりました。加地さんの論語はまだ読み終わっていないで買った本です。いずれも再度再々度じっくり読んで楽しみたいと思います。

ということで、どちらもお勧めします。

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