前回は所得の定義をした所で終わってしまいました。
この続きで、『消費』『貯蓄』『投資』の定義をし、貯蓄=投資の話をしましょう。
その前にまず、ケインズは物事を簡単にするため経済社会を『企業』と『労働者』と『労働者を含む消費者』に分けます。もちろん現実的にはこれ以外にもいろんな存在があるのですが、それは必要な都度追加して考えれば良いということです。企業は利益を増やすことだけ考えるので、消費はしません。企業家が消費するのは、企業と企業家を分けて考えて、企業家が消費するんであって企業が消費するんじゃない、と考えます。
前回の
P : 企業の利益(=企業の所得)
A : 企業の売上げ
A1 :他の企業からの仕入れ(他の企業に対する支払い)
F : 企業以外からの仕入れ(企業以外への支払い)
I : 企業の投資
にさらに
C : 消費(労働者を含む消費者のみ 企業は消費しない)
S : 貯蓄(所得から消費を引いた残り 企業の場合は所得と同じ)
の2つの記号を追加して説明します。
経済社会全体の所得は
ΣP+ΣF
となります。ここでΣは全ての企業、全ての労働者(あるいは消費者)の合計の意味です。
経済社会全体の消費は
ΣC
です。
『貯蓄』というのは、所得から消費を引いたものですから、
ΣS=ΣP+ΣF-ΣC
貯蓄=所得-消費
となります。
投資は
ΣI
です。投資は企業の設備投資・在庫投資の増分ですから、消費者の投資はありません。
さてここで
P=A-A1-F+I
という式に戻って考えると、
ΣP+ΣF=ΣA-ΣA1+ΣI
となります。
ここでΣAは全企業の売上げの合計、ΣA1は全企業が企業に支払った額の合計、言い変えると全企業の企業に対する売上げの合計になります。ですからΣA-ΣA1は全企業の企業以外に対する売上げの合計、すなわち消費の合計、ということになります。
売上げ(A)は企業に対する売上げ(A1)か、企業以外に対する売上げ(C)かどちらかだ、ということです。
ΣA-ΣA1=ΣC
これから
ΣP+ΣF=ΣA-ΣA1+ΣI=ΣC+ΣI
所得=消費+投資
ということです。
これと
貯蓄=所得-消費
を合わせると
投資=貯蓄
ということが分かります。
もちろんこれは投資と貯蓄が同じものだということではなく、結果的に投資と貯蓄の額が等しくなる、ということです。このあたりは例を使って計算してみると良く分かります。
たとえば消費者のAさんが100円消費する(何か買い物する)とします。それはBという企業が売るもので、Bは原価70円の品物の在庫を取崩して100円の売上げになるものとします。
まずAさんの方は、貯蓄100円取崩して消費を100円にするのですから、
所得=0円 消費=100円 貯蓄=-100円 投資=0円
となります。
B企業の方は原価70円のものを100円で売るので、利益が30円。これが所得および貯蓄になります。
在庫を70円取崩すので、投資は-70円になります。
すなわち
所得=30円 消費=0円 貯蓄=30円 投資=-70円
となります。AさんとB企業を合わせると
所得=30円 消費=100円 貯蓄=-70円 投資=-70円
となり、
所得=消費+投資
貯蓄=所得-消費
投資=貯蓄
となっているのが分かります。
もう一つ、今度は企業Cが設備投資なり在庫投資なりを100円するとします。この投資のために労働者Dに労賃を30円払い、企業Eに70円払うとします。
企業Eではこの70円の売り上げを在庫50円の取崩しで立てるとします。
企業Cでは
所得=0円 消費=0円 貯蓄=0円 投資=100円
労働者Dでは
所得=30円 消費=0円 貯蓄=30円 投資=0円
企業Eでは
所得=20円 消費=0円 貯蓄=20円 投資=-50円
三者合計すると
所得=50円 消費=0円 貯蓄=50円 投資=50円
で、ここでも
所得=消費+投資
貯蓄=所得-消費
投資=貯蓄
となっているのが分かります。
経済活動の個々の当事者個別ではこの 投資=貯蓄 の等式は成立たないんですが、取引の当事者全部を合計するとこの等式が成立ち、取引の全てを合計すると経済社会全体でこの等式が成り立つ、ということです。
最初の例ではAさんが100円の買い物をしただけで、社会全体の所得が30円増えてしまうということ。2番目の例では企業Cが100円の投資をしただけで社会全体の所得が50円も増えてしまう、ということです。
これは逆に言えばAさんが100円の買い物をしようとして思いとどまったら、それだけで社会全体の所得が30円増えるはずが増えなくなってしまう。企業Cが100円の投資をする所、思いとどまってしまうだけで社会全体の所得が50円増えるはずが増えなくなってしまう、ということです。
念のため確認しておきますが、投資とか貯蓄と言っているのは通常の投資や貯蓄の残高のことではなく、その増減のことを表しています。
さてこのように整理した所で、企業はそれぞれの利益=所得(P)を大きくすることだけを考え、労働者はそれぞれ自分の所得(F)を大きくすることだけを考えている状況で、皆が幸福になるためにケインズは
ΣP+ΣF
に注目します。ΣP+ΣFが大きくなればほとんど自動的にPもFも大きくなって、企業も労働者もHappyということです。
(つづく)