さて、ここから「帳合之法」を具体的に読んでいきます。
まず帳簿の作り方から。日本流の帳簿はいわゆる『大福帳』という、ぶ厚い無地の帳面を横にして、縦書きで筆で取引内容を書いていくのに対し、この西洋流の簿記では大きな紙に縦8行~10行くらい、横に4~50段(4~50字)くらいの罫を赤か藍(青)で薄く印刷したものを用意し、これにこの本の例に従って必要な罫線を墨で引いて、これを使います。(福沢諭吉はここまで説明しています。)
金額の記入の際はまず位取りの円の位置を決め、その上に一〇〇とタテに書けば百円の事、一〇〇〇と書けば千円の事と、位取り記法の説明から始めます。
日本流の帳簿には入金と出金を同じ高さに右から左に順に記入していくけれど、西洋流の帳簿では入金と出金の高さを変えて、貸借がわかり易くなっているという所から始まります。
簿記の目的は『商売の貸し借りを忘れないように記録を取っておく』という事で、貸し借りの証文が記録に残る金銭の貸借、手形の受払等はそれ自体が残っているので必ずしも記録に残す必要はない。現金での売買もその時点で決済が済んでいるんで必ずしも記録の必要はない。記録しておかなくて忘れてしまうと困るのは、掛の売り買いとその決済の記録だ、という事で、まずは取引相手毎に勘定書を作り、そこに掛での売買を貸借別に記入します。
商売があまり忙しくなければこのままでも良いけれど、忙しくなると売買の都度相手方の勘定書を出して記録する代りに、相手によらず全て順番に売買の記録をして、それを後で相手方別にそれぞれの勘定書に書き写すという工夫をします。この全ての取引を順に記録するのに使うのが日記帳、それを書き写す勘定書を集めたものを『大帳』(元帳)といいます。
ただしここでは帳簿の記録の目的が掛の売り買いとその支払い・受取りですから、日記帳に記録するのもその取引のみで、大帳に記録するのも相手方の人名勘定のみです。日記帳に取引の内容を詳しく書いておけば、大帳の方にはその分詳細を省略して記録することができます。
日記帳と大帳(元帳)のみで帳簿組織は完成ですが、これ以外に商売には手形の受け払いを管理するための『手形帳』、現金の出入りを記録する『金銀出入帳』、商品の仕入れ・売却を管理する『仕入れ帳』なども使われることもありますが、それは必ずしも必要ということではありません。
福沢諭吉はここで手形とはどのようなものか、という説明までしています。親切なことです。
この日記帳と大帳のみによる第一式(一例目)の簿記の次には、日記帳・大帳・金銀出入帳の三つによる第二式の簿記の説明です。
この第二式では日記帳と大帳の他に金銀出入帳も帳簿体系の一部として採用されます。
第一式では、現金の有り高はお金を直接数えれば良いだけなので特に帳簿を設けなくても良い、と考えていたのが、金銀出入帳によって現金の出入りについてもきちんと記録を取ることによって、どのような取引によって現金が出入りしているかが分かる、あるいは現金を数えることなし帳簿上の計算だけで有り高が分かるという事になります。あるいは帳簿上の残高と実際の有り高を数えたものを照合することで、現金の紛失や記帳の間違い・漏れ等がないかどうか検証することもできます。
それにしてもこの本が明治6年に作られているのですが、この時までに日本の貨幣の単位が円、銭に統一されていたのはこの本を作るのにちょうど良いタイミングだったな、と思います。もうちょっと前であったら現金の単位も両(金貨ベースで)・匁(銀貨ベースで)・文(銭貨ベースで)と3通りあって(場合によってはコメも通貨の一つになります)、その相互の換算レートも日々変動する為替レートによっていましたから、帳簿の記録もとてつもなく手間のかかる作業だったはずです。金銭の計算が必ずしも十進法でなく、また多通貨変動相場制ですから大変です。
この金銀出入帳を定期的に締め切るのに一七日というものを説明しています。一七日というのは一週間(この本では1ヰイクと言ってます)ということで、週単位で締切るのと月単位で締切るのと両方のやり方を例示しています。
この金銀出入帳には第一式で姿を表さなかった諸経費の支払や家計用の支出分も、現金売買の収支と同様に登場します。大帳の方の勘定は掛け売買の相手の人名勘定だけですが、新しく『総勘定』という期末の残高の一覧表が登場します。売掛金・買掛金は大帳の人名勘定の残高から持ってきて、手形は手形帳から、現金の残高は金銀出入帳から、商品の残高は仕入れ帳から棚卸しして記入しています。
これで資産・負債を計算して、その差額として期末時点の純資産(『現在の身代』と言っています)を計算し、期首の元金(純資産)を差引いて当期の利益が計算できます。
その意味で総勘定というのは財産目録、あるいは貸借対照表の役割を果たす表です。
このようにして日記帳・大帳・金銀出入帳の三つだけで期末の資産・負債・純資産を計算し、当期利益の計算までできるというのがこの第二式の眼目です。
第一式でも金銀出入帳の代りに現金の有り高を数えれば同様に決算できるのですが、第一式では売掛金・買掛金の記録に注目しているので、決算については触れていません。
次は略式第三式、すなわち単式簿記の3例目です。ここでは金銀出入帳の他に『売帳』が登場します。これは商品の売上げを記録するものです。これを基本的な帳簿にするのでなく、売上げも一旦売帳に記載してからその支払い方法に従って、手形受取の場合は手形帳に、現金売上の場合は金銀出入帳に、掛による売上の場合は日記帳にそれぞれ転記するというやり方を説明しています。ここでもまた日記帳・大帳の記録は掛による売買のみが記録されます。
また一例目・二例目が個人商店の場合であったのに、この第三式では共同出資の社中(合資会社あるいはパートナーシップ)の例を示し、決算が赤字の場合にその赤字を出資者にどのように振り分けるかとか、期の途中で現金を出資者の私用に使った場合の取扱いとかが例示されています。大帳にはまだ掛による売買しか記録されないので人名勘定のみが記録され、それ以外の勘定は登場しません。
次の略式第四式(単式簿記4例目)はさらに面白い例となっています。
これまでの例では期首は現金のみから始まって(現金出資のみから始まって)、期中に商品を仕入れ、売上げを上げて利益を出すという形だったのが、いよいよ期首に様々な資産を持っている例を出します。
そのため(個人商店の)福沢商店がそのまま全財産を現物出資し、丸屋商店が現金を出資して福丸商社を作り、これに期中に島屋が現金を出資して『福丸及び社中』という会社を作るという形にしています。
この第四式では売帳を日記帳に転記するのでなく、直接大帳に転記したり、手形帳・金銀出入帳に転記する方式となっています。第三式ではこの売帳は『小帳』といって正式な帳簿体系の中に入っていなかったのを、第四式ではこれを『原帳』として正式な帳簿体系の部分としているということです。これによって掛けによる売り上げは日記帳に転記したうえで大帳に転記する手間が省略できる、ということです。
福沢諭吉はこのようにして帳簿体系を、どのように定めてそれによって帳簿記録をどのように整理し、最終的に利益をどのように計算し出資者間でどのように分配するか、例示しています。
また金銀出入帳の補助簿として『手間帳』『雑用帳』をもうけ、この手間帳によって従業員の出勤管理および給与計算の例を示しています。
以上で略式の第一式から第四式までの説明が終わりますが、大帳は一貫して売掛金・買掛金の計算のための人名勘定のみを記載し、決算の総勘定の作成ではこの大帳と金銀出入帳(現金残高)・手形帳(受取手形、振出手形の残高)・仕入帳(商品の残高)とを使って資産・負債を計算し、期末純資産を計算し、当期利益を計算し、出資者各人に対する利益配分を計算しています。
これで略式(単式簿記)が終わり、次はいよいよ本式(複式簿記)の二例の説明が始まります。
使用する帳簿が増え、大帳の使い方が大幅に変更されます。
お楽しみに。