先週9月10日にアメリカのオバマ大統領はアメリカ国民に向けて、テレビでシリア問題についてスピーチしました。
この中にはロシアによるシリア政府の化学兵器廃棄のための話し合いに乗ることとか、シリアに対する軍事介入に関する議会の決議を延期することとかいろいろな内容があり、多くのマスコミはその方に焦点を当てて報道していましたが、毎日新聞は【米大統領「世界の警察官」否定】というタイトルで、
【オバマ米大統領はシリア問題に関する10日のテレビ演説で、「米国は世界の警察官ではないとの考えに同意する」と述べ、米国の歴代政権が担ってきた世界の安全保障に責任を負う役割は担わない考えを明確にした。】
と報道しました。
このオバマさんの発言について、いくらなんでもそんなことはないだろうと思って、直接そのスピーチを読んでみようと思いました。15分程度のスピーチだったようですがそれを聞いて全部理解するほどの英語力はないので、スピーチを文章に書き直したものを見つけて読んでみました。
私にとってオバマさんの演説を読むというのは、多分2回目のことだと思います。一度目は大統領になってすぐ、例の核兵器削減についてプラハでスピーチしたときのもので、核兵器をなくすためにアメリカ以外の国の核兵器を全部廃棄しアメリカが独占するという内容のもので、何という独善的な演説だろうと思っていたら、何とその内容が全世界的に支持され、ついにはノーベル平和賞まで貰うことになったのにはビックリしました。
で、このスピーチを読んでみると毎日新聞の報道がまるで逆だ、ということはすぐわかったのですが、それがわかった上で改めてもう一度読んでみると、何とも素晴らしいスピーチになっているなと思いました。しかしその後の報道を見ていると、どうも私が読んだのとはまるで違う解釈で報道されているようなので、私の解釈についてちょっとコメントしてみようと思いました。
まずは毎日新聞の間違いについてコメントします。
毎日新聞に書いてある「世界の警察官」という言葉は、このスピーチでは2箇所出てきます。
最初に出てくるのは2/3くらいの所、シリア問題に関していろんな人からいろんな質問や意見が寄せられていて、それに対して1つ1つ回答している所ですが、この「世界の警察官」の所は原文はこんな具合になっています。
【何人かの人は私に手紙を寄越し、「我々は世界の警察官などになるべきではない」と言ってきた。その通りだ。私は今まで常に平和的な解決を重視してきた。それで過去2年半、私の政府は外交・制裁・警告・交渉を続けてきた。にも拘わらずアサド政権は化学兵器を使った。】
だからもう我慢できない・・・という文脈につながる文章です。世界の警察官なんかもうヤーメタ、なんていうのとはまるで違います。
もう1箇所「世界の警察官」が出てくるのは、スピーチの最後、締めくくりの部分です。この部分はこんな具合になっています。
【アメリカは世界の警察官ではない。世界ではひどいことが起きている。全部の悪を正すなんてことは我々の能力を超える。しかし多少の努力とリスクで子供達を毒ガスで殺されることから救い、それによって長い目で見て我々の子供達をより安全にすることができるのであれば、我々は行動すべきだ、と私は思う。それこそアメリカと他国との違いだ。それでこそアメリカは特別な国なのだ。】
というわけで、「世界の警察官をやめる」なんてことはまるで逆の「やるときはやるぞ」という、むしろ恫喝のようなスピーチです。
これが毎日新聞の記事に関連して確認した内容です。
ここで改めて、このオバマさんのスピーチ全体を見て、マスコミの記事との違いをコメントします。
まずは、ロシアが化学兵器をシリアに廃棄させると言い出して、アメリカはロシアにイニシアチブを取られた、ということですが、私の理解はまるで違います。ロシアは今まで表舞台には出てこないで安保理の陰に隠れ、必要なら常任理事国として拒否権を使う、という行動を取っていましたが、今回はいつのまにか表舞台に引っ張りだされ、自分がシリアを説得しなければならなくなってしまいました。そう簡単には引っ込みがつかないところに来てしまった、ということです。これでシリア説得に失敗して表舞台から引っ込むときは、ロシアがアサド政権を見捨てたということになりますから、身動きが取れなくなってしまいます。従来アメリカが常に表舞台をリードしてきてロシアや中国の反対で身動きが取れなくなった。それを今度はロシアが身をもって経験することになるわけです。
次に、オバマさんはアメリカ議会の承認を求めたため、賛成が得られそうもなく軍事行動に移れない、という話がありますが、これも私の解釈とは違います。
今回の演説で、オバマさんはアメリカ国民に直接語りかけています。そのアメリカ国民の声によって議会を動かそうとしているようです。演説を聞いた国民の声が国会議員に届いて、国会での議決に反映するまではチョット時間がかかるので、議会の裁決をすこし延期してくれと言ったのだと思います。
オバマさんは国民を動かすための仕掛けをいくつも演説の中に仕込んでいます。
毒ガスについて話すときは、第一次大戦で使われ大勢の兵士が殺されたが、その中にはアメリカの兵士も含まれていること(第一次大戦は主にヨーロッパで戦われたので、改めて「アメリカの兵士も殺された」と言うことに意味がある)、第二次大戦ではナチスによる大量殺戮に使われたこと(これによりユダヤ系のアメリカ人の怒りを喚起している)、子供の犠牲を強調していること、等がそれです。
議会について語る時、オバマさんは『大統領は軍のトップだから議会の承認がなくても戦争を始めることはできる。だけどあえて議会の承認を得ようとした。それは大統領と議会が一体となって戦争した方が有効だからだ』と言い、そこで自分は『世界でもっとも古い立憲的な民主主義国家の大統領だ』と言っています。アメリカはあまり歴史がなく、ヨーロッパの国々に対して劣等感を持っているようですが、確かに人権主義にもとづく憲法を作って民主主義の政治をしている国としては、世界で最初の国です。フランス革命でさえ、アメリカの独立戦争より後のことですから、こういう話を聞くとアメリカ国民は嬉しくなってしまうのかも知れません。
さらにオバマさんは、この10年、戦争をするという重大な決定は大統領に集中し、戦争による負担は実際に戦争をする国民の肩にかかっているにもかかわらず、国会の議員は安全な所で無責任な立場で好き勝手なことを言っている、と言っています。これはかなり効き目がありそうです。
さらに「世界の警察官」の所で、全ての悪人をとっつかまえるようなことはしないけれど極悪人は許さないぞと言い、それでこそアメリカが世界でも特別な国なんだ、ということで、アメリカの正義を強調しています。アメリカ人は『アメリカの正義』が大好きですから、これは効果的だと思います。
一般にはオバマさんが戦争をしようとしたのになかなか戦争を始めることができないでいるとか、かなり小規模な介入しかできないとか、否定的に報道されていることに関しては、オバマさんは次のように言っています。
【アメリカが全面的に前に出て他国の政権を倒した場合、その後の政権作りやその政権が安定するまでのサポートもしなくちゃならなくなる。だからアメリカはもはや政権を倒すような介入はしない(すなわち政権を弱らせる位の介入をして、政権を倒し、新しい体制を作るのはその国の反体制派に任せる、ということ)。】
また介入が遅れることに関しては、それで別に「アメリカが困ることは何もない」と言って、現実的にはアサド政権がロシアと化学兵器の廃棄のために振り回されている間、アメリカは反体制派に武器供与を本格化しているようです。ロシアは今までシリア政府に散々武器供与をしてきていますから、今更アメリカの反体制派に対する武器供与に反対もできないでしょう。アメリカの戦略が、自分でアサド政権を倒すのではなく、単にちょっと弱らせて、後は反体制派に任せる、ということである以上、介入が多少遅れても、また介入の規模があまり大きくなくても、大きな影響はない、ということになります。
さらにアメリカがシリアの外から介入して、シリアが直接アメリカを攻撃できないとなると、代りにアメリカの同盟国が攻撃されることになるかも知れませんが、それに対しては『イスラエルは強いぞ、倍返しされるぞ』、とシリアを脅しています。
要するに、アメリカは安全な所からいつでもシリアに対してダメージを与えることができるのだから、その規模が小さくてもアサドは充分思い知るはずだ、ということのようです。
こんなことを言われると、アサドさんの方はたまったもんじゃないですが、アメリカ人は嬉しいでしょうね。
反体制派を支援することはアルカイダに加担することになるぞ、という指摘に対しては、『確かに反体制派の中にはアルカイダもいるけれど、シリアの人々が毒ガスでやられているのに国際社会が何もしないで放置している、という、より混乱した状況こそ、アルカイダがより強くなる環境だ。シリア人の大半、反体制派の大半はアルカイダなんかじゃない。』といって、むしろ早期に内戦を終わらせ、社会を安定化させることによりアルカイダを排除したい、と言っています。
さて、今後、どうなるんでしょうか。当分の間、注目ですね。