『長考力』 佐藤康光著

この本も図書館の『新しく入った本』コーナーで見つけたものです。将棋の世界では羽生さんがあまりにも有名なんですが、この佐藤さんもいくつものタイトルを取ったりして、トップクラスの人のようです。

で、この人は棋士の中でも長考派とよばれ、『1秒に一億と3手読む』と形容される人のようです。

で、この手の本はその長考はどのようにしてやっているのか、どうすればできるのかとか、一般の読者にも参考になるのではないかとかいう観点で書かれることが多いのですが、この本はそんなことは一切お構いなしです。確かに長考してはいるけれど、それは良いことだということでも良くないことだということでもなく、『自分はきちんと突き詰めて考えるのが性に合っているからそうしている』と言ってしまっています。長考するにはどうするかとか、役に立つか、なんてことはお構いなしで、むしろ長考して失敗しているエピソードがいくつも出てきます。

一般の人の参考に、などということはまるで眼中になく、ただひたすら一冊全部将棋の話しかしていません。もちろん、時々サッカーの話・野球の話・ゴルフの話なども出てきますが、それは将棋の話を分かりやすくたとえ話にするためだけのことです。

将棋の話といっても、この本を読んで将棋が分かるわけでも強くなるわけでもありません。そんな話はお構いなしに『自分はこうやっている』という話だけしか出てきません。

プロの勝負は持ち時間があって、それを使い切ると一手60秒以内で指さないといけないというのが一般的で、その60秒を秒読みして50秒のあと1, 2, 3・・・と読み上げ、それが10になったら時間切れ負けということになります。とはいえ、いきなり『10』と読んで即反則負けというのは可哀想なので、実際は読み上げ係が多少手心を加えて、10になる前に指すことができるようにしているようです。長考派はすぐに時間を使ってしまいますから、すぐに秒読みになります。

この佐藤さんは対局が終わってから相手に抗議され(もちろん自分では全く気付いていない)、10ぎりぎり(あるいは少し超えて)指していると指摘され、それ以降は気をつけて『8』を読まれる前に指すようにしているとか、あわてて駒を落としてしまい、拾っていたら時間切れになるので、仕方なく指でマス目を指して『6八玉』などと叫んだこともある(このようなやり方はルールとして認められているということですが、むしろそんな所までルールが決まっているということの方がビックリですね)というエピソードも紹介しています。

将棋の駒の配置は飛車と角行を除けば左右対称になっていて、駒の動きも左右対称となっているので、最初から飛車と角行を入れ替えて置いて、そのあとの駒の動きも左右逆の動きで指していけば左右逆転の一局ができるのですが、たとえば居飛車の一局は左右逆転すれば見た目相振り飛車のように見えます。これで途中まで進んだ所で形勢判断すると、左右置き換えただけなので形勢が変わるはずもないのに、元の盤面では先手が良さそうに見えたのが左右逆転すると後手が良さそうに見えたりする、なんて話もあります。

こんなことを考えても多分何の役にも立ちそうもないんですが、面白いことを考えるものです。

いずれにしても、一般に人には何の役にも立ちそうもないことを四六時中考え続けていている人がいて、それを何の遠慮もなしで本にしてしまうそのすがすがしさ(無神経さ)が何とも不思議に面白い本です。

何の役にも立たない本を読んでみたい人にお勧めです。

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