この本の著者の山本義隆さんというのは、その昔、東大紛争の時、東大全共闘の代表として名を馳せた人で、その後駿台予備校の物理の名物講師として大いに人気を博し、そのかたわら科学史・科学哲学史の分野で次々に著作を発表している人です。
この本はその著者の最新作で、これまでの著作が物理学の分野のものだったのが今回は数学の分野なので読んでみました。
期待通りの素晴らしい本でした。
内容について書くと長くなってしまうので端折りますが、いくつか驚いたトピックスについて触れると、
ネイピアが対数表を作った当時、三角関数表はかなりの精度のものが作られるようになっており、数の掛け算を三角関数表を使って足し算引き算で計算するという方法がすでに開発されていたということ。
最初ネイピアが対数表を発表し、それを見たケプラーがそれを使おうとして、ネイピアの対数表の詳しい仕組みが分からなかったのでケプラー自身も独自で対数表を作った、ということ。
実はネイピアの前にビェルギという人が独自に対数表を作っていたのだけど、積極的に公表しようとしなかったのでネイピアが対数表を作ったということになっていること。
ネイピアが最初に発表した対数表は現在のようにある数に対してその対数を計算して表にしたものではなく、ある角度に対してその三角関数(sin, cos, tan)の対数を計算して表にしたものだったということ。
ネイピア、ケプラー、ビェルギの対数表は全て自然対数の表であり、常用対数の表はその後でネイピアのアイデアに基づきブリッグスという人によって作られたということ。
です。
その昔初めて「対数表」という本を見た時、膨大な数字だらけの表に圧倒されましたが、その中に三角関数の対数の表が入っていて、これは一体何なんだろうと不思議だったのですが、その理由も(半世紀後になって)ようやく分かりました。
数値計算では自然対数より常用対数の方が圧倒的に便利なので、私は何となくまず常用対数が作られ、その後数学や物理の進歩の結果自然対数ができたのかと思っていましたので、それがまるで順番が逆だったというのは驚きでした。
ネイピアやケプラーの対数表が三角関数の対数の表になっているというのは、天文学で球面三角法を使うとき三角関数の掛け算をする必要があるためで、その結果ケプラーが次に三角関数抜きの対数表を作った時、『素晴らしいけれど前の(三角関数の対数の)表の方が使いやすい』と友人に言われた、なんて話も面白いものでした。
ネイピアとケプラーの対数表は三角関数の対数を計算するものなので、0~1の間の数の対数ですから普通の対数ではマイナスの数になります。そのため自然対数の底をe とした場合、ネイピアとケプラーの対数は実質的に 1/e を底とする対数となっています。
これに対しビェルギの対数は金利計算の複利の終価の表がもとになっているので、実質的に普通の自然対数の表になっています。
いずれにしても対数も指数もない時によくもまあ自然対数を考えついたものだ、と思います。しかも、ネイピア、ケプラー、ビェルギそれぞれが別々のアプローチで自然対数にたどり着いている、というのは素晴らしい話です。
ちなみにネイピアという人は、掛け算九九を知らない人でも簡単に掛け算の計算ができる、ネイピアのロッドという道具を発明し、19世紀の初めにはそれが日本にも輸入されていたなんて話もあり、面白い話でした。
数学や計算が嫌いでない人にお勧めです。