『国家安全保障戦略』

いわゆる安保3文書というのは『国家安全保障戦略』『国家防衛戦略』『防衛力整備計画』の3つですが、これに『国家安全保障戦略(概略)』と『国家防衛戦略(概略)』という2つのプレゼン資料が付いています。

何かと話題なので読んでみました。プレゼン資料は、分かっている人が誰かに説明するための資料のようで、これから先に読もうとしても良くわかりません。また3つの文書はそれぞれA4で30頁くらいあるので、まずは『国家安全保障戦略』から読んでみました。この『国家安全保障戦略』のもとで『国家防衛戦略』があり、それに従って『防衛力整備計画』があるというたてつけなので、まずは総論の『国家安全保障戦略』から、ということです。

読んでみて驚くような記述が多数あり、これは私が今まで知らなかっただけの事なのか、今回変わったのか確かめるため、今回の『国家安全保障戦略』の前の平成25年(2013年)の『国家安全保障戦略』も読み、また日本語の意味を明確にするために今回の『国家安全保障戦略』の英字版(National Security Strategy of Japan)も見る事になってしまいました。

で、今回の『国家安全保障戦略』ですが、明確になっているのは、従来の国連中心主義、国連の下で優等生であろうという姿勢をやめて、その代わりに二国間、多国間の協力により世界平和を進めていく方向性をはっきり打ち出して、覚悟と責任感を持って世界をリードしていこうとしている姿勢になっている、という事です。

この段階で、それじゃあ今までの『国家安全保障戦略』はどうだったんだろうと見てみると、ここでは国連中心主義が明確に書かれています。すなわち今回の文書で明確に国連を見限ったということです。

もちろん今回の文書でも国連改革を進める、という方針も書かれていますが、もはや国連だけに頼り切っているわけにはいかない、ということです。安保理の常任理事国であるロシアがウクライナに侵攻し、明確に国連憲章に違反しているというのもちょうどタイミングが良かったのかも知れません。

従来の文書では北朝鮮だけが明確に非難されていたのが、今回の文書では北朝鮮・中国・ロシアが明確に非難されています。

前回の文書ではアラブ原理主義勢力を念頭に、『非国家主体によるテロや犯罪(5~6頁)』というのが大きなリスクとされていますが、今回の文書では『他国の国益を減ずる形で自国の国益を増大させることも排除しない一部国家が、軍事的・非軍事的な力を通じて自国の勢力を拡大し、一方的な現状変更を試み国際秩序に挑戦する動きを加速させている(6頁)』と記載し、ロシア・中国がリスクだとしています。具体的に『他国の債務持続性を無視した形での借款の供与等を行うことで他国に経済的な威圧を加え、自国の勢力拡大を図っている(7頁)』とか『一部の国家が他国の民間企業や大学等が開発した先端技術に関する情報を不法に窃取した上で自国の軍事目的に活用している。(7頁)』など、国名は明記していなくても誰が読んでも中国のことだと分かるような書き方をしています。

インド太平洋地域について『核兵器を含む大規模な軍事力を有し、普遍的価値やそれに基づく政治・経済体制を共有しない国家や地域が複数存在する(8頁)』とか『中国はロシアとの戦略的な連携を強化し、国際秩序への挑戦を試みている(8~9頁)』とまであからさまに記述しています。

日本が協力する国々を表現する『同盟国・同志国等』という、多分今まで聞いたことのない言葉が出てきたので、英文の方で見てみると『 ally, like-minded countries and others』 となっていました。

もう国連中心ではなく同盟国・同志国たちと一緒にやっていくのだ、という意思を表現したものです。

従来ともすれば曖昧なままにされていた『国益(5頁)』とか『国力(11頁)』という言葉を正面から使っているのもびっくりです。

安全保障に関する基本的な原則の中で『我が国を守る一義的な責任は我が国にある(5~6頁)』という言わば当たり前のことを当たり前に明記しているのも新鮮です。

『国力』の主な要素として『第一に外交力である。(中略)大幅に強化される外交の実施体制の下、・・・(11頁)』『第二に防衛力である。(中略)抜本的に強化される防衛力は、・・・(11頁)』として外交力と防衛力を大幅に強化する方針が示されています。

具体的な防衛力強化策としては『現存装備品を最大限有効に活用するため、稼働率向上や弾薬・燃料の確保、主要防衛施設の強靭化により防衛力の実効性を一層高めていくことを最優先課題として取組む(17頁)』としています。

またこの防衛力強化の中に『反撃能力を保有する(18頁)』と書かれ、これは『(憲法上、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能であるものだが)これまで政策判断として保有することとしてこなかった能力に当たるものである。(18頁)』として、今までとは違うぞと明らかにしています。とは言えこれは『専守防衛の考え方を変更するものではなく、(18頁)』として専守防衛の中で相手が攻撃しようとする場合にはしっかりと反撃するんだという姿勢を示しています。それも、もはや敵基地だけ攻撃しても相手の攻撃を防ぐことにはならないので、『反撃能力』として、より広い目標に対して攻撃する意思を明らかにしています。

この防衛力の強化に関しては『我が国の防衛力の抜本的強化は速やかに実現していく必要がある。具体的には本戦略策定から5年後の2027年までに我が国への侵攻が生起する場合には、我が国が主たる責任をもって対処し、同盟国の支援を受けつつこれを阻止・排除できるように防衛力を強化する。さらにおおむね10年後までにより早期かつ遠方で我が国への侵攻を阻止・排除できるように防衛力を強化する(19頁)』と覚悟のほどを語っています。

そしてそのような『自衛隊の体制整備や防衛に関する施策はかつてない規模と内容を伴うものである。(19頁)』と明らかにしています。

そして『我が国の防衛生産・技術基盤はいわば防衛力そのものと位置づけられるものであることから、その強化は必要不可欠である。(19頁)』『力強く持続的な防衛産業を構築する(19頁)』『官民の先端技術研究の成果の防衛装備品の研究等への積極的な活用、新たな防衛装備品の研究開発のための態勢の強化等を進める。(20頁)』としています。

『サイバー安全保障分野での対応能力の向上』では、『国、重要インフラ等に対する安全保障上の懸念を生じさせる重大なサイバー攻撃について、可能な限り未然に攻撃者のサーバー等への侵入・無害化ができるように政府に対し必要な権限が付与されるようにする。(21-22頁)』とあり、ここでも、守るだけでなく、攻撃こそ最大の防御なりとの考え方が表明されています。積極的に攻撃する能力こそ積極的な防御であり、積極的な平和に向けての行動だ、ということでしょうか。

そして『技術力の向上と研究開発成果の安全保障分野での積極的な活用のための官民の連携の強化(23頁)』として『民間のイノベーションを推進し、その成果を安全保障分野において積極的に活用するために、関係者の理解と協力を得つつ、広くアカデミアを含む最先端の研究者の参画促進等に取り組む。(23-24頁)』として、日本学術会議等の、大学における軍事転用の可能性のある研究を排除する方針を、さらっと明確に否定しています。これで学術会議は国の方針に反する組織ということになるんでしょうか。

今回のこの文書で目立つのが、従来「参加する」・「協力する」と言っていた国際的な課題について、「主導する」、「主導的な役割を果たし続けていく」、という言葉が目立つことです。はりぼての中国のGDP2位をあからさまに否定するわけではないけれど、実質的にアメリカに続くGDP大国の自覚と責任から今までより積極的に諸問題に立ち向かっていく覚悟の表明であり、中国・ロシア・北朝鮮・韓国にとっては戸惑いを覚える文書でしょうね。

ここまであからさまに書いた文書を発表してしまった以上、中国としても今さら林外相を呼びつけて文句を言ってみても懐柔してみても何の効果もない、ということでしょうか。林外相の訪中が急遽中止となってしまいましたね(表向きの理由はコロナの爆発のようですが)。

ここまでの覚悟と自信を持って堂々と主張を明確にしている文書は日本では初めての事じゃないでしょうか。今は亡き安倍さんが構想し岸田さんが継承すると言ったのがこの事だったのか、と思うと、日本もここまで来たか、と頼もしい限りです。

これは『国家防衛戦略』の9頁に書いてある『我が国の意思と能力を相手にしっかりと認識させ、我が国を過少評価させず、相手方にその能力を過大評価させないことにより我が国への侵攻を抑止する。(9頁)』というFDOという戦略の一つのようです。習近平がこれをどのように評価するか、コケ脅しだと思って日米を相手に挑発を続けるのか、日本の姿勢にビビッてしまっておとなしくなり国内での権力基盤を失ってしまうか、見ものですね。

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