この本は前に紹介した『騙されないための中東入門』の一方の著者の高山正之さんの話が面白かったので、その主著であるこの本を借りて読みました。
著者が産経新聞に入社し、テヘランに特派員として赴任して、何度も殺されそうになる危機を乗り越えながら、ホメイニ革命直後からイラン・イラク戦争の期間を通じてイランのホメイニ革命の実態を自ら実体験したレポートです(ホメイニ革命は1979年、私が社会人になって3年目、仕事を覚えるのとアクチュアリーの試験に合格することが最優先でした。この本が出版されたのが1988年、私は1986年にナショナルライフ保険、今のエヌエヌ生命に転職し、この会社はいつ、どのように潰れるんだろうと思いながら会社のスタートアップの仕事をしていた頃のことです)。
ホメイニ革命が起こった当時は私はあまり政治には関心がなかったので、きちんと理解しないままで来たのですが、その後の中東問題・イスラム原理主義過激派問題を知るにつけ、その根っこにはこのホメイニ革命とそれによって生まれたホメイニ独裁のイランという国があり、ここの所をきちんと理解することが必要に違いないと思うようになり、この本を読んだ所、まさにドンピシャリ、私の知りたい所がきちんと解説されていることが分かりました。
ホメイニイラン帝国はシーア派の原理主義イスラム教だということになっていますが、ホメイニは必ずしも『イスラム教絶対』ということではなく、自らの独裁体制の為にはイスラム教にはこだわらない、柔軟性のある人(あるいはイスラム教徒からするととんでもない背教者)だということも良く分かります。
基本的に多くの革命体制は革命の乗っ取りによって成立していることは、ロシア革命でもナチス政権でもいくつもの例があります。
体制に不満を持つあるいは反対する勢力が一つ一つは小さい勢力でも、集まって反体制運動をして体制を崩壊させる。その後はその弱小勢力どうしの潰し合い・殺し合いで、最後まで残った勢力が実権を握るという過程を取りますが、もともと弱小勢力でしかなかったものですから、生き残りのために恐怖政治・暴力体制を作ります。もともと体制側にあった軍をどのように支配下に治めるか、あるいは弱体化させてそれに代わる軍事組織をどうやって作るか、国民の間の様々な組織(行政とか企業とか学校とか)にそれを支配する組織を忍び込ませ支配下に置くか等々、ホメイニはロシア革命とソ連の体制、ナチスの支配体制をよくよく研究しているようで、このあたり具体的に説明してくれているので非常に分かりやすい本です。
以前、中村逸郎さんの本で、ロシアの共産党の末端の委員会がどのような組織か読みましたが、イラクではホメイニ革命の前にすでに反体制の若者たちが『アンジョマネ』という、共産党のいわゆる『細胞』のような組織を作っていろんな組織を支配しており、ホメイニはそれを乗っ取って国民を支配する体制を作ったということも良く分かります。
著者はマキャベリの君主論の中から
『君主はどこまでも誠実で信義に厚く、裏表がなく人情にあふれ宗教心に厚い人物と思われるように心を配らなければならない。このうち最後の気質が身に備わっていると思われることほど大切なことはない。』
『君主は愛されるより恐れられる方が安全だ』
『(ローマを攻めるために象の部隊を引き連れてアルプス超えをしたハンニバルが、無数の人種の混ざりあった軍団を見事に統率したのは)非人道的なまでの残酷さのお陰だった』
というような言葉を引用し、ホメイニ体制の見事さを明確に説明しています。
またホメイニ革命のあと起こったアメリカ大使館占領事件・イランイラク戦争についても明確に説明し、これがシーア派対スンニ派の戦いではないし、実は実際の国対国の戦争でもない(戦闘ではあるものの)というあたりも明瞭に示してくれます。
国を統制するために国外に敵を作る必要があり、アメリカ大使館の占領が飽きられてくるとイラクと戦争を始める、あるいはイスラムの大義を掲げてイスラエルと戦い始めるといった具合です。
その一方、著者はイランで禁止されているドブロク作りやワイン作りを体験したこと、テヘランでどうやったら酒を飲むことができるか、毎日のような空襲警報下、安眠するためにはヨーグルトを大量に食べるといい、という事、などについても話しています。
イランで行われている残虐な処罰、処刑についても詳しく解説しています。
ホメイニというのはイスラム法学者としてはそれ程大した人ではなかったようですが、独裁者としてはヒトラーやスターリンを遥かに超えるほどの人だったということが良く分かります。
ホメイニ革命・イランイラク戦争の頃の本ですから今ではちょっと古い本ですが、中東問題・イスラム原理主義過激派の問題をホメイニ革命までさかのぼってきちんと理解するために絶好の本です。
お勧めします。