‘本を読む楽しみ’ カテゴリーのアーカイブ

『ドイツの歴史を知るための50章』 森井 裕一編

2017年2月8日 水曜日

明石書店から出版されている『エリア・スタディーズ』というシリーズの中の1冊で、これが151冊目ということです。

ヨーロッパはイギリスやフランスはそれぞれ国としての塊がしっかりしているので分かりやすいのですが、ドイツというのはまとまりがなく、なかなか分かりにくい国です。この本で、全体としてのドイツがようやく一つのまとまりとして理解できたように思います。

何しろドイツという国が正式にできたのは明治維新よりすこし後のことですから、それだけでもわけが分からなくても不思議じゃありません。

始めはカエサルのガリア戦役でライン川の南側・西側をガリア、北側・東側をゲルマンとして、ガリアをローマ帝国に組み込み、ゲルマンの方をローマ帝国の外側と規定して以来、ゲルマン民族の大移動を経て、カール大帝のフランク帝国ができ、それが三分され、そのうち中部フランクと東フランクの部分を合わせてローマ帝国(その後『神聖ローマ帝国』となり最終的に『ドイツ国民の神聖ローマ帝国』とよばれるようになったようです)となった国がその元となるのですが、どうしてドイツがローマ帝国になるのか、あるいはどうしてローマ帝国がドイツになるのか、というあたりも説明してあります。

イギリスやフランスであれば、イギリスやフランスという国があり、イギリス人・フランス人がいて英語・フランス語という言語があるということなのですが、ドイツの場合、神聖ローマ帝国と、それを構成する何百かの領地(王国とか侯国とか)や都市(自由都市とか司教座とか)はあるものの、1871年に普仏戦争でプロシアがフランスに勝利し、攻めていったフランスのパリ郊外のベルサイユ宮殿でドイツ帝国の成立を宣言するまで、ドイツという国はなかったということです。ドイツ語もドイツ国民の言葉、あるいはドイツ人の言葉というよりむしろドイツ語を話す人をドイツ人と言おう、ドイツ語を話す人の国をドイツと言おう、というくらいの位置付けです。

フランス革命とナポレオン戦争により国民国家というイデオロギーが生まれ、その影響、ドイツでは、ドイツ語を作ろう、ドイツ人を作ろう、ドイツという国を作ろうという活動が一気に進展し、その結果できたのがドイツ語でありドイツ人であり、ドイツという国になるんですが、このような経緯から、それらの範囲はうまく重なり合わないままです。

そのため、たとえばドイツ人の住む国をドイツという国にしようとすれば、とてつもない拡張政策となり、ヒトラーのやったように近隣の国々を次々に飲み込んでいく勢いになります。ドイツという国をドイツ人の住む国にしようとすれば、これまたヒトラーがやったようにドイツ人以外の民族を追放する、あるいは殺害して民族浄化をはかるというとんでもないことになるわけです。

この本はそのようにしてできた、ドイツ帝国から産業革命によりイギリスを上回る工業国となったドイツが第一次大戦で敗れ、その後復興してヒトラーのドイツとなり、世界征服を目指したものの第二次大戦でまたまた敗れ、その後東西に分割されたものが再び統一され、EUの中核として重きをなしている現在の姿まで、丁寧に説明しています。

去年の秋に出版されたものなので、ごく直近の出来事までカバーしています。ドイツという国の古代から現代にいたる全体像が良くわかります。

ドイツという国はヨーロッパの中で一体どのような国なのか、ドイツの外にいるドイツ人をどうするのか、ドイツの外にいるドイツ語を話す人々をどのように捉えたら良いか、という問題意識、逆にドイツはEUの中でも移民・難民を受け入れている国ですが、このドイツの中のドイツ人でない人、ドイツ語を話さない人をどのように扱うか、という問題も抱えている国です。

英国のEU離脱の意思表明、他のEU加盟国でのEU離脱を主張する政党の躍進という状況下、今後のEUの行方を考える上で重要な本だと思います。

お勧めします。

ケインズ 『一般理論』の最後の部分

2017年2月8日 水曜日

一般理論の感想文、途中で止まってしまっていますが、トランプ大統領の登場で思い出した部分があるので、コメントします。

それは、一般理論の最後の24章『一般理論の誘う社会哲学-結語的覚書』の最後の、第5節の部分です。これは時折引用されることがあるので、覚えている人も多いかも知れません。

『思想というものは、もしそれが正しいとしたら-自分の書くものが正しいと思わない著者がどこにいよう-時代を超えた力を持つ、間違いなく持つ、と私は予言する。』

『経済学者や政治哲学者の思想は、それらが正しい場合も誤っている場合も、通常考えられている以上に強力である。』

『誰の知的影響も受けていないと信じている実務家でさえ、誰かしら過去の経済学者の奴隷であるのが通例である。虚空の声を聴く権力の座の狂人も、数年前のある学者先生から(自分に見合った)狂気を抽き出している。』

『たとえば、経済学と政治哲学の分野に限って言えば、25ないし30歳を超えた人で、新しい理論の影響を受ける人は、それほどいない。だから役人や政治家、あるいは扇動家でさえも、彼らが眼前の出来事に適用する思想はおそらく最新のものではないだろう。』

『早晩、良くも悪くも危険になるのは、既得権益ではなく思想である。』

これらの言葉、トランプ政権の今後4年間、あるいはトランプさんが大統領になった後のアメリカと世界を考える時、じっくり味わいたい言葉だと思います。

トランプさんの信じている経済学、政治哲学がいったい誰の、どのようなものなのでしょう。ノーベル経済学賞の受賞者を輩出しているアメリカの経済学界は、トランプさんをうまく説得できるでしょうか。

『機械加工の知識がやさしくわかる本』 西村 仁

2017年1月17日 火曜日

この本も図書館の「新しく入った本」コーナーで見つけたのですが、タイトル通り、工場などで工員さんが機械工作をしているのがどのような機械、どのような道具でどのようにやっているのか、具体的に説明してある本です(最新型の数値制御、コンピュータ制御になる前の、手動の工作機械だけですが)。

私などテレビなどで工員さんの作業を見ながら羨ましがっている者にとっては格好の本です。

旋盤・フライス盤・ボール盤などの削ったり穴をあけたりの加工、砥石などで削ったり研磨したりする加工、型で打ち抜く加工、鋳型に入れて形を作る鋳造、プラスチックなどの射出成型、金属を叩いて作る鍛造、圧延、押し出し・引き抜き加工、溶接、ロウ付け、接着、レーザー加工、放電加工、エッチング、3Dプリンタ、表面処理のいろいろなやり方、作業の前の材料取りの切断加工、これらの作業のあとのバリ取り、そして加工が設計図通りにできているか確認するための測定作業とそのためのさまざまな測定器について説明してあります。

今まできちんとした言葉の意味を知らずに何となく工作のための機械の一つ、くらいに理解していたものがきちんと分かりました。

自動車工場の映像で、車体を大きな機械の腕でつかんだと思ったら火花が出るのがスポット溶接という溶接法だ、というのも分かりました。また接着剤がいろいろありますが、接着剤でなぜ接合できるかは今でも明らかになっていないんだ、というような話も面白かったです。この話を読んで、すぐに本の出版年を確かめたのですが、2016年9月に初版が出ている本ですから、「今でも」というのは本当に「今でも」なんだろうな、と思います。

ということで、機械加工の現場に行くことはなく、テレビの映像を見て羨ましがっているだけの私のような者にとって、本当に楽しめる本でした。

同じように機械工作の世界に憧れを持っている人にお勧めします。

原 秀男 『二・二六事件軍法会議』

2016年12月12日 月曜日

この本の著者は、昭和11年の2.26事件の時受験勉強で上野の図書館にいて、あとから来た受験生仲間に事件のことを聞かされ、その後昭和15年に今で言えば司法試験に相当する高等文官試験司法科試験に合格し、大学をやめて陸軍の法務官になったという人です。

最初に実習生(今でいう司法修習生)として配属された近衛師団軍法会議・第一師団軍法会議で、以前から興味があった2.26事件関係の資料を見つけ、できるだけ時間を取ってそれを見て、次に本格的に配属された京都の法務部では東京で見ることができなかった、事件の概要と法律の適用をまとめた資料を見せてもらい、見せてくれた法務部長に『判決を非公開にしているのは憲法違反ではないか』と質問し、『フフッ』と笑われて返事をしてもらえなかった、とのことです。

2.26事件の軍法会議は特別の軍法会議として非公開、一審のみ弁護士なし、しかも軍人以外も事件の関係者を一緒に裁判するということで、特別の法律により行われたのですが、そこには判決を非公開にするという規定はなく、これを非公開にするのは帝国憲法に違反するのではないか、といういかにも法律の専門家らしい質問です。これに対して、京都の師団の法務部長(この人も法律の専門家の法務官です)は、憲法違反が分かっていながら軍の意向で何ともできないことを『フフッ』で示したものだと思われます。

その後著者は中国から南方に転戦し、復員後弁護士活動をしながらもずっと2.26事件の軍法会議について考えていたということです。

2.26事件の資料については、空襲で焼かれたとか終戦時に陸軍省が焼き捨てたとかGHQが持って行ったとか様々の噂があったものを、最終的に、一旦GHQに押収されたものがその後返却され、東京地検に渡されたという所まで確認し、以後東京地検の幹部に会うたびに地検にあるはずだから探して公表するように言ってきたということです。

昭和の終り頃ようやく資料が地検にあることが確認され、平成5年にようやく公開され、著者もようやく見ることができたとのことです。

著者は現役の陸軍法務官でしたから、軍の裁判・軍法会議が実際どのように行われるか、良く分かっています。

軍法会議の対象になるのは軍の刑事事件ですから、その手続きは刑事訴訟法に準じたやり方になっており、戦前のことですから戦前の刑事訴訟法の手続きに似たやり方のようです。

この刑事訴訟法、戦前と戦後では大きく変わっており、戦後の裁判については映画やテレビドラマ等で何となくわかったような気になっていますが、戦前の裁判の手続きはこれとはまるで違っていたようです。

たとえば今の刑事裁判では、検察側と弁護側で交互に被告や証人に対し尋問し反対尋問し、というのを延々と繰り返し、裁判官はそれをずっと聞いているというイメージがありますが、戦前の刑事裁判では被告や証人に対する尋問は裁判長が行ない、検察官や弁護士は裁判官の許可がなければ発言することも尋問することもできなかった、なんてことが書いてあります。このことを踏まえるか踏まえないかで、2.26事件の裁判記録に読み方も変わってくるように思います。

この裁判で事件の黒幕と言われた真崎大将と反乱側の磯部浅一の『対決』という話があり、真崎大将の側も磯部浅一の側もそれぞれまるで異なった記録を残していますが、著者によるとどちらも戦前の刑事訴訟法に準じた軍法会議ではあり得ないような話だ、ということで、それが新たに公表された記録により実際どのように裁判が行われたのかが明確になり、真崎大将も磯部浅一もどちらもとんでもない嘘を言っていたことが明らかになりました。

また2.26事件の時戒厳令が出されたと一般に解説され、普通はそんなものかと思っていますが、さすがに著者は専門家ですからそこの所もきちんと解説しています。

帝国憲法には第14条に『天皇は戒厳を宣告す』となっているのですが、それについては『戒厳の要件及び効力は法律を持ってこれを定む』となっていて、じゃぁその法律があるのかと思うと、その法律はないということです。帝国憲法ができてから2.26事件の時まで、誰もその法律を作ろうとしなかったということです。

で、そうなると帝国憲法ができる前の太政官布告の戒厳令が有効になるので、それを使ったのかと思うとそうでもなく、2.26事件の時は2.26事件のためだけに緊急勅令の形で特別の戒厳令を作り(帝国憲法では緊急時には天皇が勅令の形で法律を作り、事後的に国会で承認する手続きが定められています)、これを適用させたんだということです(2.26事件の特別の軍法会議もこれと同様、2.26事件のために特別に作られたものです)。

戒厳令というと、これが出ると戒厳司令官は何でもできる『斬り捨て御免』のようなイメージがあり、軍人達の多くはそう思っていたようですが、実はそうではなく、たとえばこの2.26事件の時の戒厳令は、一定の地域について

    • 地方行政事務と司法事務のうち、軍事に関係のあるものについて戒厳司令官が指揮できる。
      憲法で保障されている居住移転の自由、住居の不可侵、住居の秘密、所有権の不可侵、言論・著作・集合・結社の自由の諸権制を戒厳司令官が停止できる。
  • というだけのことです。

    これ以外のことについては当然憲法や他の法律が適用されるということです。当然『斬り捨てご免』なんてことになったら殺人罪が適用されます。
    2.26事件では、26日の朝、未明に事件が発生し、26日の夜にはこのあたり全てをきちんと整理して緊急勅令を出して、戒厳司令官を任命しているんですから、このあたりの法務官僚の働きは素晴らしいものです。

    香椎(かしい)浩平中将というのは、2.26事件の当時、東京警備司令部の司令官で(ですから東京で軍の反乱が起きたらまず最初に鎮圧に動き出さなければならない立場の人です)、戒厳令の発令と同時に戒厳司令官になった人ですが、この時、他の大将達が宮中と陸軍大臣官邸の間を行ったり来たりウロウロしている中、ただ一人反乱軍の青年将校達のために自分の立場を利用して最大限の支援をした人です。この人に対して、反乱軍を支援した、ということで強制捜査をすることに関して、「すべきだ」という結論の報告書と「すべきでない」という結論の報告書の両方を匂坂(さきさか)法務官が作成したということは、澤地久枝さんの『雪は汚れていた』という本に書かれていたのですが、新たに公開された2.26事件資料ではそのどちらも使われず、最後のページが破り取られた所に朱書きで『証拠不十分で不起訴』という意味の結論が書かれていたという、びっくりするような話も報告されています。

    匂坂さんはこの香椎中将の捜査を通して、真崎大将がこの事件の黒幕だったことを証明しようとしたのですが、香椎中将は強制捜査の対象とされず、事態が終息した所で軍から放り出されて終わったのですが、真崎大将の方は軍法会議に拘留され、取り調べを受け裁判を受けることになりました。この裁判の最後の判決文を書く所で、法務官として裁判官の一人だった小川関冶郎さんは有罪を主張し、これ以外の二人の軍人の裁判官は無罪を主張し、最後には裁判長である軍人が、病気を理由に裁判官を降りることによってこの真崎大将の裁判自体をなかったものにしよう、という所まで来たため、結局小川法務官が折れて『真崎大将は反乱軍を有利にするための行動をいろいろしたのは確かだけれど、反乱軍を有利にしようとしてそうしたとは言えないから無罪』という何とも不思議な判決文を書いた、などという話も詳しく説明しています。

    小川法務官の真崎大将関係の資料は、みすず書房の『現代史資料』の23巻『国家主義運動3』の中に、永田鉄山惨殺の相沢事件関係資料と一緒に入っています。
    この中には小川法務官の『2.26事件秘史』というメモも入っており2.26事件の全体像を理解するのに最高のまとめだと思います。

    いずれにしてもこの原秀男さんという人は、中国からフィリピン、オーストラリアの北部まで行って、戦争が終わり収容所に入ってからも軍法会議を続けたというなかなか骨のある本物の法律家です。

    法務官という特殊な立場にいた人の解説は他ではなかなか得られない貴重なものです。

    お勧めします。

    佐藤優 『日本国家の神髄-禁書「国体の本義」を読み解く』

    2016年12月9日 金曜日

    この本は副題として『禁書「国体の本義」を読み解く』となっていて、昭和12年に文部省が発行した『国体の本義』という本の解説になっています。

    以前、天皇機関説事件についていくつか本を読んだ時、この天皇機関説事件は昭和10年に起こり、その延長線上に永田鉄山斬殺事件があり、昭和11年の2.26事件があり、そして昭和12年の『国体の本義』があるということで、読んでみたいと思っていました。

    この本に『禁書』と表現されているように、戦後はGHQによりこの『国体の本義』が禁書扱いされていたようで、いろいろ本を検索してみてもまるで見つかりません。その中でみつけたのがこの佐藤優さんの本です。この本の中で佐藤さんは『国体の本義』を全文引用し、それにコメントを付けるということをやっています。

    佐藤さんの解説・コメントはかなりインパクトの強いものなので、それを読んでいると『国体の本義』の方がちょっと霞んでしまい勝ちなのですが、何とか両方読むことができます。

    改めてネットで検索すると、『国体の本義』の全文がA4で43ページになっているものがpdfファイルの形で手に入りますので、この本を読んだあと『国体の本義』だけ読み直すと良いかも知れません。もちろんこの本に引用されている部分だけを通して読んでも良いのでしょうが、ついつい余計な佐藤さんのコメントに目が行ってしまい勝ちです。

    で、以前にも書きましたが、天皇機関説事件というのは、美濃部達吉さんの天皇機関説が日本の国体にもとる重大な間違いだから、美濃部さんの本を発禁にしろ、美濃部さんを大学から追い出せ、この天皇機関説が間違いだということを政府がきちんと発表しろ、と軍や右翼の運動家、政治家などの一部が大騒ぎした、というものでした。

    その中で、そもそも日本の国体についてきちんとした説明がないからこんな事が起こるんであり、政府はきちんとした日本の国体の説明書を作り、国民に教えなければならない、という議論が出てきたわけです。

    さんざん国体を振り回して大騒ぎをしたあげく、国体がきちんと定義されていないじゃないか、と言いがかりをつけるというのは、何ともおかしな言い分なのですが、時の勢いというのはどうにもならないで、政府もこれを約束することになってしまいました。

    そんな経緯で作られた本ですから、この『国体の本義』というのはいかにもおどろおどろしい、神がかり的な、べったり右翼の国粋主義の本かと思ったら、何とまるでそんなものとは違います。

    エイヤッとまとめてしまうと、日本の国体というのは神話の時代から大家族主義で天皇家を始めとする日本人全体が一つの家族のようなもので、大昔からの天皇をはじめとする先祖の教えに従って天皇は国民のために国を守り国民を守る、国民はその天皇を助けて天皇を守り国を守る。これが大昔からの言い伝えで、それが日本の国家的信念であって国体である、ということです。

    これに対して特に欧米を中心とする諸外国の思想は基本的に個人主義であり、その上に民主主義とか自由民権思想とか、実利主義・功利主義あるいは社会主義・無政府主義・共産主義・ファシズムなどがある。そのためそのような思想をそのまま日本に持ち込んでも日本の団体とうまく折り合いがつかないで混乱が起きるばかりだ。以前、仏教や儒教を取り入れた時のように、時間をかけ、十分咀嚼し消化してから吸収すれば日本にとっても大いに役に立つことになるんだが、という位のごく真っ当な話です。

    これを説明するために、古事記・日本書紀から始まって、神皇正統記その他たくさんの書物を引用し、天皇やいろんな人の和歌を引いてこれを証明しようとしています。

    で、結局この『国体の本義』は、天皇機関説事件の時に大騒ぎをしていた人達が意図したものとはまるで違ったものになったんだと思いますが、これでまた大騒ぎが起こった、というような話は聞きません。

    もうすでに2.26事件も終わり、日本が軍主導の国になってしまっており、シナ事変も起こる直前で戦時体制に入ってしまっていたため、今更『国体』なんて話を持ち出しても誰の興味も引かなかったということでしょうか。学校の先生たちは読んだんでしょうが、一般の国民にはすでに軍や政治家やマスコミが散々振り回している国体で十分だったのかもしれません。

    なお、この『日本国家の神髄』という本ですが、何ヵ所か間違いがあります。
    前書きの最後の所、『国体の本義』の公刊が昭和12年なのに、昭和7年となっています。昭和7年だと天皇機関説事件よりも2.26事件よりも前になってしまうので、まるで話が違ってしまいます。
    また前書きと後書きの前後にそれを書いた年月が入れてあり、年の方は皇紀・平成・西暦の3本建てで表示してるのですが、この皇紀の年数が間違っています。国体に関する本だから、普通は入れない皇紀の年数をわざわざ入れているのに、それが間違っているんではどうにもなりません。

    このあたり校正ミスというか、今はやりの言葉を使えば校閲ミスということになるかと思います。

    また本文の方では、『国体の本義』のテキストを引用している部分以外の部分は『国体の本義』を単純に今の言葉に言い換えている部分、それについて説明している部分、佐藤さんが意見を言っている部分等、いくつかの部分に分かれます。

    本の初めの方ではこのあたりが明確に区別できるように書いてあるのですが、後半の方ではそのあたりの区分がはっきりしなくなり、『国体の本義』を現代語に直してある部分が佐藤さんの意見ででもあるかのような表現になってしまっています。

    これは言うなれば編集者の手抜き、ということになるのでしょうか。

    これら校閲の問題と編集の問題を除けば、非常に面白く読めます。
    普段使わない言葉も丁寧に説明してあり、わかりやすくなっています。
    日本の『国体』に関心のある人にはお勧めです。

    山内昌之 『中東複合危機から第三次世界大戦へ』

    2016年12月5日 月曜日

    この本は図書館で予約して何ヵ月もかかってようやく順番がきて読んだんですが、予約などせずさっさと本屋さんで買って読むべきだったなと思いました。で、読み終わって早速本屋さんで買いました。

    中東複合危機というのは、イラク・シリアで進行中のISを中心とする戦争のことで、これが第三次世界大戦につながる、あるいはもうすでに第三次世界大戦が始まっているのかも知れないという現状を踏まえ、現実にどこで何が起こっており、当事者達は何をどう考えてどうしようとしているのか、をわかりやすく解説している本です。

    シリアではアサド大統領の政府軍、反政府軍としてはIS・クルド人・スンニ派アラブ人・トルコ系民族等が入り乱れて互いに戦争しており、それがイラクに及んで、イラクではISに対してはシーア派政府軍、クルド人勢力、スンニ派民兵等が戦争をしているわけですが、やはり中心となるのはISです。これがどのようにできてきたか、何をしているのか、その戦争がモダン・プレモダン・ポストモダンの様々な形態での戦争が混在して進行しているという有り様を丁寧に説明しています。

    その説明のためにイスラム教・ムハンマド(マホメット)についても簡単に解説していますが、これがまさに簡にして要を得ている、何とも見事なものです。

    イスラム教の歴史の概略を説明して、イラクという国がどういう国か、トルコという国がどういう国か、シーア派とスンニ派とは何が違うのか等も説明しています。

    その上でISが何をしていて何をしようとしているのかを説明し、その後現実にシリア・イラクで進行中の戦争について説明しています。

    最初はアラブの春の一つとしてシリアで反政府運動が起こり、それに対してアサド政権が頑強に抵抗する中で、反政府運動の中からISが生まれ、それがアサド政権だけでなく、他の反政府勢力にも戦争を仕掛け、シリアの中で攻められるとイラクに移ってイラクでも反政府運動を拡大し、さらには中東にとどまらず、ヨーロッパ・アジアにも戦争を拡大しています。

    シリアの戦争の実態は、アサド大統領の政府軍はもはや殆ど壊滅状態で、その代わりにイランの革命防衛隊がシリア政府軍の名前で戦争している。イラクでも政府軍の指導権はこのイランの革命防衛隊が握っている。このようなイランに対して、戦争の当事者としてトルコとロシアが乗り込んで三つ巴の戦争が進行している。トルコとロシア・ロシアとイラン・イランとトルコはある場所では対立し、ある所では協力して、このシリアとイラクの地で戦争をしているわけです。
    このトルコ・イラン・ロシアが何を考えて何をしようとしてるのか、が丁寧に説明されています。

    いずれの国もそれぞれの国の事情を抱え、それぞれの国の目的を達成するために権謀術数の限りを尽くしていますので、本来単純明快な日本人にはなかなか理解が難しい所を丁寧に説明してくれます。

    この当事者3ヵ国に加え、周辺にはサウジアラビアを含む他のアラブ諸国とイスラエルがあり、さらにもっと遠くにEUとアメリカがある、というのが現在の構図のようです。

    実は上記の当事者3ヵ国に準ずる位の位置に中国がいて、シリア・イラクには中国は出てきていませんが、むしろISの方が中国に進出しつつあり、これについてはこの本の本文では書き切れないため、ごく簡単に後書きの部分で触れています。

    この本は、トルコがロシアの戦闘機を打ち落として、まだトルコとロシアの仲直りする前の時点で書かれているので、その分ちょっと状況が違っていますが、いずれにしても現在のISあるいはシリア・イラクの戦争をきちんと理解するのに格好の本です。

    お勧めします。

    『昭和史の原点』 中野雅夫

    2016年9月1日 木曜日

    この『昭和史の原点』というタイトルで、
     1.幻の反乱・三月事件
     2.満州事変と十月事件
     3.五・一五事件 消された真実
    という3冊が出ています(昭和40年代の後半に出ているので、今となってはなかなか見つけにくいかも知れません)。

    この前紹介した『橋本大佐の手記』の著者が、その手記も参考にして、この手記と同じ、三月事件・満州事変・十月事件とその続きの五・一五事件について一体何が起こったのかを解説しています。

    この前の『橋本大佐の手記』を読んで、この著者はどんな人なんだろうと思っていたのですが、この三部作にはそのあたりのことも書いてあり非常に面白く読めました。

    何よりもこれらの本を興味深くしているのが、著者がこれらの事件の主人公であるいわゆる青年将校達とほぼ同じ世代に属し、ほぼ同じ時期に同様に維新あるいは革命を目指していたということで、この時代の空気というか気分を身を持って体験していて、それをもとにこれらの本を書いているということです。

    たとえば五・一五事件の時、裁判が始めると国民全般からの助命嘆願が多数出され、犯人は多くの世間の支持を得たけれど、二・二六事件の時はそれほどの支持が得られなかった。それは五・一五事件の時は日本は経済的にも社会的にもニッチもサッチも行かなくなっていたのに対し、二・二六事件の時は既に満州国もでき、明るい希望が見え始めていたからだ、などというコメントは、同時代の人にしかできないコメントだなと思います。

    著者によると、この当時の革命家の製造元は二つあって、一つは陸軍士官学校、もうひとつは師範学校だということです。士官学校では陸軍の軍人が軍の現場の指揮官になるために教育を受けるんだけれど、学校を出て現場に配属されると日本中から徴兵されてきた若者と出会うことになり、その若者達の家族の状況等、置かれている現実に直面せざるを得なくなり、日本を何とかしなければならないと感じて、革命あるいは昭和維新を考えるようになる。

    師範学校では小学校の先生になるための教育を受けた人達が先生になって現場の小学校に赴任すると、そこには三度の食事も食べられない児童達が大勢いる現実に直面することになり、日本を何とかしなければと思って革命を目指すということのようです。

    士官学校の方は軍人ですから『天皇中心の維新』という考えが主力となり、師範学校の方はそうでもないので、『共産党系の革命』という考え方も強くなるようです。

    で、著者はその師範学校の方の人で、共産党の指導下に革命を目指し、五・一五事件の直後に(もちろん別の事件で)捕まって牢屋に入り、4年近く入っていて二・二六事件の直前に出獄したという人のようです。

    その後新聞記者をやり、戦後は共産党の立ち上げを手伝ったりしていたようですが、戦後も5年くらい経つともう共産主義革命もほとんど非現実的なことがはっきりして、そこで改めて自分達と青年将校達が何を考えて維新・革命を目指し、それがどうして失敗したのか見直そうと思って、いわゆる昭和維新の調査研究をするようになったということのようです。

    で、この三部作、事実にもとづくノンフィクションではありますが、著者自身が多数の関係者に直接取材して聞き取ったことがベースとなっており、それを事件の登場人物の話の形で再現してあるので、非常に生々しく面白く読めます。

    何かを伝えるのに、たとえば
     ・誰それはそれを否定した
     ・誰それはそれを違うと言った
     ・誰それは『違います』と言った
    という3通りの言い方がありますが、この3番目の言い方、これを直接話法と言いますが、このやり方だと『  』の中に感情を込めたり方言を使ったり、かなり表情豊かな表現ができます。

    ノンフィクションの書き物ではありますが、このような所にいかにもその人がそう話していたであろう会話を盛り込むことにより生き生きとした文章にすることができます。
    テレビでいえばドキュメンタリー番組をドキュメンタリードラマに仕立てるようなものです。

    杉山茂丸という人はこの手法を『百魔』や『俗戦国策』で良く使っているのですが、この三部作の二冊目、十月革命に失敗して橋本欣五郎が自分の処罰は避けないけれど、仲間の千何百人かの青年将校達には累が及ばないようにするために杉山茂丸に頼み込み、杉山茂丸が京都にいる西園寺侯爵を電話でたたき起こしてその旨を頼み込む所など、この著者は『百魔』や『俗戦国策』を完全に消化しきったように、いかにも杉山茂丸が書く杉山茂丸の会話とそっくりな会話を書いていて、みごとなものです。ここの所の話は橋本大佐の手記にも書かれずに意図的に隠されていたのを、著者の調査により明らかにされたもののようです。
    この杉山茂丸の電話の結果、その後と西園寺侯爵が昭和天皇と会って話をして、『10月事件は全てなかったことにする』ということになり、橋本大佐たちもほとんど処罰らしい処罰を受けることがなく事件が終わり、それが五・一五事件、二・二六事件につながっていった、ということのようです。

    もうひとつ、五・一五事件とか二・二六事件とか、いわゆる昭和維新関係の話を書く人は、ともすると陸軍や青年将校達に思い入れを持ってしまう人が多いのですが、この著者はそのような思い入れは一切なく、むしろ陸軍に対しては批判的です。橋本大佐や青年将校達に対しては、同じく革命を目指した同類という意味での共感はありますが、どちらかと言えば民間人の方からこの昭和維新の運動に参加した人たちの方に思い入れがあるようです。

    いずれにしても昭和初期、三月事件・満州事変・十月事件、井上日召の十人十殺の血盟団事件、五・一五事件と、二・二六事件につながる一連のいわゆる昭和維新の運動の全体像を把握するための絶好の読み物です。

    お勧めします。

    なおこの三部作の1冊目のカバー裏の著者紹介によると、この後二・二六事件についても新しい視点からの執筆を予定しているとのことですが、私が調べた限りではそのような本は見つかりません。そんな本がもし本当にあったら、是非にも読んでみたいと思います。

    『橋本大佐の手記』 中野雅夫

    2016年8月15日 月曜日

    この本はいわゆる昭和維新の、陸軍青年将校の集まり『桜会』の創立者(の一人)であり、昭和6年の三月事件・満州事変・十月事件に深く関わり、戦後東京裁判で終身刑となった橋下欣五郎の『昭和歴史の源泉』と題する手記に、著者の中野雅夫が注釈およびコメントを付けたものです。

    この手記自体、橋本欣五郎が手書きのカーボンコピーで5部作製し、それが全て消滅した後、昭和36年になって元の手記の筆写コピーが見つかったと著者が発表したものです。

    で、この筆写コピーの一冊しか残っていないのですが、内容からすると多分これは橋本欣五郎の書いたものに違いなさそうです。

    この手記の中で橋本欣五郎は上記の三月事件・満州事変・十月事件について、その中心人物の一人として当事者以外には分からないことをいろいろ書いているのですが、だからと言ってそれが真実だ、ということではなく、『橋本欣五郎が思っていた限りの真実』だということになりそうです。

    三月事件というのは、陸軍中枢部が東京に騒ぎを起こし、時の内閣を倒して陸軍の宇垣大将を首班とする内閣を作ろうとした事件で、実行の直前になって、騒ぎを起こさなくても内閣が倒れて自分の所に総理大臣が回ってきそうだと考えた宇垣が降りてしまったので、そのまま中止になった事件です。

    陸軍の中枢部(陸軍次官・軍務局長・参謀次長・第二部長)という陸軍大臣と参謀本部長に次ぐ人達が事件を起こそうとした張本人の事件ですから、誰が誰を処罰するということもなく、すべては曖昧なまま終わってしまったようです。

    次の満州事変については関東軍が事件を起こし、日本国内では陸軍省・参謀本部とも事件の拡大を止めるため次々に命令を出した時、参謀本部のロシア課にいた橋本欣五郎はその都度、その命令は建前上のもので本音は事件の拡大・満州の制圧だからどんどんやれという意味の暗号電報を送り事件を拡大した、という事件です。その後、満州は独立して満州帝国となり、昭和10年には満州帝国皇帝溥儀が来日しているのですが、その最大の功労者である橋本は、その功績が正当に評価されていない、と不満に思っていたようです。これが手記を書いた理由なのかもしれません。

    次の十月事件は、当初国外で事を起こす前に国内の体制を整える方が先だと考えていたのに、満州事件の方が先になってしまったので、急遽国内体制を整備するために国内でクーダターを起こし、陸軍主導の政治体制を作ることを目的としたものですが、実行の数日前に計画が明るみに出て、橋下ら首謀者が旅館に軟禁され事件の実行に至らなかった、というものです。

    この事件では2.26事件と同様に閣僚や政財界人を殺害し、警察や新聞社を襲撃し、クーデター内閣を作る計画で、そのために飛行機や爆弾、毒ガスまで用意したというものですから、なかなか本格的です。

    この一連の事件が翌昭和7年の5.15事件、昭和10年の天皇機関説事件、相澤中佐の永野軍務局長惨殺事件、昭和11年の2.26事件につながっていくわけで、このあたりの歴史を理解するのに貴重な本です。

    また、この手記には杉山茂丸や頭山満なども登場しているので、その面からも面白いと思います。

    著者の中野雅夫という人のコメントもなかなか面白いです。この人はこのあたりの戦前の昭和史研究を行ったジャーナリストで、何冊もの本を書いています。

    この橋本欣五郎の手記によると、10月事件の時のクーデター計画は2.26事件のクーデターもどきよりはるかに徹底していたもののようですが、実現性については疑問です。

    全ては橋本欣五郎その他ごく少数の人だけが知っていて、現場の将校達は橋本欣五郎の命令でごく当たり前のように部下の兵士たちを動かして重臣たちを殺害することが前提となっているようですから。
    橋本大佐というのは参謀本部にいた人なので、自分が作戦を立てて命令すれば現場の将校はそれに従って行動する、と何の疑問もなく思っていたんでしょうね。

    しかしこの昭和6年の一連の動きが2.26事件につながり太平洋戦争につながってしまったことを思うと、この手記およびそれに対する著者のコメントは一読の価値があります。

    このあたり、陸軍や青年将校や昭和維新などに興味がある人にはお勧めです。

    お勧めしない本

    2016年8月1日 月曜日

    今まで『本を読む楽しみ』では、お勧めの本の紹介をしていました。

    最近読んだ本のうち3冊が、逆に『お勧めしない本」だったので、紹介します。
    それでも読んでみよう!という方は、ご自由にお読みください。

    1冊目は林 千勝著『日米開戦 陸軍の勝算』という本です。この本では太平洋戦争は日本が勝つ確実なシナリオが出来上がっていたのに、海軍の山本五十六が真珠湾攻撃などシナリオに反することをしたので、必勝のシナリオが崩れて日本が敗けたんだ、と言っている本です。

    戦前は陸軍と海軍が互いに悪口を言い合って、戦後も戦争に負けたのも陸軍のせいだ、海軍のせいだという議論があったのは知っていますが、この著者は1961年生まれの人です。こんな人までその議論が引き継がれているのか、とビックリしました。

    この本の主旨は、日米開戦に先立って陸軍では『戦争経済研究班』を作り、完全にアメリカに勝てるシナリオを作っていた。にもかかわらずそのシナリオを壊すようなことを海軍がやったものだから、結局日本は戦争に負けた、という話です。

    元々日米の国力差から、陸軍ではどうやってもアメリカには勝てないというシナリオをいくつも作っていたのですが、天皇の『どうせやっても勝てない戦争をすべきじゃないんじゃないか』との意向に逆らっても、戦争をするために無理やり作りあげたのがこの『戦争経済研究班』のシナリオのようなんですが、著者はこのシナリオこそ完璧で、完全に正しいシナリオだ、という前提でこれに反する事実を次々に否定していきます。

    で、真珠湾攻撃ですが、これをやったことによって、アメリカが本気になって生産力をアップしたら、結果この『戦争経済研究班』のシナリオで想定していた生産力より大きくなってしまったということです。

    ここで普通ならそのシナリオの想定が間違っていたんだ、と考える所ですが、著者は山本五十六が真珠湾攻撃などしたからシナリオが狂ってしまったんだ、というわけです。

    シナリオではまずイギリスをやっつけるために太平洋は放ぽっておいて、インド洋に出てイギリスとインドの間の流通をストップすることになっているのに、実際はインド洋に出ていく代わりにフィリピンからニューギニア・太平洋諸島に出て行ったのが間違いだったなど、陸軍主導で起こったこともシナリオと違うことは全て海軍のせいにしています。

    ある一つの資料がみつかった(と言ってもそのごく一部でしかないんですが)からといって、それが全く正しくて、それ以外の物事がたとえそれが現実であっても全て間違っていると考えられる、その観点で本まで書いてしまうというのは面白いですね。

    ということで、この本を読んでみても殆ど役に立ちそうもありませんが、それでもこんな本も読んでみよう、という人はご自由にどうぞ。

    2冊目は『アインシュタイン 双子のパラドックスの終焉』という千代島雅という人の書いたものです。

    見るからにいかがわしそうな本なのですが、図書館のお持ち帰りコーナーに置いてあったので、どのようにいかがわしいのか読んでみよう、と思って貰ってきました。

    読んでみると案の定いかがわしい本だったのですが、そのいかがわしい本を書いているのが大学の助教授だ(書いた当時)というので、さらにヘェーといったところです。

    本人は科学者ではなく哲学者だ、ということになっているんですが、物理学をテーマにした本でさんざん物理学者の悪口を言って、いかにも自分の方が分かっているというふりをしている人です。

    このテーマの『双子のパラドックス」というのは、アインシュタインの特殊相対性理論に関わる有名な『パラドックス』なんですが、これも世間一般に『パラドックス』と言われているだけの話で、物理学者にとってはパラドックスでも何でもない話です。

    本の最後の部分で、これが最終的なパラドックスの解決だと言って、解決にも何にもなってない的外れの議論をしているのにはア然とするしかありません。

    で、このパラドックスをめぐって、ニュートンだとかライプニッツだとかの名前を出し、ギリシャ時代のゼノンという哲学者の『ゼノンのパラドックス』の話を出し、自分は哲学者で物理学者ではないけれど、自分の方がよっぽども物理学をちゃんと理解している、物理学者は自分の頭で考えようとしないので何も分かっていないなどと、分かっていないのは本人の方なのにまるで見当違いの非難をすると、中味がまるで何もない本なのにいかにもまともそうな本になって出版される、というのも面白いものです。

    中味のまるでない本ですが、いかに中味のない本か確かめたいというもの好きの人には面白いかも知れません。

    最後の3冊目は、孫﨑亨さんの『日米開戦の正体』という本です。

    この本の著者は外務省で局長をやったりイランの大使をやったりした、それなりの大物の元外交官です。

    で、この本ですが、私は今までかなりの数の本を読んでいると思いますが、読んでいて気持ちが悪くなって吐き気がした、というのはこの本が初めての体験です。

    と言っても別に気味の悪い話とか怖い話とかが書いてあるわけではありません。太平洋戦争の日米開戦に至る経緯を、いろんな本からの引用で紹介しているだけの本です。

    著者は、自分が書いた文章では信用してもらえないだろうから、その当時の人が書いた本から引用するんだと言って、それこそ山ほどの本から数行あるいは10数行ずつ引用して、その引用の間を自分の文章で続けるという形のものですが、その引用されている部分がどのような文脈でどのような意図で書かれているかなどということはまるっきり無関係に、『その当時の人がこう言っているんだからこれが真実だ』という具合に論理を展開していく、そのやり方に何ページか読んだところで吐き気を催してしまった、というわけです。

    このようなやり方で文書を切り貼りしていけば、どんな筋書きでも『これが真実だ』というものができるんだろうな、そのために山ほどの文献に目を通し、自分に都合の良い所だけ切り取っていくという大変な作業が必要なんだろうな、そうした所で歴史の現実にはまるで関係ない自分の見たい物しか見えないんだろうな、と思います。

    よくもまぁこんなやり方で500ページもの本を書いたものだなと感心します。

    で、このようなやり方で主張しようとしているのは、
    今の日本が原発の再稼働・TPPへの参加・消費税増税・集団的自衛権・特定秘密保護法などにより75年前の愚かな真珠湾攻撃への道と同じような道を進んでいる。
    それは
    ・本質論が論議されないこと
    ・詭弁・嘘で重要政策がどんどん進められること
    ・本質論を説き、邪魔な人間とみなされる人はどんどん排除されていくこと
    だ、ということです。

    そのように思いたい人にとってはそのように見えるのかな、と思います。
    そんな人に付き合いたいとは思いませんが。

    真面目に読むと吐き気が続きそうなので、適当にチラチラ眺めながら読むことにしました。この気持ち悪さ・吐き気は他の人も同じ反応になるかどうか分かりませんが、それでも試してみたいと思う人はトライしてみて下さい。

    お勧めはしませんが。

    『近代イスラームの挑戦』 山内昌之著

    2016年6月21日 火曜日

    これは中央公論社の『世界の歴史』の20巻目です。
    ここに辿り着くまで、最初はプライムニュースの番組で元外務省の佐藤優さんとイスラーム研究者というか歴史学者というかの山内昌之さんが登場した回を見たことから始まります。

    この回の話は非常に面白く、その番組の中でこの二人がその少し前に対談して本を出した、と言っていました。その本を探して読んだのが『第三次世界大戦の罠』という本です。

    この本は読み応えタップリの本で、イスラーム世界の全体構造をIS(イスラム国)が活躍するイラク・シリア、それを取り巻くイスラム世界の基本構造としてのイランとサウジアラビアの対立、その周辺のトルコとエジプト、サウジアラビアの周辺のアラブ諸国、さらにそれを取り巻くロシア・中国・ギリシャ・ヨーロッパ諸国が歴史的・地勢学的にどのような立場でどのように考えているか・・・ということが見事に描かれています。

    しかし対談というのはあまり詳しい説明は期待できず、対談している二人が共通して良く知っているようなことは当り前のこととしてちょっと触れるだけで終わってしまいます。もう少しじっくり知りたいと思って次に読んだのが『民族と国家-イスラム史の視点から』という山内さんの書いた、岩波新書です。

    この本も素晴らしい本でしたが、やはり新書ということでちょっと物足りない気がして、3冊目に読んだのがこの本です。

    この本は『世界の歴史』の中の1冊ということで、イスラム世界全体の歴史、というより秀吉の頃から第一次大戦が終わるまでの時代のイスラム世界をオスマン帝国を中心に、日本との関係、すなわち日本がイスラム世界をどのように知ったのか、また明治時代以降は日本をイスラム世界がどのように見ていたかを中心に解説してあります。

    秀吉は天下人となった直後、朝鮮を攻める前にまずはフィリピンのルソンに書簡を送って臣従を求めたけれど、その少し前フィリピンはスペインに占領され植民地になってしまっていた、という話から始まります。

    もし秀吉がフィリピンを臣従させていたとしたら、多くの原住民は素直に従っただろうけれど、一部イスラム教徒の住民だけは最後まで抵抗したかも知れない、という話です。

    その後江戸時代になると、長崎の出島のオランダ商館長が新しい情報が入るたびに幕府に『オランダ風説書』という報告書を提出します。それによって日本人はヨーロッパを中心とする世界の情勢を知ることになるのですが、イスラム世界の動きもその中に記載されています。

    で、この本はその『オランダ風説書』のイスラム世界の動きについての記述が狂言回しとなって、オスマン帝国とその周辺の出来事について解説されていきます。

    幕末から明治になると、日本から多数の使節・調査団・留学生がヨーロッパを訪れます。彼らはエジプトのスエズを経由するので、その途中でエジプト見物をしたりあるいはオスマン帝国の各地訪ねたりして、その見聞録だったり日誌だったりが、次に狂言回しの役割を果たします。

    日清・日露の戦争のあたりになると、今度はこの日本が、中国に勝った、ロシアに勝った、ということをイスラム世界がどのように感じ、どのように報じたかということがもう一つのテーマになります。中国はともかくロシアにはイスラム世界はひどい目に遭ってきた相手であり、またイギリス・フランスを含めた白人諸国全体としてもイスラム世界はひどい目にあってきて、そのロシアを極東の非白人の日本がやっつけた、ということで熱狂的な騒ぎになったあたりがきちんと解説されています。

    この本では江戸時代のちょっと前から第一次大戦の終わるあたりまでの時代を扱っています。私は、現在の中東のイラク・シリア・レバノン・ヨルダン・イスラエル・サウジアラビアなどの国がどのようにできたかきちんと知りたいと以前から思っていたのですが、残念ながらその直前で本が終わってしまいました。(この部分については図書館で見つくろって、今度は講談社の世界の歴史の第22巻『アラブの覚醒』というのを読みました。この本ではドンピシャリ、これらの中東の国々がどのようにできたか、が詳しく書いてあります)。

    『近代イスラームの挑戦』の方は、オスマン帝国の本体である、トルコの部分とオスマン帝国の一部であり、独立して国になろうとしたエジプトがある意味主人公のようになっていますが、中国とトルコ、日本とエジプトを対比して何が同じで何が違うのかという視点からも書かれています。この視点からこの本を読むと考える所がたくさんあります。

    地勢学というのがこれらの本のベースとなっている見方なんですが、つくづく日本というのは地勢学的にラッキーな国だな、と思います。トルコやエジプトの地勢学的な不利は、まず第一に、野蛮で凶暴なヨーロッパのすぐ隣に位置して、その影響を直接うけ、避けることができない、ということだと思います。その点、中国も日本もヨーロッパからかなり遠いのでラッキーだなと思います。

    次にオスマン帝国が弱体化してヨーロッパのイギリスやフランス、そしてロシアが軍事的に優位に立ったとき、イギリスやフランスはすでにアジアに植民地ができており、ヨーロッパからアジアにアフリカ周りの航路は既に確立されていたものの、エジプトのスエズから紅海経由、あるいはシリア・イラクからペルシャ湾経由の方が経済的にはるかに有利であり、そのルートを使うためにはエジプトあるいはトルコをヨーロッパの思うように扱う必要があった、ということです。中国も日本もそのような通せんぼの位置にはなく、邪魔者になることはなかったので、その意味でヨーロッパ各国の攻撃対象にならないで済んだ、ということだと思います。

    さらに日本は中国のすぐ近くにあり、中国に比べるとはるかに小さい国だったので、ヨーロッパからの侵略者達の目は中国に向かって、日本は放っておかれた、というのも地勢学的に有利な点だと思います。

    以上、一連の本を通してイスラム世界・中東各国について、かなり見通しが良くなったように思います。

    もし興味がある方がいたら、お勧めします。