2015年12月18日 のアーカイブ

ピケティ 『21世紀の資本』

2015年12月18日 金曜日

約1年待って、ようやく借りる順番が回ってきました。
まだ600人近く順番待ちなので、2週間で読まなくちゃなりません。
本文600頁を2週間というのは、ちょっと大変です。

このピケティさんというのは若くして優秀な経済学者でアメリカでも嘱望されていたんですが、データもなしで数式だけヒネクリ回すアメリカ流の経済学に嫌気がさして(高給取りの経済学者にも嫌気がさしていたようで、『一部の経済学者たちは自分の私的利益を擁護しつつそれが一般の利益を守る行動なのだというありえない主張を平気で行うという不幸な傾向を持っている』なんて言ってます)、フランスに戻ってきて、実際のデータにもとづく経済学をやろうとしたようです。

とはいえそう簡単にデータがあるわけではないので、まずはそのデータ作りを一大プロジェクトとしてやっているようです。

で、そのデータにもとづいて書かれているのがこの本だ、ということなんですが、データの信頼性は恐ろしく低いものです。ピケティ自身この本で『データの信頼性は高くない』と何度も繰り返しています。とはいえ信頼性が低くてもデータはデータだから、データなしで議論するよりよっぽどましだ、というのがピケティの考えのようです。(国民経済計算(いわゆるGDPの統計)ができていればそれを使うことができるのですが、それ以前では所得税と相続税の申告書くらいしかデータがなく、フランスはそのような資料が一番ちゃんとしている、と自慢していますが、いずれにしてもそれは所得税や相続税ができてからの話なので、せいぜい100年~200年くらい前までしか遡れません。)

この本は4部構成になっていて、第1部は国民所得について、第2部は資本について、第3部は所得と資本(財産)の格差について、第4部は格差の問題にどう対処するか、ということについて書いてあります。

この本、世の中であまりにも【r>g】という式が評判になっているので、この式について書いてある本なのかと思ったら、まるで違いました。この本でピケティが言いたいことは(全部挙げると大変なことになるほどいろんなことを言っているんですが、一番言いたいことは)格差の問題です。格差というのはどうやらたとえば、所得が多い人・少ない人で、必ずしも同じではない。財産も大金持ちから殆ど何も持ってない人まで様々だというバラツキ・不公平・不平等のことを言うようです。

で、たとえば所得であれば国民全体のうちの所得の多い人上位10%が国民全体の所得の50%をとっていて、下位50%が全体の10%、残りの真ん中の40%が残りの所得の40%を取っているという状態は、上位10%が30%、下位50%が20%、中間の40%が50%取る状態より格差が大きいという具合です。

で、ピケティによると収入の面でも資産の面でも現在はその格差がどんどんひどくなる構造になっているため、このままにしておくとそのうちとんでもないこと(ピケティ自身は具体的に言ってませんが、暴動とか革命とか戦争とか)が起きることになる。それを防ぐために格差を大きくしないようにする手段として、超過累進課税の相続税、超過累進課税の所得税、超過累進課税の資産税の3本建てが望ましいということです。
これが第4部の内容なんですが、そこにたどり着くまで500ページも読んでいかなければなりません。

格差が大きくなる要因は、1つには相続で膨大な相続財産を貰った人は働かなくてもその財産からの収入が使いきれないほどあり、それで財産が自動的に増加するのでどんどん金持ちになるということ。

もう一つはスーパー経営者・・・・といってもこれはスーパーマーケットの経営者ということではなく、とんでもない高給をとる経営者のこと・・・・そんな人の使いきれないくらいの所得はどんどん溜まって財産が厖大に膨らむということです。

この二つの影響をなくすためにまず超過累進課税の相続税で相続される財産を減らすこと、また超過累進課税の所得税で高額所得者はその高額部分のほとんどを税金で取られるようにして給料を高くしようという気を起こさせないこと。そのためには今の最高税率30-40%を、1940年から1980年の間にアメリカやイギリスでやっていたように80-90%に引き上げることが必要だということです。

さらにそれでも既存の財産で財産自体が大きくなることを防ぐために、超過累進課税の世界ベースの資産税を取ることを提案しています。財産は高額になるとごく簡単に国境を越えてしまうので、これは世界中に散らばっている財産を洗い出して年に一度『あなたの財産はどこにどのように・いくらいくら・全部でいくらいくらあります。その結果資産税はこれこれの額ですからこの計算に間違いがなければ納めて下さい、間違いがあったら訂正して下さい。』という形で支払いを求めるということです。

一般に所得税や相続税は申告納付なので税金の計算は納税者がしなくてはならないんですが、この資産税は財産のありかと額が全部政府にわかっていることを前提に、政府が財産のリストアップから税金の計算まで全てやってくれるので楽ちんです。実際この方式は現在でも固定資産税で使われている方法なのですが、これを国境をまたぎ、また不動産だけじゃなく全ての資産について行おうということです。

で、ここまで二重三重にしないと格差が広がってしまう理由として出てくるのが【r>g】です。【r】は資産収益率、【g】は経済成長率です。資産からの所得が大きいので、その一部を消費に使ってもまだ余りが生じ、その分資産が増え、それが何年も続くととんでもない資産が積み上がるということです。

ではどうして【r>g】になるのか、という話になると、何とピケティは一転して【r>g】になる、という理論的根拠はない、これは理論的必然ではなく歴史的事実だ、と言っています。それではこれが本当に歴史的事実なのかというと、過去2000年にわたって【r】と【g】の推移のグラフを持ち出します。もっと正確に言えば、西暦の0年から2100年までのグラフです。

前にも書きましたが、西暦の0年というのは実は存在しません。西暦1年の前の年は紀元前1年で、0年とはなりません。ただし天文学ではこれでは不便なので、1年の前が0年、その前が-1年という具合にカウントします。天文学以外では1年の前が-1年、その前が-2年ということになります。とはいえこのグラフの0年というのは、0年から1000年をまとめてその間の平均を出すだけですから、これが1年から1000年の平均でも-1年から1000年の平均でも同じようなものですが。

で、この2100年にわたるグラフでほとんどの期間【r>g】となっています。例外となるのが1913年-1950年の期間と1950年-2012年の2つの期間だけです。で、この2つの期間【r>g】にならないのは、1914年-1945年の第一次大戦から第二次大戦までの期間が(この期間だけが)異常だったからで、これを除けば常に【r>g】になると言って、そのグラフを2100年まで延長して書いているわけです。

しかしピケティが実際に使える信頼できるデータは、最近100年ないしせいぜい200年の期間です。

この100年ないし200年の間に異常な30年があっただけで、それ以外の1900年ないし2000年の間には異常な期間はなかったと言い切ってしまう、いうのも凄い度胸ですが、ピケティは絶対の自信を持ってそう断言しています。そこで【r>g】を前提として、データのない所でも【r】と【g】を計算してその推移のグラフを描き、今度はこのグラフから異常な年を除けば常に【r>g】となっている、と立証してみせているわけです。

さらに【r>g】で、【g】は経済成長率、【r】は資本収益率です。この本の第1部・第2部はマクロ経済の話で、【g】も【r】もマクロ経済学の世界の話をしています。

【r】は次のように計算します。マクロベースの国民所得をまず労働による所得と資本による所得に分けます(これは理屈の上では説明できますが、実際にやるとなるとかなり困難です)。それで資本による所得が計算できたとして、今度は分母となる資本の計算です。国の財産の計算・国富の計算としてこの資本を計算します。この計算もそう簡単にできるものではありませんが、その計算ができたところで、この資本で、先に計算した資本による所得を割ると、資本収益率【r】が計算できた、ということになります。

ところが第3部に入り格差の話になると、今度はミクロ経済の話です。国民の一人一人がどれだけの所得があり、どれだけの財産を持っているかという話です。ここでまた資産収益率【r】が登場します。ここでの【r】は実は個人の保有資産からどれだけの収益が得られたかという意味の資産収益率で、マクロレベルの上記の資産収益率とはまるで意味が違います。でも同じ言葉を使い同じ記号を使っていると、いつの間にか同じもののような気がしてきます。ピケティははなから同じものであるかのように、何の説明もなしにこの二つを混同しています。うまいものです。

で、こんなムチャクチャな非論理的なやり方にあきれ果てながら本の最初に戻って『はじめに』の部分を読み直していたら、ピケティはここでマルクスの資本論についてコメントしています。すなわちマルクスは『共産党宣言』を書き、その後の生涯をかけてこれを正当化するために『資本論』を書き続けた、ということです。これで『資本論』が論理的でなく、科学的でもない理由が納得できます。最初に結論ありきで、それを立証するためにはどんなムチャクチャな屁理屈も厭わないということです。ピケティのこの本も多分同じことなんだろうと思います。

所得の格差・資本(財産)の格差が今すでに大きく、今後さらに大きくなる。その問題を何とかするために超過累進課税の所得税・相続税・資産税の必要性を訴えるために【r>g】などという話を作り、2000年にわたる【r】と【g】の推移をデッチ上げ・・・ということなんだと思います。

いずれにしても本文600頁の本で前振りが500頁もあると、本題にたどりつくのは大変です。
多分、この本をそこまで読んだ人はあまりいないんじゃないでしょうか。私はそこまで読んで、これがこの本の主題だったのか、と気づいて唖然としました。

この本を読む前に確認ポイントを4つ設定しました。すなわち

  1. r(資本の収益率)やg(経済成長率)がこの本の中で『きちんと定義されているか』どうか。
  2. このrやgを、数百年前、あるいは2千年前から計算してグラフにしているようですが、『その計算方法がきちんと説明されているか』どうか。
  3. この『r>gとなる』ということが本当に説明されているのかどうか。
  4. r>gから格差が拡大するという結論が『どのようにして導かれるか、ちゃんと説明されているか』どうか。

これについて
1.はきちんと定義されているといえば、います。ただし定義できても計算は難しいと思います。さらに【r】については同じ言葉を2つの異なる意味で使っているので、その区分けをはっきりさせないと議論が成立しないことになります。その意味では定義していないのと同じことだと言えます。
2.はまるでダメです。何の説明もなしにグラフが出てきます。
3.は理論的に【r>g】になるわけではない、とはっきり言っています。その代わりにグラフを使って『これは歴史的事実だ』とムリヤリ主張しています。
4.については、何となく説明らしきものはできていますが、あまり説得力のある説明ではありません。

で、最後の確認ポイントとして『この本がこれほど評判になりこれほどたくさん売れたのはなぜか』ということに関しては、
多分この本は600頁にわたっていろんな事がしっかり書いてあり、最後まできちんと読んだ人はあまりいないんだろうと思います。
そして【r>g】という不思議な式がキャッチフレーズのように使われているので、何となく気になり買ってしまうということになったんだろうと思います。その際600頁という本の厚さ・6,000円という値段の高さも評判になり、ベストセラーになる原因の一つにもなっていると思います。

第3部の格差の議論のところで、人口のうち資産が多い人上位10%の持っている資産の割合はほっておけばどんどん増えて、下位50%の持っている資産の割合はほっておけばどんどん減る、という議論をしているのですが、ここのところ、上位10%の人はほとんどずっとそのまま上位10%にとどまり、下位50%の人はほとんどずっとそのまま下位50%にとどまる、というような前提があるような議論をしています。実際に年々の上位10%の人、下位50%の人が同じ人だ、という保証はありません。
われわれ日本人にとっては『驕る平家は久しからず』で、上がったり下がったりは当たり前の話だと思っているんですが、フランスなどヨーロッパの階級社会ではあまり上下の入れ替えはないのかもしれません。
現実に日本では明治維新、第1次世界大戦、第2次世界大戦と、上位10%と下位50%が入れ替わる話はいくらでもありそうです。上下の入れ替えが常時おこる、という前提を入れるとピケティの格差の議論もかなり変わってくるような気がします。

私など、アメリカやイギリスについては何となくわかっているような気がしますが、フランスの、フランス革命以降の社会・経済の歴史についてはほとんどよく知りません(例えば、1945年から1975年までの高度成長を『栄光の30年』と呼び、その後の30年から40年を『みじめな時代』と呼んでいることなど)。そのあたりを知るには参考になる本かもしれません。とはいえ、そのために600ページも読む、というのはちょっと考えものですが。

ということで、いろんな意味でなかなか面白い本でしたが、お勧めはしません。