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『広田弘毅』

月曜日, 4月 23rd, 2018

玄洋社について調べている中、急に広田弘毅についてきちんと読んでみようと思い、次の3冊を読みました。

『広田弘毅-「悲劇の宰相」の実像』 服部龍二(中公新書)
『黙してゆかむ-広田弘毅の生涯』 北川晃二(講談社)
『落日燃ゆ』 城山三郎(新潮社)

中公新書のものは小説ではなく政治学者による研究書、という位置づけなので、各種資料からの引用により広田弘毅の人物像を描こうとしています。
他の2冊は伝記小説で、特に『落日燃ゆ』は人気小説家によるベストセラーです。

『黙してゆかむ』と『落日燃ゆ』では広田弘毅は玄洋社員ではない、と書いてありますが、中公新書の方では根拠を示して広田弘毅の言葉を引用しながら、玄洋社員だったと言っています。

玄洋社というのは福岡の政治結社の一つで、超国家主義の団体だ、ということになっています。広田弘毅が玄洋社員だったかどうかというのは、広田弘毅が東京裁判で死刑になった一因が玄洋社員だったことにある、ということになっているので、北川さんや城山さん等は、広田は玄洋社員ではなかったけれど東京裁判では玄洋社員だったと誤認されて死刑になった、と言いたいのかな、と思います。

で、この3冊ですが、まず中公新書の方、客観的な事実にもとづいて書かれていますので、広田弘毅を取り巻く環境を知るには良く役に立ちます。特に中国やロシアの状況については役に立ちます。

ただし、広田弘毅が外務大臣になり総理大臣になり、また外務大臣になり、また元首相として政府にアドバイスした期間について、軍部に対抗できず、ずるずると引きずられるままだった優柔不断の政治家だった、という評価についてはちょっと違うんじゃないかなと思います。

この本の著者は私より20年近く若い人なので当時の状況が(特に戦前の陸軍がどのようなものであったのか)良く分かっていないのか、あるいは学者の立場で考えているので現実の政治家の立場が分かっていないのかな、と思います。

『黙してゆかむ』の著者は修猷館の広田の後輩にあたる人で、広田が総理大臣になった時に在校生として学校を挙げて、あるいは福岡県挙げてお祝いし、誇らしく思ったということですから、尊敬すべき郷里の大先輩の伝記を書いた、ということのようです。本は伝記小説の形になっていますが、伝記としては異例なほどその当時の政治情勢、軍事情勢(特に国内の政治、軍事的な情勢)について丁寧に説明されています。

『落日燃ゆ』はさすがにベストセラー作家による伝記小説ですから読みやすいのですが、広田弘毅を取り巻く状況等についてはあまり説明はなく、その分小説として楽しむことができます。

楽しい小説としてそのまま終わるのかなと思っていた所、最後の東京裁判の所以降については一番丁寧に書かれているようです。

これはこの本の『あと書き』の部分に書いてありますが、広田弘毅の遺族は基本的に広田弘毅に関する取材に協力しない、広田弘毅について語らない、というスタンスを取っていて、城山三郎も困っていてそれを作家仲間の大岡昇平に話した所、大岡昇平は広田弘毅の長男とは子供の頃から親友だから任せろと言ったということで、その結果遺族からかなり詳しい話を取材することが出来たんだろうと思います。

で、いずれにしても広田弘毅が玄洋社員であったかなかったかにはかかわらず、広田弘毅という人は玄洋社精神によって生き、玄洋社精神によって進退し、玄洋社精神によって死んでいった人なんだろうと思います。

玄洋社というのは幕末の筑前勤皇党の流れをくむ政治結社ですから、2.26事件の直後に陸軍がその先どうなるか分からない状況での大命降下に対して、近衛文麿のように逃げるという選択肢はなく総理大臣に就任し、また東京裁判においても罪を免れるよりむしろ天皇の代わりに処刑されることにより天皇を守ることを選択した、ということだと思います。

裁判でしゃべったかしゃべらなかったか、についても『落日燃ゆ』にあるように、取り調べの段階では検事や弁護士には何ごとも丁寧に説明したけれど、裁判の席上自己の弁護のためには無言で通した、ということだと思います。

総理大臣になる所でも、近衛文麿が逃げたので広田弘毅が受けて総理大臣になり、東京裁判でも近衛文麿が(捕まる直前に自殺して裁判を受けることから)逃げたので広田弘毅が裁判を受け、裁判をする側が文民を一人有罪にして死刑にする方針であることが分かると、自分がその一人になると決めて死刑になった、ということだと思います。

玄洋社というのは政治結社といってもリーダーの命令一下メンバーが一致して皆で何らかの行動をする、というものでなく、メンバーがそれぞれ独立して何かの行動をし、それに参加・協力したい他のメンバーがそれぞれの判断で参加する、という形のもので、このやり方は政治結社としては問題がありそうですが、その分個々のメンバーの行動の仕方という点ではなかなか興味深いものがあります。この広田弘毅という人の生きざまもその一つです。

ということで、なかなか面白かったので、紹介します。
出来ればこの3冊をこの順に読むといいと思います。