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『江戸文人のスクラップブック』

月曜日, 2月 15th, 2021

不思議な本を紹介します。
工藤宣(くどうよろし)という人の書いた『江戸文人のスクラップブック』という本です。
この本もさいたま市立図書館で『ご自由にお持ち下さい』コーナーにあった本です。

本の内容は、江戸時代幕末の大槻磐渓(おおつきばんけい)という人の残した『積塵成山』あるいは『塵積成山』という名前のスクラップブックの紹介です。塵も積もれば山となる、と読むのか、塵を積もりて山となす、と読むのか、まあどっちでもいいんでしょうが、そんなような名前です。

このようなスクラップブック、1冊あたり50枚のA3をもう一回り二回り大きくしたようなものが十数冊あるということです。そのスクラップブックに磐渓先生が何十年もかけて様々な資料をスクラップして、それを著者が一つ一つ見ながらこの資料は何だろう、磐渓先生は何を考えて何のためにこの資料を貼りつけたんだろう、この資料はどうやって作ったんだろう、どうやって手に入れたんだろう等々と探索しています。

何しろこのスクラップブック、磐渓先生は自分のためだけを考えてスクラップしているようで、資料を貼り付けてはあるけれど、それに関する説明は一切付けていないようです。ですから資料自体を読み解くしかないのですが、これが変体仮名・くずし字がふんだんに入っている漢文体の文語が殆どで、中にはオランダ語の資料も入っているようです。

磐渓先生というのは今となっては殆ど知る人もないような人ですが(Wikipediaにはこの先生のページがありました)、幕末期の漢学者としては当代一流の学者でした。

江戸生まれ江戸育ちの仙台藩士で、父親は解体新書翻訳チームの一員の大槻玄沢(この本では盤水という名前で何度も登場します)、息子の一人は明治になって初めての国語辞典である『大言海』を作った大槻文彦といえば、こっちの名前の方が分かりやすいかも知れません。

父親が蘭学者だったのに本人が漢学者になったのは、父親の意向で、自分が読んだオランダ語をきちんとした漢文にして貰いたかったとのことで、本人は蘭学をやりたかったようですが、父の言いつけに従って漢学者になったものの蘭学にも興味を示し、また高島秋帆の西洋砲術も習って砲術師範にもなっています。

蘭学を学ぶために長崎にも行ったけれど、その直前のシーボルト事件のために蘭学を学ぶことができず、漢学者になることにしたようです。

この本を読むと、幕末の時代小説に出て来る人のオンパレードです。若いころ頼山陽と出会って(日本外史に注文を付けた、という話もあります)高く評価されたり、維新直前に何度か幕府から欧米に派遣された日本人に色々アドバイスしたり、最終的に密航に失敗した吉田松陰が黒船に乗り込む直前に磐渓先生に会って話をしていたり、この本だけで幕末の時代小説のネタがごろごろ転がっています。

最終的に参勤交代がなくなって仙台藩主が仙台に引き上げる時、磐渓先生も一緒について行き、藩主のブレインになり、戊辰戦争で奥羽越列藩同盟を作って官軍に歯向かった時、盟主格の仙台藩主の代理としていろんな文章を書いたので賊軍として捕まってしまったりもしますが、歳も歳なので自宅蟄居にして貰い、数年で許されて晩年は子や孫と穏やかに暮らしたようです。

いずれにしてもこのスクラップブックの探索作業、今ならインターネットをフルに活用して情報を集めたり仲間を募って相談したりする所ですが、それができないでかなり大変だったと思います。とは言え出版物はいろいろあって図書館もかなり充実していたので、ある程度は調べることができたんだと思います。この本が書かれたのが1989年、30年前の労作です。