この本の著者の西浦進という人は、陸軍幼年学校・陸軍士官学校(恩賜の銀時計組)・陸軍大学(主席で卒業)という、まさに軍人としてはエリート中のエリートといった人です。普通こういう人は参謀本部に入るんですが、この人は陸軍大学を出てすぐに昭和6年に30歳で陸軍省の軍務局軍事課という所に配属され、終戦までのほとんどの期間その軍事課にいたという珍しいキャリアの軍人です。
普通第二次大戦の本というと、戦争の現場の話か、あるいは参謀本部の作戦の話が多いのですが、この本は著者が属していた陸軍省軍事課の視点から戦争の実態について書いてあり、非常に面白い本です。
この軍事課というのは陸軍の予算を所轄する部門なので、大蔵省と予算折衝をする話も出てきます。また陸軍の編成・装備に関することも所轄しているので、兵隊の持つ銃をどのように調達するか、軍馬をどのように調達するか等々、他の本では読めないことが書いてあります。
もちろん際限もなく金を使いたがる軍の司令部との交渉、予算に関係なく作戦を立てようとする参謀本部とのやり取りも具体的に書いてあります。
著者はほぼ一貫して軍事課で仕事しているのですが、その間昭和9年から12年に中国・フランスに駐在し、スペイン内戦の時にはフランスからスペインに乗り込んでフランコ陣営を直接見てきた人です。また東條英機が陸軍大臣から総理大臣になった時(陸軍大臣も兼任)、陸軍大臣秘書官にもなって(半年間)、太平洋戦争の開戦に立ち会い、また終戦直前東條英機が外された後、東條の一派とみられてシナ派遣軍の参謀に異動して、結果、終戦後中国にいた日本軍の復員の交渉にも当たったという人です。
陸軍省というのは政府の一部ですから、統帥権の独立を言い立てて政府の言うことを聞かない参謀本部とは立場が違います。大本営ができた時、一部の人達はこれで政府に制約されることなく好き勝手できると期待したんだけれど、別に何も変わらなかったという話なんかも面白いです。統帥権独立というのは、陸軍の全体が言っていたというのとはちょっと違うようです。
満州軍を交代制にするか常駐制にするかとか、満州軍の将校の家族を一緒に住まわせるようにするかとか、シナ事変後急激に軍事物資の調達が増加し、予算担当としては何とかして値上がりを抑えようとしたのに、海軍がいくらでも金を払うというスタンスだったのでどんどん高くなって困ったとか、陸軍の中の経理官とか医官とか獣医とか、普通、軍の話の中心にならない人々の処遇の話も面白いですし、陸軍の人事が非適材非適所でむちゃくちゃで、特に航空隊を作った時の人事はシッチャカメッチャカだ、なんて話も面白いです。
太平洋戦争が始まった時、テレビのドラマなんかから国民全体が朝のラジオの「本日未明戦闘状態に入れり」というのを真剣な顔で聞いていたように感じますが、その朝ある新聞記者が著者に東条内閣の弱腰をなじるような電話をかけてきて、著者から「今朝は寝坊してラジオのニュースを聞いてないな」と言われて慌てて電話を切った、とかいう話も面白いです。
また日米開戦と同時に、それまでソ連を攻めていたドイツがソ連を攻めるのをやめたのに気がついた、というようなことがサラッと書いてあります。今までそんな視点で見たことがなかったので、改めてヨーロッパの第二次大戦と太平洋戦争をその相互関連の視点から見直して見ようと思います。
この本には山ほどの軍人が出てくるのですが、ほとんどが陸軍士官学校の卒業生で、そのいちいちに(第○期)と付いているというのもすごいな、と思いました。伝統的な日本の会社で入社年次が重要視され、「誰それは○年入社」というのがいつまでも付いてまわるのと同じで面白いです。
話がすべて具体的で、満州事変から終戦まで陸軍の行政部門は、何を考え何をしていたのか良くわかる面白い本です。
お勧めします。