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補償料の大騒ぎ

月曜日, 4月 18th, 2011

私の友人の、KENさんという、保険の代理店をしている人は、この大震災以来、かなりお怒りモードでちょっと近づきがたいんですが、少し落ち着いてもらいたいな、と思ってKENさんのブログに投稿したところ、同じく昔からの友人のeikoさんが登場してきました。
で、震災と原発関連の話をした後、eikoさんから、ついでにこんなコメントが来ました。

と別件ですが、東電の事故に対する補償料のこと。あれは補償料だったんですか? そもそも事故が起きるなんて想定していなかったのではないかな? 「民間保険の保険料率が下がったので補償料率も下げた」という言葉にも唖然としてしまったのですが、アクチュアリーのご意見を聞きたいです。

アクチュアリーのご意見なんて言われると、答えないわけにはいかないので、ちょっと調べてみたら、ネット上で結構大騒ぎになっていることがわかりました。

たぶん毎日新聞の記事が元になって、それがデマのように伝わって、大騒ぎになっているようです。

私が調べた結果が以下の通りです。

この内容は、KENさんのブログにコメントの形で載せたのですが、ちょっと面白い話題なので、こちらにも転載します。

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この騒ぎは4月13日の毎日新聞の記事が元のようです。

東日本大震災:福島第1原発事故 賠償補償料足りず 差額、国民負担に

記事に間違ったことは書いてないようですが、かなり誤解あるいは、無理解の解説のようで、これがネット上で大騒ぎを引き起こしているようです。

この原子力損害賠償法、正式には『原子力損害の賠償に関する法律』というもので、昭和36年にできている法律です。

これは、原子力事業で損害が生じたときに誰が損害賠償に当たるか、ということと、そのための損害賠償措置(損害賠償のための資金手当てのための措置)について規定している法律です。

まず、原子力損害について、
この法律において「原子力損害」とは、核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう。
と定義されています。野菜や牛乳を廃棄したのは損害になりますが、避難指示のために避難した損害まで含まれるんでしょうか。

次に、賠償責任について、
原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。
と規定しています。
この賠償責任額には限度が無く、無限責任です。

ここで、『異常に巨大な天災地変によつて生じたものであるとき』について、今回の事故がそれに当たるかどうか、という議論はあります。国はこれに当たらない、と言いたいようですが、常識的に考えると千年に一度の地震を異常に巨大な天災地変でない、というのも無理があるように思います。東電はともかく、仮に保険会社(特に外国保険会社)が関わっていると、簡単には引っ込まないで裁判になるでしょうね。

つぎに、『損害賠償措置』ですが、これは上の損害賠償責任を果たすための準備としての措置です。これは、自動車を買うときの自賠責に当たるものです。自賠責ですから、賠償責任はこれだけ、ということではなく、あくまで最低限の事前準備というものです。自賠責に入らないと自動車を持ってはいけないのと同じように、この措置を講じておかないと原子力事業をしてはいけない、ということになっています。

この、『損害賠償措置』の具体的な内容として、
原子力損害賠償責任保険契約及び原子力損害賠償補償契約の締結若しくは供託
即ち、民間の損害保険の契約で手当てしてもいいし、国が行う補償契約でもいいし、供託金を積んでおくのでもいいから、それらをあわせて、原発の場合でいえば最低1,200億円準備しておく必要がある、ということです。

で、この『原子力損害賠償補償契約』ですが、原子力事業者が補償料を政府に払い、事故が起きたときに政府が損失を補償する、というものです。『補償料』ということですが、普通の言葉遣いでは『保証料』にあたるものです。
この、『補償契約』『補償料』は1年掛け捨ての保険に当たります。

で、この『補償契約』について、1962年から2010年までの約50年で東電が支払った『補償料』が総額150億円でしかないのに政府の負担する補償額が1,200億円なので1,000億円以上が国民負担になる、というのが毎日新聞の記事の内容です。

この1,200億円というのは『損害賠償措置』の必要額ですが、これは当初、50億円だったものがその後2009年には600億円になり、2009年から 1,200億円になったもののようです。また、東電が『損害賠償措置』の必要額の全てを『補償契約』でカバーしていたのかどうかもわかりません。ですからこの『補償料』の内訳もわからないのですが、いずれにしてもその支払額の累計を現時点の補償額1,200億円と比較しているんですから、この段階ですでにまるで比較になっていません。記事では『積み立てではない』と書いてあるのですが、この比較の仕方では積み立てのように理解されてしまうのも仕方ないことと思います。

この『補償料』の料率についても、現在は1万分の3で、その前補償額が600億円だったときの1万分の5から大幅に下がっています。これを『民間保険で保険料率が低下傾向にあることを反映して料率を引き下げた』などと解説するのも誤解の元です。この『補償契約』は賠償保険のようなものですから、金額が高くなっても保険料(補償料)はそれほど高くなりません。料率で考えると大幅な引き下げになります。これは、個人の賠償保険の場合、保険金額100万円でも1億円でも保険料がほとんど変わらないのと同じことです。

いずれにしても千年に一度の災害だとすると、1万分の3でもまだ十分高いと思います。

そんなわけで、毎日新聞の記者さんはわかったことを正直に書いて、わからなかったことはわからないままで記事を書いてしまったため、記事にウソは無くても結果的にデマ、あるいはデマの元、のような記事になってしまった、ということだと思います。

なお、ついでにこの法律の後のほうにちょっと面白い条文があります。

原子力事業者の損害賠償責任について
政府は、原子力損害が生じた場合において、原子力事業者が損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額をこえ、かつ、この法律の目的を達成するため必要があると認めるときは、原子力事業者に対し、原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なうものとする。
ということで、政府援助があるようです。もちろん援助といってもただでお金をくれる、ということとは限りませんから、お金を貸してくれる、というのも援助に入ります。
いずれにしても原子力事業者の損害賠償責任は無限責任ですから、政府援助がないととても足りないかもしれません。

いずれにしても必要な補償は足りない分だけ政府が一緒になって何とかしてくれるのかな、と思うと、すぐその下で
前項の援助は、国会の議決により政府に属させられた権限の範囲内において行なうものとする。
となっていますので、国会が議決した金額の範囲内、ということで、いくらでも援助してくれるわけではなさそうです。

で、面白いのはこの後で、
政府は、原子力損害で規定する額をこえると認められるものが生じた場合においては、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講ずるようにするものとする。
と書いてあります。

この最後のところ、普通は
『講ずるものとする。』
という風に書くんですが、わざわざ『ようにする』を加えて
『講ずるようにするものとする。』
となっています。

私は法律の専門家ではありませんが、商売柄結構法律を読んでいるほうだと思います。
ですが、こんな『ようにする』なんていう法律ははじめて見ました。
面白い法律ですね。

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以上が、私が調べた結果です。