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『一般理論』 再読-その8

金曜日, 3月 20th, 2015

さていよいよケインズの『所得』『貯蓄』『消費』『投資』の定義です。
この中で、投資=貯蓄という等式が証明されます。この等式の意味を理解することが、ケインズの経済学の最重要ポイントの一つです。

企業は物を買い、労働者を雇い、生産をして商品あるいは製品を売って売上高を得ます。その結果としての利益をPとします。
これを
 A:売上高 
 A1:他の企業から買った物やサービスに対する支払い
 F:企業以外から買った物やサービスに対する支払い(たとえば労賃など)
で示そうというわけです。

収支だけ見ると、収入=A 支出=A1+Fですから
 P=A-A1-F
となりそうですが、そこまで簡単になりません。

A1やFは必ずしも売上げに直結するとは限りません。原料を仕入れ、それが仕掛品になり、製品になり、最終的に売上げになるわけですが、それまでの間は原料の在庫・仕掛品の在庫・製品の在庫、となります。商品の仕入れでもまずは商品の在庫となって、そのあとで売上げになります。またA1やFの支払いがなくても商品や製品の在庫を売れば、売り上げになります。

さらに商品を売るためや製品を作るための設備投資のための支出も、A1やFの中に入っています。そこでそのような原材料の在庫・仕掛品の在庫・製品の在庫・設備投資の増減(すなわち期間中に増えたか(+)減ったか(-)した額)を『投資』と言い、Ⅰで表します。

すると今度こそ
 P=A-A1-F+Ⅰ
と式で書くことができます。
これをちょっと書き直すと
 P=(A+Ⅰ)-A1-F
になります。
すなわちA1やFのうち、Ⅰの増加になる分は売上げにならず利益にもならないとか、Ⅰの減少すなわち在庫を取り崩して売上げにすれば、売上高から在庫を取崩した原価を引いたものが利益になる、とかを示しています。

会計の世界では、売上総利益とか営業利益とか経常利益とか純利益とか、利益を何段階かにわたって計算するため、FにしてもA1にしても、原価になる分と原価にならずに直接経費になる分を分け、原価計算し、売上高に対応する売上げ原価を計算し・・となるのですが、上記のように整理してしまうとスッキリします。原価計算と設備投資の現在価値の計算をきちんとやってしまえば、A1やFを分解することなく、利益が計算できてしまいます。

さらにこれは会計の話なので、経済学のように『いずれはこうなる』『最終的にこうなる』『この方向に向かって収れんしていく』『だいたいこうなる』などといういい加減な話ではなく、いつでもどこでもどんな企業でも成立する話になります。一つ一つの会計取引ごとに成立しますし、一つの企業のある期間の取引全体の集計についても成立しますし、ある期間の一つの経済社会の全体の集計についても成立ちます。

この一定の期間の経済社会の全体の集計を取ると、これが『マクロ経済学』ということになるわけです。

Pというのは、企業の利益あるいは所得の合計、Fというのは企業以外の所得の合計ですから、P+Fはその経済社会の全ての所得の合計ということになります。
上の式を書き直すと、
 P+F=A-(A1-Ⅰ)
となります。

Fをケインズは『要素費用(factor cost)』と呼びます。この『要素』というのは生産要素ということで、古典派の経済学では経済的価値の源泉は土地・労働・資本の三つの要素から成っていると考え、これらを生産要素とよんでいます。この要素はさらに土地も資本も、元はと言えば労働によって産み出されたもので、だから全ての価値は労働によって作られるという『労働価値説』にまで行くんですが、とりあえずはそこまで行かず、三要素のレベルでの議論で、特に労働者に支払う労賃がこの要素費用になるわけです。

このFを要素費用と呼んだので、残りの(A1-Ⅰ)をケインズは『使用者費用(user cost)』と呼んでいます。
これをUと書くと
 P=A-U-F
すなわち売上高からUとFとの費用を差し引いたものが企業の利益になるというわけです。

Fが要素費用なので、Uは使用者費用、売上高からその両方の費用を差引くと利益になる、ということです。しかしこのUの方はプラスになることもあるしマイナスになることもあるし、そう簡単に『費用』と言って済ませられるものではありません。というのもU=A1-Ⅰですから、A1が大きかったりⅠがマイナスだったりすればUはプラスになりますが、A1が大きくなくてⅠがそれより大きいとUはマイナスになってしまいます。こうなるのはⅠがプラスになったりマイナスになったりするもので、さらにそれをA1から差し引いているからです。

で、U=A1-Ⅰですからその通りに説明すれば良いものを、ケインズの説明では『Uは生産設備を使用する費用だ』などということをさかんに強調しています。そのため宮崎さん・伊東さんの本でもUを使用者費用ではなく、『使用費用』と訳しています。それに引きずられて宇沢さんの本も間宮さんの訳も『使用費用』を使っています。山形さんの訳はこれとは違う言葉を使おうとしてなのか『利用者費用』としています。

私の解釈は、Fが生産要素に対して直接支払う費用であるのに対して、Uの方は生産要素を使って生産している企業に対する費用なので使用者費用というんだろう、位の話で特に違和感はないのですが、いずれにしてもA1とⅠをそれぞれ別々にしておけば何の問題もないのに、それをU=A1-Ⅰと一緒にしてしまい、A1の方に注目して使用者費用と名付けておきながら、Ⅰの方に注目して『生産設備の使用料だ』などと説明しているケインズが誤解の原因なんだろうと思います。

『所得』の定義はちょっとできましたが、『貯蓄』『消費』『投資』の定義まで行きつきませんでした。
それは続きで。