先日の『グリーンファーザーの青春譜』の続きで、同じく杉山龍丸さんの『わが父・夢野久作』を読みました。
『夢野久作全集』の刊行に合わせて、肉親から見た夢野久作の姿を描くという趣旨なんですが、夢野久作を語るにはその父杉山茂丸、さらにはその父の杉山三郎平灌園、さらにはその父の杉山啓之進までさかのぼらなければ十分に語ることができない、ということで、杉山家の6代目(啓之進)から9代目(杉山泰道=夢野久作)までを主に、10代目の杉山龍丸が語る、という本です。
幕末・明治維新から昭和初期までの期間、日本の変化に振り回されながら日本の政治・社会を振り回した一族の物語です。中でも8代目の茂丸というのはまさに怪物とでもいうような人物で、日本あるいはアジアを振り回しながら家族をトコトン苦しめ、その最も苦しい立場を受けて立ったのが9代目の泰道、夢野久作で、8代目と9代目が相次いで死んだあと、まだ10代でその後始末をさせられたのが10代目の龍丸、すなわち著者です。
旧制中学5年、まだ10代の時、2.26事件の直後に父を亡くし、その後著者は士官学校に入りプロの軍人となるのですが、『グリーンファーザーの青春譜』に何気なく書いてある『日本にも杉山家にも絶望していた』という言葉の意味がこの本を読むと何となくわかるような気がします。
この本のはじめの部分の幕末・明治維新の頃の話としては、一般に『尊王攘夷派』と『佐幕派』の争いということになっていますが、それとは別に杉山家などでは『勤王開国』という立場を取ったために、その仲間の人達は両方から狙われてさんざんな目にあった、という話があります。この話は初めて知りました。
7代目の三郎平灌園という人は水戸学の先生だったという人ですが、杉山家の苦難の歴史にはこの神がかり的な水戸学が多分に影響しているのかも知れません。
8代目の茂丸が修猷館の仲間と玄洋社を作り、欧米列強によるアジア植民地支配に対抗するため家族をほっぽり出して走りまわっている間、9代目の夢野久作は幼児の頃から祖父の7代目三郎平灌園に四書五経を叩き込まれ、良くできたご褒美にタバコを吸わされて小学生の時にはもうニコチン中毒で、小学校でも中学校でも特別にタバコを許されていた、なんてのも凄い話です。
私は夢野久作という名前は知っていますが、作品は読んだことがありません。多分、この本の中味はその作品よりさらに奇想天外の怪奇的な話になっているのではないだろうかと思います。
普通の家に生まれ普通に生活できるということがどんなに有難いことか、考えさせられる本です。
さんざん苦しめられながら、著者は淡々と愛情を持って父・祖父・曽祖父・その他一族の人々を描いています。
お勧めします。