藤澤陽介『すべては統計にまかせなさい』

4月 16th, 2014

有料のメールマガジン『inswatch』に毎月1回記事を連載してもらっているのですが、3月31日の記事を転載します。
とりあえず、もう半月たったから、まあ、いいかな、とも思いますし、アクチュアリー関連の記事はあまり見る人も多くないので、まあ、いいかな、とも思い、転載します。

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 2014年3月
藤澤陽介『すべては統計にまかせなさい』

いよいよ平成25年度も今日で終わりです。今のところ、国債の利回りも0.6%台で推移し、為替も円安のままですから、生保各社の決算は今期も見てくれのいい結果になると思います。とりあえずは何よりです。

ところで、ライフネット生命のアクチュアリーの藤澤さんが『すべては統計にまかせなさい』というタイトルの本を出しました。この2月に発行されたばかりの新しい本です。この本の紹介をします。
タイトルの『すべては統計にまかせなさい』は、少し前に出てベストセラーになった『統計学が最強の学問である』のまねをして出版社が付けたものだと思うのですが、本の中身はこのタイトルとはまるで違います。
アクチュアリーというのは保険会社や銀行なので保険料を計算したり年金の計算をしたり、金利計算をしているのですが、この本ではそこで使われる統計学について、わかりやすく説明しようとしています。なお、著者は統計学、という言葉でなく統計、という言葉を使っているのですが、内容的には統計学、という言葉を使う方が普通だと思います。
統計学というのは、ちょっととっつきにくく、理解しにくいものですが、様々な例を使ってなんとかわかりやすく説明しようとしている本で、その分、正確さにはちょっと欠けます。正確でなくてもいいから読者をなんとなくわかったような気にさせようとしている本です。そのついでにアクチュアリーという人たちがその統計学を使って何をしているのか、ということについても同様に、正確でなくてもなんとなくわかったような気にさせようとしているようです。その狙いがうまくいっているかどうかについては、読んでのお楽しみ、というところです。
統計学やアクチュアリー学についてちゃんとした正確なことを知りたい人は、普通の教科書や紹介されている参考文献を読んでください、ということで、教科書を読みながらこの本のどこが正しくてどこがいい加減か確かめてみる、というのも面白いかもしれません。あらかじめこの本を読むことによっていろいろな言葉を知ることができるので、その分教科書を読むハードルが低くなるかもしれません。
アクチュアリーは保険料の計算の仕方など、保険数理の解説の本を書くことはありますが、統計学について本を書く、というのは珍しいので、面白いかもしれません。
この著者はアクチュアリーとしては変わった人で(一般にアクチュアリーというのは変わり者、というのが通り相場ですから、その中でも変わり者、というのはとんでもなく変な人、という意味か、かえって普通の人に近い人、という意味かは、読んでみて判断してください)、珍しく外向きの(アクチュアリー以外の様々な人とコミュニケーションをとることが好きでそれを大切にしている)人のようです。
一方、優秀な成績でアクチュアリー試験に合格し、海外に留学もしている人ですが、後輩のアクチュアリー試験受験者を支援する『アクチュアリー受験研究会』の会長もしている、ということです。
著者の勤めるライフネット生命は今年度に入ってから業績が低迷し、株価も期首の800円台から先週は400円を切りそうになるまで下落しています。会社の現状については有名人の会長でも社長でもなく、アクチュアリーである著者が一番よくわかっているはずで、その現状認識に従って商品戦略、経営戦略を立てるのもこの著者です。
その戦略がうまくいってライフネット生命の業績が回復するといいな、と思います。

ライフネット生命の保険料率改訂

4月 16th, 2014

ライフネット生命が4月1日に料率改訂のニュースリリースを出しています。
これはエイプリルフールの冗談ではなさそうなので、ちょっと見てみました。

5月2日の予定で料率改訂をして保険料を下げるということです。

以前ライフネット生命は「生命保険の原価の開示」と称して、営業保険料の内訳としての純保険料と付加保険料を開示し、また付加保険料をどのように計算したのか、1件あたりの付加保険料・営業保険料あたりの付加保険料率・純保険料あたりの付加保険料率を開示しています。

今回は営業保険料の内訳としての純保険料と付加保険料の開示は行なっていますが、その付加保険料をどのように計算しているのか、という部分については開示していません。ちょっと計算してみた所、付加保険料の計算方式はこれまでのものとは違っていることは確かです。また定期保険と医療保険で違うものを使っていることも確かです(これまでは同じ計算方式を定期保険にも医療保険にも適用していました)。

まず定期保険ですが、商品はそのままで保険料を変えると言っています。この言い方では既契約の保険料は変更後の保険料率を適用するのか、今までの保険料率を適用するのか、わかりません。

またおおむね男女とも保険料は安くなっているんですが、一部若い女性の所は逆に保険料が高くなっている部分もあります。

いずれにしてもせいぜい1割程度の保険料の引き下げですから、あまり大きく変化したわけではありません。

医療保険の方は結構大幅な変更です。

純保険料は2割程度引き下げ、付加保険料は3割程度引き下げて、全体として営業保険料を24%程度引き下げたということのようです。

医療保険の方は今までの商品を売り止めにして新しい商品を売り出すということですから、既契約については保険料を引き下げることにはしないんだろうな、と推測します。

でも終身保障・終身払の保険料が2割5分も安くなるのであれば、健康状態に問題がない人は今までの契約をいったん解約し、新しい商品に入り直した方が得になるかも知れません。

古い商品の方はその結果、健康状態の良くない被保険者だけが残ることになると、今までの高い保険料でも収支が釣り合うのかどうかわかりません。

いずれにしてもライフネット生命は既契約者に対してどのような通知をしているのか、気になります。もし新規に入り直したら保険料が安くなるのに、何も知らせずに放っておくとしたらちょっと問題かも知れません。

私もアイエヌジー生命にいた時は、何度か保険料の改定を経験しましたが、保険料を安くするというのはなかなか厄介な話でした。昔ながらの有配当の契約であれば、古い契約の保険料を引き下げなくても保険料の高い分は配当で還元します、ということで、契約者間の公平性の問題は何とか解決することができるのですが、無配当の商品ではそのような手段が使えないので、前からの契約者と新しい契約者との公平性を担保するのに苦労した覚えがあります。

ライフネット生命は解約返戻金がないのでちょっと気楽ですが、その当時のアイエヌジー生命は解約返戻金がありましたので、保険料の方と解約返戻金と両方考えて辻褄を合わせ、前からの契約者が不利にならないようにいろいろ工夫した覚えがあります。

その当時は無配当のいわゆる外資系生命保険会社という会社ではこの問題は共通の問題で、皆でいろいろ知恵を出し合ったりしたのですが、今のライフネット生命にはそのような経験をした人がいるとも思えません。その分、かなり苦労したんだろうなと思います。

いずれにしても営業保険料を引き下げ、付加保険料も引き下げていますから、会社の収益は当然かなり悪くなります。これの元を取るためには、保険料が安くなった分たくさんの新契約を取らないとならないのですが、平成25年度中一貫して低迷した新契約成績を回復するだけの新契約を獲得するのはかなり難しそうな気がします。

一方保険料を引き下げて、既契約(の一部)が一旦解約されて新規の契約に入り直すとすると、表面的には新契約が増えます。その分解約が増えるので、保有契約は増えませんが、既契約の解約に伴う解約益が生ずるので(解約される契約は解約返戻金はありませんが責任準備金がありますので、その責任準備金の丸々が解約益になります)、一時的に収益が良くなったように見えるかも知れません。といっても実際一時的なものでしかないので、ライフネットの収益体質を変えるものではありませんが。

ということで、今後ライフネットの契約成績・収益がどのように変化していくのか、注目したいと思います。

『仕事に効く教養としての「世界史」』

4月 16th, 2014

ライフネット生命の会長の出口さんの本が話題になっています。別に急いで読むこともないので図書館に予約をしていたのですが、会社に遊びに来た友人がそれならこれを・・と読み終わったものを置いていってしまったので、仕方なく読むことにしました。図書館の本だと書き込みなどしないで綺麗に読むのですが、個人の本だと書き込みで赤くしてしまうかも知れないよ、と言ったのにそれでも構わないと言われてしまい、この週末に読んでみました。

本のタイトルは『仕事に効く』となっていますがもちろんこれは単なる誇大広告で、単に『ひょっとすると仕事に役立つことがあるかも知れないよ』という程度の話です

中味は世界史の本というよりは、出口さんが今まで読んだ世界史の話から所々つまみ出してゴタ混ぜにしてそれをおしゃべりにしている、テレビのバラエティー番組のような世界史の本です。これを読んだからと言って世界史の勉強をしたことにはなりそうもないですが、世界史を勉強しようというキッカケにはなるかも知れません。

中味はごく普通の、中国史とヨーロッパ史を中心とする世界史の大きな流れの中に、キリスト教の話・シルクロードの話・トルコ人の話などが入っています。日本の中学校・高校の世界史と同様、アヘン戦争で歴史は終わって、その後はいきなり戦後の日本の高度成長になっていますから、第一次大戦も第二次大戦も、日清日露の戦争も日韓併合も、メンドクサイ話は入っていません。
『地域』と言えば良いのに『生態系』と言ってみたり『コロンブス』をわざわざ『コロン』と言ってみたり、所々言葉使いを普通と変えて新鮮さを演出しようとしているようですが、わざとらしさを感じてしまう所もあります。

この本は出口さんがライターに話したことを、ライターが本にまとめたもののようです(とは言ってもゴーストライターじゃなく、ちゃんと名前を出したライターです)。原稿ができたあと、出口さんが校正に参加したかどうかわかりません。もしかするとライターさんに対する礼儀上、話が終わったら、あと原稿を書いて校正する所までライターさん任せで、話をした人は口を出してはいけないのかも知れません。所々おかしな所もありますが、ライターさんが書いたものだけあって、気が付かなければすんなり気持良く読むことができます。そのあたりも何も考えずに見ていられるバラエティー番組に良く似ています。

最初のうちは何ヵ所か赤で書き込みをしてしまったのですが、後半はそんなこともせず読み終えてしまいました。書き込みをするほどの本ではないということです。こんなことなら最初から書き込みなどせずに、綺麗に読めばよかったなと思いました。

これで、この本を貸してくれた友人へのとりあえずの義理を果たしたことになるでしょうか。

『精神と物質』 立花隆・利根川進 著

4月 7th, 2014

小保方さんのSTAP細胞で相変わらず大騒ぎですが、そのニュースの中でSTAP細胞の遺伝子を調べると、その元となった細胞がわかるんだ、みたいなことが書いてあります。

私の理解では生物の細胞の遺伝子は、どの細胞を取っても全く同じだということになっていたはずなので、これは何を言っているんだろうとわからなくなりました。

こういう時は専門家に聞くに限ります。幸いに私の友人でメダカを研究して大学の先生をやっている人がいるので、早速質問しました。その答えは
【普通の細胞はDNAは変わらないけれど、免疫細胞は「遺伝子の再構成」というのを受けてDNAが変わる。これが利根川さんがノーベル賞をもらった研究だ】
ということでした。

で、何でも質問というのも失礼ですからまずは自分で勉強しようと参考書を紹介してもらった所、回答が
 【たとえばワトソンの「遺伝子の分子生物学」には触れられていますが、そんな教科書はあまり面白くないと思われます。アマゾンで検索すると、立花隆・利根川進の共著(対談)の「精神と物質」というのがあり、多分何か触れられていると思われます(私はもちろん読んでません)。】
とのことです。
早速図書館で予約して借りてきました。

ワトソンの「遺伝子の分子生物学」は確かに、まず一般人は読みそうにない立派な教科書です。何しろDNAについてだけでA4版本文だけで800ページもの本で立派な紙を使っているので、かなり重い本です。私の読書は通勤の電車の中のウェイトがかなり大きいので、本の大きさや重さは重要な要素です。こんなんとても読めたものじゃないのですが、実はほとんど各ページに絵や図が付いていて、本文を読まなくてもその絵や図とその説明だけ読んでもなかなか面白そうです。でも通勤に持ち歩くのはちょっとしんどいので、もう一方の立花さんと利根川さんの方をまず読みました。これが何とも面白いので紹介します。

この本は利根川さんがノーベル賞を貰ったのをきっかけに立花さんが利根川さんの所に押しかけ、対談というかインタビューというか個人教授というか、そんな形で教えてもらった内容を本にしているもので、最初文芸春秋に何回かに分けて連載され、それを単行本にしてまた文庫本にしたもののようです。

立花さんも若く、自分の勉強をひけらかすこともなく利根川さんの話をおとなしく聞き、適当な所でその話をうまくまとめ、また的確な質問をして全体にまとまりをつけることに専念しているし、利根川さんはざっくばらんに何でも話していて、研究者の実験が実は厖大なルーチンワークの肉体労働で、それをこなしながら運が良ければ素晴らしい結果にめぐり合うという話を、実際に自分がやった研究について具体的に説明しています。多分今では資料となる細胞を機械にかければあっという間にDNAの配列がデータになり、印刷しようと思えば印刷できるような形になる(全部印刷しようとしたらとんでもないページ数になってしまう)という作業が、その昔すべて手作業で行われていて、その作業の具体的な仕組みがどうなっていて、その一つ一つをどのように発明・発見して積み重ねてきたのか、というあたりが生々しく語られていて、とても面白い読み物です。

一生懸命やった実験がノーベル賞をもたらす成果につながるわけでもないし、ついでにやった実験がノーベル賞をもたらす成果につながったり、その過程でその昔そんなつもりはまるでなしにやった実験がたまたま大いに役に立ったりと、なかなか波乱万丈の物語になっています。

小保方さんのコピペだ、写真の切り貼りだ、なんてつまらない話よりはるかに面白い本でした。

小林秀雄『ヒットラアと悪魔』

4月 2nd, 2014

ヒトラーの『我が闘争』を読み終わって、そういえば小林秀雄がヒトラーのことを書いていたよな、と思い、図書館で借りてきました。
地元の図書館の、普通の著者別の棚に載っている小林秀雄の本はさすがにもうほんの2-3冊になっています。もちろん全集や書庫にとってある本はほかにあるんでしょうが、とりあえずこの普通の閲覧用の書棚にある本で探したら、『栗の木』というエッセイ集の中に『ヒットラアと悪魔』というものがありました。

このエッセイはヒトラーの『我が闘争』を読んでのものかと思っていたのですが、そうではなく、戦後に作られたナチスのドキュメンタリー映画を見てのものだったようです。もちろん小林秀雄は『我が闘争』は戦前にもう読んでいてそれも踏まえての感想です。

このエッセイを私はその昔に読んでいます。私が小林秀雄を集中的に読んだのは私の中学から高校にかけてのころです。このエッセイを読んで、いつかは『我が闘争』を読もう、と思っていたのは、今からさかのぼれば50年くらい昔の話になります。

50年たってようやく読めた、というのは、なかなか感慨深いものがあります。

ヒトラー 『わが闘争』

3月 27th, 2014

読み終わって、しばしボーゼンとしています。

昔の、字が大きくなる前の文庫本で、上下計900ページを超える本だということもあります。また訳の日本語が何を言っているのか良くわからない所がたくさんあるということもあります。しかし何よりこれはすごい本です。こんなすごい本だったんだ、ということに感動しています。
ヒトラーというのはこんなすごい本を書くことができた人だったんだということに感動しています。

この本の『序言』で、ヒトラー自身
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人を説得しうるのは、書かれたことばによるよりも、話されたことばによるものであり、この世の偉大な運動はいずれも、偉大な文筆家にでなく、偉大な演説家にその進展のおかげをこうむっている、ということをわたしは知っている。
けれども教説を規則的、統一的に代弁するためには、その原則的なものが、永久に書きとどめられねばならない。それゆえ、この両巻を、わたしが共通の事業に加える礎石たらしめんとするのである。
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と書いています。
で、偉大な演説家らしく、この本も拘置所で禁固刑に服している間に口述したものを元に、彼のブレインが本の形にまとめたもののようです。

この本は非常に読みにくい本です。大部だということもありますが、日本語の訳文が良くわからない所がたくさんあるというのも読みにくい原因だと思います。例によってこんな時は英訳を参考にしようと思ってネットで英訳を引っ張ってきて、それを読む分にはごく素直に理解できます。多分原文のドイツ語をそのままできるだけ忠実に日本語に直そうとして、かえってわけのわからない訳文になってしまったのかなと思います。

普通文章を書くことを専門にしている人の文は、途中でわからない所があると、そのあとニッチもサッチもいかなくなるのが普通ですが、「序言」にもある通りこれは大演説家の演説ですから多少意味がわからない所があっても何とかなります。文章と演説の違いは、文章は一語一句をゆるがせにせず、その分何度も読み直し・読み返しすることができる、というものですが、演説の方は時と所、相手によって同じことを何度でも繰り返す、言い方を変え相手がわかるまで何度でも繰り返すというものですから、途中多少わからなくてもそのまま読んでいけば全体として何が言いたいのかがわかります。そんなわけで英訳を参照するのはすぐにやめてしまいました。

この本を読んで何より驚くのは、内容が非常に論理的でまた緻密だということです。もちろん、論理的だ、ということは、正しい、ということと同じではありませんが、論理的である分、非常に説得力があります。

ユークリッド幾何学はほんの少しの公理から出発して平面幾何・立体幾何の膨大な定理を証明してしまっています。ニュートン力学は相対性理論と素粒子論が登場するまで、万有引力の法則一つでありとあらゆるものの動きを説明し尽くしていました。キリスト教の神学も全能の神の存在と三位一体で全世界のあらゆることを説明し尽くします。この『わが闘争』では、ドイツ人が一番優秀な民族で人類の素晴らしいものは全てドイツ人の発明だ、ということと、世界の悪いことはすべてユダヤ人の陰謀だ、ということ、あと優秀な民族と劣等な民族が混血すると劣った方は少し優秀になるけれど、優秀な民族の方は劣った方に引きずられて優秀でなくなってしまう、という、現在の生物学では多分肯定されないような生物学理論とで、世界中のありとあらゆることを説明し尽しています。

科学的な考え方、というのは、ある仮説を立て、その仮説に矛盾する反証がなく、その仮説でいろいろなことが説明できればできるほどその仮説の正しいことが証明されたんだ、とする考え方です。その意味でこの本は非常に科学的なアプローチをとっている、とも言えます。

エネルギーに満ち溢れていて、現実の世界のことをまだあまり良く知らないけれど、正義感は非常に強い、という若者がこの本を読むと、完全に取り込まれてしまうリスクは高いと思われます。いくつもの国でこの本が禁書になっているのも良くわかります。

上巻は『民族主義的世界観』という表題ですが、主にヒトラー自身の生い立ちから、戦争が終わって『ドイツ労働者党』を乗っ取ってナチスを立ち上げて発展させていくまでの経歴を軸に、ヒトラーの立場からの歴史や世界観が書かれています。

下巻の方は『国家社会主義運動』というタイトルで、ナチスの考えを理論的に解説しています。

第一次大戦でドイツに革命が起こってドイツが負けたのはユダヤ人の陰謀で、ほとんどの新聞はユダヤ人に牛耳られている。多数決原理にもとづく民主主義もユダヤ人の陰謀だ、マルクス主義もユダヤ人の陰謀だ、と悪いことはほとんどユダヤ人の陰謀になってしまいます。

大演説家だけあって、新聞の力を大いに評価していますが、ドイツの新聞はほとんどがユダヤ人に支配されているのでほとんど信用できない、と言います。低俗紙は支離滅裂なことを書き散らし、高級紙はそういう低俗紙を批判すると、ついなんとなくそんな高級紙の記事を信用してしまいそうになるけれど、それも全てユダヤ人の陰謀だ、ということになると、納得してしまう人も多いかもしれません。陰謀、というのは本当に何かを説明するのにオールマイティーのジョーカーみたいなものです。

テロに対抗するにはテロしかない、と言って実力行使・暴力をむしろ積極的に肯定するとか、民主主義を否定する所などは抵抗がある人も多いかも知れません。

ナチスの集会を潰そうとする左翼の労働組合の活動家との、暴力対暴力のぶつかり合いも、なかなか迫力があります。

第一次大戦に負けて、今後のドイツの行動方針をどうすべきか、対外的にどの国と仲良くすべきか、ドイツ人を養うための土地をどこに求めるか等、歴史についても外交についてもかなりしっかり考えられています。
もともと植民地を増やそうとして海外でイギリスなどと争うのが間違いで、ドイツ人が全員十分に食べていけるだけの土地をまずヨーロッパで確保することが最優先のテーマで、植民地はその後だ、ということですから、ポーランドからロシアの土地をぶんどろうとしているのは明らかです。
ロシアについてはまるで評価せず、仮に同盟したとしても単なるお荷物になるだけだ、と簡単に切り捨て、その代わりにイギリスを高く評価し、同盟するならイタリアとイギリスとの三国同盟だ、と明言しているのも『ヘーッ』てなものです。
ここまで明確に書いてあるので、その後ヒトラーのドイツがスターリンのソ連と同盟を結んだ時、世界中がびっくりし、日本などはそれだけで内閣が吹っ飛んでしまった、というのも、そういうことだったのか、と納得できます。

実はこの本はもう10年位段ボール箱の底に眠っていたのですが、一連の第一次大戦からナチスがドイツの政権を取るまでの歴史の本を読んで、ようやく『機は熟したかな』と読む決心がついたもので、この事前準備がなかったら、読んだとしてもあまり良くわからなかったような気がします。事前準備としてはこのブログで紹介したいくつかの本のほかに、さらにオーストリアに関する本をもう2冊読んでいます。

一応読み終わって、さて改めて英訳を読んでみようかどうしようか考えています。英訳だとかなりわかりやすいとは思いますが、何しろ900ページにもなるもの(私がネットで手に入れた英訳のpdfは1,000ページほどのものです)ですから、かなり覚悟が要ります。

この本の最後に訳者の一人が解説を書いていますが、その最後に
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わたくしはここで、ルソーが『社会契約論』で述べている言葉をつけ加えれば満足である。『マキャヴェルリは国王たちに教えるようなふりをして、人民に重大な教訓を与えたのである。マキャヴェルリの『君主論』は共和派の宝典である』。もちろんヒトラーは人民に教えたのではないが、わたくしにはやはり人民の宝典の価値を持つように思われるのである。
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とあります。
確かにこの本は『人民の宝典』かどうかはわかりませんが、貴重な本だと思います。
興味があったら、読んでみてください。チョット覚悟がいりますが。

ビットコイン(3)

3月 4th, 2014

ビットコインのマウントゴックス、裁判所に民事再生法の適用を申請し、新しいステージに入っています。ということは、当初の再生プランは成立しなかったということでしょうか。

申立てにあたってマウントゴックスは、ビットコインが盗まれただけでなく現金あるいは銀行預金も盗まれてしまったと言ったようです。日本の警察を甘く見て、自ら墓穴を掘ってしまったような気がします。ビットコインと違って、現金はそう簡単には隠せませんから。

今回の事件、私なりの推測を書いてみます。

マウントゴックスはビットコインの預かりをしていたようです。
銀行はお金を預かるのですが、その預かり方は2通りあります。

一つは普通に銀行の預金口座を使うやり方です。
預ける人(Aさんとします)が100万円銀行に預けると、Aさんの預金口座に100万円預かったと記録されます。銀行の会計上は現金が100万円、預金という借金が100万円増えることになります。すなわちAさんの預けた100万円は銀行の物になり、その代わりにAさんは銀行に100万円貸したことになるわけです。Aさんが預金を取崩す時は、銀行は手持ちの現金からAさんに100万円支払い、Aさんの預金口座は残高を0円とし、会計上は現金が100万円減って、預金という借金が100万円減ることになります。

もう一つのやり方は、銀行に貸金庫を作ってもらってその中に現金100万円をしまっておくというやり方です。このやり方だと現金100万円はAさんの物のままで、銀行はそれを預かっているということも知らないことになります。

マウントゴックスがやっていたビットコインの預かりがどちらのやり方だったのか良くわかりませんが、最初のやり方だとすると、これは次のような流れになります。

Bさんが現金100万円でビットコインを買いに来て、1ビットコイン=5万円のレートで20ビットコインを買ったとします。それをそのままマウントゴックスに預けることにすると、その20ビットコインはマウントゴックスの20ビットコインとなり、その代わりにBさんはマウントゴックスに20ビットコインを貸していることになります。マウントゴックスからすると、最初持っていた20ビットコインを現金100万円と引き換えにBさんに売り、それをBさんから預かって20ビットコインを取り戻し、その代わりに20ビットコインをBさんから借りた、ということになります。すなわち手持ちのビットコインは変わらないで現金が100万円増え、ビットコインの借りが20ビットコイン分増えたということになります。

手持ちのビットコインは変わらないのですから、次にCさんがビットコインを買いにきても同じように現金とビットコインの借りを交換し、ビットコインの手持ちの額は変わらないということになります。

こうなるとビットコインを買ってマウントゴックスに預けるBさん・Cさんのような人がいる限り、マウントゴックスにはいくらでも現金が溜まっていきます。BさんやCさんがビットコインを返してくれとか、ビットコインを売って現金にしてくれと言い出さない限り、いくらでもお金が入ってくるわけです。仮にBさんやCさんがそう言って来たとしても、その代わりにDさん・Eさん・Fさんがそれ以上のビットコインを買って預けると言ってくれば、それで何の問題もありません。

ビットコインを発明したサトシ・ナカモト氏の論文によると、ビットコインの仕組みの中核はシステムを使った高度の暗号化により、同じビットコインを二重三重に売ることができない、ということです。それでビットコインは偽造も複製もできないので、信用が保てるということです。

仮に現在使われているビットコインのシステムが、そのナカモト氏の言う通りにできていて、個別のビットコインの売り買いで二重売りができないようになっていたとしても、このマウントゴックスのやった「預かり」という方法を使えば、同じビットコインを何回でも売ることができてしまうわけです。

同じビットコインを何回でも売ることができれば、その都度お金が入ってくるんですから、こんなおいしい話はないですよね。そのお金は盗まれないようにどこかに隠しておくとすると、ある日気が付くと山程のビットコインの借りが残っていて、それに見合う現物のビットコインも現金もどこにもないということになるわけです。

銀行の場合も預かったお金を他の人に貸して、その一部をまた預かって、それを他の人に貸して、また預かって、・・・というようなことをやっているんですが、こんなことにならないようにいろんなルールができています。マウントゴックスは銀行じゃないのでそんなルールはなく、何でも好き放題にできたんでしょうね。

ということで、今回の件はビットコインが主役になってはいるけれど、ごくごく古典的な取り込み詐欺のようなものということかなと思います。

よく言われるように、ビットコインが闇の資金のマネーロンダリングに使われているとして、「いなくなってしまった」ビットコインの中にその闇の資金が含まれていたとすると、マウントゴックスの社長さんはむしろ警察に保護してもらいたい、と思うようになるかもしれませんね。

ビットコイン(2)

2月 26th, 2014

ビットコインの取引所の一つが支払不能になったようです。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140226/t10015536281000.html

この会社は渋谷にあるマウントゴックスという会社で、取引量世界一、ということですが、日本人の顧客はほとんどいないようで、主にアメリカ人その他が顧客のようです。

取引所、というのはビットコインを売ったり買ったりするところかと思っていたのですが、ビットコインの預かり(ビットコインの預金のようなものでしょうか)もやっていて、その預かったビットコインが消えてしまった、ということのようです。

ハッカーの攻撃でビットコインを盗まれてしまった、とか、預けたビットコインを引き出す時に何回も引き出すことができたんだ、とか、いろんな話があって本当のところはよくわかりません。で、その消えてしまったビットコインが74万ビットコイン、今の相場が大体1ビットコイン=500ドル=5万円くらいなので、74万ビットコイン=350百万ドル=350億円というくらいの話です。
現在発行済みのビットコインは1,200万ビットコインくらいですから、その6%位にあたります。
この盗難が、過去2年にもわたってずっと続いていた、ということですから、このマウントゴックスという会社の管理体制はどうなっていたんだろう、と思います。また、問題がビットコイン自体に内在するものなのか、あるいはマウントゴックスという会社の預金管理のシステムの問題なのかもよくわかりません。もちろん、ビットコインの関係者はビットコイン自体のシステムの問題ではない、と言っていますが。もちろんこれらすべてが嘘で、単なる預金の持ち逃げ、ということなのかもしれません。

これでビットコインの全体の信用がなくなってしまうと、盗まれていないビットコインも無価値になってしまい、ビットコインを大量に持っている人も、ビットコインの仲介で儲けている他の取引所も困ってしまうので、みんなでよってたかってこのマウントゴックスの救済にあたろうとしているようです。

その救済策のドラフトなるものがネットで公表されています。
http://ja.scribd.com/doc/209098983/MtGox-Situation-Crisis-Strategy-Draft-With-No-black-Bars

これがなかなか面白いので、興味があったら見てみてください。
この中にStrategy Timelineというのがあって、Now(というのがいつなのかわからないのですが)から日本時間2月25日朝までに救済資金をかき集め、日本時間2月25日朝に状況を公表して1カ月間の取引停止を発表し、その後体制整備を進め、その状況はFacebookやTwitterその他で進捗状況を逐次公表し、4月1日以降に新しい名前で取引を再開する、という計画が書いてあります。
今回の事態の公表が日本時間2月26日朝ですから、1日遅れでこのスケジュール通りに進行しているのかもしれません。
事態を放置するとビットコイン全体の信用が失われてしまうから、ビットコインの大口取引者、大手の取引所は救済のためにビットコインを贈与する、マウントゴックスの株式と交換にビットコインを払い込む、ビットコインだけじゃどうしようもないので現金も投入する、という形で協力しなければならない、と言っています。

ある意味既に起こってしまったことではありますが、その既に起こってしまったことに対するコンティンジェンシープランになっています。
うまくこの通りに行くかどうかはわかりませんが、プラン自体はなかなか良くできたプランだと思います。
今後の事態の推移がこのプラン通りになるのか、あるいはどうにもならないのか、興味を持って見ていきたいと思います。

ビットコイン

2月 17th, 2014

ビットコインの話題がニュースで時々取上げられます。

私はこれに非常に興味があって、どうなるか見ています。

いわゆるバブルの歴史の本を読むと、オランダのチューリップバブルにしても、バブルの名の元となったイギリスの南海泡沫会社(South Sea Companies)の話にしても、書いてあることはわからないでもないんですが、でも実際の所、実体がわからない、何の裏付けもないものを対象にして、どうしてバブルが発生するんだろうと不思議でした。

今回のビットコインも実体がない・何の裏づけもない・単に売り買いができて、とてつもなく値上がりしている、さらにもっと値上がりしそうだ、ということで、まさにチューリップや南海泡沫会社の株と同じことです。

このビットコインの成り行きをずっと見ていれば、もう少し具体的・現実的にバブルの正体がわかるのではないかと楽しみにしています。

ハレーの生命表

2月 14th, 2014

「ハレー」というのは、あのハレー彗星のハレーです。
この人が史上はじめて実際の死亡データにもとづいて生命表を作り、その生命表を使って生命年金の計算をした、その論文を紹介します。

例によって訳文と、それに若干の説明を追加しています。

年金の計算では、まず単生の年金を計算し、次に二人の連生の年金を計算し、調子にのって三人の連生年金の計算までしているのですが、さすがにそこの部分はあまりにも込み入っていて、また訳す意味もあまりなさそうなので省略しましたが、それ以外は全訳です。

とにかく史上初の生命表がどのようにして作られ、どのように使われようとしていたかがわかる論文です。

単に「ハレーが最初に生命表を作った」では収まり切れない面白い話がいろいろみつかります。

良かったら読んでみて下さい。

http://www.acalax.info/bbs/halley.pdf

A4 20ページになるため、pdfファイルにしてあります。好きなようにダウンロードしてお読み下さい。

久しぶりのアクチュアリー関係の資料なので、ブログと練習帳掲示板と両方にこの記事を載せておきます。