キプロスはドイツより金持ち?

4月 16th, 2013

今日(4月16日)の日経新聞の朝刊8ページに面白い記事が出ています。
「ドイツ人の資産が少ないワケ、国で違うユーロの価値」という見出しの、フィナンシャルタイムズ(FT)の記事の翻訳です。

この記事の内容は、【欧州中央銀行(ECB)の調査によると、世帯あたり純資産の平均は、ドイツ20万ユーロ弱、スペイン30万ユーロ、キプロス67万ユーロだ。】
ということです。【平均でなく中央値で見ると、ドイツ5万1千ユーロ・キプロス26万7千ユーロ】で、5倍も違うということです。

この数字だけ見るとお金持ちのキプロスを貧乏なドイツが助ける理由はないということになり、既にドイツではそういう議論が始まっているようですが、FTの記事はこの差はドイツのユーロ・スペインのユーロ・キプロスのユーロで、国によりユーロの価値が違うんだと言っています。

通貨統合で同じ貨幣を使っていて、EU内では国境がなく自由に移動ができるようになっていますから、これもおかしな話です。

で、FTの元の記事を確認してみたのですが(記事は購読者じゃなければ読めないようになっていますが、今はサービスで無料で購買者になれる、とのことで、購読申込をしたら見ることができました)、日経の記事はかなり端折ってはあるものの、大筋はほぼ妥当な翻訳になっていました。

で、事の起こりはECBが今月100ページ余りの調査レポートを発表し、その中でこれらの数字が発表されているということのようです(レポートの76ページに表があります)。

その後Forbesで「キプロスはドイツより金持ちじゃない」”Seriously, Cyprus is not richer than Germany″という記事が出て(この記事は普通にネットで読めます)、それによるとこのECBのレポートの純資産には公的年金・企業年金が入っていないので、見た目ドイツの方が貧乏に見えるけれど、これらの年金を入れればドイツの方が遥かに金持ちになるはずだと解説してくれています。

このForbesの記事にはこのFTの記事へのリンクもECBのレポートへのリンクも出ているので、簡単に読めます(ただしFTの記事を読むには購読の手続きが必要ですが。日本のマスコミの記事もこのようにリンクをちゃんとはっておいてくれるとうれしいんですが)。

ということで、統計の読み方、解釈の仕方の面白いサンプルとして、またこのFTの記事の解釈の面白さ、そしてドイツの「キプロスの方が金持ちなんだから助ける必要はない」という議論はこれからも話題になるかもしれないと思い、なにより『ドイツ人よりキプロス人の方がはるかに金持ちだ』と解釈できる統計データがある、ということで、紹介します。

キプロス

4月 15th, 2013

キプロスの状況の報道が止まってしまいましたね。
今どうなっているんでしょうか。

私の考えでは、お金がなくなると小口のやりとりはまずはツケで買物ができるようになり、大口のやりとりは信用できる大きな会社が手形や小切手を振出してそれが紙幣の代わりに流通する、というくらいのものですが、現状どうなっているか、興味があります。

ユーロ危機も関心ありますが、現金がなくなった社会がどのように動いているのかも知りたいですね。

こんなことをちゃんと報道してくれるマスコミがあると嬉しいのですが。

建築施工管理の本

4月 15th, 2013

久しぶりにケインズ以外の本を紹介します。
「現場に学ぶ建築施工管理の実戦ノウハウ」という、堀俊夫/著・オーム社/刊の本です。
これも図書館の新着書コーナーにあった本で、面白そうなので借りてみました。

仮設工事・躯体工事・仕上工事・解体工事と、建築工事の様々な場面でどのような工事が行なわれ、施工管理者は何をしなければならないかが書いてあります。

著者は竹中工務店で様々な工事の建築管理をした人で、日本だけでなく海外の工事もいくつも経験しているとのことで、実際の成功例・失敗例を具体的に紹介しながら施工管理のやり方について解説しています。

私は別に建築にかかわったわけでも勉強したわけでもなく、単にビルの解体工事や新築工事を見ていて面白そうだなと思っているだけの素人ですが、この本を読んで解体工事や新築工事の現場で何が行なわれているのか、その時現場の管理者は何を考え、何をしているのかが、(何となく)わかりました。

様々な分野の異なる専門の職人さんが入れ代りやって来て、協力して丁寧な仕事を効率的に行なって立派な建物を作り上げる、その総合コーディネーターとしての建築管理責任者。発注元や設計者の相次ぐ設計変更に対応しつつ工期を管理し、追加工事費の取りっぱぐれを防ぐ、ゼネコンの代表としての現場管理者。天候の変化に対応し、事故に対応する現場の安全管理・リスク管理の責任者。仕入れた原材料が想定と違っていた時のリカバリーの仕方、国によって異なる商習慣や自然環境の違いにどう対処したか、等々。まさにすごい仕事をしてるんだなと感激しました。

私もそれなりにイッチョマエに仕事をしているつもりですが、この建築施工管理の現場責任者の仕事というのはとてつもないもんだなとあきれ果てました。

こんな本が突然目の前に出現するというのも、図書館で本を借りる楽しみの一つです。

ケインズ・・・10回目

4月 12th, 2013

さて前回書いた資本の限界効率、すなわち投資の利回り見込みですが、ケインズは金利とその見込みを比較して、金利の方が低ければその投資が行なわれ、それより低い金利がなくなるまで投資が増える、といっています。

ケインズの言う「金利」というのは、預金者にとっての金利ではなく、企業にとって投資資金を借りるための金利ということになります。

もちろん金利といっても期間の長短、借り手の信用状況、貸し手の資金状況によって様々ですが、この様々な全体を金利といっています。資本の限界効率、すなわち投資の利回り見込みについても、何に対して投資するか、将来の収益見通しに対する投資家の期待(見込み)によって様々になります。その様々な投資の利回り見込みと様々な金利の全体をぶつけると、金利の方は低い方から、投資の方は利回り見込みが高い方から次々に借入れと投資が組み合わされていき、投資の利回り見込みの最も高いものより一番低い金利の方が大きくなるまでそれが続く、というわけです。

貸し手・借り手がそれぞれ自分勝手に設定する金利・投資利回りが集まって実際の投資が行なわれるというわけですから、非常にダイナミックな具体的なイメージで、経済学の教科書という雰囲気はありません。

またこのような事情ですから、企業家の心理がちょっと変化するだけで投資利回り見込みが変化し、投資の全体量が大きく変化するということになります。

ケインズはこの投資家の利回り見込みについて、短期と長期に分けて議論します。「短期の見込み」というのは、今から製品を作って、それがいつ・いくらで売れるだろうかという見込みです。「長期の見込み」というのは、今から設備投資をして、それを使って将来製品を作って、それがいつ・いくらでどれ位売れるだろうかという見込みです。

この長期について第12章「長期期待の状態」という章をまるまる使っているのですが、これが何とも面白い章です。ケインズ流のウォールストリート型金融市場論ですが、この章だけは他の章とは別に独立して読める内容になっています。今ではウォールストリートだけじゃなく、全世界的に投機主体の投資市場が至る所にあって、そのすべてに当てはまる話です。

有名な美人コンテストの話も出てくるのですが、それ以上に、たとえば株式投資とかその他のあぶなっかしい投資市場についての基本原理が説明されています。ここで述べられていることは今でもそのまま通用する原理になっています。

投資する物や会社の価値をきちんと評価して投資しようとする人が必ず失敗する理由とか、価値をきちんと評価できない人が平気で投資できるのはなぜかとか、
「型を破って成功するより型通りのことを行なって失敗した方が、まだしも評判を失うことが少ない」とか
「我々の積極的活動の大部分は、道徳的なものであれ快楽的なものであれ、あるいは経済的なものであれ、とにかく数学的期待値のごときに依存するよりは、むしろおのずと湧き上がる楽観に左右される」とか
「企業活動が将来利得の正確な計算に基くものでないのは南極探検の場合と大差ない」(南極がまだ未知の大陸だった頃の話です)とか
「将来に影響を及ぼす人間の決定は、それが個人的な決定であれ政治的・経済的な決定であれ、厳密な数学的期待値に依拠することはあり得ない」とか
「個人の企業心が本領を発揮するのは合理的な計算が血気によって補完・支援され、その結果開拓者をしばしば襲う、すべてが水泡に帰すのではないかという想念が、ちょうど健康な人が死の想念を振り払うように振り払われる場合だけである」
とか、その他示唆に富む言葉がテンコ盛りです。

証券アナリストの必読テキストにしたい位ですが、そんなことをしたら証券アナリストになろうとする人が激減してしまうかも知れません。

この章(文庫本で27ページ)だけでも読んでみることをお勧めします。

ケインズ・・・9回目

4月 11th, 2013

さて続く第4編では、投資で所得を増やすためにどうやったら投資を増やすことができるか、そもそも投資が増えたり減ったりする要因は何かについて議論します。

最初に出てくるのが「資本の限界効率」という言葉です。何のこっちゃと思って読むと、これは投資した額に対してその投資の結果得られる収益の利回り、投資の世界で言う内部収益率(IRR)とよばれるものです。

ケインズの時代はともかく、今となってはもうこんな資本の限界効率なんて言葉をやめにして収益率にすれば良いのにと思うのですが、経済学の世界では未だにケインズに敬意を示してこの言葉を使い続けているようです。

で、この言葉の定義ですが、投資のために使うお金を「供給価格」と言い、その投資から得られる将来の収益を「期待収益」と言い、その期待収益の割引現在価値が供給価格と等しくなるような利率を、その投資に使った資本の「限界効率」ということになっています。

ケインズは結構細かい所までちゃんと考える人にようで、『一般理論』の全体を通じて将来のことは確定しているわけじゃないという意味で、全て「期待」という言葉を使っています。

この「期待」という言葉、日本語として本来の意味は、たとえば「今度のオリンピックがんばって下さいね。金メダル、期待してます」なんて使い方なんですが、英語ではexpectationという単語が使われています。このexpectationの方は「何とか予選は勝ち抜いてくださいね」とか「もしかすると1回戦で負けちゃうかも知れないね」とかも全てexpectationです。ですから日本語にするのであれば「期待」というより「見込み」とか「見通し」とか「見積り」と言ったほうがしっくりくるかも知れないのですが、勿論時には「期待」という意味で使ったりもします。

そこで英文を日本語に訳すときに訳者は悩むのですが、expectationをその場面場面でそれぞれ適切な日本語にしていくと元々原文で同じ言葉を使っていたということがわからなくなってしまい、一つの言葉を何通りにも違った言葉に変えてしまうことになります。それはまずいというので、一つの原文の単語はできるだけ一つの訳語に統一しようとすると、日本語としてちょっと意味が違ってきてしまいます。

『一般理論』の正式名称「雇用、利子および貨幣の一般理論」の最初にある「雇用」という言葉も同様です。原文ではemployment(動詞ではemploy)という言葉で、確かに「雇用」という意味ではあるのですが、それだけじゃなく、この原料を使ってこの設備を使ってこの製品を作ります・・・なんて時の「使って」というのも時としてemployという言葉で表現されます。この原料を雇用してこの設備を雇用してこの製品を作ります・・・なんて訳すと何とも奇妙な日本語になるのですが、原文では同じemployという言葉だと意識して使っているのを、ある時は「雇用」、ある時は「使って」とか「利用して」とか訳すというのも抵抗があるようです。

とまあそんなわけで、この一般理論で「期待」と言う言葉は基本的にexpectationという言葉ですから、「こうなると良いな」「こうなってもらいたいな」という意味ではなく、「こうなるかもしれないな」「こうならないと良いな」「こうなると困るな」という意味も含んだ言葉だと理解する必要がありそうです。

ですから「資本の限界効率」というのも、「投資の利回りの見込み、見通し、見積り」くらいの訳が一番正確なのかなと思います。

ここでケインズがすごいのは「供給価格というのは市場価格とは違うよ」といって、きちんと定義している所です。

ケインズの定義は、それを購入した時、製造業者が一個売れたんだからその分もう一個作ろうと思うような価格だということです。これは製造業者が「一個売れたんだからこれは儲かりそうだから、もっとたくさん作ろう」と考えたとすると、その値段は高過ぎるということだし、「たまたま売れ残りがあったからこの値段で売ったけど、もうこれ以上この値段で売るんじゃ儲からないから新規に作るのはやめておこう」と考えたとすると、その値段は「安過ぎる」ということになります。

そのどちらでもない、「高過ぎも安過ぎもしない値段で買ったとした時の利回りの見込みのことを資本の限界効率と言う」と、ケインズは定義しています。ここまでちゃんと考えるというのは大したもんだと感心します。

このexpectationですが、誰が期待するのか見積もるのかということですが、ケインズは明確に消費者や企業や投資家、すなわち実際に消費したり投資したりする人々がそれぞれ自分勝手に期待し見積もるのがexpectationだと言っています。誰か頭の良い人が皆の代わりに考えるのじゃなく、皆がそれぞれ自分勝手に希望や悲観を交えながら見込むてんでんばらばらのその全体のことを、この本では「期待」という言葉で表しています。

ケインズ 8回目

4月 9th, 2013

さてこの第3編のタイトルとなっているこの『消費性向』という言葉ですが、ケインズが使っているのは普通のこの言葉の意味とはちょっと違います。『消費性向』という言葉をネットで調べたりすると『可処分所得のうちどれ位の割合が消費に回るかという率』くらいの意味が出てきます。ケインズが言っているのは『所得と消費は関係している。どっちかが変化すればもう一方も変化する。その関係あるいは関数を、消費性向と言う』ということです。

で比率の方はというと、『限界消費性向』と言う言葉と『平均消費性向』という言葉と二つ追加的に用意して、これは比率です。所得がちょっと増減した時に消費もちょっと増減する。その両方の増減の比を限界消費性向といい、全体の所得に対する全体の消費の割合を平均消費性向と言います。

ただしケインズの所得というのは企業の利益と消費者の所得の合計のことですから、注意して読む必要があります。「普通、所得が増えれば消費も増える。だけど所得が増えた分まるまる消費が増えるのじゃなく、その一部でしかない。」というのがケインズの言っていることです。

ここで所得というのが消費者の所得のことであれば何となくそんな気もしますが、ケインズ流に所得というのは『企業の利益と消費者の所得の合計だ』となると、ほんとにそうかな?と思ってしまいます。

企業はちょっと儲かったけれど将来の見通しがまだはっきりしないので賃上げには応じないし、雇用も増やさない。消費者の所得は変わらないけれど、企業はちょっと利益が増えた。そんな時、その合計の全体の所得が増えたからといって消費者が消費を増やすだろうか、というのはごく自然な疑問です。

このようなことは我々がバブルがはじけた後の日本の状況を知っているから言えることで、ケインズが考えていたのは多分、全体の所得が増える時は企業の利益も労働者の所得も両方増える(もちろん増える比率は違っていたとしても)。全体が減る時はそれぞれも減る、という普通の状況を前提としていた、と考えれば納得できます。

で、この限界消費性向を使って『消費あるいは投資を増やした時、所得も増える』という話をします。その付録として『投資の増え分に対して所得の増え分が何倍になるか』という、いわゆる『乗数』というものを持ってきます。

この乗数については、Aさんの所得が増えるとそれが消費にまわってBさんの所得が増える。するとその一部が消費に回ってCさんの所得が増える・・・と、『風が吹けば桶屋が儲かる』式に次々と芋づる式に少しずつ利益が増え、その全体を合計すると乗数倍になる、なんて具合の説明があります。

話としては面白いのですが、ケインズの乗数はこんな話ではありません。このぐるぐる回りの説明はサミュエルソンの経済学の中で使われていて、そのため皆がこれをケインズの乗数の理論だと思いこんでしまったようですが、実はケインズが一般理論を書いたすぐ後にもこのぐるぐる回りの説明をした人がいました。

『一般理論』の中ではケインズは明確に『これとは違う』と書いているにもかかわらず、このぐるぐる回りの説明をした友人に対して『確かにそれが私の乗数と同じです』というようなことをケインズ自身言ってしまっているようです。それでその人は自信を持って『これがケインズの言っていることだ』と説明し、その後サムエルソンの経済学が大ベストセラーになってネコも杓子も知っている話になっているようです。

どうもケインズというのはこういう所ちょっといい加減な人のようで、それも『一般理論は難解だ』ということになっている一因のようです。

ケインズの乗数はこんなに回りくどいぐるぐる回りの話ではなく、単純明確です。
所得を(Y)・消費を(C)・投資を(I)と書くと
  Y=C+I
という式はいつでもどこでも常に瞬間的に成立ちます。
そこで△Y・△C・△Iをその増分とすれば
  △Y=△C+△I
もいつでもすぐに成立ちます。そこでその比をとって
  △C/△Y
を限界消費性向と言う、ということになっています。

このような重要なものは、物理や化学だったらすぐにでも共通の記号を誰かが決めるんですが、経済学では『限界消費性向』という言葉は共通に使うのに、それをあらわす記号が決まっていないようです。で、仕方なくこれをαとします。
  △C/△Y=α ですから、
  △C=α・△Y
  △I=△Y-△C=△Y-α・△Y=(1-α)・△Y
  △Y=[1/(1-α)]・△I
ですから、K=1/(1-α)とすると
  △Y=K・△I
すなわち、投資が△I増えると所得はそのK倍増える。
そのK を乗数と言う。

これがケインズの乗数(投資乗数)です。
  K=1/(1-α)ですから、逆に解けば
  α=1-1/K
となります。αでもKでも一方が決まればもう一方も自動的に決まります。
ケインズは数学が得意な人ですから、1/(1-α)倍と言えば良いのにわざわざK倍と言いたいなんてことは考えません。一応乗数という言葉を使った友人の顔を立ててこの言葉は使ったけれど、大事なのは限界消費性向の方で、乗数に言い換えることにはあまり関心がなかったように思えます。

さて、この限界消費性向のα=△C/△Y、あるいは△C=α・△Yですが、このままでは単なる割算で何の意味もありません。ケインズが言いたいのは△Yや△C、△Iが小さい時(すなわちあんまり大きな変化がないうち)はこのαがあまり変化しないということです。

単なる割算なら、α=△C/△Y、△C=(△C /△Y)・△Y というだけで何の面白いこともないのですが、αがあまり変化がないということであれば、そのあまり変化がない間についてはαが一定だと考えても良いことになります。

そうすると、
  △C=α・△Y
  △I=(1-α)・△Y
ということになります。

すなわち、皆がちょっと節約して貯金しようとして消費を△Cだけ減らすと、社会全体の所得が(1/α)・△Cだけ減ってしまう。貯蓄は(1-α)/α・△Cだけ減ってしまう。すなわち貯金しようとして消費を減らすと貯蓄も減っちゃうよというお話になります。

逆にいえば、消費や投資を増やすとそれ以上に所得を増やすことができる、ということです。
αはふつう、0と1の間の数で、1の方に近い数だ、という経験から、(1-α)は0に近い数になり、1/(1-α)は大きな数になります。すなわち、ちょっと投資を増やすとその何倍も所得が増えるよ、ということです。

この投資を増やす手段として、ケインズはいろんな例を挙げています。
ピラミッドの建設、地震、戦争を挙げた後、よく知られている紙幣を瓶に詰めて廃坑に埋め、その穴を地表まで埋めた後で採掘権を入札に掛ける、というアイデアを出します。
そして最後に、『古代エジプトは貴金属の探索とピラミッドの建設という二つの活動を持った点で二重に幸運だった。』『それが消費されることによって人間の用に供するというものではなかったため、潤沢のあまり価値を減じることがなかったからである。』『中世には大聖堂が建立され、ミサ曲がうたわれた。』『二つのピラミッド、死者のための二つのミサ曲は、一つのピラミッド、一つのミサ曲に比べれば良きこと二倍であるがロンドン-ヨーク間の二本の鉄道についてはそうはいかない』『子孫のために彼らの住む家を建てよう、そのためには彼らに余分の「財政」負担をしてもらわなければならない、そう決断すればいいものを、その前にあれこれ余計なことを考えてしまう。だから我々は失業という苦境から簡単には抜け出すことができないのである。』など、味わい深い文章がたくさんあります。
『ありがたいものだけれど何の役にも立たないもので、作るのに大金がかかって使いべりしないもの』というのは今だったらどんなものだろう、と考えてしまいます。

R

4月 8th, 2013

友人に『R』について質問されて解答したのですが、そういえば『R』に関してブログに書こうと思っていて、そのままになっていたことを思い出しました。

『R』というのは統計処理のためのフリーソフトで、高度な統計処理が簡単にできるということで、ある種デファクトスタンダードになっているようなソフトウェアです。

で、これは統計処理ソフトと呼ばれることが多く、統計処理のための強力なルールが用意されているのは確かなんですが、実はこれだけじゃない、強力な機能を併せ持つソフトウェアです。

プログラム言語なんていわれることもあり確かにプログラムを組んだりもするんですが、これ自体はプログラム言語というよりは計算環境と言った方が良いものです。計算式を書いてその結果を確認し、また次の計算式を書いたり、前の計算式の一部を書き換えて計算させたりということが自由にできる、データのメモリーも計算式のメモリーもたっぷり持った、関数電卓みたいなものです。

で、統計処理のツールについては販売されているソフトにもひけを取らないくらいの機能を持っているので、統計処理ツールとなっているんですが、それだけじゃありません。

まずこれはベクトル計算機だという性格があります。通常の計算機やプログラムでは一つ一つの数が単位で、一つ一つの数を定数や変数にしていろいろ計算するのですが、『R』はその計算の単位が数列です(『R』ではこれをベクトルとよんでいます)。

ですから数列から数列を計算する、というのが計算式になります。

生命保険の保険数学では死亡率にしても生存数・死亡数、あるいは計算基数とよばれているもの、たいてい年齢別の数値で年齢別に並べてやると数列になります。ですから死亡率という数列から生存数・死亡数という数列を計算したり、それから計算基数という数列を計算したりするのが簡単にできます。通常は年齢に関してforループを使って計算するとか、Excelなんかだったら1つのセルに計算式を入れて、それを年齢分コピーして計算する、なんてのが一つの計算式で書けてしまいます。

もう一つの強力な機能がグラフ機能です。高度なグラフが自由に描け、そのグラフをファイル出力してExcel・Word・PowerPoint等に自由に貼り付けることができます。

Excelなどでグラフを描くといろんなパラメータをいじくるところがかなり面倒くさく、しかも後からどんなパラメータをどのようにセットしたか調べるのもやっかいです。『R』だといろんなパラメータは式の形でセットするので、その式のテキストを見れば何がどのように設定されているかすぐわかるし、一部を変更してグラフを描き直すというのも簡単にできます。

<R>で検索すればいくらでも紹介用のサイトがみつかるし、インストールも簡単にできます。興味があったら、いじってみてはいかがでしょう。

ケインズ 7回目

4月 4th, 2013

さて
  所得=消費+投資
  貯蓄=所得-消費
  貯蓄=投資
という形で式の数は3つ。変数の数は4つですから、これだけでは一般に式を解くことはできません。さらに3番目の式は1番目の式と2番目の式から導くことができるので、実質的に式の数は2つ、変数の数は4つで、数学的に言うと自由度が2となります。

これだけでは式を解くことはできないのですが、しかし、所得・消費・投資・貯蓄が勝手に動くわけには行かず、常にこれらの式を満たしていなければならないという制約下にあるということです。

この関係式を道具として、ケインズはいよいよ経済活動の実態に切り込んでいくことになります。

ケインズにとって経済活動の目的は「消費」ですから、どうすれば消費を伸ばすことができるか、というのが当面の課題です。

ケインズがこの本を書いたのは、アメリカの大恐慌の後、世界中に失業者が満ち溢れていた時代です。山ほど失業者がいる時に「消費を増やそう」と言っても、そのためには労働者の所得が増えなければどうにもなりません。そこでケインズは消費を増やすために、まずは「所得を増やすこと」、そのために「雇用を増やすこと」に目標を変更します。

ケインズによると古典派の経済学では失業(非自発的失業すなわち働きたくても仕事がないということ)はあり得ず、失業者は皆給料が低いのを我慢すれば仕事が手に入るのに、もっと高い給料を要求して失業しているということになるようですが、その当時現実にどんなに給料が低くても良いからと言っても仕事にありつけない失業者が山のようにいたわけで、そこでどうして失業が生じるのか、失業を減らす雇用を増やすためには何をどうすればいいのかというのが、ケインズが古典派を裏切って一般理論を書いた理由ということのようです。

企業や消費者の経済活動のうち、自分で自由に意思決定できるのは消費と投資です。消費者は消費するかそれをあきらめる、あるいは先送りするか、自由に決めることができます。企業は投資するかしないか、自由に決めることができます。所得の方は、労働者は雇ってくれる企業がなければ所得を得ることができません。企業は製品・商品・サービスを買ってくれる企業や消費者がいないと所得を増やすことができません。

そこで企業や消費者が自分で意思決定できる投資や消費を増やしたり減らしたりしたら、その結果として所得はどうなるか、という分析が大きなテーマとなります。

ケインズはまず第3編「消費性向」という所で、消費(や投資)を増減させることによって所得がどう変化するか、検討します。続く第4編「投資誘引」という所で、今度は投資を増減させる原因は何か検討し、その中で金利(利子率)がどのような役割を果たしているか、金利(利子率)はどのように決まるのかを検討します。

北朝鮮

4月 4th, 2013

北朝鮮、またまた騒々しいですね。

今度はいよいよ中国にもそっぽを向かれてしまったようで、なおさらアメリカに自分の方を向いてもらおうと必死の様子です。

でも北朝鮮が誰かの注目を集められるのは軍事的な動きしかなく、その軍事的な動きで北朝鮮としてはオバマさんに声を掛けてもらいたいのに、今の所うまく行っていないようです。むしろ動いてもらいたくない米軍の方に動きが出てきてしまって、困っているようです。

軍隊というのは多少でも戦争になる可能性があるなら対抗する体制をとらなきゃならないので、米軍や韓国軍が対戦の準備をするのは当然の話なのですが、北朝鮮は本気で戦争しようとは思っていないでしょうから、これは困った状況ですね。

金正日の時代はこのあたり慎重にやって、アメリカの軍ではなく政治家の注目を引くことができましたが、金正恩はまだ若いからでしょうか、ストレートに米軍の注意を引いてしまったようです。

事態がここまでエスカレートすると、いつどこでひょっとして火がついてしまうかも知れません。でもそれはもしかするとアメリカにとっては嬉しい話なのかも知れません。

韓国は、仮に北朝鮮から攻撃を受けたら、ヨンピョン島の時にようにその攻撃元に対して反撃するだけじゃなく、今度はその攻撃を指示した場所も攻撃する、と言っています。そこが反撃したらさらにその上を攻撃するということになります。いずれにしても北朝鮮はそれほど長く戦争を続けることはできそうもありませんから、アメリカがその気になればアッという間に終わってしまうでしょう。

今オバマさんは予算のこととか債務上限のこととか、民主党と共和党のねじれでニッチもサッチもいかない状況です。さらに戦争が嫌いな「弱腰の大統領」と言われています。ここで北朝鮮で戦争が始まればアッという間にアメリカの勝利で終わり、盛り上がったアメリカ人の愛国心でこれらの問題は一気に解決してしまうでしょう。

ブッシュのアメリカがやったアフガニスタンやイラクの戦争は、戦争には勝ったもののその後始末で泥沼に入ったようなもので今だに苦労しているのですが、北朝鮮との戦争であれば、イスラムの過激派やテロリストが登場することはありません。後始末のためのお金は北朝鮮のすぐ近くに、使いきれないお金を持って使いみちを探している日本がありますから、いくらでもそこからお金を引き出すことができそうですし、そうなったら韓国も中国もロシアも負けじとばかりにお金を出すでしょう。ヨーロッパは北朝鮮からは遠いし、今ユーロ危機で大変ですから、わざわざ余計な口出しもしないでしょう。

このように考えると、アメリカにとっては北朝鮮がちょっときっかけを作ってくれるのが最も嬉しいでしょうね。真珠湾の時もそうですが、そういうふうに相手が先に手を出すように追い詰めるというのは、アメリカは得意です。いよいよ金正恩はニッチもサッチもいかないのかも知れません。

キプロスの銀行・・・続き

3月 26th, 2013

キプロスの銀行、いよいよ正念場ですね。

どうなるか気になって、昨日(3月25日)は1日ネットでニュースを見ていたのですが、日本のニュースのサイトでは細かい所がはっきりしないので、仕方なく久しぶりに英文で検索してしまいました。

やはりさすがにFinancial Timesの記事とロイター(英文)の記事がしっかり細かい所まで書いてあり、ようやく全体像がわかりました。

念のためにここにまとめておきます。

  1. キプロスにはいくつかの銀行があって、一番大きいのがキプロス銀行、二番目がキプロス国民銀行(別名ライキ銀行)と言い、とりあえずこの二つの銀行の預金者が問題となるようです(他の銀行も当面窓口が閉まっているので関係ないというわけではありませんが)。
  2. 二番目に大きいライキ銀行の預金のうち、10万ユーロ(1,000万円相当)より小さい額の預金は全額保護されるので、その預金はキプロス銀行に移される。
  3. ライキ銀行はすでにユーロシステムから90億ユーロの支援を受けているけれど、その支援はキプロス銀行に引継がれる。
  4. ライキ銀行の10万ユーロを超える額の預金はライキ銀行に残り、ライキ銀行は破綻処理される。その破たん処理で株主とライキ銀行の債券の持ち主は、株や債券がゼロになる。残った預金者は預金の額が1/3程度減額されることになる。
  5. キプロス銀行の方では預金の額が10万ユーロまでの預金については全額保護される。10万ユーロを超える預金については、預金の一部が強制的にキプロス銀行の株に転換させられることにより、負担を強制される。
  6. 当初18日以来、全ての銀行の窓口は閉ざされていて26日から開く予定だったけれど、それを最初は「キプロス銀行とライキ銀行だけは28日から開き、残りの銀行は26日から開く」と一旦発表したもののその後すぐ変更して、「全ての銀行が28日から開く」ということになった。すなわち27日まで全ての銀行が閉まったままということになる。

ということです。ライキ銀行というのはすでに殆ど国有化されているようなので、株主というのもキプロスの政府ということになるようです。またこのスキームで得られるEUからの100億ユーロの支援というのは「Loan」と書いてありますから「借金」で、いずれは返さなくてはならないお金のようです。

キプロスというのはEUに入り、金融立国で生きていこうとした国で、他にこれといって産業らしいものはないのですが、その金融がこんなことになってそんな借金が返せるとも思えないのですが、当面そのことについては誰も何も言わないということになっているんでしょうか。

以上が日曜の夕方から始まって月曜の朝まで続いた議論の結果ですが、驚いたのはこれで問題が解決したとばかりにヨーロッパやアメリカの株が上ったり、ユーロ高・円安になったことです。

こんなのは何の解決にもなっていないで、単に先週末キプロスの国会の否決でダメになった案の代替案ができたというだけで、実際それが機能するかどうかは銀行の窓口が開いてからの話だと思っていたのでびっくりしました。

さすがにその後マーケットの皆さんも思い直したようで、株が下がり、為替もユーロ安・円高になっています。この為替の乱高下、往復とも上手く乗れればかなりの儲けになったでしょうね。

さらにやっかいなことに、この解決策を決めたユーロ圏の財相会議の議長が「今後はこれが同様のケースのモデルとなる」と言ったようです。すなわち銀行が危なっかしくなった時、これまではその銀行のある国が何とか面倒を見る。そのために必要なお金をEUがその国に用立てるということだったのですが、今後は銀行の問題は預金者の負担で何とかするということです。何でこの時点でこんなことを言うんだろうと思いますが、もう言っちゃったことはどうにもなりません。キプロス以外の国々でも、危なっかしい国や危なっかしい銀行では預金の引き出しが始まるかも知れません。

いずれにしても28日に無事にキプロスの銀行が窓口を開けることができるかどうか、そこに殺到する預金者が満足できる額の預金を引き出すことができるか、その時取り付け騒ぎにならないか、まだまだ安心できるわけではありません。

こんな状況で3月末決算の会社は決算期末を迎えることになります。決算の担当者は大変ですね。