日銀総裁の交代

3月 22nd, 2013

日銀総裁が白川さんから黒田さんに交代しました。
マスコミなどでは白川さんはちゃんと仕事をしなかったけれど今度の黒田さんはしっかりやってくれそうで、デフレも終わるんじゃないかという期待感がありますが、私の感想とは大分違いますね。

白川さんというのは総裁になった時、他の候補者が国会の同意で揉めて想定外のピンチヒッターのような形で選ばれたのですが、それまで日銀の中では実務家というよりは学者のような仕事をしていた人なので総裁の仕事がちゃんとできるか心配されたのですが、実際総裁になってみたら素晴らしい仕事の仕方で安心感が持てました。

いつまでたっても景気が良くならなかったじゃないかという批判もありますが、景気を良くすることは日銀の仕事じゃないですし、景気を良くしなきゃいけない立場の政府のやったことが景気を良くするのに全く失敗した、というのが現実です。その中で、大きな事件が次々に起こる中で一つも銀行がおかしくならなかったんだから白川さんはちゃんと仕事をした、ということです。

今黒田さんが新しい総裁になってかなり期待が膨らんでいますが、日銀総裁がそう簡単に景気を良くしたり悪くしたりできるわけがありません。できるのはたまたま景気が良くなる時に、そこに日銀総裁として居合わせるかどうか、というだけのことです。

その意味では安倍さんも同様ですが、たまたま今「アベノミクス」ということで景気が良くなる場面に安倍さんも居合わせる巡り合わせになったし、黒田さんもそうだ、というだけのことです。

でもたまたたまそこに、その立場に居合わせるということ自体「運も実力のうち」という考え方からすると、その人の実力だということになりますから、その意味で安倍さんや黒田さんに期待するというのもアリなんでしょうね。

誰かスーパーマンのような人が現れていろんな問題をたちどころに解決してくれて景気を良くしてくれるという話の方が単純明快、わかりやすいし、そう考えた方が安心できますからマスコミもそう宣伝するし、それを見聞きする方もそれを受け入れたがるんでしょうね。

マスコミの人気に煽られて黒田さんがとんでもないことをやり過ぎないように、と思いますが、黒田さんというのも多分頭のいい人なのでたいしたことにはならないと思います。

キプロスの銀行

3月 22nd, 2013

キプロスの銀行預金者に対する課徴金、びっくりしましたね。

銀行が破綻しても1,000万円までは預金を保障するというのが日本を始めとした多くの国のやり方だと思うのですが、これとは逆に、銀行が破綻していないのに銀行の破綻を防ぐために預金者の預金から預金残高の6%なり9%を召し上げてしまうという話ですから、預金者にとってはとんでもない話です。

これを実施するには新しく法律を作る必要がありますが、とりあえずこの新しい法律の案はキプロスの国会で否決されたようですが、政府が提出した法案に対して賛成する議員が一人もいなかったというのも驚きですね(かなり多くの棄権と過半数の反対だったようです)。

問題はこのようなアイデアがEUのほうからキプロスに提案されたということで、これは同様のアイデアが他の国にも使われるかも知れないということになります。

スペインやイタリア、フランスの預金者はいつ頃どうやって銀行預金を引き出すか考え始めているに違いありません。でもそのような預金の流出は銀行の破綻を早めることになるわけで、危機を加速することになってしまうんですが。

キプロスの銀行預金はロシアの金持ちの預金が1/3とか2/3とかを占めるらしいですが、EUとしたらロシア人の金持ちに負担させるのは構わないと思っていたのかも知れませんが、普通の預金者のことは考えなかったのでしょうか。

100億ユーロの支援をしてあげるから58億ユーロの課徴金を確保しろというのもちょっと乱暴ですね。とはいえ一方的に助けるだけということだと、ドイツの国民に言い訳ができないと思ったのでしょうが。

キプロス銀行は今週のはじめから窓口を閉めていて、来週までは閉めっぱなしということですが、銀行が閉まりっぱなしというのもいつまでも続けるわけには行きませんから、この週末が山ですね。

このキプロス問題、うまく解決しないと火の手が他の危なっかしい国にそのまま飛び火してしまいますから、そうなったら大変です。どうなりますか。

『アジア独立と東京五輪』

3月 19th, 2013

私の友人の浦辺さんの4冊目の本、『アジア独立と東京五輪』を読みました。

1964年の東京オリンピックにインドネシアのスカルノ大統領が送った選手団が、政治的な理由によりオリンピックに参加することができずそのまま帰国したというエピソードを締めくくりに、それまでの日本とオランダ・インドネシアの3国の関係を解説しています。

2020年のオリンピック東京招致が今話題ですが、「オリンピックがいかに政治的な催しなのか」ということを考えるヒントになるかも知れません。

私も浦辺さんと一緒に昔オランダ資本のING生命で働いたことがあり、私にとってはオランダは昔から興味の対象の一つです。
そのオランダが植民地として支配していたインドネシアは、太平洋戦争が始まると日本が占領してオランダ人を排除し、日本が戦争に負けたあとオランダが再度植民地としようとした時、インドネシアの独立戦争に日本の兵士達が多数参加して活躍したとか、あるいは江戸時代の鎖国の日本が貿易を続けていた唯一の西洋の国オランダにとって、アジア貿易で大半の利益を稼いでいたのが対日貿易で、その拠点だったのが植民地インドネシアだった話とか、あるいは三浦按針や八重洲通りの名前の元となったヤン・ヨーステンを乗せたオランダの貿易船リーフデ号が日本に流れ着き、その乗組員が関が原の戦に参加した話とか、長崎の出島の話とか、面白い話がたくさん入っています。

歴史に興味がある方にはお勧めの一冊です。

南海トラフ巨大地震の被害想定

3月 19th, 2013

内閣府が発表した南海トラフ巨大地震の被害想定が話題ですね。

例によって日本のマスコミのサイトでは元資料のリンクがわからないので、ここに書いておきます。
http://bousai.go.jp/nankaitrough_info.html

しかしこの被害想定の
———————-
今だかつてこれだけの規模の地震が起こったという記録や証拠はないけれど、
かといってあり得ないということもないので、
まずめったなことでは起きないとは思うけれど、
とりあえずこの想定で被害を見積もって対策を考えましょう
———————-
というのは面白いですね。

この伝でいけば、今だかつてない巨大台風の対策とか、今だかつてない温暖化あるいは寒冷化の対策とか、あるいは巨大隕石の落下とか、いろんなことが考えられますね。

これで一気に投資ニーズ・消費ニーズが増えると、いよいよ景気回復も本決まり、でしょうか。

ケインズ・・・6回目

3月 15th, 2013

3回目の記事でケインズの所得=消費+投資について会計の方からのアプローチで確認したという話をしましたが、ケインズのアプローチはこれとはちょっと違っています。そしてケインズはその結果としての等式もさることながら、そのアプローチ自体についてもかなり重視していたようなので、これについて書いてみます。

通常会計では、企業の所得、すなわち利益について
  利益=売上-売上原価-経費
という形で計算するのですが、ケインズ流のやり方は
  利益=売上-使用費用-要素費用
という形で表されます。

使用費用にしても要素費用にしても何ともわかりにくい言葉なんですが、文章をちゃんと読めばはっきりわかるように書いてあります。

「要素費用」というのは「生産要素費用」ということで、企業が利益を上げるために他に払った費用のうち、他の企業に払ったものを除くものというくらいの意味で、その払った相手のことを「生産要素」とよび、その生産要素に払った費用という意味で「要素費用」というようです。ちゃんと「生産要素費用」と言ってくれると、確かに2文字余分にかかりますが、はるかにわかりやすくなるように思います。

今考えているのは労働者と企業だけなので、結局要素費用というのは労働者に払う労賃、あるいは人件費のことになります。

もう一方の使用費用というのは、設備・在庫の使用費用ということになります。ここでも使用費用だけじゃあ何のことかわかりませんが、設備・在庫使用費用、と言ってくれレはそのままなんとなくわかるような気がします。

企業が労働者に支払うお金と起業に払うお金と、利益との関係はどうなっているかというと、
  期始の設備・在庫+労働者に払うお金+企業に払うお金
     =期末の設備・在庫+期中に使った設備・在庫(売上原価)+経費
ですから、
  売上原価+経費=労働者に払うお金+企業に払うお金+設備・在庫の減
  利益=売上-売上原価-経費
     =売上-労働者に払うお金-企業に払うお金-設備・在庫の減
となり、労働者に払うお金=要素費用ですから、
  使用費用=企業に払うお金+設備・在庫の減
ということになります。

すなわち、企業が売上で利益を上げるために労働者にいくら払った、他の企業にいくら払った、設備・在庫をいくら使った、この3つを売上から差引けば良いということです。
  企業の利益=売上-労働者に払ったお金-企業に払ったお金-設備・在庫の減
ですから、これを社会全体で合計するんですが、ここで企業に払ったお金の部分は受取った企業の売上ですから、それを相殺すると
  企業の利益=売上-労働者に払ったお金-企業に対する売上-設備・在庫の減
          =消費者に対する売上-労働者に払ったお金-設備・在庫の減
          =消費-労働者の所得+設備・在庫の増
で、
  企業の利益+個人の所得=社会全体の所得=消費+投資の増
となって、めでたしめでたしです。

ここで使用費用として、【企業の払ったお金+設備・在庫の減】としているのは、別にむりやり合計しないで別々にしたままでも良さそうな気もしますが、ケインズはたとえば財・サービスの売り手の企業と買手の企業が合体してしまった時のことを考え、そうなると企業に払ったお金というのは消えちゃうし、設備・在庫も一方の企業で減った分、もう一方の企業で増えるということで、この二つを合計したものをまとめて【使用費用】と言っているようです。

会計の立場からは、労働者に払ったお金・企業に払ったお金がどのように原価になり、どのように経費になるかという細かい所が気になりますが、マクロ経済学の立場からすると、もっと遠くから全体の流れを見て、企業が売上を上げるのに労働者や企業にいくらのお金を払い、また設備・在庫が結果としていくら増減したかということだけ見れば良いということのようです。細かいことは全て設備・在庫の残高の計算に任せてしまえば、これでも充分だということですね。

こんな見方はじめてなので、ちょっと感動ものですね。

でも、よく考えてみれば、【利益=売上-売上原価-経費】というのは、損益計算書の見方ですが、【利益=売上-労働者に払ったお金-企業に払ったお金-投資の減】というのは貸借対照表の見方ということもできます。

売上による資産の増から、労働者に払ったお金・企業に払ったお金による資産の減・投資の減による資産の減を差引いたものが利益だ、というわけです。

このように考えれば通常、損益計算書と貸借対照表とでは整合性が取れていますから、損益計算書の利益と貸借対照表の利益とは等しくなり、両方の式がどちらも正しい、ということになります。

この使用費用・要素費用という言葉はいろんな所に使われています。要素費用の方は、要するに労賃と考えていれば良いのですが、使用費用の方は、時にこれで企業から他の企業に対する支払いを意味したり、設備投資のことだったり、その減価償却費のことだったり在庫投資のことだったりしますから、その都度その意味を確認しながら読む必要がありそうです。

いろいろ

3月 15th, 2013

3月11日の前後はテレビも新聞も大震災特集で大変でしたね。
これで満2年、三回忌が終わったことになり、いわゆる3年の喪に服する期間も終わったことになります。自民党政権に戻ったこともあって、今後復興工事も急速に進むのではないでしょうか。

春闘も次々に賃上げとかボーナス増額とかの明るい話題ばかりです。給料が上がれば景気は良くなるに決まっていますから、これから世の中明るくなるでしょうね。

今読んでるケインズの経済学によれば、給料が上がればその何割かが消費に回ります。これが消費性向というやつですが、次に消費が増えた分の何倍かが社会全体の所得の増になる、というのが「乗数の理論」というやつです。これで値上げした分より企業の利益が増えるようなら、なお一層給料が上がるとか、景気が良くなるんでしょうね。

それにしても安倍さんというのは幸運の持ち主ですね。お父さんは総理大臣になれずになくなってしまいましたが、日米安保のお祖父さんの岸さんとその弟の日本の高度成長のシンボルのような佐藤さんのように、ちょうど良い時にそこに居合わせる、運が良い人なのかも知れません。だとすると日本もこれからかなり本格的な好景気になるのかも知れません。

北朝鮮はどこからも相手にされないので、何とかして注目を集めようとして口先だけ威勢の良いことを言っていますが、韓国を攻めると言ってもソウルから最も遠い黄海の中の小島をどう攻めるかなんてことを指揮している、という報道からすると、やはり本気で戦争するつもりはなさそうです。

もし仮に戦争になったとしたらすぐにケリがつくでしょうし、そうなったらついでに朝鮮特需で、より一層景気が良くなるのかも知れません。

ケインズ・・・5回目

3月 4th, 2013

ケインズが「一般理論」を書いたのは1936年ですが、その5年くらい前に「貨幣論」を書いています。
これは古典派の考えに従って書かれたもので、当時ケインズは「古典派の旗手」のような位置にあったようです。その5年後に、今度は「一般理論」で古典派をケチョンケチョンにするわけですから大変です。古典派からすればケインズは、大変な「裏切り者」ということになります。

このように思想・考え方を変えるのを「転向」と言いますが、その昔キリシタンが転向してキリシタンをやめると、『踏み絵』でキリストやマリヤの絵を踏みつけなければなりませんでした。戦前、共産主義思想に心酔していた学生さん達が特高警察にいじめられて共産党をやめる時は「転向宣言」をして、多くは右翼とか国粋主義とかに変身しました。

そんな意味でこの「一般理論」というのは「転向宣言」の本なんですね。だから必然的に、ケインズはこの本で古典派をケチョンケチョンにしなければならなかったということのようです。

つい何年か前まで古典派の代表的な論客だったケインズですから、ケチョンケチョンにするのは難しくはなさそうですが、ケインズの言葉によるとこの古典派の経済学というのが何とも大変なもののようです。言葉を明確に定義しない、理論の大前提になる『これは間違いなく正しいよね』という考え方も明確に示さない、そしていきなりもっともらしい結論が出てくる、というようなものだったようです。

そのためこれをやっつけようとすると
「古典派ではこれこれと言っている。このように言うということは、これこれのことを大前提にしているということになる。それではその大前提は正しいかというと、これこれの理由で間違っている。あるいはこれこれの、現実にはまず起こりっこないような特殊な場合だけしか、その理論は成立しない。」
というような議論にならざるを得ないということのようです。

「一般理論」の最初に書いてあるのですが、『この本は「転向宣言」のための本なので、一般の読者に自分の考えをわかってもらおうとして書いた本ではなく、経済学者(特に古典派の経済学者)に向けて(古典派をケチョンケチョンにやっつけるために)書いた本だ)』、ということになっています。

ですからお互い古典派の細かい所まで知っている者同士が重箱の隅をつつくような議論も時には必要になり、それもあって「一般理論は難解だ」ということになってしまっているようです。

そんなわけで、古典派の理論とは無関係にケインズの考えをそのまま出しているようなところは読んでいても気持ちがいいくらいにわかりやすいです。

この「古典派」という言葉、私なんかは何となく「古典」という位だから皆が尊敬する昔の考え方ということかなと思ってしまうんですが、まるで大違いです。マルクスが『資本論』を書くにあたって自分以外の当時主流の経済学のことを『自分だけは先に行っているけれど、残りの連中はまだ古臭い考え方のままだ』ということで『古典派』という言葉を使い始め、その後何十年もたったケインズの時代でもまだその古典派が当時主流の経済学だったものを、ケインズが転向宣言で再び古典派と言ったということのようです。

ですからマルクスにとってもケインズにとっても、古典派の経済学というのはごく新しい(だけど自分の考えからすれば古臭い)考え方ということのようです。

「一般理論」の最後の方には「重商主義」についてのコメントがあります。「重商主義」というのは古典派の前に主流だった経済学なんですけれど、ケインズによれば、『重商主義者は問題の存在は察知していたが、問題を解決するところまで分析を押し進めることができなかった。しかるに古典派は問題を無視した。』ということで、十分な分析をするだけの理論がなかったので、問題を無視し、誤った前提に立って精緻な(?)理論を組み立てた古典派によって完膚なきまで叩きつぶされてしまった、ということのようです。

その重商主義についてケインズは、
「確かに重商主義には理論はなかったが、現実をしっかり踏まえていた。古典派は理論はあったが、それは間違った前提にもとづいた間違った理論だから、何の役にも立たない。古典派にやっつけられてしまった重商主義の方がはるかに真っ当で正しい考え方だ。」
という具合に、さらに古典派に追い討ちをかけてやっつけ、重商主義を復活させています。

ケインズ・・・4回目

3月 1st, 2013

3回目で書いた
 所得=投資+消費
 貯蓄=投資
について、もうちょっと書きます。

経済学ではよくグラフを書いて、たとえば縦軸に価格、横軸に数量を取り、供給曲線は値段が高ければ供給が増え、安ければ供給が減る右上がりの線。需要曲線は、値段が高ければ需要が減り、安ければ需要が増える右下がりの線。こんな線を引き、その二つの曲線の交わったところで価格と数量が決まるなんてことを言います。

これは、供給曲線・需要曲線とも概念的な大体のもので、二つの曲線が交わると言ってもしばらくたてばこの交わった所のあたりで落着く、というくらいのものです。

しかし、この
 所得=投資+消費
 貯蓄=投資
は、会計上の話ですからそんないい加減な話ではなく、いつでもどこでも即時にピッタリ等しくなる、という性格のものです。経済学者の先生方は会計のことをあまりよくわかっていないのか、このあたりを明確に説明している人はあまりいないようです。

前回書いた原価30円の100円の缶コーヒーで言えば、私がこの缶コーヒーを買ったとして、買った途端に社会全体の所得の総額が70円増える、ということ。あるいは買った途端に社会全体の投資の総額が30円減ってしまうという意味になります。こんな具合に社会全体の所得の総額、投資の総額を誰でもがいつでも勝手に変えることができる、というのは面白いですね。

ケインズの戦略は、このいつでもどこでも即時にピッタリ成立する等式を武器に、社会全体の所得や貯蓄や消費がどのように動くか考えようというものです。

一般理論の第8章に
「消費は、(わかりきったことを繰り返すなら)、あらゆる経済活動の唯一の目的であり、目標である。」
と書いてあります。

これは「言われてみればもっとも」と納得できるのですが、普通の経済学の教科書にはこんなことは書いてありません。このようにケインズにとって目的・目標が明確ですから、あとは何をどうすれば消費を増やすことができるかということになります。

ケインズはこの視点から、「古典派の主張ではその目的を達成することができない」と言って、古典派の主張を攻撃することになります。

ケインズ・・・3回目

2月 25th, 2013

ケインズの一般理論、まずは有名な「投資=貯蓄」の所です。

ここの所、ケインズの本の説明だけでは良くわからないので、会計の方からのアプローチで自分流にやってみました。

これは数学の本を読むときなどよくやる手で、本に書いてある定理の証明がしっくりこないで良くわからない時など、その本の証明を無視して自分なりに直接その定理を証明して、うまく証明できればその定理が正しいことが確認できたので先に進むというやり方です。

ケインズの言っているのは
 所得=投資+消費
 貯蓄=所得-消費
だから、自動的に貯蓄=投資、となる。

ということで、そのために所得・投資・消費・貯蓄のそれぞれについて、きちんと定義しようとしています。

でも基本的にこれは会計の言葉として解釈できますし、会計というのは経済活動を記録するための道具ですから、会計の言葉で表現した方が話がわかりやすくなります。

ケインズは社会全体で上の式が成立つと言っています。

経済的に閉じている社会で、任意の一定の期間についてこの式が成立つのであれば、経済活動を個々の会計取引に分解しておいて、一つの会計取引だけが発生した一瞬についてもこの式が成立つはずです。そして一つ一つの会計取引でこの式が成立つことがわかれば、一定期間の会計取引の参加者全員を含む社会で考えれば、その社会全体でもこの式が成立つことになります。

こう考えて一つ一つの経済活動についてこの式が成立つことを確認したのですが、その過程で所得・投資・消費・貯蓄の言葉の定義も明確になりました。

まず社会を「企業」と「消費者」に分けます。企業というのは物を仕入れて売ったり原料を買って製品を作って売ったりして、儲ける人です。消費者というのは働いて給料を稼ぎ、そのお金で何か物やサービスを買って消費する人です。政府とか銀行とか金利生活者なんてのは後から出て来ますが、とりあえずは企業と消費者だけで考えます。

その企業、原文では「entrepreneur」という単語を使っていて、今なら「起業家」となる言葉ですが、意味としては「起業家」・「事業家」となります。で、いろんな翻訳でもこれらの言葉を使っているのですが、でもケインズの時代と違って今のように法人資本主義の世界では、むしろ「企業」とした方が正しい解釈だと思います。

まず「所得」ですが、これは企業の場合はその期間の儲け、「利益」です。消費者の場合はその期間の稼ぎ、労賃とか給与とかの「収入」です。これはごく普通の意味ですから、特に問題はありません。これを社会全体の企業と消費者について合計したのがケインズの言う「所得」です。

次に「投資」ですが、これは株に投資する・ベンチャーに投資する、という投資ではありません。企業の活動でいう在庫投資や設備投資、すなわち商品を仕入れたり、製品にするために原料を買ったり労賃を使ったり製品を作ったり、、あるいは製品を作るために工場を作ったり機械を買ったり、という意味の投資です。それで一定期間の所得と対比させるわけですから、その投資の残高のことではなく、その増減の額のことです。

「消費」というのは消費者が物やサービスを買って、お金を使うことです。その使ってしまったお金が消費です。

企業の場合は物やサービスを買ってお金を使っても、それが費用となる場合はマイナスの所得ということになるので、消費にはなりません。費用とならないで資産となる場合には、それは在庫投資になるか設備投資になるか、いずれにしても投資になります。そんなわけで、企業の方には消費は発生しません。売れ残りが発生しても、それが売れ残っている限り在庫投資として「投資」になります。見切りをつけて廃棄したら、廃棄損で所得のマイナスです。

「貯蓄」というのはケインズが「所得-消費」と定義しています。ですからこれも貯蓄の残高じゃあなくて、貯蓄の増減の額ですね。

「消費」は企業にはないので、企業では「貯蓄=所得」ですね。その期間の稼ぎのうち一部は投資に回っていて、一部はまだ使わずに現金のままかも知れませんが、それをひっくるめて「貯蓄」というわけです。

消費者の方は「貯蓄=所得-消費」ですから、その期間の稼ぎから使っちゃった額を差引いた残り、ということで、まさに貯蓄の意味そのものですね。まだ使ってないお金が財布の中に入ってようとへそくりで本棚に隠してあろうと銀行に預金しようと株を買おうと、みんな「貯蓄」ということになります。

このように言葉の定義をはっきりさせておいて、たとえばある消費者がある企業から100円の品物(たとえば缶コーヒー)を買って、その企業の売上原価が30円だというケースを考えてみます。

この取引だけについて、所得・投資・消費・貯著を計算すると
企業の方は
  所得=売上-売上原価=100-30=  70
  投資=在庫が30円少なくなったから= -30
  消費=   0
  貯蓄=所得=  70
消費者の方は
  所得=    0
  投資=    0
  消費=  100
  貯蓄=所得-消費= -100
合計すると
  所得=70+0=      70
  投資=-30+0= -30
  消費=0+100=  100
  貯蓄=70-100= -30
となり、
  所得=投資+消費
  貯蓄=投資
となっています。メデタシメデタシ。

ここで、貯蓄=投資について、
  貯蓄=70-100
  投資=-30+0
と、貯蓄と投資はその発生する場所で額が異なるけれど、合計すると額が等しくなる、というのがミソです。

こんな具合に他のケースについても計算してやると、全てのケースでケインズの式はOKです。

私がやってみたのは、
 ・企業が消費者に給料を払って、それは企業の費用になった。
 ・企業が消費者に給料を払って、それは製品の原価として投資になった。
 ・企業が企業から何かを買って、在庫にした。
 ・企業が企業から何かを買って、設備投資にした。
 ・企業が企業から何かを買って、経費にした。
 ・消費者が企業から何かを買った(上のケース)。
 ・消費者が消費者に何かをしてもらって謝礼を払った。
というくらいのケースです。

企業や消費者間の取引は分解してしまえばこんなものの組合せですから、これでケインズの言っているのが正しいということがわかります。

ケインズ・・・2回目

2月 25th, 2013

ケインズの一般理論、読み終わりました。
何とも面白かったですね。

全体の議論の内容や主なキーワードもだいたいわかったところで、また2回目の読みに入りました。読み終わった途端にもう一度読む、というのは久しぶりです。

ケインズがこれを書いたのは第一次大戦が終わってアメリカの大恐慌が起こった後の時期ですが、これを戦後の日本の、戦後の復興から高度経済成長を経験し、1980年代後半のバブルからバブルがはじけて失われた10年・20年という経験に照らして読んでみると、よくもまぁここまで書けたな、ケインズというのはもしかすると予言者なんじゃないか、なんて思えてくるのも面白いです。

1回目には面倒くさい所はところどころ読み飛ばしてしまった部分もあるので、2回目はもう少しゆっくり一つ一つの議論を吟味しながら読んでみようかなと思います。

私が一人で面白がっても勿体ないので、これからしばらくこの読書感想文というか読書レポートが続くと思います。

もし良かったら、読んでみて下さい。