杉山茂丸『俗戦国策』

10月 21st, 2015

以前紹介した『百魔』と並んで、杉山茂丸の代表作です。
『百魔』が杉山茂丸の知人のそれぞれが主人公となる物語なのに対して、この『俗戦国策』は多数の知人が登場するんですが、杉山茂丸自身が主人公となっての話です。

市の図書館には在庫がなかったので県立図書館から借りてもらいましたが、昭和4年大日本雄弁会講談社から定価2円50銭で出ているものを読みました。この『大日本雄弁会講談社』というのは今の講談社の元々の名前です。講談社の名の通り、講談本のように、目次と見出しを除いて本文は全ての漢字に振り仮名が付いています。昭和4年の本ですから仮名使いは昔のものですが、内容が面白いので全く気になりません。結構やっかいな漢字も振り仮名付きなので安心して読めます。

明治10年、著者が14歳の頃の話から始まって昭和4年、この本が出版される頃までの話が677頁にわたって書いてあります。とはいえ、所々に挿絵が入っていて、それを見るのも楽しみで、あまり苦労しないで読むことができます。

登場人物は多岐に渡りますが、主として日本の政治・経済の話が多いので、伊藤博文・山県有朋・大隈重信・板垣退助・後藤新平・児玉源太郎などの人が良く出てきます。

この杉山茂丸という人は政・財界の裏で活躍した人なので、この本にしか出てこない話もたくさんあり、私の知らなかった話も多く、面白く読めました。とは言、この茂丸という人は別名『ホラ丸』とも呼ばれていた人なので、話の真偽のほどは分かりませんが。

日露戦争の時伊藤博文を人身御供にして日英同盟ができたとか、イギリスは実はフランス経由でロシアに金や武器を提供していたとか、戦後日英同盟は更新されたけど、最初の日本に優しい同盟が更新後は日本に冷たい同盟になっていた、などという話も書いてあります。

明治憲法ができた時の喜びもしっかり書いてあります。この杉山茂丸の勤王思想というのは、ちょっと独特なものですから、読んでみる価値があります。その立派な憲法を、藩閥政府も民権派の政府も一度も実施しようとしない、と言って、怒ってもいます。

あの天皇機関説事件についてもできればこの杉山茂丸の意見を聞きたい所ですが、昭和10年、ちょうど天皇機関説事件の真っ最中に杉山茂丸は亡くなってしまいますので、これは叶いません。

杉山茂丸の経済論も非常にユニークで現実的なもので、この本の中でも折に触れて出てきます。これも熟読玩味する価値があります。これが西洋流の経済学のどれに該当するものなのかも考えてみようと思います。

『戦国策』というのは大昔の中国の戦国時代に関する本ですが、この本は明治維新後の日本政界の戦国時代について杉山茂丸が知っていること、杉山茂丸だけが知っていることを講談あるいは漫談調で書いています。古い本なのでなかなか手に入らないかも知れませんが、是非読んでもらいたい本です。お勧めです。

ピケティ 『21世紀の資本』(その3)

10月 20th, 2015

1年前にはあれほど騒がれていたこの本、最近は殆ど耳にしません。

1年前に図書館に予約を入れて、当初15年待ち、くらいの計算だったのが、多分来月か再来月には借りることができそうです。

とはいえ、いまだに予約者が600人もいるので、借りても2週間で返さなければなりません。600頁の本を2週間で読むのはそれなりに大変です。

しかし1年近く待っている間にいろいろ考えて、この本を読む戦略を立てました。

この本の中味は一言でいうと、r>g、すなわちr(資本の収益力)>g(経済成長率)という式と、その結果格差が広がるということのようです。

で、私としては

  1. r(資本の収益率)やg(経済成長率)がこの本の中で『きちんと定義されているか』どうか。
  2. このrやgを、数百年前、あるいは2千年前から計算してグラフにしているようですが、『その計算方法がきちんと説明されているか』どうか。
  3. この『r>gとなるということが本当に説明されているのか』どうか。
  4. r>gから格差が拡大するという結論が『どのようにして導かれるか、ちゃんと説明されているか』どうか。

の4点を確認しながら読もうと思っています。読む前から結論を推測するのは良くないんですが、多分4つ共、きちんと定義されたり説明されたりしていないのではないか、と思っています。

1~4がきちんと定義されたり説明されたりしていないのであれば、この本には何の中味もない、ということになってしまいそうですが、もしそうであれば次の確認ポイントとして、それにもかかわらずこの本がこれほど評判になり、これほどたくさん売れたのは何故なんだろうか、ということになります。

このように具体的にチェックポイントを設定しながら読むのであれば、600頁の本もかなり効果的に読むことができそうです。

読み終わり、上記の確認が終わったら、また報告します。

日経新聞の記事『(お金の言葉)大数の法則』

10月 5th, 2015

9月23日の日経新聞朝刊に出た記事なので、見た人もいるかも知れません。

『(お金の言葉)大数の法則
サイコロを何回も振れば1の目が出る確率は6分の1に近づく。何度も繰り返すと、ある出来事が発生する確率は一定の値に近づくことを大数の法則という。保険料の計算でもこの原理を使う。どの家が火事になったり、だれが病気になったりするかは予測できないが、多くのデータを調べれば火事や病気の発生する傾向は分かるからだ。

もちろん例外もある。例えば地震。数百年に1度といった大地震では大数の法則は成り立ちにくいため、多くの保険は地震を免責としている。また保険会社はそれぞれの経費や運用の見通しなどを考慮して保険料を決める。ほぼ同じ補償でも保険料が違う商品があるのはこのためだ。』

何となく読み飛ばしても何とも思わないような記事ですが、確率にしても大数の法則にしても、まるでトンデモないことを書いているので、ちょっとコメントします。

『サイコロを何回も振れば1の目が出る確率は6分の1に近づく。』
確率が6分の1に近づくわけではありません。まっとうなサイコロなら1の目が出る確率は6分の1で、振る回数を増やしていけば、振った回数とそのうち1の目が出た回数の比が6分の1に近づく、ということです。

確率が6分の1なら、実際に試した時の比率が6分の1に近づくということです。
もちろん最初まっとうなサイコロだったとしても、使っているうちにすり減ってきたり角が欠けたりしてしまうこともあります。そうなったらもはや1の目の出る確率が6分の1なんてことも言えなくなってしまいますから、大数の法則など成り立たなくなってしまいます。

『何度も繰り返すと、ある出来事が発生する確率は一定の値に近づくことを大数の法則という。』
これも同じです。大数の法則というのは、「ある一定の確率で起こる事を何度も繰り返すと、全体の繰り返した回数とそのうちその出来事が発生した回数の比率が元々の確率に近づく」ということを言うものです。確率が一定として、比率がそれに近づくんです。確率が変化するわけじゃありません。記事では確率と出来事のおこる比率とがごちゃ混ぜになってしまっています。

『保険料の計算でもこの原理を使う。』
確かに保険料の計算には大数の法則を使っていますが、それはこの記事で言っているような大数の法則ではなく、上で説明した大数の法則です。

『どの家が火事になったり、だれが病気になったりするかは予測できないが、多くのデータを調べれば火事や病気の発生する傾向は分かるからだ。』
もちろんどの家が火事になるか、誰が病気になるかは予測できません。保険でいう大数の法則というのは、たとえばたくさんの家を集めてみると、その全体の家の数とそのうち一定期間(たとえば1年)のうちに火事になる家の数の比率は大体同じようなものだということ、あるいはたくさんの人を集めてみると、その全体の人数と、そのうち一定期間(たとえば1年)のうちに病気になる人の数の比率はだいたい同じようなものだ、ということです。

もちろん病気がちの人と健康な人とでは病気になる比率も違うし、若い人と年寄りでも、男の人と女の人でもその比率は違ってきます。そこで、対象となる範囲を限定(たとえば『40歳の健康な男性』などのように)しておいて、その範囲内の人であれば病気になる人の比率は毎年それほど変動しないだろうということを確かめた上で、その範囲の人が1年のうちに病気になる確率をその比率に等しいものと仮定して、その上でその範囲の人をある程度以上の人数集めたら、そのうち1年のうちに病気になる人の数は全体の人数掛けるその確率として計算しても大きくははずれないだろう。これが保険で使っている大数の法則です。

『もちろん例外もある。例えば地震。数百年に1度といった大地震では大数の法則は成り立ちにくいため、多くの保険は地震を免責としている。』
ここの部分、文章の意味が良くわかりません。地震がどのようなことの例外になるんでしょうか。単に地震は保険の対象になりにくいということを言っているんでしょうか。

数百年に一度といった大地震といいますが、大地震は数百年に一度ではありません。東日本大震災・神戸震災・関東大震災も全て、今から100年以内に起きています。また多くの保険で免責となっているのは大地震だけでなく、地震の全てです(免責となっていても保険金を支払うこともあります)。多くの保険で地震が免責となるのは、大数の法則とは別の話です。

地震はその発生のメカニズムもまだ良く分かっていませんし、一定の確率で発生するなんてこともありません。一定の確率で発生するものではないんですから、大数の法則などが成り立つわけがありません。

地震の場合、せいぜい言えるのはその発生の頻度です。今までこれ位の頻度で地震が起こったんだからそろそろ起こっても不思議じゃない、という程度の話です。ですから地震は保険の対象にはなかなかなりませんし、保険の対象にする場合でもその原理は大数の法則とは別のものです。

『また保険会社はそれぞれの経費や運用の見通しなどを考慮して保険料を決める。ほぼ同じ補償でも保険料が違う商品があるのはこのためだ。』
ここの部分、大数の法則がテーマだったはずなのに、いつのまにか保険料の話になってしまっていますね。大数の法則がテーマだとすると、この部分は蛇足ということになりますね。

杉山茂丸 『百魔』

9月 28th, 2015

この本は、facebookのやり取りで頭山満が杉山茂丸に言った言葉を教えてもらい、それがこの本の最初の方に書いてある、ということで、この本を借りて確かめてみました。

せっかく借りたのでこの本の全体を読んでみたのですが、非常に面白かったので紹介します。

この本、もともと正・続それぞれ600頁くらいの本のうち、正の部分だけが講談社学術文庫に上・下に分かれて出版されているもののようで、その文庫版の上下を読みました。

この上・下で全67話あります。で、それだけの数の魔物というか豪傑・怪人・魔人が登場するのかと思うとさにあらず、この67話それぞれの話の主人公になるのは12人だけです。

中でも星一(あのSF作家の星新一の父親で、星製薬の社長・星薬科大学の創立者)が9話、後藤猛太郎(土佐の後藤象二郎の息子)が8話、龍造寺隆邦(杉山茂丸の弟で幼名杉山五百枝(イオキあるいはイオエ)が後に改名して祖先の龍造寺姓になった人)が12話、という具合です。

登場人物はどの人もとんでもない怪人・豪傑ぶりで、こんな人が身近にいなくて本当に良かったなと思うくらいにとんでもないムチャクチャぶりです。

他人の物を勝手に質入れしたり、他人の家を抵当に入れて金を借りたりして平然としている(もちろん質入れされたり抵当に入れられたりした方も平然としているんですが)、なんて話がごく普通のことのように書かれています。

文章は興が乗ってくると突然75調の浪花節だか浄瑠璃だかみたいなものになるかと思うと、いつのまにか普通の文章になったりして、とにかく『である調』の名文です。

この様々な怪人の話をする中で著者の杉山茂丸自身の怪人ぶりも様々に紹介されて、面白い読み物です。

この面白さは直接読んでもらうのが一番です。

53話の『庵主が懐抱せる支那政策案』というタイトルの話の中で、杉山茂丸が弟の龍造寺隆邦に語るという設定で書かれている杉山茂丸の中国論、すなわち『支那は永久に亡びざる強国である。日本は支那の行為によりては直ぐ目前に亡びる弱国である』という指摘は現在でも十分玩味する価値があるものだと思います。

興味があったら読んでみて下さい。

伊藤真さんの『平和安全法制特別委員会参考人意見陳述』

9月 14th, 2015

安保法案の参議院での採決もあと少しですが、先週の9月8日、特別委員会では参考人質疑が行われました。4人の参考人のうち、4人目が伊藤真さんでした。

伊藤さんというのは、司法試験受験者では知らない人がいないほどのカリスマ講師であり、自ら伊藤塾という司法試験受験のための予備校をやっていて、もう一つはいわゆる立憲主義の憲法学者の中でも過激派の論客として名前が通っています。

もともと私が憲法の勉強を始めたのもこの伊藤さんの本を読んで、そのあまりにもトンデモなさにあきれ果ててコメントした所、友人の弁護士が『もっとちゃんとした本を読め』といって芦部さんの『憲法』を持ってきてくれたという経緯があります。

で、この参考人質疑、4人の参考人がそれぞれ20分ずつ意見陳述し、その後特別委員会の委員の参議院議員45人が参考人に対して質問して答えてもらうということになりますので、全部で4時間半にもなるのですが、そのビデオは
http://www.webtv.sangiin.go.jp/webtv/detail.php?sid=3335&type=recorded

で見ることができます。

この伊藤さんの意見陳述の部分だけであれば
https://www.youtube.com/watch?v=_Gh_peEF2bg
 
で見ることができます。

またこの意見陳述を文字にしたものが、既にこの伊藤さんのサイトに載っています。
http://www.itomakoto.com/news/news150910.html 

この意見陳述で最初にびっくりしたのは、意見陳述のごく最初の部分で、
 『憲法があってこその国家であり、権力の行使であります。』という発言をしています。

以前美濃部達吉の天皇機関説について、天皇機関説というのは、『大日本帝国憲法(明治憲法)は国民主権の憲法であり、国・国民がまずあり、その国・国民のために天皇がいて、政府があり、議会があり、司法制度がある』という解釈なのに対し、それに反対する天皇主権説というのは『主権は天皇にあり、国・国民は天皇のためにあり、また政府・議会も天皇のためにある』という解釈だと説明しました。

この『国・国民は天皇のためにあり』の天皇を憲法に代えれば「国・国民は憲法のためにあり』となり、言い換えれば『憲法あってこその国家であり』という、上の伊藤さんの発言と同じになります。

これを天皇主権説にならって『憲法主権説』と言うことにしましょう。
日本国憲法(現行の憲法)は、主権在民で国民主権の憲法ということになっているんですが、どうも立憲主義の憲法学者にとっては『国民主権ではなくて憲法主権の憲法』だということになるようです。

このように考えると、立憲主義の憲法学者の『憲法は変えてはいけない』という主張も良く分かる気がします。『主権者を変えてはいけない』ということですから。

美濃部さんの弟子筋の人たちのほとんどがいわゆる立憲主義の憲法学者になってしまい、、美濃部さんの天皇機関説を排撃した天皇主権説の人たちと同類になってしまったのですが、まあ、これについては美濃部さんの『不徳の致すところ』というところなのでしょうか。

で、私にとってはこのように『立憲主義の憲法学者の立場が憲法主権説で、昔の天皇主権説の天皇を憲法に置き換えただけのものだ』と明確になったのが一番の成果だったのですが、伊藤さんの意見陳述のこれ以外の部分についてもコメントしてみます。

伊藤さんはまず、今の国会が最高裁により違憲状態とされる選挙によって当選した議員によって成り立っているので、このような国会における立法は無効だから、まずはその違憲状態を解消してから議論する必要があると言います。違憲状態の選挙で当選した議員さんたちの前でこういうことを言う、というのはさすがの受け狙いですね。今の所最高裁判所は選挙について、『違憲状態ではあっても違憲無効ではない』としていますから、この議論は必ずしも妥当ではないですね。

次に国会がこのように正当性を欠く場合、主権者=国民の声を直接聞くことが必要だけれど、『国民がこの法制に反対であることは周知の事実となっています。』と一方的に決めつけます。その根拠は連日の国会前の抗議行動・全国の反対集会・デモ、各種の世論調査の結果だそうです。このような国民のうちのごく一部の反対をあたかも国民の多数が反対であることにして、それを周知の事実に祭り上げてしまうというのは、すごい論理展開です。さすがに優秀な弁護士さんです。

与党が60日ルールを使って法案を成立させてしまうのを防ぐため、『60日ルールを使うのは二院制の議会制民主主義の否定であり、あってはならない』と言っています。もしそうだとすると、60日ルールを定めている国会自体が議会制民主主義を否定しているということになるはずですが、これについてはどう考えているんでしょう。

次に、国会の安保法制で集団的自衛権の行使を限定的に認めることに関して、『日本が武力攻撃されていない段階で、日本から先に相手国に武力攻撃をすることを認めるものです。敵国兵士の殺傷を伴い、日本が攻撃の標的となるでありましょう。』と言っていますが、これは個別的自衛権であろうと集団的自衛権であろうと、どこかの国が攻撃してきて、それに対して自衛権を行使するというのは、自国を守るために戦争するということですから、敵国兵士の殺傷を伴うなんてことは当然のことであり、日本が攻撃の標的となるという以前に、既に標的になっているということです。

次に徴兵制について、政府が『徴兵制は憲法18条に反するから全くあり得ない』と言っていることに関して、『状況が変化したら憲法解釈の変更で徴兵制を導入してしまうんではないか』と言っています。

憲法解釈を変更したからといって徴兵制をすぐに導入することはできません。そのためにはそのための法律を作らなければならないんで、その徴兵法を作る段階で問題となる点を修正するなり徴兵法自体を成立させなければ、問題のないことです。

この後で自衛権の話になり、『憲法は初めから政府に戦争をする権限などを与えていません。』と明解です。それでは個別的自衛権もないのか、となったところで、『憲法の外にある「国家固有の自衛権」という概念によって、自国が武力攻撃を受けた時に限り個別的自衛権だけを認めることにしてきました。』という、いかにも曖昧な言葉が出てきます。憲法は自衛権を否定しているけれど、憲法の外にある『国家固有の自衛権』というものが憲法より優先され、それで自衛権の行使は憲法違反であるにもかかわらず認められ、しかも個別的自衛権だけを認めることにしてきた、ということです。この『してきた』というのは、一体だれがしてきたんでしょうか。憲法の外にある『国家固有の自衛権』というのは、一体どこに規定されているんでしょうか。それがどのような根拠で憲法に優先する権限を持っているんでしょうか。そしてその自衛権のうち、誰が、どうして個別的自衛権だけを認めることにしたんでしょうか。どうして集団的自衛権は認めてはいけないんでしょうか。何ともはや、支離滅裂な議論です。

これに対し、与党や例の砂川判決の立場ははるかに明解です。すなわち『憲法は自衛権の行使を否定していない』というもので、訳の分からない、憲法に優先する憲法外の自衛権などというものは登場しません。

この砂川判決についても『自衛権について争われた裁判ではないので、その判決の中の自衛権についてのコメントは意味がない』などと言っています。まぁこのように言うしかないんでしょうが。争点ではないとしても、最高裁の裁判官が全員揃って判決し、その判決文の中で自衛権について検討しているという事実をこのように無視してしまうというのは、さすがに憲法主権の原理主義者の発言です。都合の悪いことはバッサリ切り捨ててなかったことにしてしまうんですから。

いずれにしても『憲法上の自衛権』についていろいろ屁理屈を並べているんですが、いよいよとなったら『憲法の外にある自衛権』を持ち出すんだったら、そんな屁理屈は何の意味もないことになります。しかもその『憲法の外にある自衛権』について、誰かが個別的自衛権だけを認めることに『してきた』ということであれば、その誰かが集団的自衛権も認めることに『する』ことにすれば、全ての議論はなくなってしまうのかも知れません。これが『憲法の外にある・・・』なんてものを勝手に持ち出した結果です。

かなり長くなってしまったので、このへんにしておきます。

山口・元最高裁長官のコメント

9月 8th, 2015

この山口・元最高裁長官が安保法制に反対している、という記事は、最初共同通信系の『47ニュース』というサイトでみつけました。
http://www.47news.jp/47topics/e/268766.php

その後毎日新聞でも同様な記事を見つけたのですが(この記事は有料のサイトに移行してしまったようです)、記事の中で記者が元最高裁判長官がこう言ったという発言の片言隻句を取り上げているものでしたので、あまり記事としての価値のないものとしてそのままにしておきました。

その後毎日新聞で「一問一答」という形で、この元最高裁長官の発言が出てきました(この記事も今はもう有料のサイトに移行してしまったようです)。

また日曜日(9月6日)の朝のNHKの政党討論会でも共産党からの参加者がこの発言を取り上げて安保法案を批判していましたので、ちょっとコメントするのも意味があるかも知れません。

ただし、この元最高裁長官の発言、最初に目にしたのは共同通信の記事で、毎日新聞の記事も共同通信からの記事だと書いてありますが、この一問一答については共同通信が作ったものなのか毎日新聞が作ったものなのかも不明ですし、元最高裁長官がこの一問一答を確認しているのかどうかも不明ですからイマイチ信頼性に欠ける材料なのですが、仮にこの一問一答が本当に元最高裁長官が言ったことであり、その内容が元最高裁長官の意見をそのまま反映したものだと仮定して、この一問一答がどんなものなのか、この元最高裁長官がいかに論理的思考ができないか、ということを一つ一つコメントしてみたいと思います。


Q 安全保障関連法案をどう考えるか。

A 集団的自衛権の行使を認める立法は憲法違反と言わざるを得ない。政府は許されないとの解釈で一貫してきた。従来の解釈が国民に支持され、9条の意味内容に含まれると意識されてきた。その事実は非常に重い。それを変えるなら、憲法を改正するのが正攻法だ。


この部分、要するに『憲法解釈を変えるのであれば憲法を改正しろ』と言っているわけです。これには唖然としてしまいます。憲法解釈の変更というのは、憲法の文字は変えないけれどその解釈を変えるということです。これをどのように憲法改正にするのでしょうか。憲法の文言は変更前後で同じ憲法改正案を出して国民投票するということでしょうか。

さらに最高裁判所をはじめとして、各地の裁判所が日常的に憲法解釈の変更を含む判決を出しているという事実をどのように考えているんでしょうか。裁判所が憲法解釈の変更を含む判決をするたびに憲法改正の国民投票をしろ、とでも言うんでしょうか。

あるいは裁判所の憲法解釈の変更はそのままで良くて、立法府や行政府の憲法解釈の変更は憲法改正の手続きをしろと言うんでしょうか。何ともあきれはてた発言です。


Q 政府は憲法解釈変更には論理的整合性があるとしている。

A 1972年の政府見解で行使できるのは個別的自衛権に限られると言っている。自衛の措置は必要最小限度の範囲に限られる、という72年見解の論理的枠組みを維持しながら、集団的自衛権の行使も許されるとするのは、相矛盾する解釈の両立を認めるものでナンセンスだ。72年見解が誤りだったと位置付けなければ、論理的整合性は取れない。


これは要するに、昔の見解と新しい見解が違うということは、昔の見解が誤りだったといういうことだから、その誤りを認めなければ論理的整合性が取れない、ということのようです。憲法はともかく、法律は日常的に改正が行われていますが、法律が改正されてるということは改正前の法律は誤っていたとでも言いたいのでしょうか。今ある法律も将来改正されるとしたら、今の法律は誤っていると言うんでしょうか。


Q 立憲主義や法治主義の観点から疑問を呈する声もある。

A 今回のように、これまで駄目だと言っていたものを解釈で変更してしまえば、なし崩しになっていく。立憲主義や法治主義の建前が揺らぎ、憲法や法律によって権力行使を抑制したり、恣意(しい)的な政治から国民を保護したりすることができなくなってしまう。


立憲主義という言葉をいわゆる立憲主義の憲法学者のように『憲法は変えてはいけない』という意味で使っているのか、それとも本来的なごく真っ当な『憲法を基にして立法・行政・司法が行われなければならない』という意味で使っているのかわかりませんが、憲法に従って法律を制定し、その法律で政治を行うのであれば、立憲主義や法治主義にたがうことにはなりません。憲法に規定のない(従来からの(過去のある時期から以降の))憲法解釈を一方的に押し付けて憲法や法律を制約し、変更の余地を認めないで立法や行政を制約しようとすることこそ、立憲主義や法治主義に反することになると思います。


Q 砂川事件最高裁判決は法案が合憲だとする根拠になるのか。

A 旧日米安全保障条約を扱った事件だが、そもそも米国は旧条約で日本による集団的自衛権の行使を考えていなかった。集団的自衛権を意識して判決が書かれたとは到底考えられない。憲法で集団的自衛権、個別的自衛権の行使が認められるかを判断する必要もなかった。


この砂川判決に関するコメントは驚きましたね。
『そもそも米国は旧条約で日本による集団的自衛権の行使を考えていなかった。』というのは、『米国は日本による集団的自衛権の行使を考えていなかったから日本には集団的自衛権がないのであって、もし米国が日本による集団的自衛権の行使を考えていたなら日本には集団的自衛権があった』ということでしょうか。日本の憲法解釈は米国の考え方次第と言いたいのでしょうか。
『集団的自衛権を意識して判決が書かれたとは到底考えられない。』というのは、本当に判決を読んだ上での判断でしょうか。
確かに判決の本文には単に『自衛権』と書いてあり、個別的自衛権とも集団的自衛権とも書いていません。しかしこの裁判はある意味日米安保条約に関する裁判であり、裁判官が日米安保条約について意識しないで判決したとは考えられません。日米安保条約(旧条約)では条文の中では『個別的自衛権』『集団的自衛権』という言葉は使われていませんが、その前文の部分で国連憲章を引いて、明確に『個別的および集団的自衛の権利』と言っています。これを意識しないで判決を下すというのは、あまりにもその当時の最高裁の裁判官達をバカにした話ではないでしょうか。

『憲法で集団的自衛権・個別的自衛権の行使が認められるかを判断する必要もなかった。』というコメントがあります。確かにこの裁判のためにはそのような判断は必ずしも必要ではなかったのですが、にも拘わらず判決文では『わが国が立憲国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備・無抵抗を定めたものでは無いのである。』と明確に書いてあります。判断する必要のなかったことをわざわざ判断して判決文に書き込んだ、ということです。この山口さんという人は本当にこの判決を読んだ上でコメントしているんだろうか、と疑問に思います。


Q 国会での論戦をどう見るか。

A なぜ安保条約の改定の話が議論されてないのか疑問だ。今の条約では米国のみが集団的自衛権を行使する義務がある。(法案を成立させるなら)米国が攻撃を受けた場合にも、共同の軍事行動に出るという趣旨の規定を設けないといけない。ただ条約改定となると、基地や日米地位協定なども絡み、大問題になるだろう。


日本の安保法制の話がいつのまにか安保条約の改定の話になってしまっています。今国会で議論している安保法制は、集団的自衛権を無制限で認めるというものではなく、ごく限定された範囲で認めるということですし、それをアメリカに対して日本に義務づけるという話でもありません。こんなコメントを見ると、この山口さんは安保法制も理解しないでコメントをしているのではないか、と思わざるを得ません。



以上、この一問一答、いずれをとっても何とも問題にならないようなレベルのコメントなのですが、安保法制に反対している野党の方は、最高裁の元長官の意見だからと言って鬼の首を取ったかのようにはしゃいでいます。これも安保法案に反対する人達が憲法を理解していないことを示しています。

憲法では法律が憲法に違反しているかどうかの最終的な判断を、最高裁判所に委ねています。最高裁判所の長官に委ねているわけではありません。仮に今回の一問一答が最高裁判所の元長官ではなく、現役の長官の発言だとしてもそれは何の意味もありません。最高裁の長官が勝手に最高裁の判決を定めたりひっくり返したりすることは認められていません。

もし長官がそうしたいのであれば、改めて最高裁で裁判をして判決を出す必要があります。

憲法では裁判官は相手が最高裁判所の長官であろうと誰であろうと、他人の意見に従う必要はない、と明確に規定しています。『すべて裁判官は、その良心に従い独立してその職権を行い、この憲法および法律にのみ拘束される。』(憲法76条3項)という規定です。最高裁の長官とはいえ、勝手に最高裁の判決を決めるわけにはいかない、ということです。

まして今回のコメントは現役の長官ではなく『元』長官です。単なる元法律家の一人というくらいの意味しかありません。このあたり憲法に従うことが義務付けられている野党の議員さん達はわかっているんでしょうか。もちろん共産党の議員さん達は分かった上で知らん顔して騒いでいるんだろうと思います。

どうも法律家が相手だと私のコメントもちょっと辛辣になりがちです。今回もそうなってしまったので、仮にこの記事の一問一答が山口元最高裁長官の意図したものとは違っていたとしたら申し訳ないことになってしまいます。しかしいずれにしても第一義的な責任は共同通信なり毎日新聞ということになると思います。
ネットで調べたら同様の一問一答が朝日新聞にもあるようです。もしかするとすべてのネタ元は朝日新聞、ということなのかもしれません。

『イスラーム基礎講座』 渥美堅持 著

9月 4th, 2015

この本は例によって図書館の『新しく入った本』コーナーにあった本ですが、お勧めします。

今まで何冊かイスラム教やイスラム教徒とアラブの人達の本を読みましたが、この本が一番わかると思います。

特にアラブのイスラム教徒と日本の我々とでは、環境が異なり考え方が異なるので良く分からない所が多いのですが、それを著者が日本人であるだけ、日本人にとってどこがわからないのか、アラブ人・イスラム教徒はどのように考えるのかを日本人が分かるようにきちんと説明してくれています。

全体を5つに分け、最初の部分でその日本人に分かりにくい所を丁寧に説明してくれています。次はイスラム教ができてからいよいよイスラム教が世界に乗り出す所までを書いています。3つ目の部分で、その後世界的に広がったイスラム世界を説明し、4つ目の部分ではイスラム教全体について具体的に生活レベルにまでわたって説明しています。

最後に『今日の中東世界とイスラム教』として、アルカイダのウサマ・ビン・ラデンからいわゆるイスラム国まで、現在問題となっている様々なイスラムの世界の問題がどのような経緯で発生し、発展しているか、説明しています。

イスラム教の世界は、『イスラム教徒は全員、神の奴隷として神の下の平等が保たれ』ていて、その神の奴隷だということは『個々人の各瞬間の一挙手一投足までが全てその時々の神の意志によるんだ』という考え方で、個人の意思などというものは基本的にない世界のようです。

たとえばイスラム教徒にとってはラマダンの断食(日の出から日の入りまで一切の飲み食いが禁止で、唾をのみ込むことも禁止。だけれどその分日の入りから日の出までの時間はいくらでも飲み食いしても良いので、この1ヵ月にわたる断食で痩せちゃう人も多いけれど、却って太ってしまう人もいるようです。)は大事なおつとめなんですが、この断食の途中でイスラム教徒のAさんとBさんが会って話をしたとします。

Aさんが『断食はうまくいっているかい』とBさんに質問し、Bさんが『うまく行っている』と答えると、二人で『アラーの神のお蔭だね』と喜び合います。Bさんが『うまく行ってなくて断食ができないでいる』と答えると、AさんはBさんを慰めて『来年の断食はアラーの神がうまくできるようにしてくれるだろうからガッカリするな』と言います。

万が一AさんがBさんを責めて『断食は大事なおつとめなんだからちゃんとやらなきゃダメじゃないか』などと言おうものなら、すかさずBさんはAさんに対して『お前はアラーの神か』といって、BさんのほうがAさんを非難する、ということのようです。断食がちゃんとできるかどうかもアラーの神のおぼしめし次第なんだから、それができないのもアラーの神の意志で、それを非難するなんてとんでもない、ということのようです。

このような話はいちいち説明を聞けば、そんなものかと何となく納得することができますが、何の説明もなければ、何とも理解不能な世界ということになります。

日本では普通一人一人の行動はその人自身が決めることで、神様に何かをお願いしたりすることはあっても、基本はその本人の問題です。キリスト教などでは信者はどのように行動すべきかということは教えられますが、その通りに行動するかどうかはその本人の問題で、その行動については最後の審判の時に全部まとめて評価されるということになります。

イスラム教では信者はどのように行動すべきかということはもちろん教えられますが、その通りに行動するかどうかもその時の神様の意向次第であり、神様の奴隷である人間には行動の自由なんかなく、また責任もない、ということになるようです。

イスラム教にも最後の審判はありますが、その時『あの時の断食ができなかったのはアラーの神のせいだから許してもらいたい』などと言っても意味はない。人は全て神の奴隷として神の前で平等で、神が天国に行けと言ったら天国に行くし、地獄に落ちろと言ったら地獄に落ちるだけ、ということのようです。例外はジハードと言って、イスラム教世界を守るために戦って戦死した場合だけ、無条件に天国に行ける、ということのようです。

この本にはイスラム教の礼拝の時に礼拝の前に身を清める手順、礼拝の時の具体的な手順も具体的に図で丁寧に説明しています。これも面白いものです。

イスラム教は『神と人が直接結びついていて中間に立つ人はいない』ということで、信仰にしても礼拝にしても神と本人だけの問題で、他人が口を挟むことではないということです。礼拝所も単に『安心して礼拝できる場所』というだけで別に神聖な場所ということではないので、誰かが礼拝しているすぐ脇で誰かが本を読んでいても居眠りしていても、誰も問題にしないということです。

お金を持っていないのは何も悪いことではなく、イスラム教徒には喜捨(お金をあげる)という義務があるので、お金のない人がお金を持っていそうな人に向かって『自分に幾分かのお金を喜捨しろ』と要求することはごくあたり前の話のようです。実際、この本の著者自身、そうやって喜捨を請求してお金をもらったことがあるとのことです。

で、このイスラム教は部族対立でバラバラになっていたアラブ人をイスラム教徒という形でまとめることに成功したのですが、だからと言って部族意識が消えてしまったわけではありません。そこに第一次大戦でオスマン・トルコ帝国が敗け、イギリス・フランスが中東の地域の領土をバラバラにして植民地とし『国』という枠組を作ってしまいました。それから約100年、その結果アラブのイスラム教徒達は『部族』というアイデンティティ、『イスラム教徒』というアイデンティティ、『○○国民』というアイデンティティという3つの異なる自己規定を抱えて四苦八苦するようになってしまった、ということのようです。

○○国民というナショナリズムも定着しつつあるものの、それよりイスラム教徒というアイデンティティの方がまだまだ強い、ともすると部族意識もしっかり生き残っている、ということで、まとまったりバラバラになったりを繰り返しているのが現状だということです。

アラブの世界は本当に大変な時代には、新しい預言者が現れ新しい戒律を明らかにするということを繰り返してきた世界なのですが、イスラム教ではモハメット(マホメット)が最後の預言者だということになっているので、世界がどんなに大変になってももはや新しい預言者は登場しない。となるとできることは今直面している問題がなかったモハメットの時代に逆戻りするしかない、ということになるようです。これが『イスラーム運動』だということです。

で、このイスラーム運動について、サウジアラビアのワッハーブ派の話から始まって、アルカイダのビン・ラデンの話からいわゆるイスラム国の話まで、それぞれがどのように成立し発展してきたか説明されています。

イスラム教では『教徒は神の奴隷として平等だ』というのは一つのキーワードなのですが、そのため信徒と神との間に立つ、たとえばキリスト教であれば神父とか牧師とかいう存在がありません。高名なイスラム神学者が何だかんだ言ったとしても、そのイスラム神学者も神の前ではごく普通のイスラム教徒と同じ神の奴隷でしかなく、その神学者の言い分を聞くかどうかは個々のイスラム教徒の勝手、ということのようです。

さはさりながら、昔は『カリフ』という『預言者の代理人』とよばれる人がいて、イスラム教の法解釈のどれが正しくてどれが間違っているのか、多数のイスラム法学者の意見を聞いて最終的に取りまとめる、という役割を果たしていました。このカリフも第一次大戦のオスマントルコの滅亡と共にいなくなってしまい、今では誰もいない状況です。誰の言っていることが正しいのか判定してくれる人がいなくなってしまったので、とんでもない人の言うことでもはっきり『間違っている』と断言することができません。

このような混乱した状況で、いわゆるイスラム国が『新しいカリフがここにいる』『正しいイスラム教徒はこのカリフの下に集まれ』と一方的に宣言してしまったので、イスラム世界はびっくりしてしまったようです。

どこの馬の骨が分からないのがいきなり『我こそはカリフなり』と名乗ったとしても、そんな話には乗らない、という人もいるでしょうし、とはいえカリフを名乗るということはそれなりの何かがあるのかも知れないと思う人もいるようです。

やはり普通の人にとって常に神と一対一で向き合っていなければならないというのは辛いことで、誰かが間に入ってくれて、自分はその間に入ってくれた人の言うことだけ聞いていれば安心だ、その方が遥かに楽チンで暮らしやすい、ということでしょうか。

そんなこんなでこの本をお勧めします。

この本、もともと1999年に『イスラーム教を知る事典』というタイトルで出版されたものを、直近の状況も踏まえて大幅に加筆・訂正して2015年7月に出版された、ごく新しい本です。

安倍首相の70年談話

8月 21st, 2015

この70年談話、本ではありませんが、文章として読むことができるので、『本を読む楽しみ』のカテゴリーの中に入れることにしました。

先週、安倍総理大臣の戦後70年の談話が発表されました。閣議のあと記者会見で、この談話を安倍さんが発表するところはNHKで全て中継され、それを見ていました。

格調の高い声明で、感銘を受けました。その後マスコミ各社の紙面・ホームページにその談話全文が発表され、また記者会見での発表をネットでビデオで見ることができるようになったので、念のために文章になったものと実際の発言とを比較してみました。

文章の方は、
http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2015/150814danwa.pdf
で、
ビデオは
https://www.youtube.com/watch?v=adpQU1H3xEA
で、また文章の英語版は
http://japan.kantei.go.jp/97_abe/statement/201508/0814statement.html
で見ることができます。

記者会見での発表は約25分とかなり長いものでしたが、ごく少しの読み間違いを除くと、安倍さんは忠実に文章を読んでいました。しかし文章と発表とが大きく異なる部分が2つありました。

一つは冒頭、文章の方では最初の文、pdf版だと最初の2行にあたる所ですが、声明では約3分にわたり発言があります。

その中で『政治は歴史に謙虚でなければならない』『政治的、外交的意図によって歴史がゆがめられるようなことはあってはならない』『21世紀懇談会で議論してもらい、一定の認識が共有できた』『これを歴史の声と受け止める』と語っています。

もう一つ声明と文章の大きく異なる所は、最後の所で、文章の全部が終わった後、さらに追加で約2分程再び歴史について言及し、『聞き漏らした声があるのではないかと常に歴史を見つめ続ける』態度が必要だとしています。

ここまで言えば、いわゆる歴史認識の問題で中国や韓国が何か言ってきても、これは『政治的・外交的意図によって歴史をゆがめようとする』要求ですから、もはや何の効果もないということがはっきりします。この声明で、そのような動きがなくなってくれると良いのですが。

50年の村山談話、60年の小泉談話が第二次世界大戦とそれに至る経過から始まっているのに対し、この70年安倍談話はもう少し前から始まっています。

すなわち西洋諸国が世界中を植民地にしようと競い合っていた時代から始まり、それに対抗して日本が明治維新で国の近代化をはかり、日露戦争で勝ったことにより、アジアの国も必ずしも西洋諸国の植民地になるわけではないことを実証し、アジア・アフリカの国々を勇気づけたという所から始まります。

第一次大戦の反省を受け、国際社会は戦争を違法化する不戦条約(これは正式には『戦争放棄に関する条約』といい、昭和4年に日本を含む当時の主要国により締結された条約です)を生み出したことを示し、憲法9条の平和主義が必ずしも日本独自のものではないことを明らかにしています。その後世界恐慌とそれに続く、欧米諸国による植民地を含めた経済のブロック化により、日本は第二次大戦に追い込まれたことを明らかにしています。と同時に日本の政治システムが軍国化を止めることのできなかった問題点も明らかにしています。

そして第二次大戦が始まるのですが、その結果として
『そして70年前。日本は、敗戦しました。』
とはっきり言っています。

日本で日本人に対して『日本は負けた』と言うのはかなりハードルが高いようで、普通は『敗戦』の代わりに『終戦』と言い換えたりします。

小泉さんの60年談話は『終戦』という言い方で一貫していますし、村山さんの50年談話でも『敗戦後』とか『敗戦の日』という言い方が『終戦』という言い方と混用されていて、正面切って『敗けた』と言うことを避けているようです。この意味で安倍さんの談話は画期的なものかも知れません。

その次に安倍さんは第二次大戦での我が国の300万人の犠牲者の話に移り、広島・長崎の原爆、東京その他の大空襲、沖縄戦などを具体的に列挙し、軍人以外の市民が多数犠牲となったことを指摘します。もちろん日本側だけでなく、戦った相手の国の若者の犠牲、戦場となってしまった国の市民の犠牲についても触れ、さらに『戦争の陰にいた深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たち』についても言及しています。これはいわゆる従軍慰安婦だけの問題ではなく、戦争によって勝った方にも負けた方にも、戦中だけでなく戦後においても傷つけられた女性たちが大勢いた、という事実の指摘です。

このような多数の犠牲者の存在を挙げた後、『歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。』という言葉が出てきています。この『取り返しのつかない』という部分、英文では『What is done cannot be undone』となっていて、これを日本語に直すと『起こってしまった事は起こらなかったように戻すことはできない』ということです。すなわち『取り返しができない』という言葉がその元々の意味で使われています。

このような犠牲が伴ってしまうので戦争をしてはいけない、『事変・侵略・戦争。いかなる武力の威嚇や行使も国際紛争を解消する手段としてはもう二度と用いてはならない。すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。』と主張しています。

そして今日、日本が国際社会に復帰し、未来をつないでいけるのは戦争で戦った国、戦争に巻き込まれて被害を受けた国々やその人々の寛容の心、善意と支援の手のお蔭だと感謝し、この歴史の教訓を未来へ語り継ぎ、アジアそして世界の平和と繁栄に力を尽くすその責任を表明しています。

しかしこの戦争について、いつまでも謝罪を続けることはできないし、すべきではありません。謝罪はもうやめる。だからといって、何が起こったのか、何をしてしまったのかを忘れてしまっていいわけではない。この戦争をしてしまった過去の歴史に対しては真正面から向き合い、未来へと引き継いでいく責任がある、ということを明らかにしています。

最後にこの談話の結論になるのですが、
『いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも守り、世界の国々にも働きかけてまいります。』
『唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶をめざし、国際社会でその責任を果たしてまいります。』
『21世紀こそ、女性の人格が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。』
『いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。』
『暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。』

と述べ、要するに、今までの『国際社会の一員として皆と協力して仲良くやります』という姿勢を改め、『世界のリーダー国の一つとしてその責任を自覚し、責任を果たしていく』覚悟を表明しています。

日本は戦前、世界のリーダー国の一員でした。リーダー国の一画として世界の平和と繁栄のために努力しました。しかしそのために結局は他のリーダー国と世界を二分する大戦争をすることになってしまいました。
日本はその戦争に負け、リーダーの地位を失いました。その後、戦後の復興、高度成長を経て、日本はすでにリーダー国の一員となる実力を備えるようになっているんですが、敗戦の経験から、今までリーダー国の役割を担うことを躊躇してきました。しかし、力のある国がそれを自覚せず、それにふさわしい行動をしないことは周りの国にとってははた迷惑な話であり、また政治的・軍事的な不安定要素ともなります。

今回の70年談話でようやく日本も自国の置かれた立場を認識し、リーダー国の一員であるだけの国力を備えた責任を自覚し、それにふさわしい行動をする覚悟を明らかにした、ということは、まさに画期的なことです。

ここまでの覚悟をするのであれば、もはやお詫びとか謝罪とかのレベルの話ではありません。

このような覚悟の表明の総まとめとして、安倍さんは『積極的平和主義の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。』と高らかに宣言しています。

この積極的平和主義、というのは、日本国憲法の前文にある
『われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。』
という部分を踏まえた言葉で、日本国憲法のもっとも重要なポイントの一つです。残念ながらいわゆる護憲派の人たちは憲法のこの部分が目に入らないようです。

もちろん宣言したからと言ってすぐに世界が変わるわけではなく、世界中いたる所でいまだに戦争が続行中です。また安倍さんがいずれ総理大臣をやめた後、次の人がこの宣言を引き継いでいくかどうかも分かりません。安倍さん自身にした所で、今後国際的、国内的な情勢の変化で自分の言葉通りに行動できるかどうか、分かりません。

しかし一旦このような宣言をしてしまったことにより、今後の政府はいずれにしてもこの言葉に縛られることになるでしょうし、国際社会もこの言葉によって日本の行動を評価していくことになるでしょう。

そのような意味で、戦後70年、画期的な総理大臣談話だと思います。

21世紀懇談会の報告書

8月 7th, 2015

『20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会』が、8月6日に報告書を出しました(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/21c_koso/pdf/report.pdf)。

本文だけでA4で38ページのものですが、非常に良くできています。

日本をとりまく近・現代史について、自分の認識を確認するために非常に参考になる報告書です。

全体が6つの部分に分かれています。
最初が『20世紀の世界と日本の歩みをどう考えるか。私達が20世紀の経験から汲むべき教訓は何か。』というタイトルで、全体の歴史の概観です。ヨーロッパ、後にアメリカも含む全体的な帝国主義的な侵略から始まっていて、アヘン戦争もアメリカがスペインから植民地としてフィリピンを奪ったこともちゃんと書いています。

日本が中心になっているため、ヨーロッパによるアフリカ・中東の植民地化、アメリカによる中南米の植民地化については書いていませんが、それはこの報告書の目的には必要ないということでしょうか。

2番目が『日本は、戦後70年間、20世紀の教訓を踏まえて、どのような道を歩んできたのか。特に、戦後日本の平和主義、経済発展、国際貢献をどのように評価するか。』というタイトルで、戦後70年の日本の歩みを総括しています。戦後の復興から次第に経済大国になり、国際貢献を求められるようになって、それにどう応えてきたか、のまとめです。

3は『日本は、戦後70年、米国、豪州、欧州の国々とどのような和解の道を歩んできたか。』というタイトルで、第二次大戦で日本が戦ったアメリカ・オーストラリア・ヨーロッパの国々(イギリス・フランス・オランダ)に対して、日本がどのように和解のプロセスを進めたかということを、アメリカと、オーストラリア・ヨーロッパの2つに分けてまとめています。

4は『日本は戦後70年、中国、韓国をはじめとするアジアの国々とどのような和解の道を歩んできたか。』で、中国、韓国、東南アジアの3つに分けてまとめています。特に中国、韓国については、和解がなかなかうまく進まない状況をうまくまとめています。

5は『20世紀の教訓をふまえて21世紀のアジアと世界のビジョンをどう描くか。日本はどのような貢献をするべきか。』というタイトルで、今後の日本が世界に対してどのように貢献すべきか、考え方をまとめています。

最後の6『戦後70周年に当たって我が国が取るべき具体的施策はどのようなものか。』では、以上を踏まえて具体的なアクションプラン16項目を4つの区分に分けてまとめています。

非常にバランスのとれた、素晴らしい報告書だと思います。

ちょっと不思議なのは、ソ連あるいはロシアに関する言及が殆どなかったことです。これは戦後70年間、日本はソ連あるいはロシアとは直接の交渉があまりなかったからなのかも知れませんが、ちょっと残念です。

特に第二次大戦で、開戦前日本(特に陸軍)が一番気にしていたのがソ連であり、終戦直前から戦後の何年にもわたって苦しめられたのがソ連なのを考えるとちょっと不思議ですが、この報告書が将来に向けてのビジョンを主体としていることを考えると、こうなるのかも知れません。

この報告書は安倍さんの『戦後70年談話』の参考資料として使われることになるわけですが、基本的なスタンスは第二次大戦のことというより、むしろ『戦後70年の歩み』に重点が置かれているので、戦争あるいは敗戦に対する謝罪を求める人には不満なものになるでしょう。

また世界全体に対する視野で書かれているため、中国や特に韓国などは、自分達に関する言及が不十分だ、ウェイトが小さ過ぎると不満だろうな、と感じます。

これだけの様々な分野にわたる十数人が集まって作られた報告書です。このテーマに関心がある人にとっては、読まないと損な報告書だと思います。

お勧めします。

2.26事件と天皇機関説

8月 5th, 2015

2.26事件と天皇機関説の関係、だいたい分かったのでまとめておきます。

元となった本はかなりたくさんになるので紹介するのは省略します。

天皇機関説は、明治の終りから大正の初めにかけて問題になった時、それは憲法学者同士の、憲法の解釈に関する議論でした。で、負けた方が『負けました』と宣言するなどという話ではありませんから、はっきりどっちが勝った、という訳にはいきませんが、その後の経緯からすると『天皇機関説の完勝』ということで、昭和の頃には殆ど誰でもが天皇機関説は当然の標準的な憲法解釈になっていたようです。

そのような状況で、昭和10年の少し前になって、この天皇機関説が再度問題になりました。今度は憲法学説の議論ではなく政治的な動きの小道具として天皇機関説が使われたということになりました。そのため表面的には憲法の議論のように見えますが、実質的には憲法の解釈とは無関係の『政争の具としての議論だ』ということを押さえておく必要があります。

昭和10年当時、国会では(いつものことですが)政党は内閣を倒し、あわよくば自分達が内閣を作る立場に立ちたいと思っていました。枢密院では副議長の平沼騏一郎が議長の一木喜徳郎を追い落として、自分が議長になろうとしていました。陸軍では、いわゆる皇道派が統制派を排除しようとしていました。また皇道派も統制派もどちらも、軍の行動の自由のために元老・重臣・政府・議会を自分達の言いなりにしたいと思っていました。

このような状況下、攻める方からすると、相手のほとんどは天皇機関説の支持者あるいは少なくとも天皇機関説を容認する立場でした。そこで天皇機関説の問題を口実に美濃部達吉を攻めたて、天皇機関説の違法性・違憲性を政府および国民全般に認めさせ、これをベースに今度はその天皇機関説の支持者あるいはシンパである政府・一木枢密院議長・陸軍の統制派、その他元老・重臣・財界その他を排除しようとした、というわけです。

特に陸軍では在郷軍人会を利用して騒ぎを大きくし、その騒ぎが抑えきれない、世論を抑えきれないということで、次第に政府および美濃部達吉を追い詰めて行ったわけです。

結局、美濃部達吉は著書を発禁処分にされ、貴族院議員を辞職させられ、大学の講義もやめさせられ、政府は二度にわたり国体明徴の声明をさせられることになったわけです。この『国体の明徴』というのは、国体について云々しているものではなく、『天皇機関説は日本の国体にはそぐわないもので違法・違憲なものだ』という宣言です。

このような宣言を裁判所がするのでもなく議会がするのでもなく、政府がするというのもある意味おかしなものですが、とにかく攻撃側はそこまで政府を追い詰めて完全な勝利を得たことになります。あとはこの声明をバックに、天皇機関説支持者あるいは容認派である自分達の攻撃相手をじわりじわり攻め立てていけば、いずれ辞めざるを得なくなる、というシナリオです。

昭和11年に入ると永田鉄山を殺した相沢中佐の軍法会議も始まり、この軍法会議は憲法に従って公開で行われたため、何のことはない、天皇主義者たちの格好の宣伝の場となってしまったようです。そこでのスローガンは、国体の真姿顕現とか昭和維新とか、2.26の時の青年将校の行っているのと同じです。

この動きを裏で煽っていた真崎大将は、昭和10年に教育総監をやめさせられ負けたように見えたものの、この天皇機関説問題で陸軍その他を動かし、黙って待っていればいずれは政府がニッチもサッチも行かなくなって天皇の組閣の大命が自分の所に来るに決まっている、と待っていたようです。

そこで2.26事件が起こってしまいました。事件を起こした青年将校達にしてみれば、自分達の側の勝利は間違いない。しかしこのままいけば、それが現実にはっきりして陸軍主体政権ができ昭和維新が行われ、国民が大喜びしている時自分達はその中にはいられず、遠く満州から指をくわえてそれを眺めているしかないということで、多分寂しかったんでしょうね。

ほんのちょっとフライングだけれど、自分達の手で天皇機関説の元老・重臣たちを殺害し、昭和維新が始まる所に立ち会い、国民的な歓呼の声に参加した後で満州に行きたい、と思ってしまったようです。事件の経過を見る限り、自分達の行動が失敗する可能性はほとんどない、と思っていたようです。

結局青年将校達のクーデターは、最後まで天皇機関説を守り続けた天皇によって失敗となりましたが、その結果は実質的にクーデターに成功したのと同じことになりました。陸軍では青年将校達の支持した皇軍派は完全に排除され相手側の統制派の天下となりましたが、皇軍派の代わりに統制派が軍主導政権を作ることになり、最終的に軍独裁政権ができる所まで行きました。

軍は天皇主権説と天皇機関説の両方を手に入れ、国民や政府に対しては天皇主権説で天皇に対する一切の反対を封じ、天皇に対しては天皇機関説で自分達に対する反対を封じることになりました。2.26事件の殺戮は、元老・重臣・政界・財界を震え上がらせ、軍に反抗する勢力はなくなってしまいました。国民のほとんど全てが天皇主権説になってしまった中、最後までガンとして天皇機関説を持ち続けたのが天皇ですが、天皇の自己規定は『現人神としての天皇』というよりも、『明治天皇の指示としての帝国憲法に従うのが天皇の役割』と考えていたようです。

で、軍が天皇主権説と天皇機関説の両方を手に入れてしまったので、もはやだれも軍の暴走を止めることができなくなりました。この状況を合法的に変えることができるのは、軍が自らこの二つのオールマイティーのカードを放り投げる時しかない、ということになりました。そこで昭和20年8月、軍人内閣の総理大臣の鈴木貫太郎と天皇との協力で、御前会議でそのような『軍(を代表する総理大臣)がオールマイティーのカードを投げ捨てる』というパフォーマンスを演じ、天皇直裁でポツダム宣言受諾に辿り着いたということです。

軍主導で天皇機関説が排撃され、国体明徴の声明で政府も天皇機関説を否定し、ほぼ全ての国民がそれに従っても、最後まで『天皇機関説の天皇』であり続けた天皇は立派といえば立派ですが、ちょっと柔軟性に欠けるのかも知れませんね。とは言え『機関』としての天皇は、それ位がちょうど良いのかも知れません。

2.26事件の青年将校が望んでいた天皇親政は、結局陸軍統制派による軍事独裁政権になったわけですが、それを見ることなく処刑された青年将校達は、自分達が望んでいたことが実現不可能な夢物語だったと知ることなく、自分達を罪人にした人達、自分達を裏切った人達を恨んで死んでいったというのは、かえって幸福なことだったのかも知れません。

その分、生き残ってしまった青年将校達は辛かったでしょうね。