国体と『憲法』

7月 31st, 2015

2.26事件や天皇機関説事件に関する本を読みながら、今の『安保法案』を巡る議論を見ていると、何とも良く似ているな、という感を禁じ得ません。

昭和10年の天皇機関説事件の際、憲法(その当時ですからもちろん『大日本帝国憲法』(以下、『帝国憲法』と略します)ですが)そのものの解釈について議論すると、大学者である天皇機関説の美濃部さんに太刀打ちできる人はいません。そこで天皇主義者(天皇を至高の存在として考え、天皇主権説を主張し、天皇機関説を排撃する人達を仮にこう言うことにします)達は、憲法の議論に『国体』を持込みました。

現在の『日本国憲法』に『憲法に反する法律の規定は無効とする』旨の規定があるのですが、これと同様に、『国体に反する憲法の規定は無効とする』と主張して、天皇機関説を否定しようというわけです。

天皇機関説に反対する人達は国会議員であったり軍人であったりするわけですが、その存在というか地位というかの基礎となっているのは『帝国憲法』です。この帝国憲法を丸ごと否定してしまうと、国の運営ができなくなってしまいますし、また自分達の、国会議員であるとか陸軍大将であるとかの存在自体を否定することになってしまいます。そこで帝国憲法のうち都合の悪いものだけを無効にする、良いとこ取りの憲法解釈をしようというわけです。

で、この憲法の有効・無効を判断する拠り所の『国体』とは何かということになると、これはいろんな所に断片的に書いてある物の寄せ集めということです。いろんな物というのは、『教育勅語(教育に関する勅語)』『軍人勅諭(陸海軍軍人に賜はりたる勅諭)』『五箇条のご誓文』から始まり、『古事記』『日本書紀』までさかのぼる様々なもので、この中の国体を表していると考えられるものを細切れに拾い集めて、これこそ『国体』を示している文章だ、ということにしているものです。

天皇機関説事件の時、『国体明徴の声明』というものが2回にわたり政府から発表されています。これを読めば国体がわかるか、と思って読んでみると、この宣言の中味は『天皇主権説が正しくて、天皇機関説は国体に違反している』と書いてあるだけで、ではその『国体とは何か』ということは何も書いてありません。

国会での天皇機関説の議論も、議論に参加している全員が国体をきちんと理解しているという前提で行なわれていて(もちろん『国体なんて良く分からない』なんて正直に言ったら相手にされなくなってしまうわけですから当然のことなんですが)、皆が国体がどうのこうのと言っているんですが、正式に『国体とは何か』というのを明確にしたのは、その2年後、昭和12年に『国体の本義』という教科書を文部省が発行した時です。

2.26事件は昭和11年ですが、反乱軍の青年将校達の要求事項の中に、『国体の真姿顕現』という項目があり、要するに現実の国の姿を国体にもとづく、あるべき姿の通りに変えろ、ということですが『国体の本義』の発行は、2.26事件の翌年です。

このようにして天皇主義者たちは『国体』をお御輿のご神体に祀り上げ、自分達で勝手にそれを振り回して現実の憲法や政治を動かしたわけです。

で、戦争が終わり帝国憲法が日本国憲法に変わり、天皇は天皇主権説の天皇でも天皇機関説の天皇でもなくなり、象徴天皇になりました。

これでもう『国体』などという訳の分からないものに振り回されることはなくなったのかと思うと、今度は立憲主義の憲法学者達が『国体』に代わって『憲法』というものを持ち込んだようです。この『 』で囲んでいるのは、現実の憲法とは別に『憲法』という新たなご神体を持ってきている、そのご神体というくらいの意味です。

そして前と同様、『憲法』に反する憲法の規定は無効だ、とやり出したわけです。もちろん『憲法』の中味は?と聞いた所で、ちゃんとした答が返ってくるわけではなく、意味不明な言葉が返ってくるだけです。彼らの頭の中でこれは『憲法』に合っているか違っているか勝手に考えるだけなのですが、その『憲法』の中に、たとえば『憲法の規定は変えてはいけない』ということが入っていると、現実の憲法にいくら憲法の改正手続きが書いてあっても『憲法は変えてはいけない』ということになるわけです。これが彼らの言う『立憲主義』ということになるわけです。

現実の憲法は実体がありますから、そう勝手に自分達の都合の良いように使い回すことはできませんが、ご神体の『憲法』であれば中味が不明なものですから(あるいは中味がからっぽなのかもしれません)、自分達の都合に合わせてどのようにでも言い張ることができます。誰か不信心な不敬な者がいて、そのご神体を見たいなんて言ったとすると、『罰あたりめ、お前らなんかのような不信心者に神様が見えるわけがあるか』なんて訳の分からないことを言って、ごまかすことができます。

このようにして、天皇機関説事件の時の天皇機関説排撃側のやり方と、今の立憲主義の憲法学者達の訳の分からない言い分と良く似てるな、という話です。

憲法学者は『憲法』と憲法を、どちらもケンポーと言って、その時々の都合に合わせて『憲法』と憲法を使い分けているわけですから意味を理解しようとしても理解不能な、支離滅裂な議論になります。

国体であれば同じようにわけのわからないことでも少なくとも憲法と国体と、言葉を分けているだけまだましですが、ケンポーとケンポーを使いまわしていると、多分自分でも訳が分からなくなるんでしようね。

夢野久作『近世快人伝』

7月 27th, 2015

少し前、杉山龍丸『我が父 夢野久作』を紹介しましたが、こんどは夢野久作がその父杉山茂丸を書いた『父・杉山茂丸を語る』を読んでみました。そのために夢野久作全集の第7巻を借りたら、『近世快人伝』というのが最初に入っていて、それも読みました。

この『近世快人伝』、まずは頭山満、次に杉山茂丸、さらに奈良原到、最後に篠崎仁三郎という4人の評伝というかエピソード集というか、を集めたもので、その4人の快人というか怪人ぶりが生き生きと描かれています。

最初の3人は玄洋社に関わりのある人たちで、3人目の奈良原到の所で、玄洋社というのは健児社の進化というか変化というか、なれの果てというか、そういうものだ、と書いてあり、この一言で玄洋社の何たるかが何となくわかったような気がしました。福岡の暴れん坊達が集まって、皆でいろいろ暴れまわった、そのグループということです。薩摩の健児達は多くが西郷さんと共に討死し、残りは東京で出世したけれど、福岡の健児たちはどちらにもならずに玄洋社になった、というところでしょうか。

頭山満というのはその玄洋社におとなしく担がれていたのが、杉山茂丸というのはその玄洋社に収まりきらずに一人離れて、訳の分からないことをした人だったようです。

最後の篠崎仁三郎の所は、伝記というよりはむしろ落語を読んでいるようなもので、このまま落語になりそうな話です。どこまで本当のことかわかりませんが、とにかく楽しい読み物になっています。

私は夢野久作というのは『ドグラ・マグラ』なるオドロオドロしい怪奇小説を書いた人だ、というくらいな認識で、読んだことはなかったのですが、初めて読んであっけにとられました。とんでもない作家のようです。

せっかく借りたので、ついでにいくつか読んでみると、『創作人物の名前について』という、小説の登場人物にどのように名前をつけるか、とか『恐ろしい東京』という、ふだん福岡の山の中に住んでいる自分が東京に出てきてとんでもない体験をすることとか、とても面白いエッセイでした。『スランプ』という、自分がスランプに陥って書くことができないんだけれど、スランプに陥っていることについてならいくらでも書けるなどという、人を食ったようなエッセイもありました。

小学校に上がる前に四書五経をそらんじていたという天才とはとても思えないような文才で、とんでもない人もいたもんだ、と思いました。

つい最近亡くなった鶴見俊輔さんにも『夢野久作』という評伝があるようなので、次はこれを読んでみようと、図書館に予約を入れました。

『集団的自衛権』と『包括的他衛義務』

7月 17th, 2015

安保法制の衆議院の特別委員会の裁決が終わり、昨日が衆議院本会議での採決でした。
これで参議院での議論が始まるまでちょっと一休みですが、個別的自衛権は合憲だけれど集団的自衛権は違憲だという議論は相変わらずですね。

で、これに関連して砂川事件の最高裁での判決書を読んで先日紹介したのですが、その続きでもう少し書いてみます。『包括的他衛義務』というのは、とりあえず私が勝手に作った言葉なので、以下の話を読んでみて下さい。

砂川事件の最高裁の判決書には『理由』、の本文の次に各裁判官による補足意見が付いています。この中で裁判長であり最高裁判所長官であった田中耕太郎さんの意見は次のようになっています。

まず自衛権について、国家がその存立のために自衛権を持つことは当り前の話で、憲法にそれが書いてあろうとなかろうと当然のことだ、と言います。さらに一つの国の自衛は、周りの国にも直接の影響を及ぼすので、『自営というのは権利であると同時に義務でもある』と言います。即ち、ある国家が勝手に自衛権を放棄してしまうのは、はた迷惑な話だからやってはいけない、ちゃんと自分の国は自分で守るのは義務だ、と言っています。

さらに国際協調の時代、自分の国の防衛だけ考えて他の国はどうなっても良いというのは間違っている、自分の国の防衛だけでなく、他の国の防衛もちゃんと考えて協力しなければならないとして、それは日本国憲法の前文にちゃんと書いてある、と言っています。
ここの部分を『包括的他(国)(防)衛義務』と言ってみました。包括的、というのは、特定の国だけ守るんじゃなくてどこの国でも守る、くらいな意味です。

憲法の前文が憲法の一部なのか、憲法とは別の作文なのかというのは色々議論のある所ですが、一般的な解釈では、多少の強弱の差はあるものの、憲法の一部だということになっています。

それで憲法の前文を読んでみると、驚いたことに、確かにそう読めるように書いてあります。こんな読み方、初めて知りました。こうなると、集団的自衛権が合憲なのか違憲なのかという話とはまるで別次元で、日本は他国の防衛のために戦う義務がある、という話になってしまいます。

ただでさえややこしい安保法制の議論の最中に、このようななおさらややこしい話を持ち出すのもなんなんですが、まあこのブログを読む人も殆どいないでしょうから、忘れないうちに書いておきます。

国民の理解

7月 16th, 2015

マイナンバー制度がいよいよこの秋から始まります。
これをビジネスチャンスとして、いろいろな会社があることないこと煽り立ててアドバイスを売ろうとしたり、不必要なシステムを売りつけようとしているようです。

で、このマイナンバー法制ですが、いつの間にできた法律なんでしょう。法律ができた時、国民は十分理解していたんでしょうか。

今、安保法案について『国民の理解が十分でないので採決すべきでない』という議論がさかんに行われています。このように言っている人は、マイナンバー法制について同様の主張をしていたんでしょうか。

確かに安保法制について十分理解が進んでいないのかも知れません。しかしそれは政府の説明不十分というだけのことでしょうか。民主党をはじめとする野党が国民の理解を妨げていたということはないでしょうか。ロクでもない質問を何度も繰り返し、国会の審議時間を空費したのではないでしょうか。

もし国民の理解不足が法案の採決をさせない理由になるとすると、今後国会の議論で法案に反対する側は議論をするのでなく、相手の説明を妨害し、国民に誤解・不信感を植え付けることが大いに有効な戦略となります。

今日そのような理由で採決が先送りされなくて良かったと思います。

さらに国会での立法に関して、国民の理解は必ずしも必要とされていません。国民もそれほど暇ではないので、一つ一つの立法案を全て理解しようなんて面倒なことはしたいとは思わないはずです。その代わりに国民の代表として国会議員を選挙で選び、高い給料を払って国民に代わって法律案を審議し、採決することを委託しているわけです。全てを直接国民に任すということであれば、国会議員の存在理由がなくなってしまいます。

このあたり、民主党の先生方はどう考えているんでしょう。
多分何も考えていないんでしょうね。

宮澤俊義『天皇機関説事件』

7月 14th, 2015

先週、この本についてコメントした時はまだ上巻の最初の方しか読んでませんでした。今でもまだ上巻の半分くらいまでしか行ってないんですが、ちょっとコメントします。

読むのに時間がかかるのは、引用されている部分が多いからです。
前回紹介した時はまだ1911年頃の話で、明治から大正に変わるあたり、天皇機関説に関する論争があったのですが、主として美濃部さんと上杉さんという憲法学者同士の論争で、その中に他の憲法学者その他も口を出すというくらいの話でした。

それが1935年、昭和10年になっていよいよ『天皇機関説事件』という事件になります。ここでの登場人物は国会議員(貴族院議員)、新聞、軍人、その他と多様になり、引用されているのも議会の議事録なり新聞記事なりで、なかなか時間がかかります。

美濃部さん側のものは『一身上の弁明』という有名な演説で、天皇機関説についてみごとに説明しているものです。

この演説があまりにもみごとなのでそれがかえって火に油を注いだような形になり、天皇機関説批判がその後大きく燃え広がり大騒ぎになるのですが、このあたり反天皇機関説の主張を読んでいくと、今の憲法学者が安倍さんの安保法案に反対しているのと良く似ていてとても面白いです。

この途中で、時の有名人の徳富蘇峰が介入して『自分は天皇機関説なんぞ読んでいないけれど、天皇機関説には大反対だ』とボロクソにけなす、なんてこともあります。今のいわゆる文化人とか有名人とか称する連中が安保法案反対で訳も分からず大騒ぎしているのと比べ、昔も今も同じだなと思います。

この本を読んでいる過程で、そういえば大日本帝国憲法(長いので以下『帝国憲法』ということにします)をまともに読んでいないなと思い、帝国憲法と今の日本国憲法の対比表などを作りながら読んでみました。比べてみると本当に良く似ていて、美濃部さんが『日本国憲法など作らなくても帝国憲法の解釈を変えれば十分だ』と言ったというのもなるほどナ、と思ったりしました。

で、帝国憲法の第3条には『天皇は神聖にしておかすべからず』というのがあります。これを見てなるほどなと思ったのは、日本国憲法では天皇は神様でなくなってしまったので、もはや『天皇は神聖にしておかすべからず』と言うことはできなくなってしまって、その代わりに憲法学者達は『憲法は神聖にしておかすべからず』という条文を暗黙のうちに日本国憲法に挿入してしまったんだな、ということです。

このように考えると、いわゆる立憲主義の憲法学者達が憲法改正に気が違ったように反対するのも良く分かります。『天壌無窮の天皇制』というのも、そのまま『憲法9条は永遠の真理であり、未来永劫大切に守っていかなければならない』ということになります。それにしても1935年(昭和10年)というのは、明治維新からたかだか70年位のものです。70年も経つとその前の江戸時代、天下の将軍様は誰もが知っていても、天皇など多くの人が知らなかったり意識もしていなかったなんてことが簡単に忘れられ、それこそ何千年も前から日本は天皇が統治する国であり続け、未来永劫そのまま続くということになってしまうんですね。

今年は戦後70年ですから、敗戦から今まで、明治維新から天皇機関説事件までと同じくらいの年数がたっています。これだけの年数がたつと戦前のこと、憲法9条ができる前のことなんてのも簡単に忘れられちゃうんですね。

この天皇制、日本独自で世界でもっともすぐれた制度だという主張と、憲法9条は世界に類を見ない日本だけのもので、こんな素晴らしい憲法の規定を持っているのは日本だけだという主張と良く似ています。さすがに憲法9条は何千年も前からというのは無理ですが、その代わりに聖徳太子の17条の憲法を持ち出して、『日本は大昔から平和憲法の国であり、この平和憲法は未来永劫変わらない、変わってはならない』ということになります。

ということで、立憲主義の憲法学者というのは、天皇機関説排撃を唱えて天皇主権を主張し、天皇の前では憲法など何ものでもないと言っていた連中と同じことだ、と考えると良く分かりますた。

で、天皇機関説に反対する彼らにとって、本当に大事なのは現実の天皇ではなく、彼らのオミコシに乗せてあるご神体の天皇であり、また立憲主義の憲法学者達にとって大事なのは、現実の憲法でなく彼らのオミコシに飾ってあるご神体の憲法です。

天皇機関説では、美濃部さんは帝国憲法に定める天皇について語っているのに対し、それを潰そうとする人達は自分達のオミコシに乗っているご神体の天皇について語っています。

安保法制で安倍さんの自民党の政治家達は現実の日本国憲法について語っているのに対し、憲法学者は自分達のオミコシに乗っているご神体の憲法について語っています。

ここで美濃部さんを潰そうとする人達が『オミコシのご神体の天皇と現実の天皇は別だ』とは一切言わないように、立憲主義の憲法学者達も『オミコシのご神体の憲法と現実の憲法は別だ』とは一切言わないことになっています。

このため常に議論がかみ合わないことになります。

まぁ別の話をしてるんだ、と言ってしまえばそれで話は終わってしまいますから、天皇機関説を排撃することもできないし、安保法制を憲法違反だと批判する事もできなくなってしまうので、分かっていながらご神体の天皇と現実の天皇、ご神体の憲法と現実の憲法をわざとごっちゃにして話しているんだということを隠しているんでしょうが、そのあたりの事情が分からない人がついうかうかと乗せられてしまって目を吊り上げて一緒に大騒ぎをするというのは、何やら可哀想な気がしますね。

天皇機関説事件、まだ昭和10年の3月あたりです。これから真崎大将の教育総監罷免、相沢中佐の永田鉄山殺害、と続いて昭和11年の2.26事件に続きます。そしていよいよ太平洋戦争に突入し、敗戦、戦後になるわけですが、この本、まだまだ当分楽しめそうです。

砂川事件の最高裁の判決書

7月 13th, 2015

安保法制で話題になっているので、まだ読んだことがなかったなと思い、砂川事件の最高裁の判決を読んでみました。

探すのがめんどくさいかなと思っていたのですが、ネットで検察すると一発で最高裁の判例のページからこの判決文のpdfファイルが手に入りました。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/816/055816_hanrei.pdf

全部52でページ、なかなか読みごたえがありますが、本文は大したことはありません。
主文は
  原判決を破棄する。
  本件を東京地方裁判所に差し戻す。
の2行だけですから、これだけじゃ何もわかりません。
これに続く『理由』の所が50頁あるわけですが、その本文は5頁半です。残りはこの判決に参加した裁判官の補足意見です。この裁判は最高裁の裁判官全員参加の大法廷の裁判なので、裁判官は全部で15人います。そのうち10人の裁判官が8つの補足意見を出しているので、それだけで45ページということです。

事件自体はどうということのない事件で、米軍基地に日本人が不法に入り込んだ、ということなのですが、それを最初の裁判で『もともと日本に米軍基地があるのが憲法違反だから不法に立ち入ったのは無罪』としてしまったため大騒ぎになった、という事件です。

で、この最高裁の上告審の結論は『憲法違反なんて何アホなことを言ってるんだ、頭を冷やして裁判をやり直せ』というだけのことなのですが、その結論を出すまで日本の自衛権と憲法の関係とか憲法と条約の関係とか立法(国会)・行政(政府)と司法(裁判所)の関係とか、いろいろ面白い議論が展開されていて、さらに現行の憲法の下での自衛権について最高裁が判断を示した唯一の判例だということで、有名になっているものです。

で、この判決文、ちょっと長いですが、非常に面白くあっと言う間に読めてしまいます。時間がなければ少なくとも最初の本文の所と、次の裁判長の田中耕太郎さんの意見の所だけでも読んでみて下さい。この2つで10頁半ですからすぐ読めます。特に田中さんの意見の所を読むと、今の自民党の案がいかにおとなしいものか良く分かります。

憲法学者や反安倍の政治家が、この判決では『自衛権と言って個別的自衛権か集団的自衛権か言っていないんだから、集団的自衛権は認められない』なんてことを言ってますが、それは明らかに嘘だということが良く分かります。この判決文には『自衛権』という言葉と『個別的自衛権』という言葉と『集団的自衛権』という言葉が出てきます。この三つが全て出てきて、その中で『自衛権』という言葉が出てきたら、それは『個別的自衛権と集団的自衛権を合わせた、全体としての自衛権を意味する』というのは、日本語の読み書きが分かれば当然の話で、ここに集団的自衛権と書いてないから集団的自衛権は除くんだ、なんてことはあり得ません。

もちろん憲法学者は日本語があまり得意じゃないようなので、そこらへんが分からない人もいるかも知れませんが、政治家でそこらへんを分からない人がいたら、その人はもう政治家をやめた方が良いと思います。

で、この判決の主旨は個別的であろうと集団的であろうと、自衛権は憲法9条に違反するものではないということと、その自衛権を具体的にどのように実現するかというのは政治的な話なので、裁判所が判断することではない、ということです。

この裁判の裁判官達はちゃんと三権分立の原理を理解しているので、裁判所が勝手に国会の立法権や政府の行政権に介入することは三権分立に反して憲法違反になる、と判断しています。その点、三権分立を理解しないで憲法違反の発言を繰り返す憲法学者や野党の弁護士政治家たちとは違います。

裁判長の田中さんの意見を読むと、もっと面白くなります。この人によると、自衛というのは権利であると同時に義務でもある。『一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。』と言っています。さらにその防衛する対象が自国なのか他国なのかというのは結果的に同じことになるので、『(従って)自国の防衛にしろ他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。』と言っています。

さらに『防衛の義務はとくに条約をまって生ずるものではなく、また履行を強制しうる性質のものでもない。』と言っています。すなわち、安保条約のような条約を結んでいる相手の国だけでなく、そんな条約を結んでいない国であっても、その国が攻撃される時には防衛に協力する必要があると言っています。

『憲法9条の平和主義の精神は、憲法前文の理念と相まって不動である。それは侵略戦争と国際紛争解決のための武力行使を永久に放棄する。しかしこれによって我が国が平和と安全のための国際協同体に対する義務を当然免除されたものと誤解してはならない。』と明確にしています。

そして最後に『要するに我々は憲法の平和主義を単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立って民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心を持たない態度も、憲法前文にいわゆる「自国のことのみに専念」する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとは言えない。』としています。

この他にも面白いコメントがたくさんある判決文です。
お勧めします。

天皇機関説と立憲主義の憲法学者たち

7月 6th, 2015

これまでいろいろ2.26事件関係の本を読んで、2.26事件に天皇機関説が大きな影響を与えていることがわかってきました。

この天皇機関説、私は天皇機関説問題ということで、美濃部達吉の天皇機関説と、それに反対する学者との論争という認識だったのですが、『問題』ではなく『事件』すなわち『天皇機関説事件』というのがあるんだ、ということが分かりました。

この事件、昭和10年に天皇主権説の議員が国会で天皇機関説批判の演説をし、その後いろいろあったあげく、その年の秋には天皇機関説は禁止になり、美濃部達吉は貴族院議員をやめることになった、という事件です。

これと同時に2.26事件の黒幕と言われる真崎大将が陸軍の教育総監をやめさせられ、それを受けて相沢中佐が永田鉄山を殺害し、最終的にその翌年の2.26事件につながっていくという状況です。

で、2.26事件についてはまた改めて書きますが、この天皇機関説事件について宮沢俊義著『天皇機関説事件』(上・下)という本があります。この宮沢さんというのは美濃部さんの弟子にあたる人で、芦部憲法の芦部信喜さんはこの宮沢さんの弟子になります。また日本国憲法の制定に関していわゆる『八月革命説』を言い出したのが、この宮沢さんです。

で、この本は、新聞や雑誌その他に書かれている美濃部さんの主張・反対派の主張・関係者の証言等をまとめて、それに宮沢さんがひとつひとつコメントしていて、なかなか面白いものです。

で、この本を読みながら一つ単純な疑問が生じてきてしまったので、忘れないうちに書いておこうと思います。

『天皇機関説』というのは『天皇主権説』と対抗したわけですが、天皇主権説というのは文字通り大日本帝国憲法では主権が天皇にあるという説で、天皇機関説はそれに反対して主権は国にあり、天皇はその国の機関だ、ということで、神様のような天皇陛下を機関とは何事だ、と大問題になったわけです。

で、今のいわゆる立憲主義の憲法学者というのは、皆芦部さんの弟子のようなもので、天皇機関説の美濃部さんからするとひ孫弟子みたいなものになります。

ところが芦部さんの憲法その他の本には、大日本帝国憲法は天皇主権の憲法だったのを日本国憲法では国民主権の憲法になった、と説明してあります。

これは一体どういうことだろう、というのが私の疑問です。先生の先生の先生である美濃部さんが命がけで否定した天皇主権説を、そのひ孫たちが寄ってたかってそのまま認めて天皇機関説を否定している、ということなんでしょうか。それとも美濃部さんが貴族院議員をやめ天皇機関説が禁止された段階で、大日本帝国憲法は天皇主権の憲法になった、ということでしょうか。それとも例によって何かわけの分からない憲法学者特有の屁理屈があるんでしょうか。

このあたり、このブログの読者で何か知っている人がいたら教えてもらえると嬉しいです。

普通の憲法の解説書や教科書では、このように美濃部さんの孫弟子の憲法学者が美濃部さんの天皇機関説とは反対の立場に立ってしまった理由は書いてなさそうですから。

まあ、どうでもいい話ではあるのですが、憲法学者の屁理屈を見てみるのも一興、というところです。

林 尚之『日本国憲法と美濃部達吉の八月革命説』

6月 22nd, 2015

このブログで『本を読む楽しみ』のカテゴリーで紹介しているものは、基本的に『本』なのですが、今回は本ではなく『論文』です。

2.26事件関係の本をいろいろ読むうちに、美濃部達吉の天皇機関説の問題がかなり重要なのかなと思うようになりました。

それで週末に何冊か図書館から本を借りてきて、これからそれを読まなければいけないんですが、遅まきながら初めて天皇機関説という問題があったということでなく、『天皇機関説事件』という事件があり、その事件が起きたのが昭和10年、すなわち2.26事件の前の年だということがわかり、なおさらちゃんと理解しなきゃと思っています。

で、図書館で本を借りる前、いろいろネットで調べていてぶつかったのがこの論文です。

『八月革命』というのは、この前衆議院の憲法審査会に出てきた憲法学者が3人とも『安保法制は違憲だ』と言った時も、そのうちの一人が話していたんですが、今の憲法学者の主流である立憲主義の憲法学者が日本国憲法の正当性を証明するためにむりやりでっち上げた革命です。すなわち昭和20年に日本が太平洋戦争に負けてポツダム宣言を受諾すると言った時、そのことによって日本では革命が起き、大日本帝国憲法は文字づらはそのままで国民主権の憲法に変化した、という説です。

この説を唱えたのが美濃部達吉の弟子にあたる宮沢俊義という先生で、その弟子にあたるのが芦部信喜という人で、この人の憲法学が現在の立憲主義の憲法学者にとってバイブルになっているという関係にあります。

この立憲主義の憲法学者というのは狂信的な新興宗教の信者みたいなものですが、その彼らの先生の先生の先生がどんなことを考えていたのか、と思ってちょっと読んでみました。

まぁ論文ですからちょっと堅苦しい所もありますが、非常に分かりやすく納得できる話ばかりで、面白く読めました。本文だけで21ページですから、その気になればすぐ読めます。

で、この論文によると美濃部さんの憲法学というのは今の憲法学者達の憲法学とはまるで違って、すんなりと受け入れられます。『憲法の条文は遠き将来に至る迄も容易に改正せらるることは無いであらうが、条文は其の儘であっても憲法の実際の運用は絶えず変遷して行くのである』、すなわち憲法の条文はそのままで解釈をどんどん変更していけば良い、というようなことを言っているようです。著者の言葉によると『社会の趨勢が憲法の実質を決定している限り、憲法解釈は条文に拘わずにその社会の趨勢を読み取ることが重要であるとされたのである。』となります。

で、この美濃部さんは戦争が終わって日本国憲法を作る時に、大日本帝国憲法のままで解釈を変えるだけで十分だと言って、新たに日本国憲法を作ることに反対していました。

それが日本国憲法ができた途端、今度は日本国憲法を強力に支持するようになり、これは『転向』と呼ばれるようになったようです。

で、この日本国憲法について、現在ではアメリカから押し付けられたものだから自主憲法として作り直さなきゃとか、押し付けられたとは言え国会で日本人が議論して作られたものだからそのまま守らなきゃとか、いろいろ議論がありますが、美濃部さんの立場はそのどちらとも違い、ポツダム宣言を受諾したことによるアメリカをはじめとする占領軍の圧倒的な力を背景として押し付けられたものであることが日本国憲法の正当性の根拠だ、ということになるようです。

ここの所、美濃部さんの
【法は実力である、と言ひ、事実において規範力が有るといふのは、この意味において、疑いもなく半面の真理を包含するもので、もとより実力が即ち法であり、総ての事実に当然に規範力があるとするのは誤りであるけれども、実力が完全に貫徹せられて、有効な抵抗は全く行われなくなり、事実上の状態が正当なものとして認めらるるようになれば、その事実は即ち法となったものである】
という文章を引用しています。美濃部さんというのは、憲法学者の教条主義とは正反対の現実的な考え方をする人だったようです。

で、その後占領は解かれ、占領軍はいなくなったのですが、現在の日本国憲法の正当性の根拠は戦後70年にわたって日本国憲法と日米安全保障条約によって日本は安定しており、その両方が日本国民にも受け入れられているからということになるようです。『だから日本国憲法の最高法規制と日米安保体制とは、美濃部の主権の自己制限論では矛盾するどころか、国際条約への従属こそが憲法の最高法規制を保証する根拠となったのである。』と書いてあります。日米安保条約が日本国憲法のうしろ立てになっているということです。

この説はとても分かりやすく、納得できるものです。

この著者の林尚之さんというのは、自身を憲法学者というより歴史学者として位置づけているようで、憲法学者達がこの論文をどのように評価しているのかは分かりませんが、私にとっては訳の分からない狂信的な立憲主義の憲法学者の言い分と違って、ごく真っ当な議論であり、現在議論されている安保法制にしても憲法改正の議論にしても参考となる論文だと思います。

インターネットが進んでこのような論文まで簡単に手に入るようになったというのは有難い話です。
この論文のpdfは

http://repository.osakafu-u.ac.jp/dspace/bitstream/10466/10690/1/2010000071.pdf

で取ることができます。

ちょっとメンドクサイ議論でも嫌いじゃない、という人に是非ともお勧めです。

『わが父・夢野久作』杉山龍丸

6月 16th, 2015

先日の『グリーンファーザーの青春譜』の続きで、同じく杉山龍丸さんの『わが父・夢野久作』を読みました。

『夢野久作全集』の刊行に合わせて、肉親から見た夢野久作の姿を描くという趣旨なんですが、夢野久作を語るにはその父杉山茂丸、さらにはその父の杉山三郎平灌園、さらにはその父の杉山啓之進までさかのぼらなければ十分に語ることができない、ということで、杉山家の6代目(啓之進)から9代目(杉山泰道=夢野久作)までを主に、10代目の杉山龍丸が語る、という本です。

幕末・明治維新から昭和初期までの期間、日本の変化に振り回されながら日本の政治・社会を振り回した一族の物語です。中でも8代目の茂丸というのはまさに怪物とでもいうような人物で、日本あるいはアジアを振り回しながら家族をトコトン苦しめ、その最も苦しい立場を受けて立ったのが9代目の泰道、夢野久作で、8代目と9代目が相次いで死んだあと、まだ10代でその後始末をさせられたのが10代目の龍丸、すなわち著者です。

旧制中学5年、まだ10代の時、2.26事件の直後に父を亡くし、その後著者は士官学校に入りプロの軍人となるのですが、『グリーンファーザーの青春譜』に何気なく書いてある『日本にも杉山家にも絶望していた』という言葉の意味がこの本を読むと何となくわかるような気がします。

この本のはじめの部分の幕末・明治維新の頃の話としては、一般に『尊王攘夷派』と『佐幕派』の争いということになっていますが、それとは別に杉山家などでは『勤王開国』という立場を取ったために、その仲間の人達は両方から狙われてさんざんな目にあった、という話があります。この話は初めて知りました。

7代目の三郎平灌園という人は水戸学の先生だったという人ですが、杉山家の苦難の歴史にはこの神がかり的な水戸学が多分に影響しているのかも知れません。

8代目の茂丸が修猷館の仲間と玄洋社を作り、欧米列強によるアジア植民地支配に対抗するため家族をほっぽり出して走りまわっている間、9代目の夢野久作は幼児の頃から祖父の7代目三郎平灌園に四書五経を叩き込まれ、良くできたご褒美にタバコを吸わされて小学生の時にはもうニコチン中毒で、小学校でも中学校でも特別にタバコを許されていた、なんてのも凄い話です。

私は夢野久作という名前は知っていますが、作品は読んだことがありません。多分、この本の中味はその作品よりさらに奇想天外の怪奇的な話になっているのではないだろうかと思います。

普通の家に生まれ普通に生活できるということがどんなに有難いことか、考えさせられる本です。

さんざん苦しめられながら、著者は淡々と愛情を持って父・祖父・曽祖父・その他一族の人々を描いています。

お勧めします。

惑星の運動

6月 16th, 2015

先日、『ファインマンさん 力学を語る』という、ファインマンによるニュートン力学の惑星の軌道の話の本を紹介しました。
このファインマン流の引力の法則で面白かったのが、惑星の運動で、速度ベクトルの変化を見ると、速度ベクトルが円を描いている、ということでした。
もちろんそれが原点を中心として円を描いていると、元の惑星の軌道は円を描くことになるのですが、一般的には原点でない点を中心とした円を描く、ということになるわけです。
ファインマンはこのことを基に幾何学的に惑星の軌道が楕円になる、ということを証明しているのですが、この速度ベクトルが円を描く、ということを幾何学的ではなく解析的に書くとどうなるか、やってみました。
普通、ニュートン力学の惑星の軌道の計算ではrの逆数をたとえばu=1/rとして、rに関する微分方程式をuに関する微分方程式に変換して、いろいろやった挙句、軌道が楕円になることを証明しているのですが、この速度ベクトルが円になる、という方からアプローチするとごく簡単に角度と距離の式が書け、軌道が楕円になることが証明できてしまいます。また、その結果として楕円軌道の回転の周期が楕円の長半径の3/2乗に比例することもごく簡単に証明することができます。

うまくいってうれしくなってしまったので、これをまとめてメモしておきました。

惑星の運動.docx

もし、興味があったら読んでみてください。